1日目午後 最初のイベント
※この作品はcaravelと並行して更新している作品です。
チャイムが鳴った。それとほぼ同じタイミングで麻倉が教室に入ってくる。
麻倉が教室に入ってきても、いつもの授業が始まる前のちょっと重々しい雰囲気ではなく、軽い感じだった。
「東条がどうせ言っただろうが、この時間は相田の歓迎会に変更することにした。」
麻倉は黒板に汚い字で1時間の流れを書いていく。
「最初に改めて相田の自己紹介、次にクラス全員の自己紹介だ。余った時間は特に何も考えてないから、自分たちで決めてくれ」
そういうと、麻倉は座り相田さんに自己紹介をするように促した。
まだ少し慣れていないのか、そわそわしている。「いいのかな?」みたいな感じで教卓に上がった。
「えっと、相田優美です。これからよろしくお願いします。」
そういい、軽くお辞儀をした。すーっと通るようなきれいな声だった。教卓から降り、立ち去ろうとすると「質問いいー?」と、ひとりの女子が聞いた。てっきり僕はさっきの休み時間で聞きたいことはすんだのかと思ったが、まだあったようだ。
「はい。いいですよ。」
女子のほうを向き、次の言葉を待っている。
「よっしゃ。このクラスに好きな人いる?」
「えっ…」
相田さんはおろか、クラスメイトも驚いただろう。たぶん、一番驚いたのは自分だろうが。
少し、教室内の時間が止まった気がする。数秒後、相田さんは答えた。
「んー…わかりませんね。」
僕は安堵した。ここで特定の名前が出たら、どうしようかと本気で悩んだ。しかし、複雑なところである。今の時点で僕は相田さんの心にかすってもないということだ。もしかすれば言わないだけかもしれないが、あんな丁寧に質問に答えていた彼女が言わないなんてことはあるまい。
「そっかー。ということは顔じゃなくて性格で決めるタイプなんだね。」
「はい。」
相田さんは、にこっと笑顔で返事をした。その笑顔と言ったらかわいいという言葉だけでは物足りないようだった。うまく言葉に表せない、そんな魅力だった。
「ありがと!相田さん。これからよろしく。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
ずいぶんと順調に会話が進むものだ。雑談を交わしたせいか、心なしか相田さんも慣れてきているように思える。もし自分が相田さんの立場なら、一週間は慣れないところだ。
「…もしよかったら、質問ある方はいませんか?」
ついに相田さんが仕切り始めた。質問か…。あるのに、手を上げられない僕は弱いやつだと改めて思う。
しかし、かわいくて、リーダーシップ性があって…これだけでも十分なのにまだ彼女のほんの一部しか見ていないということに驚きだった。僕に釣り合うはずがないなど後ろ向きなことを考えてしまう。この恋は絶対成功させるのだから。失敗なんか許さないのだから。
「ないようなので、席に戻りますね。次は皆さんが自己紹介をお願いします。」
そういい、席に戻っていく。あっという間にクラスを操ってしまった。さすがの遥でさえここまで速く慣れることはなかっただろう。
「相田、先生の代わりありがとう。よし、じゃあ1の川の一番端から順に自己紹介を頼む。ていっても縦で行くと男の印象が薄まるから横に行くか。そうすりゃ男女ともにバランスよく覚えられる。」
男子への気配りが上手だが、いったい何を考えているのやら。こうして、クラスメイトたちの自己紹介が始まった。
僕は相田さんの休み時間のときとは全く違う面をみて、自己紹介を考える暇もなかった。窓際であっても、まさかの横に進んでくるスタイルで結局僕はあっという間に番が来てしまった。
「…次、よろしく。」
「あ、はい。」
冷静に、噛まないように…落ち着いて…。そういえばみんな名前だけ言ったのだろうか。趣味とか、得意な教科とかそういうのは言ったほうがいいのだろうか。どうしよ、前の人の全然聞いてないからわかんない。こうなったらしょうがない。遥のを参考にしよう。
僕は立ち上がり相田さんのほうを向いた。鼓動が早くなるのを感じる。大丈夫だ。こんなくらい大したことない。
「高梨灯谷、です。趣味は読書です。…よろしくお願いします。」
「高梨さん、ですね。よろしくお願いします。気軽に話しかけてきていいからね?」
「あ、ありがとうございます。」
「どうしたしまして。」
着席。真正面から相田さんを見れて、ほんの少しだけど話せてこの機会を設けた先生には本当に感謝しなければならない。意外にもしっかり喋れたし万々歳だ。会話の間が数秒だったような気もしたし、数分話していたような気もする。
それに高梨さんって呼んでくれた。話しかけてきていいからねって言われた。何よりうれしかった。
明日もまた、話せますように。
帰り道。遥とは幼稚園のころから遊ぶ仲で、いわゆる腐れ縁というやつだ。家も比較的近く、登下校はだいたい二人だ。そういえば、と思いこんな話題を振ってみる。
「夏休み…の前に期末テストあるよね…勉強頑張ってる?」
禁忌の話題。なぜかというとお互い勉強は全くダメで、テストは頑張っても平均まで届く程度。二人とも成績が五十歩百歩のため、教えあっても学ぶことはなく、二人で解決することはないという悲しい事態である。
「いや、やってない。最近はゲームばっかしてるよ。今期はいいアニメないし。パソコンも死んでるし…。」
遥はゲーム、アニメ、パソコンなど様々な趣味がある。その一方で、飽きっぽいので続かないことも多い。最近は多肉植物とやらを集めたけど枯らしたということを聞いたような聞かないような。
「まぁ、そうだよね。僕もやってないし。え、というかパソコン死んだってまじで?常連のとこどうするん?」
「まじまじ。常連のとこねー…ほかにログインできる端末ないから…代理で灯谷が伝えてくれない?しばらく顔出せないって。」
「あー了解。パスかかってないよね?」
「オープンだから心配ない。すまない。頼む。」
「おん」
常連というのはチャット掲示板のルームのこと。かれこれもう同じルームに半年通っているらしい。遥は基本的に自分のルームから出ないので他人のルームに居座るなんて珍しいな、なんて思ったらどうやら趣味が合う人が結構いるらしい。
「というかお前、転校生に惚れたのか?」
「ッ!?…そんなことないよ。」
不意の質問、しかも答えが図星な。なんとなく否定してしまった。
「そうか?お前が女と話しているところそんなに見ないからわからないが、なんとなくいつもと様子が違う気がしたぞ。話してないときだって、様子おかしかったし。」
なんでこう、遥は勘が鋭いのだろうか。
「久々に女子と話したから緊張しただけだよ。第一、男子とさえ会話が気まずい僕だよ?様子がおかしいのはいつものことじゃん。…自分で言ってて情けなくなるけど。」
とりあえず自虐ネタをつぶやいておけばどうにかなるだろうか。けど、珍しいな。遥が「三次元の」恋愛話を持ち出してくるなんて。二次元loveなやつなのに。まさか三次元に対象を変換することに成功したのだろうか…まさかな。
「まぁ、そりゃたしかに。コミュ力向上ファイト。」
明らかに棒読みなふぁいとである。
「そっか。じゃあ……」
「ん?なんて?」
声が小さくてうまく聞き取れなかった。なんて言ったのか気になるのだが…。
「いや、なんでもない。」
「ん、そうか」
「明日も一つくらい授業つぶれねーかなー。」
「さすがにそれはなさそうだけど。」
「だよね」
僕もつぶれてくれと思うのが本望だが。それを願うより、明日相田さんとまた話せることを願うばかり。いつ、告白をしようかな。僕にできるのかな。練習しとこっかな。いつかのために。
1日目午後、、会話が少しできました