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日陰者の末路



 13



(総てを預ける、ね……)

断れば死ぬと分かっている以上、受け入れるしかない。

御人形様を信用できるかどうかは、現時点では判断不能だ。人形の向こうで話している誰かがトップで、美闇たちが配下だということ以外、全く情報がないので結論など出せるわけがない。ただ、奥州と玉那覇を止めた利根川を従えているというところを見ると、只者ではないのだろうけど。


(こんな展開になるって分かってたら、それでも私は参加したかしら……きっと、したでしょうね。私はどうしても、どんな手段に訴えてでも、絶対にこゆりを救う。そのために陵を殺す。例え、この幽境に巣食う得体の知れない存在に魂を売り渡してでも)


 美闇は思い出す。陵を殺すと決意した、あの日のあの瞬間のことを。



 14



 桜もあらかた散った四月の夜。美闇はこゆりが眠る病院に向かっていた。

事故から一週間。こゆりは一向に目を覚ます気配を見せない。まるで目を覚ますことによって、再びこの残酷な世界に舞い戻ることを拒絶しているかのようだった。

そんなこゆりに「目を覚まして」だなんて、美闇はとても言えない。

それでも、彼女はこゆりの病室に一日も欠かさず足を運んでいた。

こゆりが目を覚まそうと覚ますまいと、自分の心はずっとそばにあるということだけは伝えたかったし、彼女もそれを望んでくれていると思ったからだ。



 15



 こゆりからいじめの内容を告白されたその晩、美闇は教団のトップを捕まえて夜通し訴えた。こゆりをこのままにしてはおけない。加害者どもの手の届かない、どこか安全な場所に逃がしてやるべきではないのかと。

声を荒げる美闇に対し、教団トップであり、こゆりの叔母でもある文月(ふみづき)という女性は落ち着き払っていた。

「どこか安全な場所に逃がす。口で言うのは簡単だけど、それは具体的にどこのことを言っているの? 私に頼れる親戚はいないし、ここで暮らす女性たちも同様。第三者に頼もうにも、私たちの身分がこれだから、まともな施設は受け入れてくれないでしょうね」


 宗教浄化に伴って成立した幾つもの新法、改正法の中には、児童養護施設の認可及び運営に関する規約を定めたものもあった。背景には、宗教団体、及び実質的にその指揮下にある団体が運営している施設の中に、教団内で特殊な役割を遂行する者を養成する機関が多数存在していたことがある。特殊な役割、言わずもがな、化学兵器の開発や洗脳のプロ、荒事を請け負う兵隊など、犯罪の実行に充当される要員だ。そうした人材の供給路を絶つ目的で、十四年前の回生三年に養護施設の運営に関する新法、改正法が施行された。


 この一連の動きはもちろん賛否両論、喧々諤々の論争を呼んだ。社会通念上安全とされる第一種の宗教団体にのみ養護施設の運営が許可されることの他、過去に第四種(即刻解散処分。存在そのものが許されないレベル)に指定された団体の関係者は一切施設を利用できないという踏み込んだ規制は、そうした人種に関わりのない大多数の一般人の満足を買いはしたが、当然その一方で相当数の人間を社会福祉の庇護下から排除した。


 つまり今回の場合だと、暴力団を取引先にしていた企業が暴対法で処罰されるのと同じ理屈で、こゆりに手を差し伸べた施設に対しても、一切の事情が勘案されることなく事務的にマニュアル通りの処分が下されることになる。教団の存在を隠そうとしても、個人のあらゆるデータが管理共有される時代、手続きの段階で遅かれ早かればれる。


「あの子、母親を自殺で亡くしてるわね。それも、第一発見者。最愛の母親に、自分を置いて死なれたという経験が、あの子の中で『喪失』を何よりも忌避すべきものにしている。あの子、最近は随分あなたに懐いているけれど、所詮は表面的なもの。心の傷は未だ、血の滲んだ剥き出しの赤色を晒している。この段階であの子を一人にしたら、また“あの状態”に戻ってしまうかもしれない」


 母親の死の直後、こゆりがどんな状態だったのかは文月しか知らない。美闇は聞かされていないし、聞くつもりもない。聞いたところで、そんな深すぎる傷、自分などにどうこうできるわけはないのだから。


「つまり……環境を変えたら悪影響が出るかもしれないから、しばらく我慢しろと」


 だが、それは引き下がる理由にはならない。

美闇はこゆりからいじめの詳細を聞いた。ネクロドルーグにいる十数人の女性たちの中でただ一人、美闇にだけ話してくれた。

なるほど、そっちの問題も大層根深いのかもしれない。だが、だからといって、こっちの問題を軽視していいだなんてことになるわけがない。なっていいわけがない。


「何それ……我慢? それ、あり得ないから。先のことなんかね、どうでもいいのよ! 今こゆりを襲ってる災いを止めるのが全てでしょ! もし明日こゆりに何かあったら先も何もありゃしないわ! 先とか未来とか将来とか、そんなのはその時考えればいいの! 今! 今をどうにかするの! 辛い状況にいる子は……私もそうだったけど、今が全てなの。今しか見えないの。先のことなんて考える余裕ないの。……お願い、こゆりの“先”は私が全力で、命を賭してでも支えるから、だから……こゆりの“今”を何とかするのを手伝って」


 深々と頭を下げる美闇に、流石の文月も言葉を失った。

彼女とて、決してこゆりが置かれている状況を甘く見ていたわけではない。しかし、美闇と同い年でありながら彼女は教団のトップ。所属する十数人の女性全員を守らなければならない立場にある。

こゆりをいじめている者たちの脅し文句「ネクロドルーグを死刑台送りにする」というのは流石に誇張が過ぎるだろうが、しかしこちらが下手に対抗することで不穏な動きに出ないとも限らない。そもそもネクロドルーグの正体は知られていないはずだった。それを嗅ぎつけた加害者に、何らかの攻撃材料や手段がないとはとても断言できない。


 故に、文月は万全の守りを固め、一気呵成に相手を攻め落とせる準備を整えてから行動に移るつもりだった。

だが、それが逃避でなかったとは言い切れない。

こゆりの母親、自分の姉が自殺した時も、文月は彼女の抱える問題に介入することを躊躇してしまった。そして訃報を受け取って、自らの怠惰を身に染みて知ったのだった。


(姉さんは救えなかったけど、でも、姉さんが残した忘れ形見は守る)


 美闇の訴えが文月の心を動かした。

翌日にでも二人で学校に出向き、転校の手続きをするという方向で話はまとまった。

気が付けば、東の空は白んでいた。それだけの時間、二人は激しく論を交わしていた。娘でも妹でもない、しかし命を張ってでも守りたい少女のために。


 とりあえず仮眠を取ろうと、二人は目覚まし時計をセットして床に就く。

決着をつける。こゆりを襲う災いを今日限りで終わりにすると固く心に誓って。


 だが、目覚まし時計は鳴らなかった。


 そして二人が目覚めた時には、全てが終わっていた。



 16



 こゆりが目覚まし時計を止めたというのを、事故から数日が経った頃に美闇は信者の女性から聞いた。美闇たちの話を聞いていて、行動を止めようとしたのか。それとも単純に二人の寝不足を心配してのことか。いずれにしろこゆりは自分を助けようとしていた者の目覚めを妨げ、そして悲劇に呑み込まれたということだった。


(いつまで寝てたっていいけど、でも、目を覚ましたその時には、目覚まし時計の件については一言言わせてもらうからね! 十五も離れた妹分がお姉ちゃんを心配するなんて、とんだ余計なお世話なんだから!)


 救いの手が間に合わず、起こってしまった悲劇。

しかし、もう同じことは起こさせない。

自分が絶対にこゆりを守り抜く。


 そんな決意を抱いて病室の扉を開けた美闇を待ち受けていたのは、悪夢としか形容のしようのない光景だった。


「おじゃましてま~す」


 小学生の少女が八人、こゆりのベッドを取り囲んでいた。

美闇は彼女たちに見覚えがある。見紛うはずもない。

こゆりの所属するグループの少女たち、つまり、いじめを行っていた加害者たちだった。

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