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化物たちは臆しない



 20



「え……ええええええええええ!?」


 恥も外聞も、虚仮も虚勢もない。美闇は絶叫した。

彼女の不幸体質に呼び寄せられたのか、爆弾は三つとも美闇の足元に転がってきて、見せつけるように導火線の先で火花を散らせている。

これが爆発すれば……破片によって皮膚は切り裂かれ、中に釘などが仕込まれていれば内臓や血管に致命的な損傷を受ける。更に熱風と衝撃波が瞬時にして全身を焼き尽くし、こんがり香ばしい消し炭に変えてくれるだろう。

そしてそれは、ほんの数秒先の未来なのだ。


(ちょ、ちょちょちょちょっと何なのよこれ! 爆弾!? 爆弾なの!? うそでしょ何でどうしてなにゆえにこんな展開になってるわけ? もしかして、ここがバレてた? アンジュ・デ・ポームか、警察や新日本軍に? それで先手を打って刺客を送り込んできたってこと? そしてそいつは私たちを一網打尽にしようと爆弾で攻撃してきたってわけ? うそ、やだ、信じられない! こんなことあっていいわけがない! 漆黒の美しき闇の伝道者であるこの私が、こんな朽ち果てたあばら屋で命を落とすだなんて、そんなの絶対認めないんだから! ……それに)


 死ねない。


 少なくとも、陵眠を殺すまでは。

これまでに自分がしてきたことを、いや、自分の存在そのものが間違いだったと心底後悔させ、その上で地獄の底に突き落とすまでは。

それまでは、何があっても、何をしてでも生き延びるのだ。


 こうも一日に何度も走馬燈を経験すると、流石に慣れてくる。

気を取り戻し、とりあえず爆弾から距離を取ろう、その前にまず叫びっぱなしの口を閉じよう、と行動に移ろうとした美闇だったが、しかしその時には全てが終わっていた。


「えええええ、え?」


 導火線の先で線香花火のように弾けていた火花が、消えている。

三つが三つとも、残り香のような力ない煙が尾を引いてたなびいているだけだ。


(えっと……まさか導火線がしけってて消えちゃった、とか?)


 咄嗟にそう考えた美闇だったが、違った。

薄闇に慣れた彼女の瞳にははっきりと映っている。導火線は、どれも鋭利な刃物で切断したかのようにすっぱりと切り落とされていた。


(とりあえず、助かったのね……)


 同時に、もうひとつの事実に気付く。

爆弾の存在を認めて声を上げたのは、美闇ただ一人だけ。他のメンバーは、まるで蝿が入り込んできたのと変わらないような反応だった。いや、反応すらなかった。

これしきのこと、危機とも、何とも思っていないということが、明らかだった。


 九死に一生を得た安堵が、化物に囲まれているという慄然に塗り潰されていく。

美闇は爆弾から一瞬たりとも目を離していない。というより離せなかった。圧倒的な死の恐怖に捕縛され、視線を釘付けにされていた。

にもかかわらず、爆弾は無力化されていて、そして美闇はその瞬間を見ていない。いや、見てはいたが認識することができなかったというべきか。いずれにせよ。


 美闇の視認できない速度をもってして導火線を切断し、爆弾処理をやってのけた者がこの中にいるということだ。彼(彼女)が名乗り出る気配はない。この程度のこと、手柄でも何でもないということだ。


(これが、十宗使徒……)


 宗教浄化の苛烈を生き延び、いつの日か陽の当たる場所に戻ることを、それ即ちこの国の宗教を、政治を、社会を自分たちの望む形に書き換えるということを掲げ、闇の奥底で爪を研ぎ続けてきた者たち。


(たった十人で政府がバックについてる教団の聖地を蹂躙し、陥落させようとしているのは、決して酔狂でも無謀でも、殉教でもないのね)


 そんな化物集団の末席として巨大な存在に戦争を仕掛けているという事実に美闇は改めて身震いしたが、そんな彼女をよそに化物たちはとっくに臨戦態勢となり、半開きになった扉の向こう側を見据えていた。

狂気を秘めた眼光は、獲物を捕捉した獣そのものだ。


「向かって左側、階段正面の部屋」


 徒花が抑揚のない声で呟く。


「相手は一人、そこに入った」


 言葉の終わりを待たずに忌島が立ち上がる。奥州やつぐら、玉那覇も続いた。

皆、一言も発さずに部屋を出てゆき、後には美闇と利根川だけが残された。


「君は行かないのかい?」


 利根川が美闇に微笑みかける。

優しげだが、真意は読み取れない。敵襲に際して行動を起こさない自分を試しているのかもしれないと美闇は思ったが、しかしそれ以上に乙女心が勝ったため彼女の平静は保たれた。


(あー、やっぱこの声好みだわ……外見はダサくて冴えないけど、こういう野暮ったい年上男性が本気になって豹変するのがギャップ萌えなのよね、って何考えてるの私)


 現実でこそ年齢=彼氏いない歴だが、二次元では百戦錬磨な美闇は無意識に浮かんだ場違いな妄想を振り払い、すました顔で虚勢を張った。


「た、たかだか一人でしょう? これしき、漆黒の伝道者であり暗闇の支配者である我が力を解放するまでもない些事よ。力の誇示を望む下々に委細任せるわ」


「漆黒の伝道者……ふふっ」


 利根川が子供のように笑った。妹を微笑ましく思っている兄のように。


「な、何が可笑しいというの? この無礼者!」


「いや失敬。僕の娘も幼稚園くらいの時はそんな感じだったなぁって思い出してね。娘は小学校に上がる頃には卒業したんだけど、そっか、君は人並み外れて純粋なんだね。確か、厨二病って言うんだっけ」


「厨二って言うなぁっ!」


 実際、美闇は利根川よりも一回り以上年下なのだが、彼の態度がそれに輪をかけて「子供扱いされている」という屈辱感をもたらした。しかし顔を真っ赤にして反論する美闇は、傍から見れば完全にお子様だった。大きなお兄さんならぬ、大きなお姉さんだった。


「今に見ていなさいっ! この作戦を通じて、我が黒魔術の存在を証明してあげるわ!」


「うん、楽しみにしてるよ。可愛い支配者さま」


「くぬぬぬ……この、無礼者めぇっ!」


 完全に手のひらの上で転がされている。恥ずかしさと情けなさで美闇の頭がショートしかけたその時、廊下の方で動きがあった。


「おいこら! 誰だか知らねぇが、上等な真似してくれたな!」


 忌島が乱暴にドアを叩く、というより殴りつけている。

その表情に怒りの色はない。完全に楽しんでいる。小動物を追い回す肉食動物のように。


「てめぇ一人か? それともどっかに連れがいんのか? まぁ何人だろうが関係ねぇがな! どの道俺が一人残らずぶっ殺すんだしな? おら、覚悟決めてさっさと出てきやがれ!」


「待て少年。お前の獲物は青空爽だろう。それを譲るのは構わないが、しかしそれ以外の獲物まで独占するのは強欲が過ぎるというものだ」


「あらぁ、聞き間違いかしら? ロリコンがまともな事言ってるわ。明日は雪かしら? まぁそれは置いといて、瞬くん? アタシも独り占めは良くないと思うわよ? ラブアンドピースの精神で、仲良く分け合いましょ?」


 忌島だけではなく、奥州も玉那覇も、つぐらや宝生まで、誰しもが捕食者の立場に酔っていた。よもや自分たちが負けるなど、ここで潰されるなどと考えている者は皆無だった。

しかし、だからこそ美闇の胸中に不安が萌芽する。

彼女はBLや乙女ゲーム以外にも少年漫画、青年漫画、萌え四コマまで幅広くカバーしているが、この展開はまさにバトルものでお決まりのシチュエーションだった。


 アジトに集って悪だくみをしている連中。そこに突如、不敵な雰囲気をまとった謎の人物が現れる。悪だくみの連中は馬鹿な獲物が迷い込んできたと舐めプレイで攻撃を仕掛けるが、しかし圧倒的な力を持っていた相手の前に呆気なく全滅させられてしまう。

実は、その謎の人物こそが大ボスであり、主人公と最後に戦う花形の相手。悪だくみの連中は大ボスを引き立てるためのかませ犬だったというわけだ。


 あの奥州たちが簡単に潰されてしまう雑魚だと美闇は思わない。だが、相手の正体も、戦力も、目的さえも、何もかも分からないこの状況で不安を抱くなというほうが無理な相談だった。


「なぁ、鉄砲玉よぉ……聞こえてんだろ?」


 忌島の声が低いものに変わる。呼びかけに応じない相手に業を煮やしているのだろう。

後ろに控える玉那覇たちも白けた表情になっている。


「奇襲に失敗して今更怖気づいたか? けどもう手遅れだ。オマエはここで死ぬ。誰に喧嘩売ったかくらい分かってるよなぁ?」


 忌島が拳を握る。扉越しのまどろっこしい交渉なんかやってられるか。扉をぶち破って部屋に押し入り、中で震えているチキン野郎を嬲り殺す。それだけだ。


「十秒数えな……それがオマエの寿命だ!」


 忌島が右腕を振りかぶり、美闇は息を呑む。

忌島たちが難なくネズミを狩るのか、窮鼠の反撃がくるのか、それとも、美闇の危惧が現実のものとなってしまうのか。

彼女の胸の高鳴りは廊下までは届かない。スタートボタンのない現実は、いつだって待ってはくれない。忌島の拳が扉へ一直線に飛んでゆき、運命の賽は、その目を確定させた。

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