〜再起《Reboot》〜
「んっ、うぅ...」
「っ!夕斗!」
夕香との再会から目を覚ますと、まず目に入ったのはコンクリートの天井と驚きと不安で染まった舞の顔だった。
その舞の瞳がじんわりと潤んでゆく。
「大丈夫!?痛いところは無い!?痺れるところとかは!?」
ガクガクガクガク
寝起きの頭が猛烈な勢いで揺さぶられる。
「大丈夫、大丈夫だから!頭揺さないで!」
それを聞いて舞はぱっと手を離し、
「あ、ご、ごめん...」
俯いてしゅんとしてしまう。
「あ〜、俺も悪かった。しばらく目を覚まさなかったんだろ?」
「えっ?あ、うん...」
見ると、ベッドの周りには一脚のパイプ椅子と作業机、その上には充電中のタブレットと記録帳が載っていた。
「嘘、俺そんな寝てた?」
夢の中で夕香と話していたのはせいぜい一時間弱だ。
まさか夢の中では一時間が何十倍にもなるとか...
「ううん!寝てたのはまだ半日くらいだよ。」
十二時間!?
何十倍にはならなくても、十倍程度にはなるのか。
「...ん?もしかして舞は十二時間もずっとそこに居たのか!?」
「うん...夕斗を監視しておけって言われて...」
監視。
囮にする云々の話か。
「あ〜、そう言えばその話なんだけど...」
「ん?」
「あ〜っと、夕...あの子を誘い出してどうするつもりだ?」
「それは...」
呟きながら周りを見回す。
目に入ったものはコンクリートだけだった。
「ここは、あの子を安全...っていうのは名ばかりだけど、保護するための部屋だよ。」
「コンクリートは炎対策ってことか?」
「うん。ここに彼女が顕現したら、ちょっと見にくいけどあの壁の扉から捕獲員の人達が出てくるの。」
よ〜く壁を見ると、微妙な切れ目が壁に何本もあった。
「あれ、動くの?」
「うん。」
どこを見渡しても扉のようなものは見当たらなかった。
「そうか...ここまで本気で対策してんのか...」
「ごめんね。これだけは、成功させないと。」
「ふ〜ん...あ、ところでy...あの子を捕まえたらどうすんの?」
「...かわいそうだけど、あの子も記憶消去をさせてもらう。」
「記憶消去したら、俺とあの子は何の関係もなくなっちゃうのか?」
「うん。君のことも、火事の事も忘れて、ここの更生施設で三年も過ごせば、普通に社会復帰出来る。もちろん生活資金も提供するし、住居も提供する。」
「...そういや、ここはどういう施設、というか会社?なんだ?」
「私達は、《Elements Reliefer》っていう国家直属組織なの。」
エレメンツリリーファー?
元素達...?いや精霊達を...リリーフって何だったっけ?
「すまん、リリーフってなんだっけ?」
「救済、だよ。《精霊を救済する者》、そういう意味だよ。」
「精霊...ってのはあの子のことか?」
「うん。他にも何人か補足されてるらしいけど、関東支部の私達は今はあの子のためだけに動いてるよ。」
「そうか...なんか、大変だな。」
「まぁ、ね。」
あれ、そういえば
「なんで舞はそんなところにいるんだ?」
「私の両親がここの人だからだよ。夕斗と同い年っていうのもあって、小学校の頃から夕斗の監視の任務についてたの。」
「ふ〜ん...」
なんか、自分では気づかないところですっごいラノベチックな事を幼なじみはしていたらしい。
...ィーン、ゴーン...
「...っ!この音!?」
「あ〜、俺さっき夢の中であの子に会ったんだけど、色々対策してもらって悪いけど多分舞達は勝てない。」
「ど、どういうこと?」
「え〜っとな...後ろをご覧くださいませ。」
「え?」
俺が指さした先。
そこでは。
「夕斗、迎えに来たよ?」
自らの纏う炎で周りのコンクリートを溶かしている夕香がいた。
「えっ!?ちょ、え!?」
「まぁ、そうなるな。」
想定外の事に舞が以上にテンパる。
夕香の後ろでは、微かにとん、とんという音が聞こえる。
おそらく開かなくなったコンクリートの扉を叩いているのだろう。
「夕斗、その子、誰?」
舞がビクゥッ!とした。
「小鳥遊舞、小学校の頃からの友達だよ。中学になるまで御両親にお世話になってた。で、話にもでた情報通の子。」
「この子が?」
「おう。」
「ふ〜ん...」
舞が炎を消し、舞に近づく。
「ヒッ、あ、あの、なんでしょう!?」
「夕斗の面倒をみてくれて、ありがとう。」
「へっ?」
予想外の言葉に素っ頓狂な声を出す舞。
「あなたがいなかったら夕斗は今頃餓死してた。それを救ってくれてありがとう。」
「あっ、その、えっと...」
しどろもどろになる舞。
「ちょ、ちょっと夕斗、この子本当に『欠けた双炎』!?」
「おう、正真正銘俺の双子、暁夕香だ。」
「う、嘘...」
舞は学校に放火した夕香しか知らなかったのだろう。
おそらくイメージと全く違った夕香にどうすればいいか分からなくなっているんだろう。
「...ん?」
よく見ると、後ろのコンクリートの扉が開いている。
ってことは...
その時、夕香が炎を纏った瞬間、舞が持っているのを見た光る刃の刀が夕香を襲った。
しかし、その刃が夕香に届くことは無かった。
「えっと...私に近づくと、ウェルダンになっちゃうよ?」
その刀は、夕香の炎に触れた長さだけ溶け落ちて無くなっていた。
「うわぁ!?」
「きゃあ!?」
襲いかかった男が驚きの声を上げて後ずさり、舞が全力で怯えてる。
すると、急に体が持ち上がった。
「動かないでくれ双炎の片割れ。もし動いたら、申し訳ないが彼には眠ってもらわなければいけなくなる。」
首元には光る刃が当てられている。
「夕斗...!」
「だめ、夕斗にそんなことしないで!そんな指令はされてない!」
夕香と舞が必死に訴えてくれる。
しかし男は全く話を聞いていない模様。
「こりゃあ...ごめん、ちょっと火傷するかもしれないけど、許してな?」
心の中の小さな炎に、感情の燃料を注ぐ感覚。
その炎は、具現化する。
「なっ、炎!?」
「夕斗!?」
男は飛び退り、舞はもはやぺたんと座り込んでしまっている。
「さっき夢の中で夕香に記憶戻してもらってさ。したら、使えるようになったみたい。」
「なっ...」
唖然とする舞。
「まぁ、こういう事だ。多分、俺たちは捕まえられないと思うぞ。」
俺は、いつの間にか夕香のものと似た、白いダボっとしたロングTシャツのようなものを着ていた。
「私達二人が揃えば、何にも負けない...」
「「俺達は、『双炎』だ。」」
決まった...
二人は同時にそう思った。
しかし、目の前の男女数名(舞を含む)は呆然としているままだった。
「...あれ、かっこよくなかった?」
「そんなはずない...完璧だったよ...?」
「えと...」
舞が口を開く。
「二人は、これからどうするの?私達はもう、何も...」
「あ〜、えっと...」
「あなたたちのボスは、どこ?」
「えっ?」
「とりあえず、ここが俺たちを捕まえて何がしたいのか分からないからな。」
「まずは平和協定。」
10年間会っていないとは思えないほどのコンビネーションっぷり。
ここまでの相棒を10年も忘れていたというのが信じられない。
「私は、夕斗を探すために現界した瞬間あなたたちに攻撃された。だから、夕斗を見つけるのにも時間がかかった。」
やや気疲れたようにはぁ、と夕香がため息をつく。
「最初の頃は銃で攻撃してきたから、弾を溶かしてれば勝手に撤退してくれたんだけど、途中から冷却弾だの放水だの、果ては消化器10本位ぶっかけてきたから大変だったんだよ。」
何それイメージ出来ない。
「銃弾とか、火を消そうとしてこない物なら弾を溶かせるくらいの温度で炎を展開してればどうにでもなるけど、火を消そうとしてくるものはそれを暖めてなおかつ蒸発させなきゃいけないから大変なんだよ...」
「へ、へぇ...」
舞はもはや考えることを放置しているようだ。
「だからまずは私達に敵対意識がない事をここのボスに伝えて、そのあとお互いの利害の確認をしようと思う。」
「...わかった。ちょっと待ってて。」
そう言って舞は、連絡機と思しき小さなインカムに二言三言話しかけてから、くるりと方向転換して出口へ向かおう...としてまたこちらを振り向いた。
「一応、攻撃中止命令は出したけど、それでも刃は向けてくると思うから、絶対に手を出しちゃダメだよ?」
「大丈夫。そんなことのためのこの炎じゃないよ。」
〜移動〜
「ここが、中央司令室だよ。」
真っ白な壁に囲まれた廊下の突き当たり、扉の上に「中央司令室」と書いてある一室。
そこからは、凄まじい拒絶のオーラが漂っていた。
「の、ノックすりゃいいのか?」
コンコンッ
「...入りたまえ」
「夕香」
「ん。」
意を決して扉を開ける。
カチャリ...
「やぁ、待っていたよ『双炎』。」
そこは、小さな会議室程度の大きさの空間だった。
部屋の中心には円卓が置かれ、それを4人が囲んでいる。
「あなたがここのボス?」
夕香が中心に座っている30代くらいの男に問いかける。
それに対し男は微笑みながら、
「私はこの日本支部のボスではあるが、我々《Elements Reliefer 》のボスでは無いよ。」
そう答える。
「あんたは?」
「私は、《Elements Reliefer》日本支部代表総司令、日下部統司だ。」
「随分とファンタジーな肩書きだな?」
「はは、私もこれは少し格好良すぎると思っているよ。」
この日下部という男からは、敵意が全く感じられない。
本当にこいつがあの戦闘員たちのリーダー...?
「日本支部...ってことは、海外にもあるのか?」
「あぁ、本部はアメリカ合衆国にある。と言っても、最初期は日本に本部があったのだけれどね。」
「なぜ日本に置いておかなかったんだ?」
「それは、まぁ順を追って話そう。」
こほん、と咳払いをする日下部。
「まずは、今までの『欠けた双炎』...」
「夕香です。」
「あぁ、これはすまない。私達は、今まで夕香君に試みた強制捕獲の件について、深く謝罪する。」
すると、周りにすわっていた二人の男と一人の女が一斉に立ち上がり、頭を下げてきた。
そしてそれを追うように、日下部も頭を下げる。
「ん、大丈夫。ちょっと疲れてお腹が空いただけだから。」
すると日下部は頭を上げて、
「いやはや、そう言って頂けるとありがたい。」
とにこやかに、しかし謝罪の念が篭った表情でそう言ってくる。
「そのかわり、スターラックスカフェの塩バニラアイスラテ、今度奢って?あ、夕斗と舞ちゃんの分も。」
「その程度でよければ、いくらでも。」
日下部は相変わらずにこやかなまま。
「それで、本題があるだろう?」
「...ん。私達『双炎』は、《Elements Reliefer》に対する平和条約の締結を希望する。」
「では、条約の内容を聞こうか。」
「一つ。私達はこの条約の締結後、一切の攻撃、放火をしないことを誓う。といっても、私達は専守防衛だったんだけど。」
「二つ。《Elements Reliefer》も同じく、今後一切私達に対する攻撃をしないことを誓う。」
「三つ。この条約は、一度締結されれば私達が死ぬか、あなたたちが無くなるまで永久に適用されるものとする。」
「なるほど。少々一方的だが、私達は何も言えないからね。」
「もちろん、このままでは私達の一方的な条件になってしまう。だから、四つ。」
「ほう?」
「もし必要ならば、私達はあなたたちの手助けをする。」
「お前らの名前、《Elements Reliefer》って、どういう意味で付けたんだ?」
「この世には君たちのように深く、とても深く絶望して『精霊』を顕現させる人達が居るのだよ。」
日下部は、珍しく目を伏せて話始める。
「大体は、恨み、妬み、憎しみといった強い負の感情によって発現する。夕斗君や夕香君は少し違ったようだがね。」
「私達は、そんな人達を救いたいんだよ。」
「記憶を消して?」
夕香が鋭くつっこむ。
「...あぁ。確かに褒められたやり方ではないことは十分承知している。しかし、何事も根元から絶やさねば再びその花は開いてしまう。」
「まぁ、記憶消去っつぅか、記憶封印みたいな感じだったけどな。あれは夕香がいたからだし、普通なら封印で留めておいても問題ない訳か。」
「いや、記憶を消去せず封印に留めておくのはもちろん狙いがあってのことだよ。」
「そうなのか?」
「君は今、過去のことを既に思い出しているだろう?」
ズキッ...
「...あぁ。」
「すまない、嫌なことを思い出させたね。しかし、それでも君は能力を抑えられている。本来は記憶を封印した後、バイスタンダー、予定では舞君がなるはずだった存在だね。それを当該者につける。」
「ふむ...」
「バイスタンダーが当該者の精神的ケアをし、この世界の素晴らしさを教える。そして、然るべきタイミングで徐々に記憶を戻していく。そうして、過去を受け入れて貰おうと、そういった活動をするのが我々《Elements Reliefer》だよ。」
「哀しみに堕ちた精霊を救済すべくして創設された、少し世話焼きな機関さ。」
「なるほど...」
「思ったより、ちゃんと考えてたんだね?」
「もちろん。」
少し暗かった日下部の顔が、またにこやかなものに戻った。
「...夕斗、どう?」
「まだなんとも言えないな...」
二人でう〜んと唸る。
「...ま、ものは試しだ。最悪なんかしてきたらミディアムレアくらいにすればいいんだろ?」
「...ん、夕斗がそう言うなら。」
審議の結果は、
「私達はあなたたちを信用する。」
「我々の思いが伝わってよかったよ。」
握手を交わす二人。
「ところで、ほかの精霊も私達のように能力を?」
「あぁ。確認されているだけでも、自然を操る『精霊』、液体を操る『精霊』、光を操る『精霊』...他にも何人か観測されているよ。」
「みんな随分とアバウトだな。まぁ、それをいったら俺たちも『炎』を使えるって言っちゃえばアバウトなんだけど。」
「夕斗君、いいところに気がついたね。それが私達が精霊を《Elements》と呼ぶ所以だよ。」
「どういうことだ?」
「精霊は本来《Spirit》だが、精霊は往々にして昔の元素論、いわゆる『水』『火』『土』『光』の四大元素を具体化してくる傾向にあるんだよ。」
「だから、元素の《Elements》?」
「ご明察。」
「ふ〜ん。ま、とりあえずこれで俺たちはまた平和に暮らせるわけだな!」
「夕斗、ほんとにごめんね?色々巻き込んじゃって...」
「いやいや、こうなったのはこの能力が発現したからだろ?それならそれは...っ」
燃え盛る家がフラッシュバックする。
「...いや、大丈夫だ。今の俺には舞がいて、叔母さんがいて、そして夕香がいるんだから。」
「夕斗...」
俺は、それでもなお残り続ける心の奥底の闇を隠して明るく振舞ったつもりだった。
しかし双炎の、俺の片割れにはバレてしまったようだ。
あの時家を焼いた犯人。
いや、あれは人ではあったが人ではない。
黒い、闇そのものを具現化したかのようなローブ。
闇夜にたなびく黒い長髪。
右手に携えた、禍々しい大鎌。
俺たちがあの時見たそいつは、
悪魔だった。
Yuto and Yuka's story was rebooted.
Prelude is finished.