一人の革命家と九人の従者
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「なら遠慮なく言わせてもらうけど」
美闇の鋭い視線が利根川を捉える。その利根川はというと、自身に向けられる敵愾心になどまるで頓着した素振りも見せず、温和な笑みを崩さない。
(……何よその余裕。どうせ私が弱そうだからって軽く見てるんでしょ? あーなんかすっごいあったまきた。よし、ここは一発ガツンとかましてやるわ! そのスカしたリーダー面を張り付けた鼻っ柱を叩き折って、そしてあわよくばここのカースト上位にのし上がってやる!)
美闇の肚は決まった。
「あなたが整備したっていうあのリフト、さっき私が乗ってる最中にぶっ壊れたんですけど? 副代表だか何だか知らないけど、仕事、できてないから! 私が谷底に落ちて死んでたら、どう責任取るつもりだったわけ?」
別に相手をいたぶる趣味があるわけではないが、ここはキッパリ言うことを言って、相手に頭を下げさせないことには収まりがつかない。
こっちは被害者、過失はあちら。
そのアドバンテージを最大限に生かし、一気呵成にまくし立てた美闇は「どうよ、ぐうの音も出ないでしょ」とばかりに無い胸を張る。
ギャラリーも、興味深そうに話の行方を見守っている。
だが、美闇の追及に対する利根川の答えは、誰もが予想しないものだった。
彼は小学校低学年の教師のように優しく、そして嬉しそうにこう言ったのだ。
「良かった。ちゃんと落ちたんだね、あのリフト」
「……は?」
その言葉の意図がつかめない美闇は、金魚のように口をぱくぱくさせるばかり。
そんな彼女に、ゲームの攻略法を妹に教える兄のように利根川は諭す。
「ほら、僕らが来た道を誰かが辿ってきたりしたら色々とまずいですよね? だからリフトの整備をするときに微調整を加えて、“八人くらい乗ったあたりで壊れるように”しておいたんですよ。この手紙は自動的に消滅する、みたいなものですね」
我ながら完璧な計算だったと自画自賛する利根川の声も、そんな彼に感嘆の声を漏らすギャラリーの姿も、もう何もかも美闇の脳には届いて来はしない。
ここまでズレた回答をされては、もはや怒る気にもなれなかった。
(これがここのデフォなんでしょ……知ってたわ)
あはは、と美闇は壊れた人形のように笑った。
命よりも効率。感情よりも合理性。
論理さえ通っていれば、命も感情も金も名誉も、平気で投げ捨ててみせる。そうまでして得た結果にどれだけの意味があるかと言われれば、有無を言わさず首肯させるほどのものでもない。
どいつもこいつも、現代日本人の思考回路ではない。
こんな連中がその異常性を気付かれることなく普通に社会に溶け込み日常生活を送っていたという事実に、美闇は空恐ろしさを覚えた。
美闇が反論してこないことを利根川は理解と受け取ったらしく、「他に何かありますか~」と呼びかける。
「それよりも、いつまで立ち話をさせるつもりだ」
「ああ、すみません。着席を促すタイミングを逃してしまいまして。では皆さん、今更ですがお座りください。質問はいつでも受け付けますので、どうぞ焦らず、考えがまとまってからで大丈夫ですからね」
奥州が声を上げたことで、ようやく着席と相成った。
元々この建物の中にあったぼろぼろの木製長テーブルに、同じくぼろぼろの椅子が九つ。
日本人形が置かれている議長席に椅子はない。本人がこの場にいないのだからおかしい話ではないだろう。
人形の方に向かって左側には奥から順に利根川、玉那覇、つぐら、美闇が座り、右側は奥から奥州、ヤンキー、宝生、パーカーの少年という並びで席に着いた。
こういう時にどうしても様子を見てしまうタイプである美闇は結果的に残っていた下座の席に着いたが、しかしすぐ背後に扉があるのでどうにも落ち着かなかった。
「ふむ、こうしてみるとやはり壮観じゃな。頼もしいことこの上ないわ」
久々に日本人形、御人形様が喋った。
可愛らしい声だ。話こそ流暢ではあるが、その声音はまさに言葉を話し始めたばかりの幼子そのものだった。しかしもちろんこれは機械音声であり、スピーカーの向こうで話しているのは御人形様のキャラクターを演じている誰かだ。子供か大人か、学生か老人か、男か女かすらも分からない。ただひとつ分かっているのは、その人物が美闇たちの生殺与奪を握っているということだ。
「奥州熊伍郎、玉那覇カマエル、それに他の者共……もう妙な気を起こすでないぞ」
釘を刺す御人形様だが、いちいち声がかわいいのでどうにも迫力に欠ける。
数年前、螺旋宮理恵という女性声優のロリボイスにやられたオタクが螺旋宮病と呼ばれ、それがネットの流行語にもなったものだが、それに匹敵する威力だと美闇は思った。
(というか、螺旋宮本人がベース音声になってたりして……)
だったらやだなーと美闇は苦笑いした。
「御人形様の仰る通りです」
利根川がすかさずフォローする。
なるほど、統率力のある右腕を据えているおかげで、代表は場が混乱する心配をすることなく御人形様のキャラクターに没頭できるというわけだ。
だが、そうまでして役になりきる理由とは一体何なのか。
この場の誰もがその疑問を抱いたが、しかし口にする者はいない。無礼が命取りになるということはもちろん、この「日本人形」というものに、何か途方もない、相応のアウトローである自分たちですら手に負えない闇が渦巻いているという悪寒が、メンバーの間で共有されていた。
「私たちは十宗使徒を名乗りこそすれ、実態は一人の革命家と九人の従者です。トップである御人形様の指示は絶対。もし逆らえばその瞬間に盤上から除けられます。処刑、という形でね。承知しておられるとは思いますが、今一度肝に銘じておいてください」
相変わらず温和な笑みを浮かべたままの利根川だったが、しかしそれは紛れもなく強迫であり脅迫だった。
この集団のトップは依代人形を名乗る何者か。その指示は絶対であり、集団の構成員である美闇たちはその時の状況や、胸に秘めている想いなどに関わらず、命令の忠実な実行を義務付けられる。
その事実の重さを、ここにいる誰もが程度の違いこそあれよく理解していた。
特に奥州や利根川、玉那覇といった宗教浄化を実際に戦った者は、痛いくらいに感じている。アウトローというものは、国家権力などの圧倒的な力と戦うため、絶えず組織に身を置いている。正式な所属や一時的な契約など細かい違いはあるが、大抵の者は集団の一員として巨大な存在と対峙する。
正義に反旗を翻すという、極論すれば世界の摂理への反逆ともいえる行為を貫くため、集団は常に統率されている必要がある。的確に現状を把握し、それが劣勢であれば打破する策を構築する発想力や、一癖も二癖もある連中をまとめ上げる指導力、それらを兼ね備えたカリスマがトップに君臨し、鉄の掟を以て配下に忠誠を誓わせる。
トップが操縦者だとすれば、組織はマシン、配下はその部品といったところか。
一方通行が徹底された、圧倒的上下関係。逆らったが最後、「死」という即レスが返ってくる。抑圧と戦うために別の抑圧を受けるというのは本末転倒かもしれないが、しかし本人たちにとっては「目的」こそが唯一の重要事項であり、「現状」などは些事に過ぎないということだ。
(だから問題は、いつ、どこで、どう命令違反をするかなんだよ)
紛争ならば百戦錬磨の奥州は、早くもそこに思考を向けていた。
彼は十宗使徒である前に山奥正宗の頭領。命を投げ捨ててでも通さなければならないものがあれば、躊躇なく襲い掛かるだろう。現場に顔を出すことなくぬくぬくと人形を通して話しているトップに、自身も信仰に生きる身でありながら人形の従者としてヘラヘラ司会進行している利根川に、そしてここにいる連中全てに。
(精々頭失格の烙印を押されねぇように気を付けるこった。正直、今も命令を無視してあのカマ野郎を縊り殺したい気持ちで一杯だが、少なくとも今は暴れる時じゃねぇ。今はな)
ちらりと玉那覇の方を見やった奥州だったが、相手は爪の手入れに夢中になっていた。ついさっきあれほどの殺気のぶつけ合いをしたというのに、女心というものは分からない。玉那覇を女と見做すかどうかは意見の分かれるところだが。
「そういうことじゃ」
異論がないことに満足したらしい御人形様が口を開く。
「主ら一人一人に違った信仰と信念があり、それぞれがそれぞれの目的を持ってこの計画に参加したことは知っておる。しかしながら、だからこそ、計画を完璧に遂行するために主らには童の駒になってもらいたい。ほんの一日じゃ。一日だけ、童に全てを預けておくれ。思考を、優先順位を、価値観を、信念を、そして……命を」
(これが最後の意思確認ね……)
集団のトップが声だけとはいえ出てきたということは、就職試験でいうところの社長面接のようなものかと美闇は思った。大学在学中に入信した教団の通信販売部門で働いている美闇には就活の経験は全くなかったが、しかし教団の仲間や趣味の友達からその手の話を聞いたことはある。その度に美闇は就活なんかしなくてよかったと思うのだった。
(向こうも私たちを見極めようとしてるけど、私の方も見極めないとね。この人形の向こうにいる奴を、本当に信用してもいいのか。少なくとも、陵に謝罪と宣誓をさせた上で殺せるっていう確約は得られるのか)
神経を研ぎ澄まして相手の真意を探ろうとする美闇。しかしそんな彼女を一蹴するかのように、御人形様は既定の事項だけを淡々と伝えていく。
「もしも、できないという者がおれば、今ここで名乗り出ておくれ。迷いを持ったまま作戦に参加されては計画に支障をきたす恐れがあるし、それに信教の自由の問題もあるしの。それを守るために戦ってきた主らから、よもやそれを奪うだなんて真似はできぬ。じゃが……」
御人形様は一拍間を置いた。
そして、突き付けた。もう一歩も引き返すことはできない。この計画から降りることはできないという事実を。
「その場合、やはり死んでもらうことになる。殉教、ということじゃな」
誰も言葉を発しない。今この瞬間から、作戦が終わるその時まで、自分たちの命は御人形様の手のひらの上にある。従うしかない。でなければ、死が容赦なく自分の命を刈り取るだろう。
「ま、ここまでやってきた主たちじゃ。気持ちなどとっくに決まっておるじゃろうが、童は優しいからの。十秒待ってやるぞ。その間に魂に刻み付けるのじゃ。これから約一日の間、自分が童の駒だということをな」




