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ウェルフイストリア  作者: 和成ソウイチ
2.聖霊の街ラウティス
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第十五話

 ウルティマ聖霊学園までの道をシャウルが先導する。

 アースィの姉、ルナティは、学園までの具体的な経路を指示していたようだ。

 瓦礫の山を縫うように進むと、次第に雰囲気が変わってきた。

 生活の匂いが皆無だった廃墟から、音が聞こえ、人の気配がするようになってきたのだ。どこか()えた空気も漂っている。

 やがて大きく開けた場所に出た。どうやって作ったのか、数千セラピス四方の広場をひとつの屋根が完全に覆っている。上から見れば何をしている場所なのかまったくわからないだろう。

 屋根の下では、石を打ち付ける金属音や土砂を運ぶ音が幾重にも響いている。採石場のようだった。数十人、あるいは数百人単位の人間が黙々と働いている。


 バサロとシャウルは採石場の外縁を慎重に進んだ。

 道沿いの岩に鉱夫がひとり座っていた。上半身裸で、ひどくやせ細っている。こちらに背を向けているため、バサロたちは身をかがめて歩く。

 すると鉱夫の身体がゆらりと傾き、バサロの前に倒れてきた。

 うつろに開かれた目をまともに見てしまい、危うく声を出しかける。

 その鉱夫は倒れたまま動かなかった。瞬きもしていなかった。


「死んでいます」

 バサロは採石場を見た。

 働く人間たちは男も女も皆同じような有様だった。やせ細り、動きが緩慢で、目に力がない。地面に倒れている者も何人かいたが、誰も見向きもしなかった。

 これがウールの言っていた『洗脳』か。

「ここで採石されているのは聖霊石です。一般人が近づく場所ではないため、抜け道として最適だとルナティが言っていました」

 バサロは眉間に力を入れた。この道を知っているということは、ルナティもこの惨状を知っているということだ。


 死んだ鉱夫に黙祷を捧げ、先を急ぐ。

 進みながら、疑問に感じた。

「ここが聖霊石を生産する場所ならラウティスの心臓部と言ってもいいはずだ。なのに見張りや管理者のひとりもいないってのはどういうことだ」

「そのための洗脳でしょう。採石した当初の純度を保つためにはできるだけ人の手に触れないようにしておく必要があります。その点、洗脳によって意志薄弱な人間ならば、たとえ触れたとしても聖霊石に与える影響は限りなく少ない。人形と一緒です」

 シャウルがバサロを見る。

「推測ですが、この洗脳――人格支配は鉱夫だけに止まらないのかもしれません。ラウティスの住人全てが、何かしらの影響を受けている可能性もあります」

「……思ったよりも根は深いな」

 バサロはうめいた。


 さらに走る。

 やがて大きな壁に突き当たる。二階建ての民家ほどの高さの壁が東西に延々と続いている。この区画を隔離しているつもりなのだろうか。

 道の端に格子状の扉があった。鍵が開いている。この先が目的地だとシャウルが言った。

 太陽はまだ高い。バサロは周囲の気配をうかがいながら、ゆっくりと扉をくぐる。


 靴裏が整備された煉瓦敷きの歩道を踏んだ。

 道を挟んで向かいには緑の壁が続いている。蔓状の植物が壁面を覆っているのだ。歩道の中央には等間隔に花壇が設置され、三色の花で満開になっている。

 世界が一気に色を持ったように思えた。非現実感さえ覚えて、バサロは目をこする。

 この緑の壁が学園の外壁なのだという。

 バサロはシャウルに続いて歩道を西へ歩いた。時折、敷地内から空砲が鳴った。人々の嬌声も伝わってくる。

 裏門から入っていく。詰め所らしき建物はなく歩哨もいない。ザルな警備だとバサロは呆れた。

 敷地内はいくつもの建物が建ち並び、迷路のように入り組んでいた。シャウルの案内に従い、尖塔がある建物を目指す。学園内で一番大きな建造物のようで、裏口からでもその姿を見ることができた。


 歩き続けていると、前方がにぎやかになってくる。

 突然目の前に砂埃が走った。歓声に混じり小さく人の悲鳴が上がる。

 砂埃の主は人間だった。全身を覆っていた厚手の服が細かな光の粒になって弾け、やがて聖霊石になる。聖霊を防具として用いていたようだ。

 目を回している人間の前に浮遊する円形の台がやってくる。これも聖霊の手によるものだろう。浮遊台の上では、まだ見た目に幼い少年がひとり、腰に手を当て得意げに胸を張っていた。周囲の人間は彼をはやし立てている。

 試合か、もしくは組み手だろうか。誰も倒れた人間の身を心配している様子がなかった。

 気がつけば人だかりができていた。通路は学園内にある大広場に繋がっていて、そこには多くの人々が行き交っている。

 まさに『祭り』の名にふさわしい騒がしさだった。


 バサロたちは目立たないように人混みの中に紛れ込む。

 戦いを娯楽に使うなんてな。

 バサロは内心で嘆息する。彼らの感性が理解できないと思った。

 前を行くシャウルの表情はわからなかったが、その背中からどことなく不機嫌な空気が漏れていた。


 シャウルの足がふと止まる。

 彼女の視線の先にあったのは、通路に大きな橙色の布を敷き、その上で踊っている少女たちの姿だった。

 聖霊石を表しているのか、彼女たちは一人一人が違う色の衣装を着ていた。円を描きながら、天に指先を突き上げる。息のあった力強い動きだった。

 バサロも思わず立ち止まり、彼女らの踊りに見入る。

 その踊りはバサロの腹の底に響かせる何かを持っていた。

「あれは、なかなか興味深いですね」

 初めてシャウルが肯定的に言った。

 人をかき分け、歓声の中に埋もれる。一回り年上の人間もいれば、腰ほどしか背丈のない小さな子供もいる。その中を歩くうち、まるで水に流されているような錯覚に陥った。

 人混みが切れた時にはバサロは疲弊していた。

 シャウルが背中を軽くさすってくる。

「この先が目的の場所です」

「ようやくか」

 顔を上げて通路の奥を見たバサロは眉をしかめた。


 建物の陰になっているところに誰かが立っている。ひとりだ。周囲に人影は他にない。

 こちらを見ているようだ。

 陰の人物は小柄だった。いや、よく見れば腰を少し折っているから、そう見えるのだ。

 バサロはいつの間にかその人物に釘付けになっていた。

「誰だ。あんた」

 バサロの誰何に、陰の人物がゆっくりと動く。


 陽の当たる場所まで進み出て、その人物が老人だとわかった。

 老人の顔を見たとき、バサロは息を呑んだ。かつて会ったことがある人物だったからだ。

 豊かな髭に細い目。顔に浮いた染みを見ると、この二年で一気に年を取ったように感じた。

「ルミギ」

 バサロは呻くようにつぶやく。

 二年前、バサロが囚われの身になっている時に一度だけ姿を見せた老人だった。


 ルミギはその長い外衣の裾を引きずりながらこちらに歩いてくる。

 どんなことがあっても対応できるようにバサロは神経を研ぎ澄ませる。

 なぜ彼が今ここに現れたのだろう。

 あんな、歩くのもやっとに見えるような足取りでこんな広い場所に出てきて、大丈夫なのだろうか。

 いつからあそこにいたのだろう。ずっと待っていたのだろうか。周囲の気温は特に高いということはないが、それでもこの陽気の中で外に立ちっ放しなのは老人の体に堪えるのではないか。

 バサロはふと我に返った。

 何を、相手を心配するようなことを考えてるんだ俺は。


 気が付いたときには、ルミギはバサロのすぐ目の前に立っていた。

 細い目がバサロを見上げる。ルミギは大きく息をついた。そしてあろうことかバサロの体をその細く枯れた腕で抱きしめた。

 突然の事にバサロの集中が吹き飛ぶ。

「な、何をするんだ」

 狼狽える一方で、相手を邪険に突き飛ばす気も起こらなかった。頬が一瞬、熱を持つ。バサロは自分の反応に戸惑った。

 しばらくしてバサロから離れると、ルミギは髭を少し動かした。笑ったように見えた。

「よく来たな」

 そう言って軽くバサロの右腕を叩く。

 それきり口を閉ざし、ただバサロの顔を見つめ続けた。

「何だよ。見るなよ。離れろ。何か、言えよ」

 バサロは混乱していた。

 何を片言で喋ってるんだ俺は。いくら相手がラウティスのお偉いさんだからって。


「何かご用でしょうか」

 固まったままのバサロに代わり、シャウルが尋ねる。

 するとルミギは視線を逸らした。髭を撫でる。

 大事なことを言おうとして上手い言葉が見つからず、考え込んでいる仕草に見えた。そのルミギの様子が自分と重なり、バサロは落ち着かなくなった。

「何もないなら……俺たちを捕まえるつもりじゃないなら、もう行くぜ。待ってる奴がいるんだ」

 立ち去ろうとするバサロを、シャウルが引き留める。

「まだこの方とのお話が終わっていないでしょう。あなたも本当はルミギと話がしたいと思っているのですから」

 ルミギが再びバサロの顔を見た。今度はバサロの方が視線を逸らす。


 何のご用でしょう、とシャウルが促すとようやくルミギが口を開く。

「良い聖霊を連れたな」

「……は?」

「いや……すまん。お前、『誓約戦』に出てみるつもりは、ないか」

 訳のわからないことを言われた。

 バサロが眉をしかめ口元を曲げると、ルミギは落ち着きなく髭を撫で始めた。

「嫌なら、いいが」

「ちょ、ちょっと待てって。誓約戦ってのは何なんだ。そこから教えてもらわないとこっちだってどう返したらいいのかわかんねえだろ」

 慌てて表情を崩し、バサロは言う。


 するとルミギは広場の方へ歩き始めた。数歩進んだところで立ち止まり、バサロを振り返る。付いてこいということか。

「行きましょう、バサロ。口下手な方なのです」

 シャウルの言葉にバサロは渋々うなずいた。

 ラティオの話を思い出す。彼女はルミギのことを『とても寂しそうなお爺さん』と言っていた。こうしてやや曲がったルミギの背中を見ていると、それもうなずけた。



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