夕暮れ時
「先輩、あれからどこに行ってたんですか?」
部室でブラウスのボタンを留めながら、凛子が訊いてきた。
「先生に頼まれて、ある人物に作文書かせてきた」
「ある人物?それは一体どなた?」
「まぁ、誰でもいいでしょ」
「わかった。南さんですね」
超能力者か、お前は。
「・・・なんで?」
訊き返した。
「だって先輩、嬉しそうな顔してますもん」
「してないけど」
「またまたぁ〜、そう隠さなくても」
凛子がニヤニヤしながら言った。
デジャヴか?
この光景、なんか見たことある気がする。
「南さんの事が好き、と言っても別に驚きませんよ。南さん、かっこいいから私らの学年でもそこそこ人気あるし、ましては先輩は幼馴染っすからねぇ」
「・・・なんか私が南のことが好きなこと前提で話を進めてない?」
「違うんですか?」
「違う」
「どうしてさっき、いつもみたいに『悠介』って呼ばなかったんです?」
何故知ってる。凛子の前で奴の名前を出したことはないはずだが。
「それは・・・勘違いされると思ったから」
「意識してますね」
「殺されたい?」
「スンマセン」
まったく、顧問だけでなく後輩からもバカにされるとは散々だ。
「そいや先輩」
「ん?」
「南さんのところ、ユニフォームで行ったんですか?」
「そうだけど」
「攻めましたね」
また訳のわからないことを言い出したな。この少女は。
「なにが?」
「だって陸上のユニフォームって、陸上知らない人がみたらモロ下着じゃないっすか」
「まぁ、言われてみればそうよね」
「先輩がもし男子だったとして、自分の周りを下着姿の女子が歩き回ったらどう思います?」
わからない、と、私が言う前に、
「きっと南さん、超ドキドキしてたと思いますよ」
「んなわけが」
「私が南さんだったらしますけどねぇ。先輩みたいな美人が半裸で彷徨いたら」
「半裸とか言うな。恥ずかしくなるだろ」
「恥じらってる先輩、可愛い〜」
そう言って凛子が抱きついてきた。この娘は、本当に私と年齢が1つしか違わないのか。
10秒ほど私にしがみついた後、ゆっくりと私から手を離し、
「じゃあ私は帰りますので、先輩、また明日!」
凛子が敬礼をして言った。返事をすると、風のように部室から飛び出して行った。
1人になった更衣室は、まるで廃屋のように静かである。1人いなくなるだけでこんなに違うものなのだろうか。
薄暗くなった空を見上げながら、私は部室を後にした。