【競演】されど其は希求する
第八回競演参加作品。お題「雪景色」
頭上の空は、いつにも増して鈍色に重々しく雲を重ねていた。確たる形を持たぬものはその姿を変えながら地上の全てを押しつぶすようにざわざわと蠢いている。
大地にはうっすらと白い絨毯が敷き詰められ、その風景は見ているだけで寒々しい。これから訪れる厳しい冬を警戒してか、モンスターでさえも息を潜めていた。
この世の万物に宿るとされている魔力は、大陸の西方では比較的穏やかなせいか人の繁栄もあまりない。
人間の王都は東にあり、西は辺境の地とされて訪れる者は多くはなかった。そこにいま住む者ですら遙かな過去に何があったか詳細を知る由もない。
この地も太古の昔にはマナが豊富だったのか、平野にはそれを物語るかの名残らしきものがぽつりぽつりと垣間見えた。
遙かな昔、ここには大きな街があった事を示唆するように、あちらこちらに建物の痕跡らしき石壁が点在していた。
風化によって成された風景なのかとも思われてしかし、古い壁に張り付いたどす黒い染みは過去には赤かったのかもしれない。
止めどなく繰り返されてきた闘争は人同士なのか、はたまたモンスターとの争いなのか。ふと目を留めれば足元には幾つかの骨が埋もれていた。
かの地に目を向ける者はついぞ姿を見せる事無く、古き営みは幻影とも似つかわしく揺らめいて魂の安らぎを求め闇を幾重にも彷徨う。
それらを見渡せる丘は灰色の空を恨めしそうに仰ぎ、吹き抜ける風にもの悲しさを乗せていた。
その丘は「呪いの丘」と呼ばれ、動物たちはおろか魔獣すらも近寄ろうとはしない。いつからそう呼ばれるようになったのか定かではなく、踏み込む者の魂を吸い取るのだと伝えられるようになった。
しかれども、そんな言い伝えすら人々の記憶からは忘れ去られてゆき、細々と噂される程度となり果てていた。もはや、この地に棲み着いた盗賊が時折口にする限りである。
──ソレは、長い草に身を隠しながらも澄んだ甲高い音を微かに響かせてその丘にあった。淡く青白い光をまとい、真昼でも深淵に潜む闇の恐怖を掻き立てる。
鋭い刃はかつての主人を守るかのように見知らぬ人骨を脇に抱き、真っ直ぐに大地に突き立てられていた。
風に乗せれられた声のようにか細くぼんやりとした耳鳴りが、次の主人を求めるように丘を広がってゆく。
柄の宝石はどこか怪しげな影を潜ませ、人の闇を引きずり出すかのごとく静かな輝きを放っていた。刃に刻まれた古の文字は何を表しているのだろうか。
去りゆく日々のなかには、崇められていた神や王がいただろう。しかしそれらは長い刻の間に伝える者は潰え、この刃と同じく人の記憶の中に埋もれる事すら許されなかった。
いつか訪れる新たな主人を待ちわびて、幾月か幾年か幾百年か──今は遺跡と成り果てた廃墟を遠くに望み、ちらりほらりと落ちてきた白く冷たいものに、欠ける事のないその身をただ晒し続けるだけだ。
この世界の理など理解する気はなく、そもそもこの剣に理解出来るのかも解らない。時間の経過すらも剣には一瞬の出来事でしかなく、ただ己を使いこなせる者を待つのみだ。
雪は、大地を厚く覆い尽くすまで止むことはないだろう。
その純白は血に塗れた大地を包み隠すためなのか、それとも傷ついた魂を癒すためなのか。静かに、静かに降り注ぐ。
ソレはそして待ちわびる──新たな主人は己をなんと呼ぶのだろうか。それは呪いか祝福か。どちらにせよ、剣にはどうでもいい事だ。
この身に再び血を塗り込める相手が居さえすればそれで良い、さすれば二度と彼の者を離しはしない。
そう祈り、そう願いただひたすらに、雪降るなかに待ち続ける。
fin