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御人形様



 11



(え……ちょっと、嘘でしょ? いきなり仲間割れ?)


 仇敵の抹殺という目的の下に集った、主義も主張も異なる十の宗教団体代表者。

しかし、所詮は手を組んでいるだけ。必要があれば、いや、なくなればあっさりと切り捨ててしまう。徹底的にドライな関係。その上作戦直前の初顔合わせという、小競り合いが起こるにはこれ以上ないシチュエーション。それゆえに、この会議はただでは終わらない、どこかで衝突や紛糾は必至と美闇は身構えていた。

だが、よもやこんなにも早く、会議が始まってすらいない段階で亀裂が走るとは。


(どうなっちゃうのよ……この集団、まともに機能するわけ?)

冷や汗を流しつつ、こっそりつぐらの背後に回った美闇だったが、しかしここで場の空気が何だかおかしいことに気が付いた。

何というか……浮ついている。

仲間同士がにらみ合い、今まさに殺し合いの火蓋が切って落とされようとしているというのに、誰一人止めに入ろうとしない。どころか、何人かはにやにやと底意地の悪い笑みさえ浮かべていた。早く始まれと言わんばかりに。

(も、もしかして……こいつら)


 楽しんでいる。それに違いがなかった。


 同じ目的のために手を組んだ相手、それはあくまでそれだけの関係であり、同じ教団の同胞や同門というわけではない。上手く使えば事が有利に運ぶという観点からすれば、道具と言ってしまっても過言ではなかった。

組んでやってもいいが、自分の邪魔をするようなら殺す。

誰もが言外にそう主張しているように美闇には思えた。


(狂ってる……こいつらみんな、尋常な精神の持ち主じゃない……)


 奥州とオカマはいつ戦闘に突入してもおかしくはない。戦闘の開始、それはすなはち、どちらか一方の死をも意味する。相手を殺傷する意思を持つもの同士が殺傷手段を持ってぶつかれば、その瞬間により深手を負わせた方が勝つ。バトル漫画でもあるまいし、一進一退の白熱した攻防が続くなどということはそうそう起こり得ない。それは巻き添えを防ぐという意味では美闇にとって有益なことだったが、しかしもちろんそんな分析ができるような精神状態に彼女はない。


 この二人がぶつかれば、どうなるのか。美闇に分かるはずもない。

見た目からすれば、熊のような体格の奥州に分がありそうだ。美闇は崖から落ちるのを助けられた際、彼の身体能力の高さも目にしている。奥州が勝つと考えるのが普通だろう。


 普通ならば。


 しかしここはもう、普通ではない世界だ。熊のような身の丈の奥州に凄まれても、オカマは平然としている。余程体術に自信があるのか、必殺の武器を隠し持っているのか。

張りつめた緊張の糸の上で、奥州が最後の宣告をする。

「瞬きほどの時間ではあるが、道を同じくした縁だ。辞世の句を聞いておいてやろう」

対するオカマは、それこそ句でも詠むかのように悠然と語った。

「オカマを笑う者は、オカマに泣く」

アンタのことよ? と付け加えたオカマの瞳に、青白い炎が揺れた。カラーコンタクトに蝋燭の炎が光っただけだが、美闇はそこにオカマが秘めている狂気を見た気がした。

一秒後にも、一瞬後にも血飛沫が舞っていておかしくない緊迫した空気に、美闇は押し潰されそうだった。


(これが、命の()り合い……)


 極度の緊張で弾け飛んでしまいそうなほど早鐘を打つ胸を抑えながら、しかし彼女はこの状況に適応しようと努めていた。

これは、チュートリアルだ。

すぐそこに迫っている未来。明日、美闇たちはロワイヨム・エトワーレの方々で蜂起を起こす。美闇は標的である陵眠を仕留めるため、まずは彼女の元へ辿り着かねばならない。その過程で、戦闘を避けられない場面も出てくるだろう。その時、覚悟が決まっていなければ、あるいは脆弱な精神によって場に呑まれてしまったら。


 良くて拘束、悪くて死だ。


 陵の元に辿り着くことさえできぬまま、美闇の戦いは不戦敗という形で幕を閉じることになる。美闇に残るものは、無駄死にという結果のみ。陵は生き続ける。もしかしたら十宗使徒の誰かが倒してくれるかもしれないが、陵の妹を止められないためいじめは止まず、こゆりに救いがもたらされることはない。


 そんな未来、断固として拒否する。


 だから逃げない。

暴力も謀略も結託も裏切りも、混沌ごと手中に収め自分のものにしてやる。

虐殺だろうが処刑だろうが、何でも自分に見せてみろ。

利用するのだ、総てを!

思いを固めた美闇が、しかし結局つぐらの後ろというポジションから改めて奥州とオカマの対峙を見つめたのとほぼ同時、予期せぬ声が二人の間に割り込んだ。


「そこまでじゃ。二人とも、殺意を収めよ」


 その声に、誰もが拍子抜けした。無理もない、幼稚園くらいの女児のような声が、それもテーブルの上に置かれていた日本人形から発せられたのだから。

おかっぱ頭で朱い和服をまとった見た目五歳くらいの童女を模した人形。内部にスピーカーが内蔵されているのだろう、声は「彼女」の腹から聞こえてきた。


「九人揃うまでは場に干渉するつもりはなかったのじゃが、これではそうも言っておれぬ。これより、この場は童が仕切らせてもらうぞ。……利根川(とねがわ)!」

「はい」と応じたのは、ぼさぼさ頭のサマーセーターの男性。利根川と呼ばれたその男は、日本人形の真後ろに立っていて、その位置関係はさながら王と従者のようでもあった。


「奥州熊伍郎さん、玉那覇(たまなは)カマエルさん、臨戦態勢を解いてください。十秒以内に従っていただけない場合にはやむを得ません……死んでもらいます」


 利根川が言葉をひとつひとつ吐き出すたび、部屋に渦巻いていた熱気が攪拌され、希釈されていった。不思議な光景だった。美闇を除けば、この場で最も弱そうに見える男の言葉によって、獲物に襲い掛からんとしていた凶戦士と狂戦士がその爪と牙を収めていった。

この男が「殺す」と言えば、本当に死ぬことになる。それが嘘ではないと思わせる不気味な空気を、彼はまとっていた。


「ここは言う通りにしておくべきだと思いますよ? お二人とも、こんなまだ何も始まっていない段階で退場したくはないでしょう?」

穏やかに語る彼の一言一句に美闇は聞き惚れていた。

その声音の渋さに、ではない。暴力を言葉で屈服させる、その頼もしさにときめいた。

ぼさぼさ頭に眼鏡という野暮ったい顔に、サマーセーターにジーンズというラフな服装。秋葉原にいたら発見するのが難しそうな、冴えない見た目の男。しかし一触即発の空気をものともせず、淡々と指示を出していくその姿は、彼もまた数多の修羅場を潜ってきたということを無言のうちに語っていた。


 奥州と玉那覇から攻撃の気配が消えたことを見て取った利根川は、満足そうに言葉を継いでいく。

「ええ、それが賢明ですね。説明が前後してしまいますが、最初に言っておきましょうか。階段の下で皆さんにつけてもらったリングですけど、あれには脈拍による生体認証の他にもうひとつ、仕込んだ毒針を作動させることで離反者や脱落者を処刑するという役目があったのです。まぁ、薄々勘付いていたとは思いますが、そういうわけで皆さんの命は御人形様(おにんぎょうさま)の手のひらの上にあるというわけです。余計な気を起こさないことを強く推奨しますよ」


 利根川の言葉を聞いても、奥州たちは「やっぱりな」とか「知ってた」といった薄いリアクションだった。美闇にしても、そうだろうな~と思っていたので、驚きはしなかった。胸にわずかばかりの鈍痛を感じはしたが、しかしそれだけだった。

「御人形様というのは、その人形のことか? ここには来ていないのか?」

日本人形を指さそうとした奥州を、利根川が遮った。にこやかな笑みが消え、険しい表情だ。

「無礼ですよ奥州さん。この村では日本人形は神聖な存在なのです。指をさす、触る、写真に撮るといった行為は礼を失していると見なされますので、気を付けてください」

「あ、ああ。分かった」

奥州は面食らったようだが、しかし特に腹を立てたりした様子は見せなかった。

そういうものなのだ。と理屈を省いて理解する。

異文化と関わり合っていく上で非常に重要なことであり、そして彼は教団の正統な代表なのでそれを良く知っていた。


「この計画の発起人にして我々の統率者である『依代人形(よりしろにんぎょう)』さんが、この日本人形を通じて話します。我々九人は……一人来ていませんが便宜上九人ということにしますね、作戦において基本的には最短経路で標的を目指すことになります。誰が誰を狙うか、標的の殺害以外の役割をどう分担するかについてはこれから話し合うことになりますが、電撃作戦を仕掛けるということが前提になります」

「ああ、それが一番だぜ。まどろっこしいのは性に合わねぇからよ」

必要以上に大声で喋る紫ジャージのヤンキーに、美闇は顔をしかめた。

(あーもう、馬鹿ってホント馬鹿ね。目立たないようにこんなあばら屋に集まって、電気を外したりとかしてステルスモードに入ってるのに、何大声なんか出してんの? ま、この手の馬鹿のことだからおおかた自分の強さを誇示したいとかそういうくっだらないゴミみたいな理由なんでしょうけど、だったら徒党なんか組まないで単騎で突撃すれば? 強いんでしょ? ねぇ?)

美闇は男性特有の闘争心だとか、自己顕示欲といったものが大嫌いだった。男らしくてステキだなんて全く思わない。振り回されて迷惑を被るのは御免だ。


「我々が正面からの電撃作戦であるのに対し、御人形様……ああ、依代人形というのは識別のための固有名詞ではありますが、我々は人形信仰に敬意を表して御人形様と呼ばなければいけません。最初は混乱するでしょうが、間違えないでくださいね。御人形様は一般人の中に溶け込み、混乱に乗じて最奥部まで侵入、教主である六芒星悠夜(ろくぼうせいはるや)に裁きの一刺しを与えることになっています。やはり七人の幹部、『七導師(しちどうし)』の中でも最大の巨悪である教主は自らの手で断罪されたいという、御人形様たってのご希望でして」


 つまり、七導師の中でも教主である六芒星悠夜は既に押さえられているということだ。

残り六人の幹部を、九人の刺客で奪い合うことになる。


「敵を欺くにはまず味方から。御人形様の素性に関しては、年齢、性別、外見など、一切伏せさせていただきます。ですから、もし皆さんの誰かがへまをして相手方に拘束されて拷問されたとしても、御人形様の情報が洩れることはないということです。いやぁ、素晴らしいセキュリティですね」

「でもでも! それだと間違ってつぐらたちが殺しちゃうってことにならないかにゃ?」

「その心配は無用です。御人形様は神の依代であり、その神通力は絶大。流れ弾は当たりませんし、火の粉は燃え移りませんし、迫る列車は脱線します。本人曰く、『絶対に死なない。死んでも死なない』そうですよ」

そう語る利根川の表情に嘲笑や侮蔑は一切ない。御人形様の力を心底信じている様子だった。


「御人形様が別の役割を持っているってことは分かったけどぉ、(さとる)ちゃんが司会進行をやってくれてるのはどういうわけかしら?」

先程の一触即発などなかったかのように、無邪気に訊ねる玉那覇。ウエーブのかかったブロンドのロングヘアーに、下がミニスカートの灰色のスーツといういでたちは、後ろから見れば丸の内のOLそのものだった。黒タイツに包まれた足はスラリと長く、美女の雰囲気さえ醸し出している。しかしもちろん、正面に回った瞬間にその幻想は崩壊するわけだが。

「後で自己紹介の時間を設けてありますが、僕のことを軽く話しておきましょうか。『銀河の慈雨』代表の、利根川暁という者です。僕は事前に、御人形様から副代表の指名を受けていたのです。副代表の仕事は代表補佐からみなさんの相談役まで、まぁ何でも屋のようなものですね。皆さんへの連絡やタイムテーブルの作成、この山小屋やリフトの整備も僕がやったんですよ。御人形様と皆さんを繋ぐ連絡係でもありますから、質問や要望など、何でも気軽に言ってくださいね」


(……え)


「オッケー」とか「委細承知」とか「わかったにゃ!」とか、副代表・利根川を認めた一同が口々に返事をしていく中、美闇は一人唖然としていた。

(今、何て言った? 私の聞き違いじゃなければ、このメガネ、確かにこう言ったわ……)


>リフトの整備

>リフトの整備

>リフトの整備


 そのリフトで谷を渡ろうとした美闇は、柱の破損によって危うく転落死するところだった。リフトを整備したという男は、そんなこと知らぬ存ぜぬで呑気に笑っている。


 美闇は確かに利根川の声にうっとりした。声で暴力を制した姿にときめいた。

しかしもちろん、そんなことでチャラになどなりはしない。美闇はそんな安い女ではない。

息をひとつ吐き、つぐらの前に出る。利根川の姿を、はっきりと見据える。


(何でも気軽に言って、ですってぇ? よろしい、ならば戦争よ!)

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