悪魔から天使へ
眠い。
まだ2時間目だというのに眠くて仕方がない。
まぁ、朝に家から学校までを走って往復
したのだから当然と言えば当然だが、
こんなに早くから眠くなるとは予想外だ。
それに、私の席は窓際の1つ隣。外からの
日差しが、私を楽園へと誘おうと照らしてくる。
今日の2時間目は現代文だ。教師の読む物語が、
私には子守唄にしか聞こえてこない。
私は、ちら、と隣を見た。
私をこんな耐え難い状況に追い込んだ悪魔、
悠介は肘をついて教師の話を聞いていた。
真面目に授業を受けていると思ったのも
束の間、よく見たら悠介の視線は完全に
窓の外の方を向き耳にはイヤホンが刺さっていた。
ちゃんと授業受けろよ...
ちょくちょく意識を失いながらも、
受ける気のある私の方がまだマシだ。
教科書の字を見る。見れば見るほど眠気は
気が狂ったかのように襲ってくる。
もういっそ、寝てしまおうか。
そうすればすぐ楽になれる。だが、それが
できない理由もちゃんとある。国現の
教師、北島は寝ている生徒を見つけると
授業の後に呼び出し放課後に反省文を書かせる
というなんとも有難いプレゼントを寄越すのだ。
自慢ではないが私はもう4回書かされている。
うとうとしていると、何者かに肩を突かれた。
一瞬寝ているのが教師にバレたかと思ったが、
突かれた方向からして悠介だということが分かった。というか、もし教師がシャーペンの先で生徒の肩を突こうものならそれはそれは気持ちの悪いことだ。
「消しゴム貸してくれ」
小声で悠介が言ってきた。
「...はい」
私はペンケースから消しゴムを取り出し、
悠介が差し出している手のひらに乗せた。
「さんきゅ」
悠介はそう言うと、ノートを書き始めた。
そういえば、私も授業が始まってから全然
板書というものをしていない。
授業は残り20分、まだまだ時間はある。
変な時間にやる気を出したな、と思った瞬間
隣から消しゴムが飛んできた。
綺麗な弧を描いて飛んできた消しゴムは、
座るときにお腹の位置に出来るセーターのしわの上に見事に着陸した。
馬鹿者。人から借りた物を投げて返す奴があるか。じろ、と悠介の方を見ると、さっき投げた消しゴムを指差していた。
よく見ると、消しゴムの本体とスリーブの間に
紙が挟まっており、消しゴムの裏にミントの飴が
くっついていた。
訳が分からずまた悠介の方を見る。
今度は自分の消しゴムで本体とスリーブの
間にある紙を開けというジェスチャーを
してきた。
てかあんた、消しゴム持ってんじゃん。
紙を開くと、私よりも女の子らしい字で、
『さっき章吾から貰ったやつ。眠そうだから
差し上げます。寝てまた反省文になったら、
放課後練習出来なくて困るだろ?』
悠介を見る。
いつもと、さっきと全く変わらない顔だが、
私には別人に見えた。
この男は、こんなに気の利く人間だったのか。
朝は散々な目に遭わされたが、今は彼に
どんなことをされても許せる気がした。
「ありがとう」
私は小さな声で言った。
悠介は満足そうな顔をして頷いた。
嬉しそうに飴を舐める私に、悠介が
「消しゴム」
と小さく呟いた。
消しゴム?取り出せってこと?
悠介は消しゴム本体をスリーブから取り出し
裏返す仕草を見せてきた。
消しゴムの裏?
私は自分の消しゴムをスリーブから抜き、
紙が挟まっていた方の逆の面を見た。
そこには、ネームペンでくっきりと
綺麗に割れた腹筋が描かれていた。