第七話
三方向からの同時攻撃、しかも速い。さすがに相手は新型だった。単機で突っ込み敵に捕らわれる間抜けとは格が違う。
手練れと相対する恐怖は不思議と湧いてこなかった。聖霊に拒絶され、聖霊機械に乗り込む機会が皆無だったにもかかわらず、自分でも妙に思うほど落ち着いている。
「私の動かし方は、あなたの身体が知っています」
シャウルが言った。相変わらず平淡で迷いのない口調だった。
「あなたに必要なのはわずかな動作と直観力、そして瞬時の想像力です」
「何だって? 冗談きついぜ」
「あなたに必要なのはわずかな動作と直観力、そして瞬時の想像力です。冗談ではありません。……左から攻撃」
その警告通り、左から突進する機体が腕を突き出し、シャウルを拘束しようとする。
かわして、逆に一撃を叩きつける。
左足を軸に半回転し、腕の突き出しを避けると同時に肘打ちを後頭部に打ち込んだのだ。
吹き飛ぶ敵を一顧だにせず、後ろ蹴りを放つ。すぐ後ろまで迫っていた一機に直撃し、後退させる。画面上に、中の人間が行動不能になったことを示す表示が現れる。
正面から三機目。右手に対聖霊機械用の短剣を持っていた。刀身の幅が人の背丈ほどあるそれを、シャウルの胸目がけて突き出す。
バサロは操縦席の中で右手を握り込む。シャウルも呼応した。人の手を模した五本の指が拳を作る。
短剣の切っ先と打拳が真正面から激突する。
砕けたのは短剣の方だった。
火花とともに刀身の欠片が四方へ飛び散る。
金属片が空中に舞う中、敵機体の顔面に拳をめり込ませる。さらに火花が散った。
頭部が陥没した敵機体は、糸の切れた人形のように膝を突き、前のめりに倒れた。
撃破された三機の聖霊機械が発光する。操縦者を地表に投げ出し、聖霊石へと姿を変えた。
先制攻撃をしかけたはずが瞬く間に過半数を倒され、残った二機が動きを止める。
バサロは、二機のうち最も遠くに控えている機体を注視する。
その機体だけが腰に長剣を提げていた。
「シャウル。何か武器はないのか」
「武器はあなたの心です。あなたが望むのならば、私はそれに相応しいものを生み出すことができます」
「……武器をお前が作るのかよ。つくづく変わってるな」
「私は褒められたのですか?」
褒めたつもりはない。
そう言おうとしたときにはすでに右腕が隆起し始めていた。肘から手首までが盛り上がり、四角い箱状に変化する。
「生成完了」とシャウルが告げる。
現れたのはガルディガだった。バサロが使っていたものよりも数倍の大きさがある。
獰猛な獣のように蒸気を吐き出し、駆動を始める。
敵機はそれを見て腰に提げた剣を抜いた。剣舞をする人間を思わせる滑らかな動きだ。
画面上で敵機の表示が赤から橙へ変化する。
「危険度を上方修正。目標を『グラディス』と命名。強いです。注意してください」
『グラディス』が長剣の先をバサロに向ける。刀身は細く、先端は鋭い。刺突に力点が置かれた武器だった。警戒を促したシャウルの意図をバサロは噛みしめた。
人対人ならばともかく、聖霊機械同士での戦いでこのような武器を使用するのは珍しい。操縦者と聖霊機械がそれぞれ独立した存在である以上、高度な技量が必要な武器ほど扱いが難しくなる。操縦者の技を聖霊機械で完璧に再現するためには、それだけ強く聖霊を支配しなければならないからだ。
機体も優秀なら中の人間も飛び切りということだ。
瞬きするうちにいくつもの『突き』が迫る。
「回避してください」
シャウルが無情に告げる。
細かに身体を動かしつつ、バサロは冷や汗を流した。人間の反応速度では限界がある。
「お前も聖霊機械だろ。動けよ」
「ご覧の通り戦闘行動中ですが」
「他に言う言葉はないのか」
シャウルは考えるように少し間を置いた。
「頑張ってください」
「ああわかったよ。ちくしょうめ」
回避を続ける。
すでにグラディスの攻撃はシャウルを捉えつつある。このままではいずれ餌食となってしまうだろう。
バサロは集中力をもう一段階引き上げた。息も忘れて画面をにらみつける。
グラディスが剣を引いて『溜め』の動作に入る。バサロは右腕を上げ防御の姿勢を取る。
空気を切り裂く一撃をガルディガで受け止める。紙一重の防御だ。
剣の先端がガルディガに埋まり、猛攻が途切れる。
シャウルが一気に間合いを詰める。力付くで相手を押し倒す。仰向けになった敵機の上に乗る。ガルディガを振りかぶる。
グラディスはしぶとかった。ガルディガで一撃を加える直前、グラディスは組み敷かれた状態のまま剣を振った。シャウルの首筋を横から激しく叩く。
衝撃でシャウルの身体の軸がぶれた一瞬を狙い、身をよじってグラディスは拘束から脱した。
好機とにらんでいただけに、バサロの次の反応が遅れる。
「くそっ。上手く逃げやがって」
「拘束します」
シャウルが左腕をグラディスに向け、指先を大きく広げる。
直後、巨大な太鼓を打ち鳴らしたような重低音が響いた。
グラディスの足下の岩が隆起し、ふくらはぎの部分まで拘束する。
地形を操った、だと。こんな力は見たことがないぞ。
グラディスも同様に感じたのか、初めて動きに動揺が見えた。
バサロは眦を裂き、グラディスに肉薄する。
ガルディガを敵機の胸に押し当て、起動。打ち出された杭が凄まじい衝撃と振動を与える。グラディスは電に打たれたように痙攣した。
敵機と距離を取る。グラディスを拘束していた岩は静かに大地に還っていく。
グラディスは倒れなかった。
剣を杖代わりにするほどよろけていたが、完全に戦闘不能になったようには見えない。
シャウルは平然と告げた。
「グラディスにもう継戦の意志は感じられません」
「そんなのわからないだろ」
グラディスが姿勢を正す。
『見事だな』
周囲にはっきり聞こえる声でそう言った。澄んだ女の声だった。
『君はどうやら同類のようだ』
同類――聖霊機械を操れる者同士ということか。
「お前たちと同類だなんて思いたくない」
バサロはつぶやいた。シャウルは何も言わなかった。
グラディスが合図する。残った一機が地面に倒れたままの操縦者を回収し始める。
その様子を画面で見て、バサロは肩の力を抜いた。額の汗を拭う。
シャウルがたずねる。
「確認。このまま逃がすのですね」
「襲ってこないのなら、な」
「賢明です。戦闘意欲が低下した今のあなたでは、たとえ戦っても良い結果は出ないでしょう」
バサロは鼻を鳴らした。
少しためらってから、七色の円盤に手を触れる。
「とりあえず、よくやった」
「私は褒められたのですか?」
「……何度も言わすなよ」
「ですがバサロ、戦績、状況、および円滑な意思疎通の観点から見てもう一言が足りません」
「もう一言? 何だよ」
「『ありがとう』、です」
沸き始めていた労りの気持ちが吹き飛ぶ。
「つけあがるなこのポンコツ。俺はまだお前を信用したわけじゃないからな!」
「進言します。もう少し素直さと愛嬌を身につけるべきです」
「うっさいわ」
いちいち癪に障る奴だ。能力は確かなのが余計に腹立たしい。
やはりこいつも俺のことを嫌っているのではないか、と疑いかける。
「敵、撤退します」とシャウルが報告する。
画面を見る。背を向けたグラディスが一度だけ振り返った。意味ありげな仕草だった。
「戦闘終了。通常体勢に移行します。バサロ」
「今度は何だ……」
「設定時間ぴったりの百二十秒です。これは褒められるべき事実ではないでしょうか」
「感情のこもらない声で言うなよ。怒ってんのか」
「怒ってないです。形態解除。お疲れさまでした」
操縦席が光に包まれる。足裏に地面の感触がして、さきほどまで明瞭だった景色が再び夜の闇に紛れた。シャウルが聖霊機械の状態を解いたのだ。
胸元に違和感があった。手をやると聖霊石が首飾りとなって揺れていた。ご丁寧に紐まで作っていて、しかも寸法はぴったりだった。
「まさかこんな形で聖霊との関わりを持つことになるなんてな」