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ウェルフイストリア  作者: 和成ソウイチ
1.夢の少女
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第二話


 陽が昇った。

 今日はいつも以上に空気が乾いている。水が欲しい。


『こういうときはあちらさんが羨ましいね。きっと聖霊機械(ウェル・イド)の中は快適なんだぜ。お前もそう思うだろ、バサロ』

「うるさい。任務中だ」

 岩場の陰に身を潜めながら、バサロは通信機に向かって不快感をぶつけた。同僚の大げさな嘆息が聞こえてくる。

 個々の通信機は有線で繋がっているが、バサロにしてみればこんな鬱陶しい線を引っ張ってまで会話する意味が理解できない。

 理由は知っている。一人では勝てない敵を連携して仕留めるためだとか、仲間との絆を確認するためだとか、万一遠方で何かあったときいち早く知るためだとか。

 だから『ここ』では通信機を使ってやり取りするのは『当たり前』のことなのだ。当たり前――嫌な言葉だ。バサロにとっては、何一つ『当たり前』はない。


 大きな振動。崩れてこぼれた小石がバサロの頭頂を打つ。通信機の座りを直し、バサロは岩陰から顔を出す。


 そこは戦場だった。


 三〇〇セラピス(六メートル)はある人型の機械が、地面のあちこちに陥没した足跡を作りながら鈍重な動きを見せている。

 聖霊機械(ウェル・イド)。バサロたちにとって最も厄介な敵兵だ。

 人型で二足歩行をしているが、頭部は存在しない。両腕は地面に届こうかというほど長く、太い。手にあたる部分は、人間が完全に収まる大きさの球体だ。自在に形を変え、物をつかんだり敵を球体の中に取り込んだりできる。膂力は人間と比べるべくもない。

 まともにぶつかれば人間に勝ち目はない。だが、聖霊機械にも弱点はある。

 バサロたちは数人で隊を組み、敵の聖霊機械をおびき寄せた上で戦闘をしかけていた。

 囮役はバサロだった。他の人間が囮になるときと比べ、面白いように敵が引っかかってくれる。聖霊に嫌われている証だとバサロは思っている。

 見ろ、あの無様な暴れよう。まるで憎い相手に逃げられて地団駄を踏んでいる子どものようじゃないか。上等だ。こっちだって聖霊は嫌いだ。返り討ちにしてやる。


 敵が腕を振る。怖ろしい風切り音が明後日の方向へと消えていく。隊員たちは全員、敵の一撃を難なくかわしている。

 癇癪を起こし、あるいは混乱して敵が巨体を揺らす間に、隊員が三人、機体に取り付く。その中にはあの軽口男も含まれている。

 彼らは手にした筒状の武器を、自らに割り当てられた箇所へと打ち込む。

 右腕に二カ所、左足に一カ所。強靱な金属製の綱糸と杭で構成された捕獲網が、敵聖霊機械の動きを著しく阻害する。サニア・ドゥリダの先人が苦労の果てに生み出したものだ。

 バサロは己の武器を構え直した。右腕の肘から先を覆う黒い直方体。内部に太い金属杭を備え、空気圧を使って鎚のように打ち付ける近接武器『ガルディガ』だ。

 重量があり、攻撃時の反動が凄まじいので、扱える人間はほとんどいない。だが対聖霊機械には有効な武器となる。


 バサロは通信機に向けて言った。

「俺がやる。皆、下がれ」

『バサロ。君はそのまま待機だ』

 またかよ、と奥歯を噛む。

「陰に隠れてこそこそ見てろって言うつもりか」

『そうだ。君が出れば再び奴が暴れるかもしれない』

「俺ならやれる! あんな聖霊ども」

『もう終わる。この戦闘での君の役目は終了だ。あと二〇秒』

 バサロの悪態を受け流し、隊長は他の面々に指示を飛ばす。懐中時計がきっちり二〇秒後を示したとき、聖霊機械は両膝を突いて完全に停止した。


 人間で言う胸骨の辺りが開き、中から一人の男が引きずり出される。ラウティスの聖霊騎士団の者だろう。

 生きてはいるが、状況がつかめていないのか男は忙しなく周囲を見回していた。

 聖霊機械は操縦者を仕留めれば多くの場合無力化できるため、戦闘の際は集中して操縦席を狙う。弱点はそこだ。

 だがそれだけでは完全に安心できない。

 聖霊機械はただの乗り物ではなく、『聖霊(ウェルフ)』が戦闘用機械に『変化』したものを言う。


 聖霊――それはこの世界とは別の空間からやってきた、人とは異なる存在のことだ。

 本来は姿形なく、知覚することもできず、意思疎通することもできないが、『聖霊石』という特殊な鉱石に封印することで、様々な力を発揮できる。

 最も重要なのは、聖霊には意思があるということだ。

 つまり聖霊機械自身も意思を持っているため、時として人の制御を振り切ることがある。

 乗り手が聖霊をうまく御しきれなければ、この敵のように鈍重な動きしかできないのだ。


 先ほどの操縦者の狼狽えぶり。おおかた、バサロを狙って突撃しようとする聖霊機械に振り回された、そんなところだろう。

 操縦者を失い、サニア・ドゥリダの戦士たちによるとどめの攻撃を受けて、やがて聖霊機械は聖霊石の姿に戻った。

 これで完全な勝利である。


『しかしよお。いつも思うんだが奴ら一体何考えてんだろーな。明らかにバサロ狙いだったぜ。しかも中の男の様子からすると、聖霊が自分の意思でそうしてたっぽいし』

 軽口男が意味ありげに言う。バサロは自嘲気味に応える。

「聖霊に嫌われた男の使い道が理解できてよかったな」

『感謝してるぜい。お前がいるだけで向こうから獲物が来るんだからよ。聖霊を使役できない人間は不必要、なぁんてほざいている奴らに鉄槌を下せるイイ機会だ。なあ、いい加減思い出さねえ? お前、以前何やらかしたのよ』

『そこまでにしろ。任務は完了だ。撤収の準備をしろ』

 へーい、という気の抜けた声を通信機越しに聞く。


 バサロは隊の人間たちに姿が見られないように、二度、三度と石の壁面を殴りつけた。ダメだ。イライラする。

『バサロ。君は先に戻っていろ。帰還の報告の後、別室で待機だ』

「いつものように、か。俺が近くにいると迷惑だからな。せっかく聖霊石に戻したのに、また暴走するかもしれないから」

 つい物言いも乱暴になる。


『さっきの話は気にするな』

 ふと隊長が言った。

『確かに君は他の者と違うところが多い。だが、すでに二年という年月をともに過ごしてきたのだ。ラウティスから逃げ出してきたことを考えても、君は我らサニア・ドゥリダの仲間だ。だから気にすることはない』

「そういう上から目線が気に入らないんだ」

 バサロは歯がみした。


 言葉だけならいくらでも綺麗事は並べられる。しかし実際に記憶を失い、毎日を不安と苛立ちの中で生き、聖霊から命を狙われる苦々しさを、この男は少しでも斟酌しただろうか。

「あんたらに、俺の気持ちはわかんねえよ」

 通信機を耳から外す。


 自分が吐いた台詞が露ほども価値のないスカスカなものに思えて、ああ、俺は自分自身も信じていないんだなと、バサロは思った。また、自嘲の笑みが漏れた。



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