混沌に棲む死神
4
(こんなとこ来るんじゃなかった……)
宮越真記は後悔していた。
20XX(回生二)年4月9日。
危険宗教規制法案審議中の国会議事堂、その周辺を埋め尽くす大群衆の只中に、真記はいた。
右から左から、前から後ろから。規則性などまるでなく突発的に人の波が発生し、その度なすすべなく押し流される。陸の影さえ見えない大海原に、浮き輪だけで放り出された気分だった。
「これじゃあ、待ち合わせ場所なんて意味ないじゃん!そこに辿り着けない……というかそれ以前にまともに動けないんだし!」
この群衆の中で、自分と同じようにもみくちゃにされているであろう先輩に向けて、真記は恨み言を放った。しかしもちろん届くはずはなく、辺りに渦巻く熱気に吸い込まれあえなくかき消えた。
真記は高校二年生。ここには、先輩に連れられてやってきた。
今話題の危険宗教規制法案、その最前線を覗いてみようよと、いつものノリで引っ張ってこられたのだった。
真記にとっても、まるで興味がなかったというわけではない。
大半のテレビと新聞は法案の素晴らしさを力説するだけだったが、一部のメディアはこの国の在り方を変えてしまう悪法だと喧伝しているし、インターネットでは法案が人権や自由を不当に制限するものであること、全体主義への足がかりになりうると訴えている者も多い。
しかし、真記自身は特に宗教を信仰しているわけではなく、これがきっかけとなり国全体がおかしな方向へ向かうと言われてもどこかピンとこないというのが正直なところだった。
それでも先輩の頼みだからと来てはみたが、一旦渦中に飛び込んでしまったが最後、とても「覗いてみる」程度では済まなかった。
50万の怒れる群衆は瞬く間に二人を引き離し、もはや自分が今どのあたりにいるのかも分からないといった有様だった。
ひときわ、大きな波が来て、前方から倒れ込んできた男性の後頭部が真記の顔を直撃した。
思わず目を閉じ、そして再び開いたとき、ぶつかった男性は既に人波に流され見えなくなっていた。
もう嫌だ。
こんな場所に連れてきやがってとは言わない。言ってみたところでもう遅い。
今すぐ帰らせてくれ。いや、せめてとりあえずこの満員電車状態から出してくれるだけでいい。そうしたら後は一人で勝手に帰るから。
先輩?知るかそんなもの。
あなたが来たくて来たんだから、思う存分この狂乱騒ぎを満喫していけばいいだろう。
しかし自分はこんなところもう一分一秒だっていたくない。コミケだってここまでひどくはなかった。
苛立ち、焦燥、苦痛、真記の中で不快感が臨界点を越え、遂にありったけの力を総動員してこの人間圧縮地獄から抜け出そうと最初の一歩を踏み出した、まさにその時だった。
ふっ、と。50万の群衆が不意に言葉を失った。
状況がつかめず戸惑う真記の耳に、どこからかラジオの音声が流れ込んできた。
「速報です!たった今、危険宗教規制法案が参議院本会議で可決されました!繰り返します、危険宗教規制法案が……」
聞き取れたのはそこまでだった。
50万の感情が爆発し、辛うじて維持されていた秩序は木っ端微塵となり、辺りは完全なる暴動状態となった。
もみくちゃになりながら真記は必死に自分の身を守っていた。
「これ……本気でやばいって……ちょ、痛っ!本当に圧死する……」
右、左、前、後ろ、に留まらない。
右斜め前、左斜め前、右斜め後ろ、左斜め後ろ、あらゆる方向から力が加わってくる。
ああ、もう生きてここから出ることはできないかも……
下手に抵抗しても余計に痛いだけと悟った真記は、もはや流されるまま。
とりあえず、しなやかな柳になってこの場を乗り切ることにする。この場というのがあと一時間で収拾するのか、五時間続くのかは分からないが……
ただ一つ分かっていることは、自分はもう二度とデモの現場になんか来ないということ。
いや、時代の最前線だとか、社会の節目だとか、そういった面倒臭そうな物事には金輪際一切関わらず、平穏平和に暮らしていこう。
そう誓った真記の視線が、あるものを捉えた。
瞬間、真記は驚愕に凍り付いた。
混乱、混沌を極める状況の中で、圧倒的に絶望的な存在感を放っているそれは、カラスのように徹底的に黒く澄み渡っていた。大きさは手のひらサイズで、真っ直ぐ真記の方を向いている。
拳銃だ。
頭がそう認識するより先に、それはぱんぱんと乾いた音を立てていた。
真記の周辺にだけ、再び静寂が落ちる。
弾は真記には当たらなかった。そのかわり、斜め後ろにいた大学生くらいの女性が音もなく崩れ落ちた。
真記は見てしまう。彼女の額に空いた真っ黒な穴と、生者のものではなくなった瞳を。
直後、群衆のエネルギーが再度の噴火を起こした。
今度の爆発は完全に情け容赦のないものだった。先程の爆発は、法案成立という暴挙への怒りが発露したもの。
対してこの爆発は、殺されるかもしれないという生物としての本能的恐怖に由来するものであり、それはあらゆるものを置き去りにして人を突き動かす。
それこそ、人を押しのけ、殴り、蹴飛ばし、場合によっては殺してでも。
「ほうら、やっこさんたち、本性を現しやしたぜ」
いつの間にか、拳銃を発砲した男は真記の傍らにいた。
それどころか、肩に腕さえ回してきたのだ。
心臓を鷲掴みにされているような絶望感が真記の全身を貫いた。
そんな真記の心中など全く斟酌せず、男は飄々と嘯く。
「やっこさんたちは平和だの友愛だの人権だのと力説してやしたが、そんなものは所詮安全な場所から見下す相手に浴びせる中身のない美辞麗句の羅列だってのが、これで証明されちまいやしたねぇ。ご覧なせぇ、誰も彼も生き延びるため蝿を潰すように人間を蹴散らしていやすぜ」
くくく、と男は愉快そうに笑う。
奇妙な男だった。
薄汚い和服に草履という時代錯誤な格好は男の存在感を虚ろにし、幽霊のような印象さえ抱かせる。
髪の毛はかなり白くなっているが、端正な顔に皺は見られず、実年齢を読み取ることができない。
どういう意図があるのか、葉っぱをくわえている。
「結局ねぇ、人ってのは誰しも自分が一番なんですよ。どんなにご立派な教えを実践し、神の寵愛を受けようが、根本的な部分は変わらねぇ。国王や大統領だろうが、浮浪者や奴隷だろうが、みぃんな一緒さ。けど、それは別に悪いことなんかじゃあない」
和服の男が真記の顔を覗き込む。
糸のように細い目は一見、好々爺のように見えるが、しかしまぶたの奥底に潜む底なしの暗さは真記から一切の正常な思考を奪い去った。
「やりたいようにおやりなさいな。自分の欲望に正直に、本能に忠実にね。あっしが地獄絵図を描くのは、つまりそういう考えからです。理由なんかありやせんよ、そうしたいからするだけさぁ……さて坊ちゃん、あんたはどう生きやすか?この狂った世界を」
にこやかに笑んで、和服の男は真記から手を離す。
同時、真記は走り出していた。人にぶつかっても、突き飛ばしても、踏みつけたって構わない。
そんなことは問題じゃない。全く、考慮すべき問題ではない。
逃げなければ。
一刻も早くあの男から。
あれは、危険だ。危険としか言いようがない。
彼は言った。やりたいようにやると。
こうも言った。だから地獄絵図を描くと。
更に言った。理由なんかないと。
通常、人が人を殺すのには動機がある。
私怨だったり、金銭目的だったり、八つ当たりだったり、任務だったり。
行動の結果発生する決して少なくないリスクをそれでも冒すだけの動機が必ず存在するものだ。
しかし、あの男にはそれがない。
強いて挙げるなら、本人曰く「そうしたいから」か。
いずれにせよ、あの男は、いや、「あれ」は。
社会に存在していてはいけないものだ。獣、鬼、いや……死神か。
真記は嘔吐した。
頭はふらつき、何度も転びそうになる。
それでも走り続けた。
止まるわけにはいかない。今、この瞬間にも背後にあの男がいて、自分の後頭部に銃口を向けているかもしれないのだ。
真記の左側頭部に衝撃が弾けた。
浮遊感とともに、時間がだんだんゆっくりになっていく。
(え、あれ、撃たれた? マジで? こんなんで死ぬわけ?)
真記の意識は霧のように薄く溶けていった。
走馬燈が見えるかと思ったが、特にこれといってなく、自分の人生は何と味気のないものだったのだろうと真記はうんざりした。
意識が完全に闇に落ちる寸前に浮かんだ先輩の顔が、せめてもの彩りだった。
5
ぼんやりと霞がかかった意識の中で、誰かが呼ぶ声がする。
それはゆっくりと明晰していき、やがて真記は意識を取り戻した。
「君、君!大丈夫か?」
呼びかけていたのは、見知らぬ男。真記の両肩を掴んでゆさぶっている。
その瞬間、真記の脳裏に先程の悪夢が蘇った。とても同じ人間だとは思えない、悪魔のような、死神のような和服の男。
「ひっ!」
全身を貫く恐怖に真記の体は強張ったが、しかし目の前の男が先程の和服の人物ではないと分かると、ゆっくりと弛緩していった。
同時に、左側頭部で鈍痛が波紋を広げる。
それによって真記は理解した。頭に何かが当って、その衝撃で気絶していたのだということを。
とりあえず、撃ち殺されずには済んだ。
「心配しなくていい、俺は勧善懲悪寺教団の者だ。教義に従い、負傷者の救護をしている。特に気分が悪かったり、痛むところはあるか?」
男の声は、芯からにじみ出る優しさで満ちていた。
今、この時、この瞬間、目の前にいる一人のことを真剣に考え、思いやっているのだと分かる。
これこそが宗教の神髄なのだと真記は感動した。
『結局、自分が一番』
信仰など本能的恐怖の前では無力だと嘲笑った和服の男、あいつに一杯食わせたような気がして、真記の胸はすっとした。
「いえ、特には……」
鈍痛が壊れたステレオのように響き続けているが、訴えるほどのものでもない。
真記が答えると、男は心からほっとしたように息をつくと、次の瞬間には凛とした目をして立ち上がった。
「そうか、よかった。じゃあ、俺はもう行くよ。まだまだ助けを必要としている人が大勢いるからね。見ての通り、騒ぎは収集したが、さながら地獄絵図だ。どっかの馬鹿が銃を撃ったらしく、それによって大混乱が引き起こされた」
男に促された方向に視線を向けた真記は、そのあまりの惨状に言葉を失った。
発砲騒ぎからどれだけ経ったのかは定かではないが、満員電車のような人混みはなくなっていた。
あの発砲で、皆法案のことなど忘れて我先にと逃げ出したのだろう。発砲がなければいまだに満員電車は続いていて、真記もその中から出られていなかったかもしれない。
などと、冷静に分析することなど、到底できようはずもない。
まるで合戦場のように、血塗れになった人間がそこかしこに転がっていた。
二本の足で立っている者は圧倒的少数。座り込んで動けない者、傷を押さえてうずくまる者、気を失っている者、素人が見ても息絶えていると分かる死体すらあった。
「こ、これは……」
「これがこの国の行く末だ」
男は憤りを抑えるように静かに、それでいて強い口調で言った。
「発砲したのは、おそらく政府の工作員だ。大混乱を引き起こして、デモ隊に打撃を与えようとしたんだろう。人間のすることじゃない、悪魔の所業だ」
後半には全面的に首肯した真記だったが、政府の仕業かというと、それは違う気がした。
あの和服の男は、見た目も雰囲気も、とても政府の人間だとは思えない。
むしろ、好きなように生きようという主張は、宗教側の意見であるようにも思える。
真記が何か言おうとする前に、男はこの場から歩き出していた。
「君も、早く帰った方がいい。家族や友達が心配しているだろう」
一緒に来た人とはぐれてしまったのだが、どうしたら。
真記の頭の中で、今言うべきことがようやくまとまった時には、もう男の姿は遥か遠くに霞んでいた。
真記は、再び一人になった。
「……どうしよう」
自分と先輩が今日ここに来ていることは、親や友人には知られていないはずだ。
「これはゴクヒ潜入取材だよ!デモの現場に行くってことは、ゼッタイひみつだからねっ!」
という先輩の言いつけを忠実に守り、真記はここに来ることを一切他言しなかった。
よもや言いつけた本人が口を滑らせることはないだろうから、真記たちがここに来ていることは誰も知らないと考えてまず間違いない。
真記はともかく、先輩は箱入り娘なので危険な場所に行くなどと知れたら軟禁される恐れすらある。
勧善懲悪寺教団の信徒を名乗る男に介抱されたおかげで恐慌状態からは脱した真記だったが、一刻も早くこの地獄から脱出したいという気持ちに変化はなかった。
視界を埋め尽くすほどの血塗れの人間。苦悶の声と怒鳴り声が渦巻く一帯は、地獄という以外に相応しい形容が見当たらない。
しかし……
「先輩の無事を確かめずには、帰れないよね」
落ち着きがなくて無茶ばかりする、一緒にいるととんでもなく疲れる先輩ではあるけれど、それでもそんな日々が嫌じゃなかったし、何だかんだ楽しかったから今日までついてきたのだ。
今までも、そしてこれからも、先輩とのドタバタな毎日がずっと続いてくものだと疑いもせず思い込んでいた。
最低限の落ち着きを取り戻した今、先輩を放って自分だけ帰るなど、とてもできなかった。
真記は立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。恐る恐る、そろそろと進んでいく。
右に左に、負傷した人間が転がっている。
あの騒ぎから時間にしてどれだけ経過したのかは定かではないが、こんなにも怪我人が放置されているということは、相当数の人間が負傷したということだ。
「うわ……」
真記の進行方向に転がっていたもの、それは四十代くらいの男性だったのだが、死亡していた。
平凡な高校生である真記の目にも、それは明らかだった。
口から夥しい血を吐き出し、見開かれた目は虚空を見つめている。
しかし、慄いてなどいられなかった。
暴動の最中、踏まれるなどして死亡した人間は一人や二人ではないはずだ。
先輩がそうなっていないという保証はどこにもない。
ここでようやく真記は携帯電話の存在を思い出した。
先輩からのメッセージが来ているかもと期待したが、着信、メール、メッセージアプリ、どれもからっぽのままだ。
それでも立ち止まっていることなどできない。
真記は早足で歩きながら、先輩の携帯に電話をかけた。機械的なコール音が十回。
次いで先輩の声で、「ただいま電話に出られませんっ!御用の方はメッセージをどうぞっ!」とおどけた音声が流れ、真記は泣きそうになった。
先輩……どこにいるんだよ。
余計なことを考えている場合ではないというのに、真記の頭は先輩と初めて会った日のことを再生し始めた。
去年の四月、遅咲きの桜が音もなく散りゆく夕暮れ。
校舎の端っこにある、ほとんどの生徒には存在すら知られていない埃まみれの空き教室で、真記と先輩はふたりきり。
若干引き気味の真記に、先輩は満面のドヤ顔で宣言したのだ。
「よぉーし!わたしについてきたまえ!キミの学園生活を、最高に楽しいものにしてあげよう!」
その言葉通り、この一年間、西へ東へ真記は先輩に散々引っ張り回された。
時には警察官に追いかけられ、時には山の中で道を見失い、時には筆舌に尽くしがたい珍味に卒倒しそうになったりもした。
そんな気の休まる間もない災難の連続な日々が、今となっては無性に恋しかった。
「先輩、真記です。自分はとりあえず無事です。先輩も無事なら早く連絡してください。後輩の監督責任を果たしてくださいよ」
メッセージを入れ終えても、真記はなかなか通話終了ボタンを押せなかった。
通話を終了してしまったら、これっきり先輩とのつながりが途切れてしまう気がして。
それでもどうにか携帯をしまい、歩き出した真記の目に人だかりが飛び込んだ。
瞬間、真記は直感した。虫の知らせ、もしくは第六感。科学的な立証はされていないが確かに存在する知覚によって、真記はそこに先輩がいると感じ取った。
何かに導かれるように真記は人だかりの方へ進んでいく。
不思議なことに、恐怖はなかった。
まるで、先輩の存在を感知した瞬間に脳が活動をストップしてしまったかのように。
真記は人混みをかきわける。そしてその中心に横たわっていたものを見る。
先程の中年男性と全く同じ状態で息絶えている、先輩、桂岡由加の変わり果てた亡骸を。
6
完全に日が暮れ、桂岡由加の遺体が運び出され、その他の負傷者や死亡者も運び出され、デモ隊や機動隊があらかた撤収した後も、真記はその場に残っていた。
絶望に支配された脳が、真記に動くことを許さなかった。
先輩が死んだ。
いつまでも続くと思い込んでいた日常は完全に破壊され、もう二度と戻ってくることはない。
記憶の中で、由加の笑った顔や、元気な声だけが悲しく光っていた。
「なんで……こんなことに」
薄々、思っていた。こんなことを続けていたらそのうちきっと痛い目を見ると。
最初の頃は真記もやんわりとたしなめていたのだが、由加が全く聞く耳を持たず、何より活動予定を語る時のキラキラした瞳を曇らせたくなくて、いつしか忠告することをやめてしまった。
自分のせい、なのか。
さすがに今回ばかりは止めるべきではなかったのか。
来るにしても、もう少し警戒というか、デモ隊からは距離を取るべきではなかったのか。
今となっては、全てが遅すぎる。
「くそっ、くそおっ……」
体育座りの姿勢で、ふくらはぎを何度も叩く。
自分が許せなかった。
先輩をみすみす死なせてしまった自分が情けなかった。
そうだ、あんなに危なっかしい先輩なんだから、自分がしっかりしていなければいけなかったのだ。
それなのに、それなのに……
ひび割れた真記の心は、壊れる寸前だった。
いっそこのまま壊れた方が楽なのかもしれないと思ったとき、真記の脳裏に拳銃を構える和服の男の姿が蘇った。
「……そうだ」
全ての元凶はあの和服の男ではないか。
奴が拳銃を発砲したから、大混乱が発生し大勢の死者・負傷者が発生し、由加までも犠牲になってしまったのだ。デモ自体は過激なものだったが、死者が出るほどのものではなかった。
自分は悪くない。
由加も悪くない。
デモの参加者も、法案を成立させた政治家も悪くない。
悪いのは……あの和服の男ただ一人。
あいつさえ、あいつさえいなければ……あいつさえ現れなければ!
真記の瞳に、暗い光が宿る。
ゆっくりと、しかし確固たる意志を持って立ち上がり、もはや人のまばらになった国会前の空間を睨み付ける。
和服の男は、もうここにはいないだろう。
隠れ家に舞い戻り、盃を傾けながら次の地獄絵図の構想でも立てているのかもしれない。
そんなどこにいるかも分からない、名前も知らない男に向けて、真記は宣言した。
「許さない」
この宣言に、真記は二つの意味を込めた。
桂岡由加という、真記の一番大切なひとを奪った和服の男を許さないということ。
男を追いつめ、鉄槌を下すために、自分自身が絶望に打ちひしがれ、壊れることを許さないということ。
「お前を絶対に追いつめて、破滅させてやる。自分のしたことの重さを骨身に叩き込み、心の底から後悔させてやる。お前を絶対に、絶対に許さない!」
現時点では、和服の男の身元も居場所も、真記には何一つ分からない。
しかしそんなことは行動を躊躇する理由になどなりはしない。
可能性があるからやるのではない、やることで可能性を生み出すのだ。
今ここに、宮越真記の生きる意味、最終目標は完全に決定した。