帰り道
辺りはすっかり薄暗くなっていた。
いや、もはや「暗い」だけでもいいかもしれない。100m先の標識の文字が、闇によって見づらくなっていることに気づく。
門を出ると、
「おい」
男の声がした。
一瞬不審者かと思ったが、もちろん違った。
1人の少年が門にもたれた状態で座っていた。
「おっせーな、お前。着替えるのに一体どんだけ時間使ってんだ」
「何処の不審者かと思ったら、あんたか」
「不審者とは失礼な奴だな」
「私を待つなんて、初めてじゃない?」
「あぁ、プリン3個掛かってないと絶対に待たねー」
「あんたも十分失礼じゃない」
歩き始めた私についてくる、というか、家が隣だからついてきて当然だ。
「そういえば悠介」
「ん?」
朝の様に、珍しいね、とは言ってこなかった。
「昼の美菜子の件、結局どうやって収めたの?」
私は売店で美菜子用のパンを買いに行っていたため、どうなったのかちゃんと見てなかった。
「あれか」
悠介は苦笑いをして、
「焦ったよ。いつの間にか後ろに居て、笑顔で拓海をシメてたからな。とりあえず俺と章吾で土下座して謝って、今日潰した弁当を3つ買うことを約束したら許してくれた」
「土下座なんて、とっさによく出来たわね」
「俺だって命は惜しい」
男子3人に命の危機を感じさせるとは、美菜子も相当な娘だ。
「へぇ」
「てかお前、あの後パン買ってきてたよな?金持ってんの?」
「あるに決まってるでしょ」
そう言って私はポケットに手を入れた。
何も感触がない。
何も持たずポケットから出てきた私の手を見て、悠介は呆れたような顔をした。
「お前・・・・、盗んで寄越すつもりだったの?」
「まさか」
落としたかと思ったが、よく考えてみれば違う。私は今日300円持って来ていて、100円のパンを3つ買ったのだからポケットは空で当然だ。入っていた方が逆におかしい。
「使い切ったのか」
「そういうことね」
「俺が100円渡すから、ポケットの中に入れて叩いて増やせ」
「ビスケットじゃあるまいし、無理に決まってるでしょ」
「俺、プリン食う気満々だったんだけど、これじゃ食えねーじゃん」
「あんた金持ってるなら、それで買えば?」
「他人の金で買うから意味があるんだよ」
てか、と悠介が続ける。
「お前、人の憩いの場を汚したうえに人の腹を蹴って脅して、挙句の果てにはプリン無しとか俺を泣かせる気か」
「明日買ってあげるから」
「ダメだ。俺の舌は既にプリンになってる。何よりも先にプリンを食わないと気がすまん」
なかなか面倒なことを言う男だ。
悠介はため息をつき、ポケットからコインケースのようなものを取り出した。
「買ってくれないんなら、せめてこれで買ってきてくれや」
「私をパシるつもり?」
「いいだろそのくらい。もともとは奢ってもらうはずだったんだから」
私は悠介からコインケースを預かると、コンビニに入った。デザート類が置いてある一角にプリンが無いはずもなく、私はそれを1つ取り、そしてパンのコーナーにあるクリームパンを1つひょい、と取ってレジに並んだ。
外を見ると、悠介が耳にイヤホンを刺して目を閉じていた。一体いつもどんな曲を聴いているのだろうか。そもそも、学校に持って来てまで聴くものなのか、私にはわからない。
会計を済ませ、私は外に出た。
「はい、買ってきたけど」
「おっ、さんきゅ」
袋の中を覗いた悠介は、早速あの存在に気づいた。
「ん?何だこのクリームパン。クジでもやってたのか?」
「いや、普通に買ったけど」
「へぇ」
悠介は一瞬納得したように返事をした。そしてすぐ、異変に気づいた。
「お前、金持ってなかったよな?」
疑うような目で見てきた。
正解です。
「金なら持ってたじゃん。ほら」
私は悠介から預かったコインケースを見せた。
「お前・・・、悪女だな」
「ご馳走様、悠介クン」
悠介は舌打ちをした。
しかし、私はいい気分でしかなかった。
私の性格からして、私に金を渡せば要らない物を買ってくることくらい悠介はわかっていただろう。それでも私に金を渡した悠介の行動は、何か暖かいものを感じる。いわゆるツンデレってヤツか。
「悠介」
「なんだ」
「ありがとう」
「もっと感謝しろ」
悠介が言った。
辺りは暗いが、気持ちは明るくなった帰り道だった。