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少女はどこへ消えた?

 栗夢を隠した後、透は警察に連絡した。

栗夢の存在は伏せ、とりあえず家の周囲に不審者が複数いるとだけ伝え、警察官の出動を要請。十分前後で駆けつけるとの返事をもらうと、透は通話を切り一階に戻った。


(警察だけじゃ心許ない……栗夢には申し訳ないけど、桜にも連絡しよう。すぐには来てくれないだろうけど、万一のために……)


「邪魔してるぞー」


 携帯の通話ボタンを押そうとした透の後頭部を、ハンマーで殴ったような衝撃が貫いた。

そのあまりの勢いに、透は顔面からつんのめって床に激突する。

咄嗟に何が起こったのか分からない。意識を失わなかっただけでも奇跡的だった。

透に振り返る暇さえ与えずに放たれた鬼頭の右ストレートは、それだけの破壊力を有していたのだ。


(あ……お、俺……何をされた?)


「おーおー、脳天カチ割るつもりで撃ったんだがな。これで意識飛ばねぇとは、なかなか骨があるじゃねえかお前」


 鬼頭は笑いながら透に近づいてくると、その背中を思い切り踏みつけた。

肺から空気が吐き出され、透は呼吸困難に陥る。


「お前さぁ、自分が何やってんのかイマイチ分かってねえようだから教えてやるけどよ、これなぁ、宣戦布告だぞ? 殺し合いするってことだぞ? 分かったかな? おら、さっさと返事しろや!」


 今度は脇腹を蹴りあげられ、透は血反吐を撒き散らして床を転がった。内臓を損傷したかもしれない。漫画ではよく見るワンシーンだが、自分で血を吐いたのは初めてだった。


 霞む目で見上げた鬼頭の姿は、一見するとやり手のサラリーマンという風に映る。だが、眉毛を剃り、髪をオールバックにし、ワイシャツのボタンを二つ目まで開けているその姿は、社会人経験のない透の目にも明らかに堅気の人間ではないと分かった。それ以前に、他人の家に勝手に上がり込み予告なく暴力を振るっている時点で、脅威以外の何物でもない。

こんな危険な男は相手にしたことがないどころか、見たことだってほとんどなかった。

こんな奴を相手に、警察が来るまで十分近くも耐えなければいけないのか。


(けど……これだけの暴行だ、警察が来さえすれば、まず間違いなくこいつは連行される。それまで……それまでの間耐え抜くことができれば……)


「おっといけねぇ、自己紹介がまだだったな。株式会社星屑遊園地社長、鬼頭紫紅だ。七導師が一人、錬金術師でもある……ってこのくらい、コソコソ嗅ぎまわってたお前ならとっくに知ってるか。こりゃまた失礼した、な!」


 四度目の攻撃はどうにか防いだ。防御に成功したというより、反射が間に合っただけだったが、とりあえず透は無我夢中で鬼頭から距離を取る。

そんな必死な様子の透を見て、鬼頭は愉快そうに笑う。


「はははは、いいねいいね! 決死の抵抗ってか! その強靭メンタル、ウチの会社に欲しいくらいだ! 今度面接受けに来るか? ははははは!」


 額に手を当てて大笑いする鬼頭を目の前にして、透は舌打ちをした。


(面白くねぇ……)


 聡馬にしても鬼頭にしても、端から透を稚児と決めつけ、絶対に逆らえないと決めてかかっている。だからこそあからさまな挑発を飛ばすことができる。

それがたまらなく不快だった。

痛みや恐怖が飛んでしまうほどに。

こうなれば何が何でも十分耐え抜いて、このヤクザ崩れをブタ箱に送ってやる。透はそう覚悟を新たにした。だが、


「あー、お前がどこまで持つのか試してやりたいところではあるが、こっちもこっちで時間が押してんだよ。学生と違ってビジネスマンは多忙だからな。……ってなわけでお遊びはここまでだ。さぁお前ら! 始めろ!」


 鬼頭が右手を掲げて合図したその瞬間、玄関から、リビングルームの窓から、階段の窓から、裏口から、ありとあらゆる入口から黒服の男たちが雪崩込んできた。どの黒服も皆短髪でサングラスをかけ、同じような身長と体形。まるでクローンを見ているような気がして、透は眩暈を覚えた。


「いいか、この家のどこかに栗夢が隠れている! 庶民の家にしちゃあまぁまぁ広いが、それでも隠れ場所なんざ高が知れてる! 三分で見つけろ!」


 透の脇を走り抜ける黒服の顔は青ざめていた。

この鬼頭というヤクザ崩れは、敵だけではなく身内にも容赦しないタイプかと、透は胸糞が悪くなった。こんな奴の部下には死んでもなりたくない。


(なんて、関係ないことを考えている場合じゃない。警察が来るまで、早くてあと五分。どうにかしてそれまで粘らないと……警察が来さえすれば、いくらこいつらでも……)


 その時、北の方角から花火が炸裂したような音が轟いた。間髪入れずに、南からは車のクラクションが立て続けに鳴らされる。西からは男の怒声、東では女性の悲鳴が上がる。


「何だ何だ、洗足ってのは高級住宅街の割に治安の悪ぃ所だなぁ? これじゃー警察も大忙しだ。いつ来てくれるか分かったもんじゃねぇなあ?」


「お、お前……!」


 考えるまでもない。方々で騒ぎを起こしていたのは、鬼頭の部下だった。

この洗足という住宅街は、夜間はおろか日中でも人通りが少ない平和そのものの地区だ。通常ならすぐに到着する警察官を氷神邸に近づけさせないため、鬼頭が手を回して騒ぎを起こしているのだ。


 だが、運命は透を見捨てなかった。

床に転がっていた透の携帯が振動する。飛びついて手にすると、桜からのメッセージがきていた。


「叢雲が一人、十分ほどでそちらに到着するわ。私も急いでそちらに向かってるから、何とか頑張って!」


 叢雲が来る。隊長か副隊長かは分からないが、絶大な戦力が加勢してくれるという事実に透の胸は膨らんだ。

自分は一人じゃない。後ろには桜が、叢雲がついている。

彼らに繋ぐためにも、どうにかして時間を稼がなければと思案する透の前に、さっきより更に青ざめた黒服が階段を下りて戻ってきた。


「錬金術師様! 申し訳ありません。隅々まで探したのですが、対象の姿がどこにもありません!」


 彼が言い終わる前に、鬼頭は無言で壁を蹴飛ばした。壁には穴が開いた。


「んなわけねぇだろうが……ウチの城じゃあるめぇし、秘密の隠し場所なんかあるわけねぇだろ! 頭が足りねぇなら手と足動かせ! ったく使えねぇ連中だぜ」


「そりゃ部下が可哀想だ。いもしない人間を探させられて、見つからないのは当然なのに叱責されるんだもんな。素直に同情するよ」


「バーカ、栗夢がここにいるのは確定事項なんだよ……おら、見てみろ」


 脱衣所から黒服が持ってきた籠を、鬼頭はこれ見よがしに掲げた。


「清楚なワンピースと可愛いパンツが入ってるなぁ? まさかこのピンクの水玉が自分のだとか言わねぇよなぁ? 女装マニアじゃあるまいしよ」


 籠に残されていた衣類を乱暴に放り捨てると、鬼頭は八つ当たりのように床を踏みつけて叫ぶ。


「この床ブチ破って下も探せ! 栗夢がここにいるのは間違いねぇんだ!」


「それは妹の衣類だ。汚い手で触らないでくれないか」


 口の減らねぇガキだ……と鬼頭は鬼の形相で透を睨んだが、不意に不気味な笑みを浮かべると、椅子を床に叩きつけていた黒服に歩み寄って言った。


「あー、いいよもう。どーせお前らじゃ一晩かけたって見つからねぇよ」


「も、申し訳……」


 怯えきった声で頭を下げようとする黒服を、だからいいって言ってんだろと乱暴に突き飛ばした鬼頭は、透の方を向くと再び意地の悪い笑みを浮かべた。


「いやぁ、どうやら君を見くびっていたようだ。こんなゴミ共程度じゃいくら探したって見つかりそうもない……潔く、君の実力を認めようじゃないか。エクセレントぉ!」


 両腕を広げた鬼頭の過剰なアクションに、透は一抹の不安を抱く。

鬼頭は素直に敵を認めるような奴じゃない。それも、自分みたいな高校生のガキを。

何かがあるんだ。この膠着を打開する何かが。

もしや、あの道具を持ち出してくるのか? と透が覚悟したその時、鬼頭が黒服に怒鳴り声で命令を下した。


「茶番は終わりだ! 陵を呼んで来い!」

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