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ウェルフイストリア  作者: 和成ソウイチ
4.聖霊たちの軌跡(ウェルフイストリア)
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第二十四話

 そこは不思議な空間だった。

 すべてが夜の藍色に包まれ、地面がなく、宙に浮いた状態となっている。


 バサロは漂っていた。隣には人間形態になったシャウルもいる。

 そして視線の先にはエナと、ルミギがいる。


 ――どうしてあなたまで邪魔をするの。

 エナが言った。これまでと違い、どこかふて腐れたような口調だった。

 声をかけられたルミギは苦微笑を浮かべた。いつぞやバサロに向けたのと同じような顔だった。

「もういいじゃろう、エナ。あとは彼らに任せよう」

 ――まったく。あなたはいつもいつも、彼の味方をするのだから。

 さらに子どもっぽい愚痴が返ってくる。バサロは目を瞬かせた。

 エナから放たれていた威圧感も敵愾心も、綺麗に消えている。


「これは、いったい」

「気付いたか、バサロ。大丈夫か」

「ああ、うん」

 素直にうなずいてしまう。

 ルミギの穏やかな表情を見ていると、混乱が少しずつ収まっていく。シャウルと顔を合わせ、うなずき合う。

「僕も、シャウルも大丈夫さ。父さん」

「そうか」

 ルミギが感慨深く目を閉じる。


 ――バサロ。あなたって意外と意地が悪いのね。父親のことを思い出して、私のことは思い出さないのかしら。

 エナがまだ拗ねている。ルミギが髭を動かした。

「彼女もバサロと同じ。わしの娘じゃ」

 シャウルと顔を見合わせる。

 お前、覚えているか。いいえ。


 エナのため息を聞いた。

 ――この身体と名前はルミギの娘から受け継いでいる。けどねバサロ。五〇年前といい、いくら自分の方が先に聖霊になったとは言え妹のことを忘れるなんてあんまりじゃないかしら。

「エナ。本当、なのか」

 ――まったく見も知らぬ他人に大事な術を簡単に授けるわけないでしょう。

「や、そう言われてしまえば、なんだが」

 狼狽えるバサロに、エナが笑みの表情を作る。

 ――とりあえず、ようやく意趣返しらしいものができたわね。兄さん。

「言われてしまいました」

 シャウルが肩をすくめる。


 お互いに流れる空気が緩んだとき。

 突然、周囲の光景が変わった。

 小さな光点が無数に生まれ、それら螺旋を巻いて頭上方向へと吸い込まれていく。バサロたちの身体もそれに合わせて流されている。


 ルミギが遙か頭上を見上げた。

「時が来たか」

「これは、何が……まさか」

 ――そうよ。ここは人間界と聖霊界の狭間。本当ならば多くの同胞がこの空間を通るはずだった道。あの光の先を抜ければ、もう聖霊の世界。人間界には戻れない。

「エナ、父さん! 戻ろう!」

 ――馬鹿言わないで。私はもともとそのつもりでオリゴン塔を作ったのよ。このまま行くわ。

 エナはそう言ってルミギを見た。


 ルミギがバサロの側にやってくる。彼は、ラウティスで再会したときのようにバサロを、そしてシャウルを抱きしめた。

 ルミギの身体から光が溢れ、バサロたちに浸透していく。

「残しておいた最後の力だ。これでお前たちを人間界へ送り返す」

「そっ……」

 そんなことを言うな――と口にしかけて、唇を噛む。シャウルがバサロの肩に手を置いた。


 ルミギがか細い腕を使って、バサロとシャウルの身体を押した。

 ルミギとエナの姿が遠ざかっていく。

 それに伴いバサロの記憶が鮮明になっていく。

 あのころ。人間として普通に家族とともに暮らしていたころ。


 ――私たちがいなくなっても、街のことはよろしく頼んだわよ。兄さん。

 ルミギが深くうなずいた。

「わしらが五〇年かけて再建したこの街と聖霊のこと、頼んだぞ」


 それが家族の別れの言葉となった。






 人間界に戻った後は、めまぐるしく過ぎていった。

 洪水が魔法のように消え去った後に残されたのは、水流で荒れ果ててしまった街並み。それを再建する作業が総出で行われた。


 ルミギとエナという重鎮を失って一時は統制を失っていたラウティスだが、ルナティやウール、それからアースィの説得を受けたサニア・ドゥリダの面々の尽力により、今は確実に前へと進みつつある。

 そんな中、バサロとシャウルは、大洪水から人々を救った英雄として皆の象徴に祭り上げられた。


 第一階層に作られた仮の住まいに戻り、バサロとシャウルは大きく伸びをした。

 同じ建物には同じく今日の作業を終えたアースィとウールが疲れた身体を癒やしている。ルナティは今日も詰所で夜を明かすそうだ。


 後で様子を見に行こうと思いながら、バサロは窓の外を見る。

 かつての景色から、ラウティスは変わっていた。第五階層にそびえていたオリゴン塔が消滅し、街により多くの灯りがともっている。

 ウールの働きにより、採石場の人々は解放された。エナの精霊術による洗脳を受けていた彼らは当時のことをほとんど覚えていなかった。

 地下の大空洞に五〇年もの間眠っていた聖霊たちは、まだこの世界に残っていた。

 今は街の実力者のもとに身を寄せている。

 人間たちとともにあること、それが聖霊の本来の存在意義なのだと彼らは言っていた。


 庭を見るとシャウルが地面に跪いていた。

 最近、彼女はより人に近い感情と仕草を見せるようになっている。今もこうして、大洪水で命を落としてしまった人々のことを思い、祈りを捧げているのだ。

 バサロはバサロで、シャウルはシャウルだ。誰よりも互いのことを知っている。けれど二人は独立した二つの人格だ。

 これが、人間と聖霊のあるべき共存関係なのかもしれないなとバサロは思う。

 それを知る自分の使命は、ラウティスに人間と聖霊の良き関係を作り出すことだ。

 それこそが、ルミギとエナの遺言。


「頑張りましょう」

 バサロの心が伝わったのだろう。シャウルが振り返るなりそう言った。バサロは微笑みで返した。


 ルミギ。エナ。見てるか。


 この街はまだまだこれからだけど、二人が心配しなくてもすむような街にしてみせるよ。

 バサロは言った。決意を込めて。

「歩いて行くよ。俺たち」




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