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ウェルフイストリア  作者: 和成ソウイチ
2.聖霊の街ラウティス
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第十六話

 しばらく歩くと再び人だかりの中に入る。

 ルミギの姿に気付いた若者はぎょっとしたように目を瞠り、慌てて道を譲っていた。広場に降りる階段に差しかかる頃には、バサロたちの周囲だけ人がいなくなる。

 大小様々な天幕、幔幕(まんまく)が無数に立ち並ぶ大広場を見下ろし、ルミギは階段に腰掛けた。バサロに隣に座るよう身振りで示す。


「あれじゃ」

 外衣から枯れ木が生えるような姿で、ルミギが広場の一角を指差す。

 そこは臨時に設営された闘技場だった。地面から一段高い舞台上で男たちがぶつかり合っている様子が遠目にわかる。柵で囲まれた周辺は人で溢れかえり、祭り全体の中でも特に人気があることをうかがわせた。

 あの闘技場で行われている行事こそ『誓約戦』なのだろう。

「それで? 何のために俺が誓約戦に出なきゃならないんだよ。自分で言うのもあれだが、俺はちょっと前まで余所の人間だったんだぜ。何の意味もないのに、自分から目立つような真似はしたくないんだけどよ」

 バサロが言うと、ルミギは黙り込んでしまった。

 隣でシャウルが責めるような視線を送ってくる。バサロは肩をすくめた。


 バサロを呼ぶ声がした。

 振り返るとアースィがこちらにやってくるところだった。彼女は浮遊する円盤に乗り、おっかなびっくり操作していた。

 バサロたちのところで円盤から降り立つと、彼女は華やかな笑みを浮かべた。

「バサロ、無事着いたんだね。よかった」

「約束は守ったぞ」

「うん。嬉しい」

 ずいぶんと素直だった。

 バサロは頬をかきながら、落ち着かない自分の気持ちを誤魔化すように言った。

「待ち合わせ場所から離れたら、わかんなくなるだろうが」

「ごめん。姉さんと話をしてたら盛り上がっちゃって。それを見たルミギ様が、祭りを見ておいでと送り出してくれたの。バサロへの連絡は自分がしておくからって」

「ルミギ様、か」

「どうしたの、そんな微妙な顔して。あ、ルミギ様。すみません、ご無理言っちゃって。それに移動浮遊機まで用意していただいて」

 アースィが頭を下げる。ルミギはゆっくりと首を振った。

「構わん。だいぶ、慣れたようじゃな」

「はい! おかげさまで。でもやっぱりラウティスはすごいんですね。本当にいろんなところで聖霊の力が使われてて、びっくりしました」

 明るく喋る彼女はサニア・ドゥリダにいた頃とは別人のように見えた。ルミギはアースィの言葉を噛みしめるようにうなずきを返している。


 バサロが眉をしかめていることに気付き、アースィが言う。

「あのね。私に聖霊石を授けてくださったのはルミギ様だったの。今日、初めて教えてもらった。姉さんだけじゃなくて命の恩人にも逢えて、私嬉しくなっちゃって」

 バサロは絶句した。

 ふとルミギがバサロの裾を引いた。

「約束を守ったのか」

「え? いや、まあ。ただ単にこっちに来るってだけなんだが。俺もラウティス中心部には興味があったし」

「そうか」

 ルミギはうなずいた。髭が動く。満足気な表情に見えた。


 アースィが小首を傾げる。

「ところで、どうしてこちらに。バサロを先に案内するとおっしゃっていたと思うんですが」

 ルミギは「うむ」と言ったきり口を閉ざす。

 アースィの視線を受け、バサロは言った。

「なんか、誓約戦ってのに出ろって言われてるんだよ」

 アースィが固まった。狼狽えた様子でルミギとバサロの顔を交互に見る。

「えっと、あの。ルミギ様? バサロは誓約戦のことを知っているんですか」

「うむ……」

「俺は何も聞かされてないからな」

 釘を刺すと、いきなりアースィがバサロの胸元を掴み上げた。

「あんた、なんで断らなかったのよ」

「断るも何も、俺は誓約戦について何の説明も受けてないんだってば。何なんだよ誓約戦って。ただ単に男たちが戦う行事じゃないのか」


「誓約戦とは、婚約者を決めるための勝ち抜き戦のことだ」

 アースィの背後から声がした。

 女性が一人、移動浮遊機から降りてくる。

 切れ長の目、引き締まった顎先、流れるようにしなやかで活動的な肢体。アースィとよく似た容姿だ。違うのは背丈と、身にまとう雰囲気。

 立ち居振る舞いがまさに『戦士』と呼ぶに相応しい。

 バサロよりひとつ、ふたつ年上に見える。

「姉さん」とアースィが言った。

 アースィの姉――ルナティはバサロとルミギに軽く礼をした。


「直接顔を合わせるのは初めてかな。私はアースィの姉でルナティという。君がバサロか」

「あ、ああ」

「ふむ。妹から聞いていた話だと、もっと威勢が良い人物だということだが。緊張しているのか」

「姉さんっ。そんな暢気なこと言ってる場合じゃないよ。バサロが誓約戦に出るって」

 妹の訴えにルナティが少し目を開く。

「来てさっそく所帯を持つ気か? それはまた大胆な」

 バサロはルミギを睨む。

 老人は髭を撫でながらルナティに言う。

「登録は、したのか」

「はっ。先ほど完了しました」

「すまんの。お前なら、安心だ」

「もったいないお言葉です。これまでのご恩に報いることができるなら、このルナティ、どのようなことでも致します」

 ルミギが髭を揺らす。苦笑したように見えた。


「バサロや」

「な、何だよ」

「ルナティを、頼む」

 だから説明が足りないんだよ、と内心でバサロはうなる。

 アースィとルナティは固まっていた。

 様子がおかしい二人にバサロが眉をしかめると、シャウルが肩を叩いてきた。

「解説します。ルミギはあなたに、ルナティの婚約者になれと言っているのです。誓約戦に勝利することによって」

「……はぁ!?」

「付け加えるならば、彼女はグラディスの搭乗者です。声紋が一致します」

 何度目かもわからない絶句。


 バサロはルナティを見た。引き締まった凜々しい表情の中に、わずかに朱が差している。

「そ、そうか。君があのときの操縦者か。いや、うん、よろしく頼む。君ぐらい動けるならば誓約戦も問題ないだろう」

「問題、大ありよっ!」

 再び胸ぐらをつかまれて、容赦なく揺さぶられる。

 ルナティが困った顔で仲裁に入る。

「アースィ、そんなに揺すっては駄目だろう。それに、私は別に構わないのだ。他ならぬルミギ様のお言葉だし、私を真正面から破った男は初めてなんだ。興味がないといえば嘘になる」

「ね、姉さぁん……」

 尊敬する姉にそう言われてアースィは泣きそうになる。


 バサロたちの横で髭をなでいたルミギが、ふとその手を止めた。

 立ち上がり、階段を一段、二段と降りる。

 そこで振り返ったルミギはシャウルを手招きする。側に寄ってきた彼女に一言二言告げると、シャウルはうなずいた。

「どうなさったのですか。ルミギ様」

 ルナティが聞く。

 ルミギは顔をしかめ、東の方向を睨む。


 その時、会場にどよめきが走った。

 バサロたちを飛び越え、二機の聖霊機械が会場内に乱入してきたのだ。

 聖霊機械はそのまま西の方へと走っていく。進路上にいた人々は我先にと逃げ出した。

 ルナティの顔が戦士のそれに変わる。

「聖霊機械は会場の外で待機させているはずだ」

 懐から聖霊石を取り出すと、それに向かって彼女は叫んだ。

「こちらルナティ。会場を横断中の聖霊機械、応答しろ。お前たちの行動は明確な命令違反である。速やかに会場外へ移動しろ。聞こえてるか。怪我人が出るぞ」

 聖霊石から不明瞭な声が返ってくる。

 ルナティの表情が険しくなった。操縦者の報告は、聖霊機械が暴走し制御できなくなっているというものだった。


 操縦者との通信を終えたルナティはルミギに報告した。

「現在、聖霊機械二機が制御を失い暴走中です。操縦者はいずれも無事。彼らの報告によれば、暴走した聖霊機械は特定の人物を目標にしています。私も行きます。許可を」

 ルミギがうなずく。


 シャウルがバサロの傍らで耳打ちした。

「先ほどの通信を聞きました。狙われているのはおそらくウールです」

「なんだと」

「西の外れで演説をしている男がいます。聖霊機械はその男を標的にしています。あの様子から見て、『強制排除しろ』という強い意志が聖霊に働いているものと思われます。ルミギも同様の懸念を抱いています」

 バサロは舌打ちした。

 都合の悪い存在はいなくなれって? どこまで性根が腐っているんだ、ここの聖霊は。


「アースィ、ルミギを頼む。俺も行く」

「ちょ、ちょっとバサロ!?」

 狼狽える彼女を置いて、バサロとシャウルは走り出した。

 聖霊機械はすでに攻撃を開始している。盛大に土埃が上がっていた。

 破壊されたいくつかの露店を踏み越え、バサロは現場にたどり着く。そこに、聖霊騎士団数人を指揮するルナティの姿があった。


 バサロたちに気付いた彼女は驚きの表情を浮かべる。

「なぜ来たんだ。ここは危険だぞ」

「標的になっている奴はどこだ」

 バサロの剣幕に押され、ルナティが指差す。

 二機の聖霊機械に挟まれる形で、ウールが立っていた。

 初めて会ったときのような弱々しい姿ではない。ざんばらの髪を短く切り、背筋を真っ直ぐに伸ばしている。それだけで別人のように凜々しく見えた。

 即席で組み立てたらしい粗末な演台は破壊され、周囲に木片が飛び散っている。観客の多くはすでに離れていたが、まだ数人が腰を抜かしてその場にへたりこんでいる。

 ウールは逃げ遅れた観客に手を貸しながら、聖霊機械を気丈に睨み続けていた。その瞳には反抗の意思がはっきりと浮かんでいる。バサロは改めて、ウールの思いの強さを知った。


 ルナティが唇を噛む。

「先ほどから呼びかけているんだが、聖霊機械から応答がない。完全に暴走を許してしまっている。応援の部隊が来るまで手の出しようがないんだ」

「俺がやろう。あの二機を止める」

 バサロが言うとルナティは絶句した。

 シャウルが進言する。

「生身での直接戦闘を推奨します。この場で機械化するのは危険です」

「わかった。シャウル、『ガルディガ』で頼む」

「了解」

 シャウルが姿を変える。光の粒子となってバサロの右腕に絡みつくと、数秒としないうちにガルディガが現れた。


「ウール!」

 バサロは叫ぶ。声に反応したウールは驚いた表情を向けた。

「すぐに助ける。だからそれまで辛抱しろ」

 ウールがうなずく。


「戦闘行動を開始します」

 バサロはガルディガを抱えて駆け出した。

 聖霊機械もこちらに気づく。二機が同時に振り返り、その手を振り上げた。

 どうやら嫌われているのは俺もご同様のようだ。

 内心の文句とは裏腹に、バサロの表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 組織にいた頃の焦りや苛立ちが湧いてこない。ただ純粋に目の前の敵を倒すこと、そしてこの状況を少しでも改善することに集中できていた。


 そうか。これが誰かのために戦うという感覚か。


 バサロは新鮮な驚きを持って、戦いの一歩を踏み出す。

 シャウルが言った。

「今のバサロなら楽勝です。さっさと片付けましょう」

「おう」

 バサロはガルディガを振りかぶった。




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