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その出会いは後に続くものか?


―――魔王城、1Fロビー。

 急に仕事がなくなり、手持ち無沙汰になったイフスは城内をゆっくりと移動していた。

「(……御名前は、ミミ=オプス=アトワルト侯。ワラビット族唯一の貴族であり、年の頃は―――283?)」

 (あなど)るわけではないが、領主という立場はそれなりに経験豊富な大人、もしくは年配の貴族が()く事が多い。その中にあっては異例も異例といえる年頃だ。


「(よほど優秀な方なのでしょうか? もしくは……)」

 1Fへと降りる階段に足をかけかけてイフスはふと立ち止まった。気配を感じ、書類から目線をあげて降りていこうとしていた階段の先の、1Fロビーの方をに目を向ける。


「(あれは……)」

 ワラビット族の女性だ。バニースーツを基調としたドレスに身をまとったやや小柄で若々しい……しかしこの距離でもハッキリとわかるほどの美少女が、出迎えたであろう担当のメイドに先導されて、謁見の間の方へと向かって歩き去ってゆく。


「(あれが、アトワルト侯?)」

 魔王城に登城できるのは貴族か城勤めの者だけ。書類の内容を確かめてみても現在、ワラビット族の貴族はアトワルト侯一人しかいないとなっている。



 ―― お前自身の意志でもって見定めてみるがいい ――



 イフスは何気ない好奇心に突き動かされ、さも働いているメイドのフリをしながらこっそりと後を追い始めた。






「(? あのメイドの娘……間違いない、私たちを尾行()けて来てる。うーん、動きはたいしたことないから覆面衛兵(ガーディアン)でもなさそうだし。まさか侵入者なんて事はないよね、魔界でもっとも奥深いこの城で?)」

 10人は余裕ですれ違いあえる幅の廊下の中央。何も城の豪華さを顕示するために広く作られているわけではない。多くの者が行き交っていても不審な行動を取る者がすぐにわかるよう、平時における防衛の観点からそう作られているのだ。


 床に敷き詰められている絨毯の中央は、それなりの身分の者しか通ってはならない。それが証拠に行き交うメイドや使用人達は廊下の左右を移動し、ミミと彼女を案内する先導のメイドとすれ違う時に会釈をして去っていく。

 もちろんミミにしても自分より上位の者と遭遇した場合には、廊下中央から横にそれて道を譲るのが作法である。


 後ろから尾行けてきているメイドは、廊下の節々に並べられている石造や壷の台座の影に身を隠したり、窓を拭く掃除の素振りをしたりしてはいるものの、その尾行技術はあまりにお粗末なものであり、残念ながらバレバレであった。



「(なんだろう? 魔王様が私について何か調べさせるような命令でも与えた、とか?? 地上に赴任する前に挨拶に来ただけなんだけど……試されてる?)」

 既に決定した事とはいえ、それなりの上位の貴族が知らないところで自分の人事について異を唱えていたりすれば、それもありえない話ではない。


 領主に任じられるという事は、その任地は丸々領主に与えられるという事であり、領内における施政権は勿論のこと、所有権や財産権、司法権、立法権など全魔界共通の法を除いて、ほぼ全ての権利が領主個人のモノとなる。

 それがどれだけ莫大な個人の財産と権益であるかは火を見るより明らかであり、やりたい放題の庭を手に入れられるに等しいため事実、強欲な領主貴族の中には常々領地の加増を狙って方々に働きかけてる者も少なくない。


 たとえ地上の片田舎といえども、あわよくば自分の領地としたいと思っている貴族の妨害―――

「(―――にしては、ちょっとねー。雰囲気が違うというか……一応は気を引き締めておこうかな。今は魔王様への挨拶が一番重要だし)」

 だがミミがそう考えていた矢先、事件は起こった。



「な、何をなされるのですか、シュドアム様!? お、おやめください、このような……ッんん!」



 後ろを振り向くと尾行をしていたメイドが、さらに後ろから来たであろう貴族の男に絡まれていた。それも彼女のロングスカートを捲し上げて股が見えそうなほど深く手を入れられながら。


「キミ、魔王様のお気に入りのメイドだろう? フフフ、なかなか可愛いじゃないか。どうだい、この私の愛人にならないかい、いい夢見させてあげるよ」




「はぁ……シュドアム卿かぁ。また面倒な相手だなぁ……」

 メイドと密着させているカラダは、細身のいかにも貴族青年といった雰囲気のイケメンだ。しかしその背中からは様々な獣の特徴を持った怪物のカラダが生えている。


 混合魔獣人族(キメイラ)に近いが、彼はそのキメイラと魔族の混血だ。しかも親がそこそこ高位の貴族である事をいい事に、女性達にタチの悪いアプローチをかけまくっているうっとおしい(たぐい)の男性貴族である。


「(しかも、どこぞの性欲オンリーな小動物(バカ)よりかは多少考えて行動してる分、厄介なんだよねぇ彼は……さて、これはどうすべきか? んー……)」

 ハッキリ言ってしまえば、この大事な時に余計な面倒事には関わりたくないというのがミミの本音だ。


 とはいえ、先ほどのシュドアム卿の言葉を真に受け止めるならば、あのメイドは魔王様に覚えのいい者だという。おそらくは彼もそんなメイドを落とす事で魔王様に近づく、もしくは魔王様に通じる情報網の一角として確保しようだとか、そんな企みがあってあのような暴挙に出たのだろう。


 そして厄介なことに前後を見回してみても、この長い廊下にいる貴族たる者は自分とシュドアム()しかいない。メイドや使用人達は上位者(自分達)に対して意見などできるはずがなく、ただ眉をひそめて成り行きを見守るだけ。

 つまり彼の暴挙を止める事ができるのは同じ貴族のミミ(自分)しかいない事になる。




「はぁ、しょうがない。……シュドアム卿。御戯れはその辺にしておいた方がよろしいのでは?」

「おやおや、これこれは兎殿ではないですか。珍しいですね、貴女の方から私に話しかけてくるなんて」

 そう言いつつも彼はメイドを解放しようとはしない。

 それどころかますます彼女の股の内に手を入れ、かつ自分の背中の獣の一部を、後ろから彼女の口元へとまわして咥えさせようとまでしていた。

 彼の余裕の態度は当然だろう。何せ万を越える貴族達の中にあって、爵位の上ではミミよりも十数人ほど上に位置する身分を有しているのだから、下位の貴族を前にしたところで己の行動を自重するはずもない。


「そのメイドはこれから私と魔王様に謁見をする予定になっておりますの。さすがに魔王様に対して無礼があっては、シュドアム様におかれましても、何かと都合が悪いのではありませんか?」


「……ふーん、言うじゃあないか? まぁ魔王様に謁見するのに、兎一匹御前に出してはそれこそ失礼というものだ、メイドを添えれば多少は見栄えするというわけかな? ハハハッ」

 シュドアムも簡単には引き下がらない。多少の脅しを含めてみても、彼も貴族社会に生きる者である。その程度で萎縮したり態度を改めたりするほどヤワではない。


 ミミの貴族としての力は弱い。爵位の上では中流貴族でこそあるものの、つい先日父の跡を継いだばかりの彼女には貴族らしい財産も、網の目のように張り巡らされた強力なコネクションも持ちえてはいない。

 そうしたものを背後におき、相手にプレッシャーをかける事が出来ないのは端から承知の上だ。


「(魔王様に謁見するのは本当だし、彼女が魔王様のお気に入りなら、彼もやり過ぎは危険と考えているはず。先の私の発言でその事を表には出さなくったって、彼の中で強く意識させれば十分。外郭を固めたその上で今、私に打てる次の手は……。……はぁ、やっぱり武器は一つしかないよね)」

 こういう時、穏便に事を済ませる最上の手は、相手に目の前の利を諦めさせるだけの代替物を用意する事である。

 商人達が好んで使う手ではあるが、貴族同士の駆け引きでもそれはもちろん有効だ。今、ミミが目の前のメイドのかわりにシュドアムに差し出せる有効なもの、それは―――


「……(わたくし)にも魔王様より賜った任がありますので今宵限りですが……それではいけませんか?」

 周囲の者に聞こえぬようシュドアムの懐まで近づき、耳打ちする。もちろんその際には彼の視線の位置を考慮して胸や腰のラインを強調して魅せる事も忘れない。


「……直後のティータイム、分けられた巣穴、午後のティータイム」

 これは隠語の一種である。

 貴族同士が公に語れないような取引を行う際、取引条件の中の時間と場所を決める。


 シュドアムは、直後のティータイム(謁見終了後)、分けられた巣穴(自分の別荘で)、午後のティータイム(明日の昼下がりまで)と提示してきた。


「……夕暮れ前のティータイム、分けられた巣穴、遅れたランチ」

 対してミミは、夕暮れ前のティータイム《夕方4~6時頃》、分けられた巣穴(貴方の別荘で)、遅れたランチ(明日の正午過ぎまで)と返した。



「……。フ、まぁせいぜい謁見、がんばりたまえよ兎殿」

 言葉と共にシュドアムはあっさりメイドを解放し、離れて去っていった。

 その行動の変化はつまり “ それでOK ” という取引承諾の意を表している。



「あ~、せっかくシャワー浴びたのにな~。明日の門出は最悪のコンディションかぁ……ドレスはどうせ向こうにいったら新調したのに変えるからこのままで使い捨てるとして…」

「あ、あの」

 目の前で口調が変わってもなんら不信を抱くことなく、解放されたメイドは深く頭を下げていた。


「あのようなお取引までなされて私などを助けていただき、ありがとうございますアトワルト侯」

 彼女は唯一、二人の取引の言葉を聞いている。魔王の側務めをしている彼女は、ミミとシュドアムの取引の内容がいかなるものかを理解していた。


「ん、へーきへーき、頭あげて。それよりそっちは大丈夫だった?」


「はい、問題はございません。ですがその……アトワルト侯は今夜あの御方と…」

「はーい、そこまで。それ以上は言っちゃダメだし、恐縮と謝罪と御礼の堂々巡りになっちゃうから、ね?」

 軽くウィンク交じりにメイドの二度目の礼を、額に指あてて軽くピンッと弾いて制すると、ミミは謁見の間に向かって歩き出した。

 先導役のメイドも、彼女の移動再開を受けて己の役目を思い出したようにあわてて前に出る。


「……アトワルト侯」

 遠ざかっていく小柄な年下の上位者の、その背に向かって深々とお辞儀をする。イフスは彼女の姿が見えなくなるまで、その頭を下げ続けた。







――――翌日、ワラビット族種族領地内、魔界と地上を結ぶ転送門(ゲート)の前。


「うぷ……やっぱりこうなるよね……」

 気持ち悪さから元気のでないミミ。しかも一睡もさせてもらえなかったため、深刻な寝不足ときている。


「(シュドアム卿、無駄に元気過ぎ……はぁ、新しい門出なのに、最初からコレじゃ、先行き不安だなぁ……)」

「ミミ様、大丈夫ですかい? 緊張して昨夜はよくお眠りになっていないとか?」

 見送りに駆けつけたワラビット族の人々は、心配そうな表情で彼女を見上げていた。

「ん、大丈夫ですから。そんなに心配なさらないでください皆さん」


 ゲートはかなり巨大ではあるものの設営型のため、どこにでも置く事ができる。

 両脇にはゲートの運用責任者である兵士が二人立っており、人々に目を光らせていた。



 現状、魔界と地上は許可を受けた者しか行き来できない。ゲートにしても今回のように公用でなければ使わせてはもらえず、本来ならば非常に長い地上へと続く道を旅しなければならない。


 しかしゲートがあれば1歩で荷物ともども地上へと出る事ができる。簡単に移動できる分、不逞(ふてい)の輩がどさくさに紛れて通ろうとする可能性があり、ゲートの使用に際してはかなり厳格な規律のもとで行われる。


 また、それゆえ誰かがゲートを使う時には群集が集まり、一種のイベント状態(見世物)となってしまうまでがセオリーであった。





「ふむ、あれが新任の領主……ですか」

 ゲートに近づけなかったワラビット族の人々が遠巻きにミミの門出を見守る中に彼―――商人のオ・ジャック―――の姿があった。

 しかし彼女を見つめる表情は渋く、抱いた印象はあまり芳しくない。


「(任地に赴くというのに、なんですかあの顔色の悪さは? 所詮は小娘という事でしょうか。モノがよければいろいろと調べをつけておくのもアリかと思ってはいましたが……)」

 ズレたメガネをなおし、もう一度彼女を凝視する。品定めは鋭くも緩慢に、そして第一印象を捨て去り、思い込みを噛み砕いてゼロからもう一度行ってしかるものであると己を戒める。しかし―――


「年若くして地上の領土を賜ったワラビットの少女と聞いてはいましたが、冴えない顔ですねぇ。……どうやら、取るに足らなさそうな人物とお見受けし―――おっと、商談の時刻までもうあまり猶予はありませんね。では皆様これにて失敬を」

 ジャックは雑踏の中より脱した。ジロリと睨んでくる群集を前にしても、不敵な笑みを浮かべて悠々と歩き去ってゆく。


 これから生涯でも一、二を争うであろう重大な商談に臨む彼は、種族の誉れたる少女を見送る彼らの気分を逆撫でるような発言をあえてしてみせたのだ。

 この程度の衆目のプレッシャーに萎縮するようでは、この後の商談の相手(魔王)に対峙する事などできはしない。

 己の心が泡立っていない事を確認し、自信を深めると同時にわざわざ足を運んだというのに得られるものがなかった事で深く落胆もしていた。


「(どうやらこの寄り道は無駄足でしたか。……この分の埋め合わせはせいぜい魔王様よりいただかせて貰う事にしましょうかね)」





 


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