即、入浴
家に帰ると直ぐ、私は風呂場に向かった。
いつもなら先に晩飯を食うか風呂に入るかで悩むのだが、今日は帰る途中にパンをいただいてしまったので迷わなかった。まぁ、いつも大体先に風呂に入っているが。汗かいてるし。
湯船の蓋を取ると、溜まりに溜まった湯気が浴室を満たす。そしてその湯気と同時に登場するアヒルの玩具に私はいつも驚かされる。これは奈那の趣味で、本人いわくお風呂っぽくていい、とのことだが私にはその良さがさっぱりわからない。まず、この世界のどの風呂にアヒルがいるのか。アヒルがいるのは、湯船ではなく池だ。仮にアヒルが湯に浸かっていたとしても、それは休息ではなく下準備だろう。まさか奈那は湯に浮かぶアヒルを見ながらフォアグラのことを考えているのだろうか。そうだとしたら、何とも末恐ろしい妹である。
身体を洗い、湯に浸かる。この体温が一気に上がる感覚が快感だ。
「ちょっと、お姉ちゃん!」
奈那の声がした。
「晩ご飯、お姉ちゃんが帰ってくるから食べずに待ってたのに、何も言わずにお風呂に入るってどうゆうこと!?」
いいじゃないか、そのくらい。
そう言おうと思ったのだが、相手は腹を空かした人間。機嫌を損ねようものなら私もアヒルと同様に食の対象にされる危険がある。
「ごめんごめん。先、食べてて」
「まったく、もう」
そう言うと、奈那は脱衣所から出て行った。
一命を取り留めた瞬間である。
くだらない空想は置いておき、私は頭を洗うことにした。
頭を洗うという作業は、なかなか面倒なものである。とは言っても、私の髪はそんなに長い方ではないから別にいいが、美菜子ほどになると洗うどころか櫛で梳かすことすら面倒に思いそうだ。まぁ、何にしろ、大変なことには変わりない。
シャンプーをしている時、背後に誰か居るような気がすると言う人がよく居る。
私もその1人だ。
私は幽霊や化物などを信じていないし、風呂場は閉め切っているから誰かがいるなんてことは絶対にありえないことだが、目を閉じるとどうしても意識が背後にいってしまう。滴り落ちる水の音が、誰かが背後にいると錯覚させる。
もし、
幽霊がいたら悲鳴を上げる。
不審者がいたら大声で助けを呼ぶ。
悠介がいたらぶっ殺す。
こんなところだろう。
鏡に映った自分の姿を見て、凛子のある言葉を思い出した。
『きっと南さん、超ドキドキしてたと思いますよ』
どうなんだろうか。
週刊誌を取り上げた時、悠介は私の姿を見ても表情どころか眉ひとつ動かさなかった。その後も視線が彷徨くようなこともなかったし、悠介自体至って普通だった。
明らかにドキドキしてないよな。
あいつにユニフォーム姿を見せたことは今まで一度もないから、見慣れてるというのはまずないだろう。ということは、私自身に魅力がないと思うのが妥当だ。そう考えると、なんだか悔しくなってくる。せっかく幼馴染の女のコが下着に近い姿を見せているのだから、せめて顔くらい赤くしろよ。
普段気にしなかったことだが、言われてみると意識してしまう。
鏡に着いた水蒸気を拭い、自分の姿がはっきりと見えるようにした。私は脚を曲げ、モデルがする様なポーズを鏡の前でとる。気分はモテる女だ。1人だからこと許されるお遊びである。
「お姉ちゃん?いつまでお風呂入ってんの?」
奈那の声がして、風呂のドアが開いた。
私の姿を見た奈那は、もはや絶句したような感じだった。無言でドアを閉める時に見えた奈那の目は、私がプカプカと浮かぶアヒルに向けた目ときっと同じだっただろう。
誤解を解くのに、かなり時間がかかった。




