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妹と妹の二者択一

 陵、鬼頭、透、それぞれ程度の差はあれ、目の前の現実によって彼らは呆然という状態に追い込まれた。

透の思考を読んだ陵は栗夢の隠れ場所を抱き枕カバーの中と断定、決死の妨害を試みる透を鬼頭が抑え込み、敢無く脱走の姫君は捕縛されてしまう……はずだった。


 だが、抱き枕カバーの中はからっぽだった。布団しか入っていなかった。


 まるで魔法のように、砦栗夢の身体はいずこへと消え去ってしまったのだ。


「……どういうことだ」


 鬼頭の低い声が静寂を破った。彼は抑えつけていた透を乱暴に突き飛ばすと、陵のもとへと詰め寄っていく。


「陵ぃ! てめぇふざけてんのか? 栗夢なんかどこにもいねーじゃねぇか!」


「おかしいなぁ……彼の脳内イメージは、確かにここを浮かび上がらせていたのに……」


「もしかしてよぉ、てめぇも脱走に一枚噛んでんのか? そーいやぁ、お前の二番目の妹は栗夢とタメだったよなぁ。それで妙な情でも湧いたのか?」


(めぐ)は関係ないから。わたしは脱走に関わってもいないし、情が湧いてもいないよ」


「はっ、どうだかな。まぁ首謀者は分かってる。そいつを絞り上げればはっきり……」


 ピンポーン


 鳴り響いたインターホンが、再び三人の思考を寸断した。

次いで声が聞こえてくる。透の待ち望んでいた声が、最大音量で。


「氷神さん? 警察です。お待たせしてすみません。大丈夫ですか?」


 鬼頭が怒りを露わに床を踏みつけたが、そんなことは透にはどうでもよかった。

警察が来た。救世主が現れた。

この状況はもうこれで、強制的に終了される。

栗夢がどこに行ってしまったのかだけは気がかりだったが、警察がきっと無事に保護してくれるはずだ。そう、終わりなのだ。何もかも。


「今度こそ、終わりだ」


 全身をカミツキアリが這いまわるような痛みに耐えながら、透は言葉を絞り出す。


「さっきみたいに、警察も排除するか? さすがに無理だよな。お前らが起こした騒ぎのおかげで、この一帯は人が集まってる。とても隠蔽なんかできやしない。お前らに残された選択肢は、大人しく帰ることだけだ。ま、俺としては自首してくれるのが一番ありがたいけどな」


 このガキ……と鬼頭が憤怒の表情を浮かべるが、しかし表には警察がいる。いくら自動人形という絶対戦力を保持しているとはいえ、この騒ぎに自分たちが関わっていることがばれるのはまずい。何せ今は、ロワイヨム・エトワーレ開園を控えた重要な時期なのだ。


「さっさと帰って、シェルターにでも閉じこもってろよ。大体、命を狙われてるってのに、こんな呑気に出歩いてていいのか? いくら最強のボディーガードがいても、遠距離狙撃でもされればアウトだ。俺から言わせれば、自分の状況分かってないのはあんたらの方だよ」


 再びインターホンが鳴らされる。

電子機器を通して届く警官の声が、鬼頭と陵を急き立てた。


「さぁ、もう終わりだ。負けを認めろ! お前らは負けたんだよ!」


 勝利宣言をしながら、透は内心懇願していた。

頼む、もうこれ以上奥の手とか出してこないでくれ。叢雲がやられ、警察まで追い返されてしまったら、完全にゲームオーバーだ。

そんな透の祈りは、しかし、


「鬼頭くん、こうなったらオートマちゃんを暴れさせよう」


 陵の一言によって、呆気なく叩き潰された。


「分かっちゃった、栗夢ちゃんが消えたからくりが。透くんは確かに抱き枕カバーの中に栗夢ちゃんを隠した。けどその後に、栗夢ちゃんは自分の意思で移動したんだよ。だから彼の脳内イメージと現実に齟齬が生じるといった事態になったわけです」


 言われて、透も合点がいった。脳内イメージとやらの真偽は透には分からないが、対象の思考を読み取る能力を持つ陵の存在を、栗夢は知っていた。ならば当然、彼女が追っ手としてやってくる可能性は最初から考慮していたはずなのだ。栗夢には透しか頼れる者はいない。だが、逃げ切るためにより可能性の高い方法があるとしたら……


 それは、透さえも出し抜くという選択。栗夢の真の居場所を知らなければ、いくら透が思考を読まれても見つけられることはない。敵を欺くにはまず味方から。これを体現した大胆な作戦だった。


「なるほどな……で?」


「なら、栗夢ちゃんの方から出てくるような状況を作ればいいのです。わたしが五分で整えてみせるから、その間、オートマちゃんに時間稼ぎしてもらうの。彼女だったら『存在しない人間』だから、見られても問題ないよね?」


 事ここに至って尚呑気な口調の陵に、透は戦慄する。

こいつらは、蛇だ。どんなに邪魔が入っても、どんなに困難な状況でも、一度狙いを定めた獲物は執拗に追いかけ、追いつめる。


「そりゃ確かにそうだ。……オートマ、俺だ。五分、適当に暴れて時間を稼げ」


 栗夢の方から出てくるような状況、それが何なのかを透が想像する前に三度目のインターホンが鳴った。直後、空気を揺るがすような爆発音が轟き、窓の外が明るくなった。




「死にたくなかったら逃げて」


 およそ誰にも届きそうにない警告を発すと、自動人形は中空へ跳んだ。風に舞う葉のようにふわりと舞い上がった彼女は、スカジャンのポケットから取り出した小型爆弾を適当に放り投げる。彼女が向かいの屋根に降り立つと同時に、爆弾が地面に落下して起爆。目の眩む閃光が周囲を照らし、一瞬遅れて轟音と爆風が夜の住宅地を阿鼻叫喚へと導いた。


 自動人形は、ちらと地上を見やる。野次馬も警官も区別なく、慌て、怯えふためいていた。

彼女は溜息を吐く。つまらない。こんなのは、レベル99にもなって最初の城の周りでスライムやカラスの相手をしているようなものだ。


 鬼頭には拾われた恩があるので、自動人形は彼の命令なら何でもするし、彼の下を離れるつもりもない。今ではこんな自分を慕ってくれる部下もいる。


 けど、やはり望んでしまう。自分と同程度、或いは格上の敵を相手取り、且つ不利な状況での、死と隣り合わせの命の獲り合いというものを。


 自分でもバカだと思う。


 本来、自動人形は好戦的なタイプではない。性格はマイペースでおっとり目だし、競争には参加せず大抵の事は人に譲る方だ。

だが、こと戦闘となれば話は違う。全力を出してみたい。己の内に燻る不完全燃焼の炎を、天をも貫く業火に換えて、思い切り解放してみたい。その結果被害がどのくらいの規模に及ぶのかなど、どうでもいい。

もやもやを抱えたまま、再び彼女は跳躍する。


「過ぎた力を持つというのも、なかなか楽じゃない」


 いつかの少年のような、狂った強さを持つ敵を待望しながら、彼女は何の力も持たない一般人に向かって爆弾を放っていった。




 閃光、轟音、悲鳴。窓の外は、紛争地帯と化していた。


(何だよこれ……夢か? 悪夢か? あり得ないだろこんなこと……)


 目の前の惨禍に圧倒され、声も出せない透のもとに陵が歩み寄る。透が何か反応をする前に、彼女は素早く透の左手を握ってしまった。


(そういえば、さっきも栗夢の居場所を聞かれる前に手を握られた……だとしたら、これが脳内イメージを読み取るためのステップか!)


 手を取られたことで、透の意識は窓の外から目の前の陵に移されたが、その時には既に陵は質問を口にしていた。絶対に、許してはいけなかった質問を。


「透くん、君の大切な人を教えて?」


 透は必死に左手を引き抜こうとしたが、陵は両手でがっちりと掴んで離さない。その間にも陵は「ほほぉ」とか「へえぇ」とか思わせぶりな感嘆符を並べる。十秒して、陵の方が手を離し、透は勢い余って後ろの壁に激突した。


「まったくもー、君ってやつは色んな子からモテモテでけしからんですな! 栗夢ちゃんを始め、元義理の妹に、留学生に、違うクラスの子まで」


 にまーと笑う陵の顔に、透は見えない刃を突きつけられた心境だった。

くるみやリューシカのことまで言い当てた陵の力は、もはや理論で説明できる域を超えている。しかしそんなことよりも透は、自分の大切な存在の名を敵対する人間が口にしたことへの絶望感に打ちのめされていた。


「やめろ……」


「中でも特に想いが強いのは……元義理の妹の六城くるみちゃんだね? 小学校の頃、父親の再婚相手の連れ子だった彼女と出会い、両親の結婚生活が続いた半年間だけ兄妹として過ごす。その後離れ離れになるも、去年のクリスマスイブに運命的な再開を果たした……すごーい! 少女漫画みたいだねー」


「くるみに手を出すな! あいつは、何も関係ないだろう!」


 陵の言おうとしていることが分かった透は、懸命に抗った。

これは、自分と栗夢とADPの問題だ。関係のない人物を巻き込む必要などない。巻き込んではならない。決着は、自分たちだけでつけなければならない。

だが、時間稼ぎのためだけに住宅街で爆弾をばら撒くような連中に、そんな論理が通用するわけもなかった。陵は満面の笑みを作り、きっぱりと断言した。


「殺すからね」


 その一言には、運命に匹敵するほどの圧倒的な不可逆性が滲んでおり、透から逃げる余地を完全に奪い去った。陵は続ける。


「今夜中に殺す。考えうる限り、最も残虐且つ恥辱的で非人道的な方法でね」


 それをハッタリだと一笑に付すことなどできない。大量の黒服によって家中荒らされ、手を握られただけで思考を読まれ、挙句にご近所まで無差別攻撃された今、透はもうこいつらが何を言ってもそれが本気なのだと思えた。


「透くんさぁ、さっき砦桜に連絡しようとして、できなかったでしょー。実はさっきまで、白桃女学園では第二位派閥と第三位派閥の全面戦争が起こっていたのです」


「第二位と……第三位? じゃあ桜が電話に出なかったのは……」


 しかもこのタイミング、もはやそれについても陵が何らかの形で関わっているとしか思えなかった。陵は笑いながら続ける。


「そのとーり。第二位派閥にぼっこぼこにされてたから、電話どころじゃなかったんだねー。実は、何を隠そう第二位派閥のリーダーは陵陽(みささぎひなた)。とってもかわいくて優秀なわたしの妹なのです。桜に本気で加勢されたら面倒だから、今朝(ひな)に連絡して、派閥ごとぶっ潰しといたんだけどー、いやー、大正解だったねー」


「お前らは……人を何だと思っているんだ……誰にだって、それぞれ大切なものがあるんだ。お前らの都合で奪ったり壊したりしていいものじゃないんだぞ……」


 陵たちのあまりの傍若無人ぶりに、もはや透は怒鳴る気力も失せていた。

こいつらを形容するに足る言葉が見つからない。鬼、悪魔、鬼畜、外道、屑、冷血、人でなし……何と言っても到底足りない。これほどの悪を透はかつて見たことがなく、そしてこれから先も見ない気がした。自分にこれから先があればの話だが。


「ほんと甘いね透くんは。奪えば生き、奪われれば死ぬ。それがこの世の真理だよ? ま、それはさておき……桜の派閥は既に(ひな)の派閥の制圧下にあります。頼みの桜はというと派閥を放り出してここに向かっていて、派閥メンバーは丸腰です。わたしが今(ひな)に電話をかけて殺害を指示すれば、くるみちゃんは……オ・シ・マ・イ☆」


 ウインクで横ピースをキメた陵の背後で、また窓が光った。

そろそろ警察が本腰を入れて出動してくるだろうが、脅威を目の当たりにした透は、もうこいつらを止められる者などいないのではと思い始めていた。


「とりあえず、わたしたちは一旦帰るね。逃走経路がある内に行かないとやばいので。その代わり、明日、わたしが指示した場所に栗夢ちゃんを連れて来ること。時間厳守だよ? 一秒でも遅れたら、くるみちゃんの生首を送るから。そのつもりでねー」


「妙な気起こすんじゃねーぞ?」


 鬼頭に胸ぐらを掴まれ凄まれた透だったが、もはや感情さえも摩耗していた。

敵が一旦撤退し時間までくれたことで、戦略を立て直す余地が復活したことは事実だ。だが、それと引き換えに渡してしまったくるみの命というハンデはあまりにも重すぎた。


 栗夢を差し出し、くるみを救うか。


 くるみを見捨てて、栗夢を救うか。


 自分を兄と呼び慕ってくれるふたりの女の子。

その運命は自分が握っているが、しかし、助けられるのはどちらか一人。

妹と妹の二者択一。兄にとって、最も過酷な選択を透は突き付けられた。


(とりあえず、桜と合流したら学園の状況を把握だ……第二位派閥の支配体制に穴があれば、その隙を突いてくるみを奪還できるかもしれない……その上で、まだ残ってる叢雲と力を合わせて逃亡を……待てよ、もし桜がくるみの奪還を渋ったら? 桜にとって栗夢が最も価値ある存在なら、この状況はむしろ僥倖……俺さえも切り捨てて栗夢と叢雲三人で姿を消すってことも充分考えられる……それに、栗夢が言っていた「桜が栗夢に殺意を抱いている説」もある……くっそ、どうすりゃいいんだ……いつの間にか奪還する対象が変わってるじゃないか……)


 挽回の作戦を立てようにも、不確定要素が多すぎる。桜と合流すれば確定する部分は多いが、しかし彼女の心ひとつでくるみ奪還への道が閉ざされる可能性もある。

思考のパラドックスに陥った透は頭をかきむしりたい衝動に駆られ、瞬間、その方法を思いついた。


 陵と鬼頭を殺す。


 殺し方は何でもいい。とにかく殺す。

最優先は第二位派閥への連絡経路の遮断。これにより、くるみの当座の安全は得られる。

そして、栗夢追跡の阻止。陵の能力はかくれんぼにおいて圧倒的な脅威だ。逆に言えば、ここを削ってしまえば相手の追跡速度・精度は大幅に下がることになる。


(この状況だ。正当防衛は充分主張できる。とにかく、この二人を確実に殺す! 大切な妹たちは、俺が絶対に守る!)


 勝負は、二人の警戒が緩んだ瞬間。まず狙うのは非力な陵。突然の攻撃に虚を突かれた鬼頭を続いて仕留める。殺人どころか、喧嘩もしたことがない透だったが、肚は決まっていた。覚悟や度胸というよりも、状況が彼をそうさせていた。


(そのためには武器だ。一撃で致命傷を負わせられるものが望ましい……)


 何か丁度いい獲物はないかと部屋に視線を這わせる透の耳に、足音が聞こえた。

まずい、自動人形が戻ってきたのか? と身構えた透だったが、さっきと足音が違う。

黒服は撤退したはずだし、一体誰が……


 透が結論に至る前にその人物は彼の後ろに立ち、叫んだ。


「鬼頭さん、陵さん……ごめんなさい!」


 栗夢の高い声が透の部屋に響き渡った。

声は透の頭の中で跳弾し、組み上がっていた思考も、これから起こそうとしていた行動のイメージも、彼の精神そのものをぐちゃぐちゃに練り潰した。


 かくれんぼが終わった。

栗夢の投了という、最も残酷な形で。

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