第十七話
戦闘はものの数分で決着がついた。
両手両足を破壊され、動けなくなった二機の聖霊機械が地面の上に這いつくばっていた。
「戦闘終了。通常体制に移行します。お疲れ様でした」
その声とともに再び光が溢れ、何食わぬ顔のシャウルが姿を現す。
労いにバサロはうなずき、ウールに向けて手を振った。戦闘現場から距離を取っていた彼は、表情に驚きと安堵を混ぜながら駆け寄ってきた。
「助けてくれてありがとう。でも、まさか君が来てくれるなんて思ってもみなかったよ」
「怪我はないか、ウール」
「大丈夫。ナヴィニと一緒になった私は、そうそう簡単にはくたばらないさ。それよりバサロ、君もこの学園に来たんだね」
「まあな。アースィとの約束だったんだ。必ずここに来るって」
再び意外そうな表情になった後、ウールは微笑んだ。
「何か、丸くなったねバサロ。とても良い感じだ」
褒められて、バサロは後ろ頭を掻いた。
隣に立つルナティを見る。
彼女は呆然と口を開けながら、行動不能になった聖霊機械を見ていた。
「とりあえず完全破壊はしてないから。あとのこと頼んでいいか」
「あ、ああ」
彼女はうなずき、同じように呆けていた部下たちに指示を出す。
その様子を見たウールは表情引き締めると、持っていた背嚢を背負い直す。しきりに周囲を見回す。大勢集まっている野次馬に紛れるつもりのようだ。
「私は行くよ。彼女は聖霊騎士団の関係者みたいだから、このまま残っていたら拘束されるかもしれない」
「その心配はないんじゃないか。むしろあんたの意見を伝えるなら、まずは彼女だろ」
眉をひそめるウール。シャウルが補足した。
「あの女性――ルナティは採石場の惨状を知っています。私たちの『仲間』の親族でもあります。不特定多数にただ訴えるより、より確実な方法ではないかと」
ウールはしばらくの間、忙しく動き回るルナティの姿を見つめていた。
バサロに向き直る。
「わかった。君たちを信じるよ」
バサロはうなずき、彼の肩を軽く叩いた。
やがてルナティが戻ってくる。彼女の後ろでは半泣きの騎士団員たち――暴走した聖霊機械に乗っていた者たちだ――が駆けつけた同僚たちから詰問を受けていた。
バサロたちの前に来ると、なぜかルナティは気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「ルナティ」
バサロが声をかけると、彼女はびくりと身体を震わせた。
「な、なんだ? バサロ」
「こいつを保護してやってくれないか。俺たちの友人なんだ」
「しかし、彼はこの騒動の中心人物……」
「俺は何も見てないし聞いてない。ウールが何かやらかしたのか?」
空とぼける。
しばらく唖然としていたルナティは、やがて肩の力を抜いて笑った。
「君といると驚かされてばかりだな、私は」
ウールに向き直り、彼女は言った。
「私の名はルナティ。ラウティス聖霊騎士団の部隊長を務めている。今回は騎士団が迷惑をかけた。バサロの友人ということだが、少し時間をもらえないだろうか。お詫びも兼ねて、お茶でもしたいのだが。もちろん、私の家族も交えて」
これでいいのだろう、とルナティが目で問いかける。バサロは親指を立てて応じた。さすがアースィの姉だ。話がわかる。
ウールも打ち解けた笑みを見せる。
「家族にはバサロも含まれていますか?」
「無論だ。彼は私の婚約者だからな」
「おい待て」
割って入ろうとするバサロをシャウルが止める。話を合わせろということだろう。バサロは不承不承うなずいた。
それからバサロたちは何気ない風を装ってアースィたちの元に戻る。ルミギ直属の親衛隊員でもあるというルナティは他の団員たちと扱いが違うらしく、呼び止められたり事情の説明を求められたりすることはなかった。
ざわついていた野次馬も、聖霊機械が撤収するころには落ち着きを取り戻していた。祭りの一環だと思ったのかもしれなかった。
「少し前に一度、同じような出来事があったしな」
道すがらルナティが言った。先日の夜中、正体不明の聖霊機械が街中を突っ切ることがあったそうだ。そのときは『聖霊騎士団による祭りの予行演習』という無茶な言い訳で切り抜けたらしい。バサロとシャウルは揃って視線を外した。
アースィと別れた場所まで来たとき、ルナティの聖霊石に連絡が入った。一足先に『待ち合わせ場所』へ移動しているということだった。
しばらくしてバサロたちは学園内で最も大きな建物、『中央教育棟』の裏口にたどり着いた。アースィと最初に落ち合う約束をした場所だ。
ルナティが言うには、ここは大きさでだけでなく歴史も古い最も由緒ある建物なのだという。ウルティマ聖霊学園の学園長室もこの中央教育棟にある。
裏口とはいえ、扉の周囲は巨大な庇で覆われていた。ひと抱えほどもある柱が六本、等間隔に並んでいる。
その一つにアースィが寄りかかっていた。
バサロたちに気づいたアースィが手を振ってくる。そしてウールの姿を認め、彼女は頭を下げた。すでに彼が同行していることはルナティを経由して報せている。
「ウールさん、無事でよかったです。それから、ごめんなさい。助けてもらった上、せっかく譲ってもらった家を手放すような真似をしてしまって」
「気にしないでいいよ。また会えて嬉しい」
ルナティが尋ねた。
「アースィ。ルミギ様はどちらにいらっしゃるか」
「学園長室に行かれたよ。そこなら誰にも邪魔されずお茶ができるって。それからね。何だかルミギ様、ウールさんのことも知っていたみたい」
バサロとウールは顔を見合わせた。
何かと得体の知れない人物だと思っていたが、ここまでくるとラウティスで起こったことならすべて知っているんじゃないかとバサロは思う。聖霊機械の暴走にもいち早く気付いていたようだし、ただ者ではないのは確かだ。
ウールは目を輝かせていた。中央官僚に反抗的な彼も、この自由な校風を作り出した学園長には敬意を払っているらしい。
アースィの案内でバサロたちは中央教育棟に入った。
さすが広大な学園の象徴となる建物だ。内部も広く、部屋数も多い。飾り気がない内装で、廊下をただ歩くだけでも精神が研ぎ澄まされていくようだ。
目指す学園長室はこの建物の一階奥にあった。
木製の扉は、まるで彩色された岩盤のように重厚な作りだった。ラウティスでは聖霊の力を使って自動開閉する扉もあるということだが、ここは手動だ。
アースィが声をかけ、ルミギの返事を待って中に入る。
室内は意外なほど物が少なく、殺風景だった。
ルミギは部屋の中央に設えた円卓で書類をめくっていた。ちゃんと人数分の茶も用意されている。この老人がいそいそと飲み物の準備に勤しむ姿を想像すると、何だか微笑ましかった。
ルミギはバサロたちを見ると髭を動かし、手招きをした。
円卓の上に書類が広げられる。何かの図面のようだった。
「これは、宅地図でしょうか。第五階層の」
ルナティがたずねる。ルミギはうなずいた。
「好きな場所を、選べ」
バサロたちは首を傾げる。唯一ルナティだけが、彼の言おうとしていることを理解していた。
「本当によろしいのですか。私は宿舎のままで構いませんよ」
ルミギはゆっくりと首を横に振った。
「皆で、住むのがよい」
じっと見つめられたルナティは何かに思い至って、頬を染めた。照れ笑いのような表情を浮かべて、敬礼する。
ウールはおぼろげに話の流れを理解したようだ。目を見開いている。
そしてアースィの方はなぜか、またもバサロの胸ぐらをつかみ上げた。
「どーいうことよっ、バサロッ!」
「だからっ、何のことだよ!?」
「わたしにもわかんないわよっ」
「なんだそりゃ!」
取っ組み合いになりそうなところをウールとルナティになだめられる。
ルミギが咳払いをした。説明が足りなかったことを少し後悔しているような目だった。
「以前からルナティには、誓約戦の結果が出た暁に新居を与える約束をしていた。いつも世話になっているからな。だからバサロがルナティと夫婦になってもらい、わしや他の者と一緒に新居に移ってはどうかと思った」
「だから、どうして俺が彼女と夫婦にならなきゃならないんだよ」
「不満?」
ふとルナティがたずねた。
バサロがとっさに答えられないでいると、アースィが凄い目つきで睨んでくる。
妹の様子を見て、ルナティは肩の力を抜いた。
「ルミギ様。新居にはここにいる皆で住みましょう。夫婦とか、そういった条件は抜きで。私の将来を慮ってくださり、ありがとうございます」
「そう、か」
「あの。姉さん。どういうこと?」
「ルミギ様はな、私を任務から解放しようとしてくださったんだ。結婚して妻になれば、騎士団を退役する口実になる。聖霊に直接関わることもなくなる」
ルナティはルミギを見た。
「常々、ルミギ様はおっしゃっていたのだ。騎士団として聖霊に関わり続けるのは危険だと。聖霊には、私たち人間にはわからない強い影響力があるのだと。そこから私を守ろうとしてくださったのだ」
「他の連中に、文句は言わせん」
静かながら、強い意志が込められた声でルミギが言う。
「ささやかな罪滅ぼしだ」
そう言った彼の表情には、長い年月を深い苦悩の末に生き抜いてきたことを感じさせる、陰と皺が刻まれていた。




