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私の従妹は世界一可愛い

「おにいさま、って呼んでいいですか?」


 去年の暮れに氷神家で開かれたくるみの誕生会。

たくさんのJC&JSがキャッキャウフフする桃色空間で、栗夢は初対面の透にいきなり言い放った。


「おねえさまにはないしょですけど、実はわたし、ずっとおにいさまが欲しかったんですっ!」


 リビングで談笑する桜やくるみの目を忍ぶように、キッチンでふたりは身を寄せ合っていた。いや、寄せ合うというよりは、栗夢が一方的に身を乗り出しているといった方が正しいか。まぁ、ともかく。


「い、いいけど……でも、栗夢ちゃん、俺のことよく知らないだろ?」


「いいえ! 知ってます!」


 苦笑しようが困惑しようが関係ない。

圧倒的な期待と絶対的な信頼で、栗夢は透にその身を預けようとしてくる。


「くるみちゃんからいつも聞いてますから! おにいさまのおはなし!」


(あー、そういうことか……)


 透は理解した。要するに、くるみが脚色して語った透の話を聞いて、白馬の王子様か何かと勘違いしてしまったのだろう。こういうことは以前にもあった。全く、ブラコンの妹を持つとこの手の苦労が絶えない。

とはいえ、女の子の夢をわざわざ壊すことはない。このくらいの年齢の子なら、そのうち同年代で好きな相手もできるだろう。そしたら俺はお役御免だ。それまでは、この可愛い夢に付き合ってあげよう。


「ああ、分かった。俺も妹だと思って、これからは栗夢って呼ぶからな」


「ほんとですかっ!? やった~! おにいさまができました~!」


 クリスマスプレゼントをもらった幼子のように無邪気に喜ぶ栗夢を見て、まぁ、妹は何人いたっていいよなと更なるシスコン沼に嵌っていく透だった。




「は? あの栗夢が、七導師だって……?」


 透の記憶の中の栗夢は、少なくとも去年の暮れの時点では何かの宗教の信者という風ではなかった。どこにでもいる小学五年生、いや、最近の子供はすれてひねくれているから、いまどき珍しい純真無垢な女の子だった、というべきだろう。


(……だからこそ、なのか?)


 通説として、真面目で真っ直ぐな人間ほど宗教にのめり込みやすいと言われる。

ロシアの宇宙基地爆破以前にも、日本の宗教団体によるテロ、破壊活動は多々あった。教団に批判的な活動を行う者を家族ごと皆殺しにしたり、朝の通勤ラッシュで混雑する地下鉄の車内で毒ガスを撒くなどの事件は枚挙に暇がない。

そしてその実行犯には、有名国立大学の学生や一流企業の社員が多く含まれていた。

「答え」の見えない社会で、「模範回答」を与えてくれる宗教の引力は一般人が思っている以上に強く、そして真面目で真っ直ぐな人間ほど引き寄せられてしまうと識者は口々に語ったのだった。


(栗夢……あれから、何があったっていうんだ?)


 少なからずショックを受けたであろう透に配慮してか言葉を切っていた桜だったが、再びカップに口をつけると話を再開した。


「透さん、さっき『痴情のもつれ』と言ったわね? あながち、間違ってはいないのかもしれないわ」


 やや強い口調で言う桜は、自分を責めているようだった。たまらずくるみが「お姉さま、それは違います!」と遮るが、桜は構わず続けた。


「ADPに入れ込んでいたのは、栗夢の両親の方。それだけなら問題なかったのよ。いかに両親が熱心に活動していたとしても、学期の途中に娘を全寮制の学園から連れ出して宗教団体の幹部に就任させるなんて、そんな暴挙は通らないのだから」


 少なくとも派閥が絶大な力を持つ白桃女学園では、派閥の主は派閥構成員の親程度なら造作もなく捩じ伏せられる。しかし、派閥構成員本人に反旗を翻されると話が変わってくる。


「でも、栗夢は出ていってしまった。そして今、七導師として教団の象徴になっている……全て、私のせいなの。私が、栗夢を傷つけてしまったから……」




 桜は度々声を震わせながら、栗夢が出ていった経緯を語った。

日本屈指の資産家、砦家。鎌倉にある広大な敷地には、桜の実家である本家と栗夢の実家である分家が軒を並べていた。しかし、仲が良かったわけではない。彼らが暮らしていたのは先祖代々から受け継いだ鎌倉の一等地。本家、分家共に、ここを明け渡すことは憎き相手に白旗を掲げ、跪くに等しい行為と認識し、何十年も土地屋敷の領有権を争っていた。


 それがここにきて、事態が一気に動き始めた。湯水のように寄付金を注ぎ込んだことによりADP内で筆頭株主の如き地位を築いた分家夫婦が、教団の力を背景に攻勢をかけてきたのだ。


 劣勢に立たされた本家だが、それでも日本屈指の資産家というのは伊達ではない。土俵際で踏みとどまり、態勢を整えると、反攻を開始した。彼らは戦況を元の状態に戻すだけでは飽き足らず、まるで眠れる虎が目を覚ましたが如く、分家を完膚なきまでに叩き潰すつもりで進撃していった。


 焦った分家は一計を案じた。教団の力を借りて攻勢をかけたが、しかしせいぜい力が五割増しになった程度だ。この状況を打開するには、十割、二十割の力が要る。それほどの協力を教団から引き出すためには……


 生贄を捧げなければ。


 七導師の一人、「浄化術師」に栗夢を推挙する。

今の浄化術師には不幸な事故に遭ってもらい、表舞台からは退いてもらおう。

そして空席となったポジションに栗夢が収まり、保護者である我々は最高幹部をこの世に産み出した存在として、一国の王、とまではいかずとも、大臣に匹敵する発言力を得る。


 肚を決めた分家夫婦の行動は早かった。

浄化術師はある日突然行方不明となり、その後任として栗夢が推された。競合する候補者は何人かいたが、めぼしい者は夫婦が裏工作をして潰してしまった。同じ教えを信じる者すら虫のように駆逐する形振り構わない姿は、とても敬虔な宗教信者とはいえないものだったが、その甲斐あって栗夢は浄化術師となるはずだった。


 だが、他ならぬ栗夢本人がそれを拒否した。


 七導師は教団の象徴。日々こなさなければならない「公務」も多い。それに就任するとなれば、当然全寮制の学校になどいられない。転校を余儀なくされることになる。

桜の派閥で仲間たちと過ごす日常が大好きだった栗夢は、大泣きして嫌がった。浄化術師なんて誰がなったっていい。けど自分の居場所はここしかない。ここでなければだめなんだと。


 遂に分家の屋敷を飛び出した栗夢は、本家の屋敷に飛び込んだ。そして桜に助けを求めたのだ。離れ離れにしないでと。




「……そこから先は、申し訳ないけれど言いたくないの。あまりに、あまりに情けないから……」


 とうとう桜の瞳から涙が零れた。

くるみがすかさず背中をさすってあげる。

かける言葉も見つからない沈痛な空気の中、透は状況を整理した。


 栗夢は七導師になる気はなかった。やる気だったのは両親。

→栗夢、両親とけんかし桜のもとへ。

→桜とも決裂してしまい、結局両親に連れられADPへ。

→七導師に殺害予告。

→責任を感じた桜、自ら殺害阻止に動き出す。


(ってところか)


 透としても、栗夢には少なからぬ好感を抱いていたし、そうでなくても年端も行かない少女が命を狙われているとなればじっとしてなどいられない。

だが、状況が厳しすぎる。

十宗使徒の予告した日付は明々後日。

場所は遠い東北・秋田の更に山奥・緋斗潟村。

自分たちはちょっと偏差値と財力があるだけの中高生。

相手の実力は不明だが、予告を出しているからには只者でなどあるわけがない。


「とりあえず、聞きたいことが二つある」


 依然疑問が山積している状況。行動指針を決定するには、知っておくべきことがまだある。


「何でも聞いて。知っていることなら全てさらけ出すわ」


「えっちなこととかは聞いちゃだめだからね!」


 発言機会の少ないくるみがここぞとばかりに釘を刺したが、あまりにも場違いだったので透も桜も黙殺して話を進める。


「まず一つ、発言権のある両親が猛烈に推したとはいえ、まだ十歳の栗夢がどうして最高幹部である七導師になることができたのか。もう一つは、十宗使徒のテロ実行は、現時点で確実だと言えるのか」


「どちらも愚問ね」


 涙を指で弾き飛ばした桜は、派閥のリーダーの顔に戻って断言した。


「まず一つ目。栗夢は世界一可愛いんだもの、選ばれるのは当然だわ」

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