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俺と妹とお姉さま

 今回から新章です。

前回までは「テログループ」サイドであるミヤちゃん、もとい美闇の視点でしたが、今回からは「テロ阻止勢力」である透の視点で物語が展開していきます。



 1



 頭部に着弾した衝撃が、波紋の広がるように全身に及んでいく。


 中空に投げ出された透は、それによって自身が戦闘継続の不可能になるレベルのダメージを受けたということを理解した。


 ぼやけた視界の先で、敵が立っている。


 勝ち誇るでもなく、嘲笑するでもなく、ただ無表情で見下ろしてくるその顔に、透は覆し難い圧倒的な差を見せつけられた気がした。


(勝てない……今の俺じゃあ、こいつに……自動人形には、勝てない……)


 物理法則に従い、透の身体が落下を開始する。崖下へと。このままではあとほんの数秒で透は完全に意識を失うか、運が悪ければ死ぬだろう。そして目が覚めた時には、もうここには誰もいない。透の自宅を襲撃した連中も、自動人形も、そしてもちろん、栗夢も。


(力……力が欲しい……)


 透は願った。滑稽に、しかし全てを賭して。


(総てを覆せる力……立ちはだかる敵を全て捩じ伏せ薙ぎ払う力……あいつを、救える力……力が欲しい!)


 奈落の底へと落ちていく数瞬、少年は恐怖も絶望も忘れ、ただ力を欲した。

そしてその姿が闇に呑み込まれる、その瞬間――



 2



 20XX(回生十七)年7月14日。東京都町田市南町田の喫茶店「裏庭」。


 高校生、氷神透は困惑していた。

大事な相談がある、といって放課後この喫茶店に呼び出されたかと思ったら……


「お兄ちゃん、来てくれて本当にありがとう。お姉さま、誰にも相談できなくて辛そうだったの。見てるこっちが苦しくなっちゃうくらい……」


「くるみさん、そんなことはなくてよ。私、そんなにやわじゃないんだから」


「お姉さま、わたしの前でくらい、素直になっていいんですよ? 強がったって、妹にはお見通しなんですからね」


 目の前の女子中学生二名が、唐突に百合百合し始めたからである!


(なんだこれ)


 昨晩、透のもとに電話があった。どうしてもすぐに相談したいことがあるから、いつもの喫茶店に来てほしいと切実な口調で訴えられたのだ。

透だって暇ではない。明日を最後に国に帰ってしまう留学生との貴重な交流だったり、テストや模試のたびに絡んでくるガリ勉ちゃんを返り討ちにしたりと忙しいのだが、それらを全てなげうって急行してきたのだ。それなのに……


「相談内容というのは痴情のもつれか? なら悪いが力になれそうもない。他をあたってくれ」


「あ、ごめんねお兄ちゃん! そうじゃないの」


 少女の一人が慌てて透の方を向く。


「だって、普段は何でも完璧で、弱点なんて何一つなさそうに見えるお姉さまが珍しく弱気だったから……おせっかい妹キャラとしてどうしてもほっとけなくて!」


「くるみさん、自分でキャラとか言うのはどうかと思うわ。あと、私は断じて弱気になんてなっていないから」


「お・姉・さ・ま! 姉妹間の嘘つき禁止ですっ!」


「……お前らせめて寮に戻ってからいちゃついてくれないか頼むから」




 結局、彼女たちが相談内容を語り出すまで、それから更に五分を要した。


 相談者その一、砦桜(とりでさくら)

南町田にある全寮制名門お嬢様学校、白桃女学園の中等部三年生。

腰まで達するストレートの黒髪と、白磁の如き美しさの艶肌。そして何よりも端正な顔に浮かぶ凛とした表情が、上流階級の中でも更に高位に君臨していることを見る者に想像させる。まさにお嬢様の中のお嬢様というべき存在。


 実際に桜は学園内で派閥のリーダーとして名を馳せている。

この学園における派閥というのは単なる仲良しグループではなく、オンラインゲームのギルドのようなものである。誰でも立ち上げることができ、裏切り、引き抜き、吸収などあらゆる人事が行われる派閥同士が、白桃女学園では常に覇を競い合っている。


 学園祭や体育祭、定期テストや部活動といった学園主催イベントはもちろん、友情や恋愛、いじめなどの生徒間イベントや、カードゲームや占いといった娯楽にいたるまで、ありとあらゆるものが派閥対抗戦の対象とみなされ、その結果如何によって派閥の権力は大きく増減する。極端な話、学園内で上位派閥は神にも等しい。それゆえ、誰もが隙あらば上位派閥に食い込み、同時に邪魔者を蹴落とそうと機会を伺っているのだ。


 この派閥対抗戦の起源は初代生徒会長の提唱だったといわれている。

学園内で24時間365日常に張りつめた人間関係に晒されていることで、将来上流階級で生き残っていく力を培おうということだ。保護者である政財界の大物たちは諸手を挙げて賛成し、その子女である生徒たちも自分こそが女王になると自信満々に歓迎した。かくして、平和や安穏から最もかけ離れた学園が誕生したというわけだ。こんな学園にまかり間違って平凡な少女が入り込んでしまったら、その末路は推して知るべしというものである。


 そんな生き馬の目を抜く学園において、桜は中等部の生徒でありながら勢力第三位の派閥のトップであり、十名ほどの「妹」を束ねる「お姉さま」として名を馳せていたのだった。


 相談者その二、六城(ろくじょう)くるみ。

白桃女学園の中等部二年生で、桜の派閥に所属している。

学園では珍しく政財界大物の娘ではないが、天性の要領の良さと、桜の庇護によってサバイバルを生き抜いている。栗色のセミロングをツインテールに結び、いつもぴょこぴょこ揺らしている「妹キャラのテンプレート」というべき少女だ。


 くるみの母親はかつて透の父親と半年だけ夫婦だったことがあった。

つまり透にとってくるみは「元義妹」という非常に中途半端な立ち位置なわけだが、くるみが「お兄ちゃん」と呼ぶので透も妹として接することにしている。


 こほん、と意識を変えるように咳払いをひとつして、桜は語り始めた。


「話というのは他でもないわ。私たちと一緒にアンジュ・デ・ポームの聖地、ロワイヨム・エトワーレに行って、十宗使徒による七導師暗殺計画の阻止に協力してほしいの」


(……は?)


 自分に向けられる桜の真剣な瞳、それに相反する話の突拍子のなさ。それらに挟まれた透は、すぐには返す言葉を見つけられなかった。

いかに桜が普通の中学生とは比較にならない傑物といえど、話のスケールが日常からかけ離れ過ぎていたからだ。


 アンジュデポーム? ロワイヨムエトワーレ? アンサツケイカク? ソシ?


(もしかしてオンラインゲームの話か? けど白桃ってパソコンケータイ禁止だったような……)


 そんな透を見て、桜は自嘲した調子で零すように言った。


「話の入り方が悪かったわね。ごめんなさい。やはり本調子ではないのかしら……順を追って話していくわね。どこから説明が必要かしら?」


 第二種宗教団体であるADP(アンジュ・デ・ポーム)が十宗使徒を名乗る連中から脅迫を受けているというのは、ネットの噂話程度には知っている。だが、騒動の全容や、なぜ桜がその阻止に動くのかということは分からない。ゆえに透はこう答えた。


「一番最初から頼む」




「……というわけで、ADPは現在、十宗使徒を名乗るテログループから脅迫を受けているの。標的は最高幹部である七導師の七人。実行予告日は7月17日、明々後日よ」


 桜は努めて落ち着いて、今回の騒動の経緯を語った。

十六年前、極東ロシアの宇宙工業都市・ラススヴィエーツクで日本の宗教団体が同時多発テロを発生させ、宗教規制を求める外圧が強まったこと。

政府提出の法案「危険宗教規制法案」が宗教界からの大反発を浴び、国会前の大騒乱・4.9事件を経て、政府と宗教界の全面戦争・宗教浄化に突入したこと。

三年間にわたる内戦によって規制対象とされた団体はほぼ壊滅し、それ以外にも甚大な被害の及んだ宗教界が焦土と化したこと。

その地獄絵図の裏で、ADPが仲間を売って生き延びていたこと。

それに気づいた壊滅教団の残党が結束し、その罪を裁こうとしていること。


「呑気なことに、七導師は脅迫状を全く相手にせず、予定通り17日に前夜祭を行い、18日の遊園地オープンを迎える気でいるわ。警察に被害届を出してもいないみたい。教団がそんな調子である以上、私たちで何とかするしかないの」


「まぁ、大体の流れは理解できたよ」


 頭脳明晰な桜の説明はとても分かりやすく、透の現代宗教史への造詣は一気に深まることとなった。だが、一番重要な部分はそこではない。


「で、問題はどうして桜が行動するのかってことだ。桜は特定の信仰を持ってはいなかったよな? 教団の指示に従う義務のある信者でもなく、治安と人命を守る義務のある警察でもない俺たちが、どうしてテロリストと対決しなきゃならない?」


「義務ならあるわ」


 桜はカップを口許に運び、舐めるようにひとくち含む。

後戻りできない一本道を進むため、自ら劇薬をあおるように。


「砦栗夢……私の従妹、貴方も会ったことがあるわよね」


「ああ、去年、くるみの誕生会に来てくれたよな」


 透は栗夢と面識がある。桜の四歳下の従妹で、白桃女学園初等部五年生。

亜麻色のロングヘアーと子犬のような人懐っこさが印象的な、西洋人形のように愛らしい少女だったことを覚えている。

しかしなぜ今栗夢の名前が、と透が口にする前に、桜がその事実を告げた。


「栗夢は、七導師の一人……十宗使徒の殺害対象なの」

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