世界五分間仮説
これが初めての投稿になります。
拙い文ですが、ぜひよろしくお願いします。
感想やアドバイス等いただけたら嬉しいです。
『本日、八月五日金曜日は、ついに“白紙”となります。』
『皆様どうか慌てずに行動してください。以上臨時ニュースでした。』
突然、駅前の大液晶モニターやスマートフォンなどが、一斉にその情報を垂れ流した。
聞き覚えのない単語に僕は焦った。
しかしながら周りを見渡すと、朝の通勤、通学の時間で込み合う駅は、普段の喧騒と何ら変わらない。
僕の画面も周りと同じく、先程のニュースについては、もうなにも表示されてない。
学生服のポケットから慣れた手つきでSNSアプリを開き、イヤホンで音楽を聴きつつ、友人達に質問をしてみる。
『さっきの臨時ニュース見た?』
無反応
『臨時ニュースについて詳しく!』
・・・・・・無反応
別に僕に友達がいないから返ってこないとか、いじめられているとかではない。
自分でもよく分からないけれど、これは冗談で無視してるとかではない気がする。
感覚的に普段とは違うということがなんとなく感じる。
言うならば、自分の画面では送信ができているのに相手に届いていないような、そんな感じだ。わかりにくいだろうが。
試しに『今日の英語ってテストだっけ?』なんて、たわいないことを送ってみる。
『それ明日』
『予定ちゃんと書いとけ』
『範囲は分かってるのか』
ちゃんと返信が来た。
ニュースの事だけが、返ってこない。
一息つく。ちいさめな深呼吸をして心を落ち着かせる。
僕の中の疑問がさらに大きくなって浮かぶ。
“白紙”・・・・だったろうか。臨時ニュースでは、まるで全国民が知っているかのような口振りだった。さも、知ってて当然の様な。
そして、その後の、『慌てずに行動してください』のセリフ。
まるで何かが起こるような感じだ。
その何かは僕にはまるで想像できないが、何かこの世界を変えるような大事件かもしれない。
なんて随分くさいことを言ってしまった。
心の中の独り言だが恥ずかしいものは恥ずかしい。
後ろ髪を引かれるような困惑をその場に残して、僕は普段と何ら変わらなく目の前に現れた通学電車に乗った。
乗車率120パーセントの満員電車に、体の節々が圧迫されている。
この状態があと20分は続くのかと思うと、なかなか精神的にくるものがある。
幸いかどうか、僕はなかなか開かないドアに押しつけられているので、むさくるしい空気からくる吐き気を和らげる為に景色でも眺めていよう。
立ち並ぶ高層ビルは沢山の窓ガラスに朝日が反射して目に悪い。そしてアリのように黒い塊になって歩く人の群れ。それを見下ろしてこの電車は進んでいく。
何も変わらない。
普段となにも、かも。
もしかしたらあの臨時ニュースとやらは悪戯だったのかもしれない。
何も起こらないならそれでいい。
高層ビルの先に海が見える。
たしか向こうは大きな港だった。
船が浮かぶ海は、キラリと反射し、いまだ半覚醒の僕の目を傷ませる。
グラン、グラン、グラン
!!!
それは視界が歪むような。
???
揺れた。揺れたか?揺れたな。
地震か?いや、違う。
これは、そんなあれじゃない。
なぜだか知らないが。
自然現象ではない。
僕の耳にも聞こえるくらいの地鳴りがなる。
そして、瞬間それは始まった。
そんな時僕は阿呆みたいに、消しゴムみたいだな、とか思っていた。
綺麗に描いた絵を擦って消すような。
僕が見ていた海。青い綺麗な海。
沖からじわりじわりと“白”が押し寄せてくる。速い。津波のように海を巻き込みすすむ。
違うところは、それが進んだところはまるで綺麗な白であるところだ。白紙の白。それが一番相応しい。
つぅっと一筋、背に汗をかいた気がする。あの白い津波と一緒に迫り来るのは恐怖心。
だめだ、怖い。目をそらせ。
そうだ周りの人は何でこんなに静かなんだ。
嗚呼、嫌な予感。
僕はなんとか固まった首を動かし周りを見る。
白い白い白い
さっきまでスマホを弄っていた女子高生、シートに座ったくたびれた老人、微笑ましい親子連れ、ヤンキー風なお兄さん。
白い
気づけば、僕の周りにはもう色は無い。
いや、無い。何もかもが。もう。
電車に揺られている感覚もいつの間にか消えて、今は白の中に立っている。
立っているが、爪先から徐々に僕の体も白くなってきた。
じわり。じわり。じわり。
消えたくない。嫌だ。助けて。なんで。どうして。怖い。
両手足が服が鞄がスマホがイヤホンが、そして涙で滲む視界が白くなり、
僕は無になった。
世界は唐突に終わり、塵も残さずに消えた。
「今回の件残念だったな。」
同僚が俺の隣にコーヒーとともに腰掛ける。
こちとら残念どころじゃない。
絶望だ。もう息をするのも辛くなってきた。
机に突っ伏して顔を上げない俺に、同僚が続ける。相変わらず人の気も知らずによく動く口だ。
「まあ確かにさ、出来は素晴らしかったよ。」
そりゃあそうだ。
「五分程度の割にはアニメーションも凝ってたし、主役の男の子とかも良かったし。」
その五分の世界にどれだけの時間を費やしたか。
「まさか落ちるとは思わなかったけどな。」
もうやめてくれ。わかった、わかったから。
俺は人以上に、素晴らしい位の能力がないのは知っていた。だが、今回話を貰ったCMの制作は努力して駄目なところは改善したはずだった。なのに、落ちた。落ちたのだ。
人より幾ばくか上手にはできたと思う。
今回はいけると確信していた。
上司からも期待され、皆から励ましの言葉を貰い、俺もそれに答えようと。
もう嫌だ、と半ば自暴自棄になった。
企画が白紙になった今、もうあのアニメには価値がない。
消そう。消してしまおう。
全てを白紙に戻して、おとなしく次の企画を通す為の努力をしよう。
駅前の人混み。主役の男の子。高層ビル。輝く海。
そしてその後も。
『データを消去しますか?』
マウスを押して、俺が白紙に戻した。
次はどんな五分間の世界を創るかなあ。
世界五分“前”仮説という説を知った時に思いついたのが、世界五分間仮説になります。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。