表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/72

選択



 23



「というか、これを先に聞くべきだったのですが」


 司会進行の利根川が、雑談のような自然さで標無に問いを投げかけた。


「あなたは、なぜこの部屋に爆弾を投げ込んだりしたのです?」


「いや何、大した理由じゃございやせんよ」


 くっくっくと標無は笑うが、しかし爆弾を投げ込む理由に大したも些細もないものだ。

標無の語る内容に興味がないわけではないが、さりとて意味があるとも思えないので誰も彼も聞き流す心算で耳をそばだてた。そして、老人の語ったことはやはり常軌を逸していた。


「トンネルを崩落させるのに十分な爆薬を仕掛けて、それでもまだ余っていたもんでね。捨てるのも勿体ねえから、ちょいとあんたらを試してやることにしたんでさぁ。あっし、宵越しの銭は持たない主義なんでね。銭も爆弾も、使い切って手元に残さないのが一番よ」


 そうすりゃ証拠も残りやせんしねぇ、と標無は嘯く。

目を血走らせた忌島が立ち上がろうとしたが、隣の奥州が制した。標無には何を言っても無駄だとかぶりをふって諭す。それに、乱闘の危険を冒して事を荒立てずとも、標無の処遇を問う投票は、現在許容2に対し排除が4。あと一人が排除に票を投じれば標無はそれで終わりだ。

投票を残しているのは御人形様、つぐら、美闇。

メンバーの生殺与奪を握っている御人形様と考えの読めないつぐらはともかく、美闇は排除に票を投じると誰もが思っていた。

なぜなら、美闇は弱いからだ。ここにいる十人の中で、唯一闇の世界に軸足を置いていない、平和な表の世界の人間。そんな者が、狂気という概念の擬人化のような標無を受け入れられるはずがない。故に美闇が投じた排除票で決着がつくと奥州や玉那覇は考えていた。


「童も特に問題があるとは思わぬ」


 御人形様の可愛らしい声が、混迷し始めていた場の空気を決定的に混沌へと変えた。

奥州や玉那覇などはやっぱりかと苦渋の表情を浮かべるにとどめたが、宝生に至っては完全に放心状態だった。御人形様が標無を排除してくれると確信していたのだろう。


「虚無教がどのような教義を掲げ、その信徒らがどのような価値観に則って行動しているのかくらい承知しておる。それが計画の遂行を著しく妨げると思われたなら、そもそも虚無教に作戦参加の打診などしておらぬわ。確かに、童が想定していたよりもだいぶ危うい者のようじゃが、まぁこのくらいは許容範囲じゃろ」


「あ、あんたは安全な場所で見てるだけだからそんな呑気なことが言えるんだ!」


 遂に宝生が御人形様に嚙みついた。期待や信頼が大きかった分だけ、それが裏切られた時の落胆や失望は大きく、そして発生した負のエネルギーは逆恨みへと向かう。


「俺たちは、七導師を殺すという大義のために集まったのだろう! その達成、それ以上に大切なことなんてないはずだ! なのに、なぜ! 味方を攻撃するような奴を引き入れる必要がある? そんな判断、俺は納得できない!」


 宝生は完全に我を忘れていた。

道中の様子から、宝生は他のメンバーに比べて数段落ちると美闇も睨んでいた。確かに美闇のような闇の世界のやの字も知らないずぶの素人に比べれば、最低限の「資格」は満たしているのだろう。しかし、実際に宗教浄化を戦った奥州や玉那覇、利根川ほど場数や経験を積んでいるわけではなく、戦闘技術に長けた徒花や忌島、つぐらほど腕に自信があるわけでもない。

メンタル的には美闇に最も近い「半端者」の宝生が、標無という恐怖に負けて御人形様に楯突くというのは、無理からぬことだった。その愛らしくも不気味な人形の向こうにいる者が、生殺与奪を握っていることなど忘れて。


「こいつを入れるっていう発言を取り消せ……いや、リーダー権限で今すぐ排除の決定を下すんだ。そうしないなら、俺はあんたを」


「そこまでだ」


 宝生の迸る熱気は、その言葉通り寸断された。

その一言の、いっそ残酷なまでの冷たい響きもさることながら、発した利根川の右手に収まった銃がぴたりと宝生の眉間に狙いを定めていたのが決定的だった。


「何か勘違いしているようだが……本来なら、決など採る必要はない。話の流れで投票のような形になってしまったが、御人形様が一言決定を下せばよいだけだ。それをわざわざあんたらの意見を酌んでくれているんだ。感謝こそすれ、当たり散らすなど論外」


 これまでの温和でもっさりした雰囲気は消し飛んでいる。

必要さえあれば、虫も人も関係なくためらわずに殺してのけると、その表情が語っていた。


「リーダー、そう、我々の指揮官は御人形様だ。標無の処遇も、個々の役割も、全て一存で決定したっていいんだ。何なら、あんたの処刑をリーダー権限で決定してみようか?」


「あんた」とは、もちろん宝生のみではない。ここにいる全員が、今や御人形様に心臓を握られている。

計画の成功は保障する、そのかわり全てを捧げろ。

十宗使徒はその遠大なる理想のため、常に聖戦士としての覚悟を持ち続けなければならないのだ。


「わ、分かったよ……もう逆らったりしない。ここで殺されたら何にもならないからな」


「当然だ……さて、それでは投票に戻るとしましょうか」


 宝生が渋々矛を収め、利根川はころっと元の顔に戻り、そして場は再び標無の処遇に関する決へ移った。

現在の票は、許容3に排除4。残る二人、つぐらと美闇の心ひとつで標無の運命が決まる。

それは計画の成否に影響を与え、計画の成否は日本宗教界の構図を変え、日本宗教界の構図は国政に累を及ぼし、国政に累が及べば世界のパワーバランスも動きかねない。

二人がそこまで考えているかはともかく、彼女たちの手に世界へ投じることのできる石が収まっていることは確かだった。

数秒の間、そして猫耳少女が口を開く。


「つぐらは……受け入れるにゃ」


 困ったような顔をしたつぐらは、そして美闇の方をちらりと見て、続けた。


「つぐらには難しいことは分からないにゃ。そんなつぐらが大事なことを決めるわけにはいかないから、受け入れるに一票入れて4-4にするにゃ。……だからミヤちゃん、あのおじさんを仲間にするかどうかは、ミヤちゃんが決めて?」


(……は?)


 美闇はつぐらの言ったことの意味を直ちに呑み込めなかった。

しかし、全員の視線が自分の元へと向けられ、それによってつまり今がどういう状況なのかに考えが至り、そして彼女は自分が今日一番の窮地に立っているということを理解した。


「はああああああああああ!? 何それっ!? 私が決めて、って……つぐら、あんたそれ丸投げじゃない!」


「てへぺろ☆」


「てへぺろ☆ じゃなあああああい! よりにもよって、何でこの私が人の生死なんて重大な問題を決めなきゃいけないのよ! ありえないんだけどっ!」


 一瞬の静寂。そして、大爆笑が渦を巻いて会議室を満たした。


「な、なな、何笑ってるのよ! 私が困ってるのがそんなにおかしいの!?」


「うん、普通にウケる」

「な~んだ、感情の乏しい子かと思ったけど、ちゃんと人間味あるじゃな~い」

「ははは、おもしれー姉ちゃんだな」


 皆完全に面白がっている。


「こらこら、そんなに笑ったら可哀想だよ」


 言いつつ利根川も口許を抑えて笑みをかみ殺していた。耳まで真っ赤になった美闇は熱暴走で倒れるかと思ったが、そこでふと考えが浮かぶ。この最後の一票は、いわばババ抜きのババ。ならば自分も、他の誰かに押し付けてしまえばいい。ここにはうってつけの人間がいるではないか。いや、人形が。


「わ、私にだって決められないしっ! そうよ、やっぱり御人形様が決めてください! 私棄権しますから!」


「だそうですけど、どうします?」


 利根川が人形の顔を覗き込む。実際には「御人形様」は部屋中、建物中に設置されたカメラを介して会議に参加しているので、利根川の仕草は単におどけてやってみせただけだが、それが余計に美闇を苛つかせた。


(どいつもこいつも馬鹿にしてぇ~! 何よ何よ! 私が弱いからって損な役割押し付けて! やっぱり他人を信用なんかするもんじゃないわね! 所詮人間も動物の一種、自分より弱い者を見つければ大喜びで加虐に走るような下衆で野蛮な)


「だめじゃ」


 きっぱりばっさり。御人形様の一言で、美闇の儚い願いは露と消えた。


「そなた以外の八名は皆許容、排除の意思を示した。誰一人として棄権はしておらぬ。そなたも、許容、排除のいずれかを選ばなければならぬ」


 取り付く島もない厳格な宣告に、美闇はふえぇと泣きそうな声を零してしまう。

だが、彼女にとって本当の試練はここからだった。御人形様が続けた内容は、混乱状態の美闇を更に奈落へと突き落とすものだった。


「それに、ここに集まった者らの中で、どうもお主は不安じゃのう。戦闘能力に優れているわけでもなく、暗殺術に長けているわけでもなく、銃器や爆薬に詳しいわけでもなく、不動の精神を有しているわけでもない。計画への参加を認めておきながら何じゃが、そなたに一体何があるというのじゃ?」


(え、何これ、面接?)


 美闇はもう本気で泣きたい気分だった。

自分はどうしていつもこうなるのだろう。自分が一番下で、一番弱くて、だからあらゆる貧乏くじと厄介事は自分のところに回ってくる。押し付けられる。

やはり高校での陵との出会いが全てだった。それまではこんなに惨めではなかった。むしろ優等生的ポジションで尊敬を集めてさえいたのだ。それを全て、あの女がぶち壊した。

それから十年、美闇は常に物陰に身を潜め、闇に紛れ、気配を殺して生きてきた。それはそれで楽ではあったが、しかしそれゆえ彼女は弱いままであり、それがこの事態を引き起こしたともいえる。


「端的に言うぞ。暮地美闇よ、そなたの覚悟を示すのじゃ。標無鏡一を生かすか殺すか、今ここでそなたが決めるのじゃ。ちなみに生かす方を選んだ場合、そなたと標無は連帯責任者となる。標無が計画に損害を与えた場合、そなたにも一緒に罰を受けてもらうからの」


(もうわけがわからないわ……)


 驚き、涙し、絶望し、ひとまわりして美闇は逆に笑えてきた。

何から何まで馬鹿げている。こんなことなら、最初から十宗使徒など当てにせず単独で陵を狙った方がよかった。陵を仕留める確率は下がるかもしれないが、こんな狂った連中と道中共にしていたらその前に自分の身が持たない。


 標無鏡一を、生かすか、殺すか。


 排除に票を投じれば、標無の計画からの排除が決定し、即刻処刑が行われるだろう。

美闇の票でそれが決定するのだから、彼女にしてみれば自分が殺したようなもの。例え投票の順番が違っても、排除に票を投じた時点で立派な共犯だろう。こゆりを救うためには何でもすると決めた時点で、テロ計画に参加した時点で、標的以外の人間を手にかけることになるとは思っていた。その一人目がこの頭のおかしい男というのは、おあつらえ向きなのかもしれない。

しかし、どんな理由をつけたとしても、人を、それも標的ではない者を殺したという事実は生涯に亘って美闇を苛み続けることだろう。


 許容に票を投じれば、味方さえ面白半分で攻撃する狂気の老人と一日だけとはいえ一蓮托生になる。会ってまだ数分だが、この老人が大人しく言われた通りのことだけを遂行してくれるだなんて美闇には到底思えなかった。つまり、高確率で「連帯責任」の罰を受けることになる。作戦後に美闇が生き残っていれば、だが。


 前虎後狼。四面楚歌。どちらを選んでも行き先は地獄。


「お嬢ちゃん、そう難しく考えることはございやせんよ」


 熱暴走でふらつく美闇の頭に、標無の言葉はするりと滑り込んできた。まるで、全てを受け入れ包み込んでくれる優しいおじいちゃんのように。


「お嬢ちゃんのしたいようにすりゃあいいんです。それでいいことが起きても悪いことが起きても、まぁどうにかなりやすよ。このあっしもそうしてここまで生きてきたんですからねぇ。面倒は総て捨て置いて、虚無に身を任せるんです」


「標無さん、以後発言を禁じます。あなたが計画に加わることが許容された際には、禁を解きましょう」


 利根川にたしなめられた標無は美闇から視線を外し、どこともいえない虚空を眺め出した。


(私の、したいこと……)


 そんなことを言われてもどっちの選択肢もお断りだが、ここはひとつ言われた通り、一旦思考をリセットしてみることにした。計画も、十宗使徒も、全て思考から追い出し、今朝大館駅を下車したときの状態からリロードする。


 その上で自問する。自分のしたいこと、するべきこと、しなければならないこと。

答えなど最初から決まっている。ではそこから逆算して、どちらを選んだ方がその目的により近づけるのか? 目的達成のため、作るべき状況、必要な協力、利用すべき人物。


 そう、結局のところ、ここに集まった連中は十宗使徒などと名乗って入るが、お互いがお互いを利用するために手を組んでいるに過ぎない。一人一人が闇社会の化け物でも、今回の相手はその爪も牙も届かない強大な存在なのだから。


 だったら。


 御人形様が、利根川が、奥州が、標無が、この計画に参加した連中の誰もが美闇を利用するための道具としか思っていないのなら、こっちの方でも利用し返してやるまでだ。

この戦いだけは、絶対に負けるわけにはいかない。これまでの、自分を守るためだけの籠城戦とは違う。大切な存在を泥沼から掬い上げ、未来を取り戻すための戦いなのだ。

だから、どんな手段にでも訴える。視界に映るもの、全てが利用対象だ。


 答えは、決まった。

美闇は深呼吸し、ここにいる全員に向かって宣言する。

惨めな引きこもりのオカルト女子・暮地美闇としてではなく、漆黒の闇の正統なる伝道者・黒曜院美闇として。


「くくく……よろしい、今この瞬間、闇よりの託宣が舞い降りた」


 美闇は利根川たちの顔を見ない。呆気にとられているかドン引きしているかのどちらかだろうが、どうでもいい。だって自分は伝道者。舞い降りてきた「意志」を粛々と伝えるだけだ。


「さぁ迷える子羊たちよ、心して聞くがよい。その男、標無を……」



 24



 氷神透(ひがみとおる)が緋斗潟トンネル崩落の轟音を聞いたのは、緋斗潟村内の民宿「ながすみ」に到着し、入浴を終え、夕食の会場である居間に向かって廊下を歩いている時だった。

既に日は落ち、満点の星が輝く夜空からは、煙も炎も読み取ることができない。


(何かが起こった……)


 窓を開け、身を乗り出す。

二階なので、遠くを見晴らすことはできない。そもそも街灯など皆無に等しい山奥なので、遠くで動く影が人なのか動物なのかも判別できなかった。

あれほどの轟音が響き渡ったというのに、聞こえる音といえば木々のざわめきと、虫の声ばかり。人の声など、それらの隙間に挟まってかすかに聞こえる程度でしかない。


 秘境・緋斗潟村。

当たり前のことだが、ここで何か事故や事件に巻き込まれたら警察なんか来てくれない。自分たちの身は自分たちで守るしかないのだと、透は思いを新たにした。


「お兄ちゃん、すごい音だったね……何か起きたのかな」


 妹が階段を上がって透のもとにやってきた。お風呂上りなので、トレードマークのツインテールではなく、髪を下ろした状態だ。知らない間に髪が伸びて、なんだか大人っぽくなったななんて場違いなことを思った透だったが、すぐに思考を切り替える。


「分からない……けど、何かが起こったことは確かだ。事故なんかじゃなく……」


 その時、ふたりの見つめる先で、星がひとつ、尾を引いて流れ落ちた。

まるでこれから始まる惨劇の、始まりの合図のように。

~~~生存者一覧~~~


【七導師】

六芒星悠夜(27)……○

???…………………○

???…………………○

陵眠(26)……………○

青空爽(35)…………○

???…………………○

???…………………○


【アンジュ・デ・ポーム戦闘部隊】

自動人形(??)………○

???…………………○

???…………………○

???…………………○


【十宗使徒】

暮地美闇(26)………○

五宝木つぐら(10)…○

奥州熊伍郎(45)……○

宝生十色(20)………○

玉那覇カマエル(27)○

利根川暁(45)………○

忌島瞬毅(19)………○

徒花千呪(16)………○

標無鏡一(60)………○

御人形様(??)………○


【???】

氷神透(15)…………○

妹(13)………………○

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ