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変貌

「とうちゃく」


 ADP東京本部に到着した自動人形はバイクを乗り捨てると、5メートルの塀を軽々と乗り越えて敷地内に入り込んだ。

氷神家周辺を火の海にした彼女は、鬼頭たちが現場から充分に離れたことを確認すると屋根を伝って悠々と逃走。予め用意していた女子高生風の制服に着替え、適当なバイクを拝借して洗足から離脱した。


「ただいま」


 真っ暗な施設内には人の姿どころか気配すらなかったが、自動人形は誰にともなく帰還したことを呟き、その場で手早く着替えを済ませた。

ブレザーをスカジャンに替え、スカートを脱ぐ。監視カメラが至る所で目を光らせていたが、スカートの下にはデニムのショートパンツを履いたままだったので問題はない。

その尻ポケットに入れていた端末に着信が入った。


 有事を察した自動人形は目にもとまらぬ速さで応答する。


「こちら自動人(オートマ)……」


「オートマ! 今どこにいる!」


 鬼頭の切羽詰った口調で、自動人形は非常事態の発生を確信する。


「たった今戻ったところ」


「今すぐ本館側の地下入り口に来い! 敵襲だ!」


 了解、とだけ短く返事をすると、自動人形は制服をその場に放り出し本館へと急行した。

時間が惜しかったので適当な窓を破って館内へと進入、部屋の扉も同様に壊して廊下に出たところで鬼頭と鉢合わせた。虚ろな目をした栗夢も一緒だ。


「鬼頭さん、一体何が……」


「こっちが聞きてぇよ!」


 自動人形は一瞬我が目を疑った。

あの、如何なる時でも傲岸不遜、泰然自若としている鬼頭が、額に汗を浮かべて混乱に陥りかけている。そんな彼の表情を、彼女はかつて見たことがなかった。


「叢雲の残党?」


 自動人形の脳裏にまず浮かんだのはそれだった。

先程氷神邸で倒した男は自動人形からすれば一般人と何ら変わらない雑魚だったが、しかしそれで叢雲全員が同程度の実力だとは限らない。自動人形に殺された男が新入りの下っ端で、トップには百戦錬磨の手練れが君臨していてもおかしくはない。


「いや……」


 だが鬼頭は絞り出すような呟きでそれを否定した。

ならば……と自動人形は更に考える。


「十宗使徒の誰かが、抜け駆けして先制攻撃してきたとか」


 テロが予告されているのは7月17日。ついさっき日付が変わって15日になったので、決行まではあと二日。その舞台も教団の新たな聖地、ロワイヨム・エトワーレと指定されている。

しかし相手は烏合の衆、グループの方針に異を唱え単独行動をする者が出ることは充分考えられる。また、教団が選出した代表=使徒以外の者が、独自にADPへの攻撃に打って出たということもあるだろう。


「違う、そうじゃねぇんだ……」


 しかしそれすら鬼頭は否定した。

叢雲でもなく、十宗使徒及びその関係者でもない。

ならば一体、誰が……


「氷神透だ」


 鬼頭の言葉を、自動人形は聞き間違いかと思った。

だって氷神透といえば、先程自宅を襲撃されて袋叩きに遭い、無様に震えていた情けない無力な少年ではないか。

それが顔に出ているのを見て取ったのか、鬼頭は苛立たしげに繰り返した。


「間違いねぇ……氷神透だ。いや、氷神透の姿をした何かだ……あれは」


 鬼頭の声は、廊下の奥にある扉が吹き飛ばされて粉々に裂ける音でかき消された。

その扉は、地下の神殿へと繋がっている階段の扉だった。


「奴だ……奴が、来る……」



 ☆



 ほんの五分前。

地下神殿で、鬼頭は透を殺そうとした。

透を殺せば、彼を利用しようとしていた陵から非難されるだろうが、そんなことはさしたる問題ではなかった。いざとなれば、その陵すらも消してしまえばいい。彼女の切り札である「文書」の内容も、鬼頭には察しがついていた。教主、全能術師のことだろう。確かに「あの事実」を公表されれば、教団は相当なダメージを免れない。

だがそれも、このテロ騒ぎが片付いてしまえば脅威でも何でもなくなるのだ。陵がちらつかせているカード、その内容を鬼頭は全てが終わった後に自ら公表するつもりだった。


「死ね」


 鬼頭の両手が透の首に触れようとした、その時だった。

何の前触れもなく、透の左腕が鬼頭に向かって薙ぎ払われた。しかし鬼頭の身体はその動きの円周軌道外にあり、当然透の左腕は虚空を切った。


 にも関わらず、鬼頭の身体はダンプに追突されたように弾丸の如く吹っ飛んだ。


 弾き飛ばされた鬼頭は棺桶に激突し、敷き詰められていた花々が舞い散った。

胸を真っ赤に染めた咲の遺体が、祭壇の上に倒れる。

突然の出来事に声すら出すこと叶わず、呆然と突っ立っている信者たちの目の前で透は、いや透の姿をしたそれはゆっくりと立ち上がって、言った。



「はー、久々の現世だっつーのに、何だってこんな薄汚ねぇ穴蔵の中なんだよ。せっかくならこうぱーっと景気のいいトコで目覚めたかったぜ。あーだりい」



 力の抜けた姿勢で頭をガシガシと掻くその様子は、一見するとどこにでもいる若者の姿だ。しかし、少なくとも氷神透はこのような言動はとらないし、そもそも上体を起こすことさえできないほどのダメージを負っていた。

何より、「久々の現世」という言葉。何かが憑りついたのかと、不気味がった信者たちは波が引くように後ろへと下がっていく。


「けどまぁ、ここで目覚めちまったもんは仕方ねぇ……遊んでやるよ、ゴミ虫共」


 ゴミ虫という言葉は聞き捨てならなかったが、それでも信者たちはその場から動けない。そもそも彼らは黒服とは違って戦闘要員ではないのだ。逆に日常的な運動の習慣すらない者が大半であった。

そんな信者たちの態度を「透」は鼻で笑うと、おもむろに両手を広げて言った。


「何だよ、来ないならこっちから行くぞ? そぉら……よ!」


「透」はその場でアッパーカットを放った。

彼と信者たちは五メートル以上離れている。普通に考えれば物理的なダメージが信者たちに到達するはずなどない。


 しかし次の瞬間には彼らは反対側の壁にぶち当たり、その体は潰れたトマトのようにずるりと力なく床に垂れ落ちた。


「ひっ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 攻撃を逃れた信者が絶叫を上げて逃走を図る。その数三人。

意識か無意識か、三人は三人とも別の出口へ駆け込もうとした。これならば一人がやられたとしても、残りの二人は逃げのびることができる……はずだった。


「おーおー、ちょっとは機転がきくみたいだなぁ……だが駄目だ」


「透」は右腕を振りかぶりパンチを繰り出すと、その勢いのまま二回転してみせた。

直後、彼を中心として全方位へ衝撃波が放たれ三人に直撃。全員その場に昏倒した。


 残ったのは、床に倒れていたことで衝撃波を回避した鬼頭と、彼を介抱していた黒服二名。そして同様に、座り込んでいてダメージを受けなかった栗夢の四名のみ。


「おいお前ら……」


 鬼頭が荒い息を吐きながら端山の胸ぐらをつかむ。

それによって黒服二人は意識をここに引き戻された。


「ありったけの弾丸を奴にブチ込め。その間に俺は栗夢を連れて上に向かう」


「だ、弾丸が奴に通用するでしょうか……」


 辛うじて正気は保ちつつもガタガタと震えの止まらない端山に、しっかりしろと鬼頭は一喝し、指示を出していく。


「見たところ、攻撃は奴の動きの直線上に飛んでいるみてぇだな……この空間がパズルゲームだとしたら、奴は全範囲を射程とするチートキャラってとこだな」


「そ、そそ、そんな奴相手にどう戦えば!」


「落ち着け! 全範囲っつっても、それは二次元の話だ。この空間は三次元だろうが。なら、上と下に別れりゃあいい。どっちかがやられても、その隙にもう一人が奴に弾丸をブチ込める」


「無理です錬金術師! 自分は、こんな状況経験したことが……」


「なら黙って死ぬか? あの世で陵を待つか?」


 ぐっ、と端山が言葉を詰まらせる。

そんな三人の様子を、「透」はへらへら笑いながら眺めていた。


「相談はまとまったか? そんな真剣に悩むことねーって。先にやられるか、後にやられるか、違いはただそれだけなんだからさ」


 恐怖と絶望でぐちゃぐちゃになった表情の黒服二人が立ち上がり、一人は祭壇上へと、もう一人は逆方向へと移動する。その手には拳銃が光る。


「ひ、氷神透……き、貴様は、こ、ここで……抹殺する!」


「せ、せせ、聖なる裁きを、うう、受けるがいい!」


 銃を握る彼らの手は極寒の寒空の下のように震えていたが、それでも銃口は「透」へと狙いを定められている。黒服は拳銃の講習を受けており、実戦経験が浅いといってもこの近距離、全弾外れるという可能性はかなり低い。


 しかし「透」は高圧的な表情を崩さない。


「やってみろよ。その聖なる裁きとやらで、俺を殺せると思うのならな」


「透」が獰猛に笑った直後、神殿に銃声が轟いた。

一発、二発、三発、五発、十発、十二発。弾は全て、「透」の身体を捉えていた。聖なる裁きは、確かに「透」へと下された。だが、


「そんな……」


 にも関わらず「透」は、悠然とそこに立っていた。

愕然とする黒服たちに、「透」は残酷な宣告を下す。


「いい加減気付け。お前らは聖戦に身を捧げた勇敢な戦士なんかじゃない。黒服を着ているだけのただのおっさんだ。お前らなんかが身体を張ったところで、クソの意味もねぇんだよ」



 ☆



「下の連中は全滅だ。俺も肋骨を何本かやられたよ。奴の攻撃の原理は全く分からねぇが、動作をした方向に衝撃波のようなものがぶつかるらしい……自動人形、お前にしか任せられねぇ相手だ。生かしておいたら脅威になる。確実にここで殺せ」


「了解」


 栗夢を連れて走り去る鬼頭を庇う形で、自動人形は廊下に立ち塞がる。

脳内でギアを変える。反応速度を通常の5倍、10倍、20倍にまで上げる。

この常人を超越する反応速度こそ、自動人形が持って生まれた障害であり、そこから昇華された能力「全自動戦闘(フルオートキリング)」だった。

人間には無意識の反応という機能がある。

熱いものに触れた時、大きな音を聞いた時、人の身体は自動的に動き、肉体に受けるダメージを回避、軽減しようとする。

そうした無意識の反応を、戦闘において想定されるあらゆる局面ごとにプログラミングのように設定し、極限を超えた訓練によってそれらの反応を可能とする肉体を作り上げ、その結果として理論上あらゆる現実への反応を可能にするのが「全自動戦闘」だった。

20倍の反応速度は彼女が実戦で使用した経験のある最大出力であり、これを用いられて生存している者は皆無であった。


「通れるものなら、通ってみろ」


 廊下に姿を現した敵に向かい、自動人形は宣戦布告する。

返答はなく、代わりに特急列車の追突に匹敵する衝撃が自動人形の華奢な身体へと飛来した。

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