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ウェルフイストリア  作者: 和成ソウイチ
2.聖霊の街ラウティス
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第十一話

 ざんばらの長髪、やせぎすの身体をやや前屈みにし、小型の角灯を持っている。バサロより二つ三つ年上に見えた。

 角灯の上には、なぜか小さな人形が置かれている。

 男は寝台に横になったアースィを見てから、バサロたちに視線を戻した。怯えている様子はないが、放っておけばそのまま倒れてしまうのではないかと思えるほど弱々しい。

 もしや、この男がシャウルの言う聖霊なのか。


「ち、治療。するんでしょう……?」

 男がどもりながら言った。

 騒がれると面倒だ――反射的に浮かんだ考えをバサロは打ち消した。この男は、気味は悪いが敵意は感じられない。

 シャウルに視線をやる。彼女も小さくうなずきを返した。

 バサロは両手を挙げた。

「勝手に侵入したのは謝る。だが見ての通り、仲間が大怪我を負って困っているんだ。助けてもらえるとありがたい。俺はバサロ。こっちはシャウル。傷ついたあの子はアースィだ」

 バサロの紹介を受け、シャウルが会釈をした。愛想のないいつもの表情で言う。


「聖霊のシャウルです。よろしくお願いします」

「おいこら」

 シャウルの腕を引く。彼女は瞬きした。

「何か問題がありますか」

「あるよ。いきなり正体をばらす奴があるか」

「問題ありません」

「あるんだって!」

 もどかしさで頭をかく。どうして彼女はこうなのだろう。


「……聖、霊?」

 男がつぶやく。

「き、君が連れているのは、聖霊なのか?」

「それは、だな」

 バサロが答えに窮するのを余所に、シャウルはおもむろに聖霊石に変化し、すぐに人型に戻って見せた。これでまったく言い逃れできなくなった。

 男は驚いていた。当たり前だろう。

 物問いたげに男がバサロを見る。バサロは咳払いした。

「そういえばあんたの名前は?」

 強引に話題を変える。

「ウール」

 男が短く名乗り、視線を落とした。目が泳いでいる。バサロはわずかに眉をひそめつつ、「よろしく」と握手を交わそうとした。シャウルが止める。

「まだ紹介は完了していません。バサロ」

 またおかしなことを言い出したなと思っていると、聖霊少女は角灯の上に座る人形を指差した。


「そちらの人は聖霊ですね」


 バサロは目を剥いた。

「おい、本当かよ。あの人形が!?」

 シャウルがうなずく。ウールは否定しなかった。

 バサロは改めて人形を見た。掌に乗る大きさで、顔の造作や手足が簡略化された、布製の人形だ。

 ウールはいったん口をつぐみ、それから声を落として尋ねてきた。

「か、確認だけど。き、君たちはその、中央から来た人、じゃない、よな」

「違います。聖霊がいてはならない事情でもあるのですか」

「お、追い出された、から。私たち。中央から」

 前屈みの身体をさらに小さくするウール。

 嘘を言っているようには見えない。


 バサロはウールに近づいた。

「それなら俺たちも一緒だ」

「そ、そうなの、か?」

「ああ。まさかラウティスの中に同じ境遇の奴がいるなんて思わなかったよ。別に取って食ったりどっかに突き出したりしないから安心してくれ」

 言ってから、無断侵入者が何を偉そうにと自嘲する。

 ウールはそれでも安心したようだった。顔を上げ、大きく息をつく。


 バサロは人形を指先でつついた。シャウルと一緒にいて聖霊に対する印象が大きく変わったためか、それともこの聖霊が愛らしい人形の姿をしているためか、以前のような嫌悪感は湧いてこなかった。

「しかしこれが聖霊か。ずいぶんと大人しいな。俺が近くに居ても平気そうだが」

 バサロはさらに顔を寄せた。


 次の瞬間、人形が動いた。

 角灯から立ち上がり、小さな腕を振り回したのだ。その拍子にバサロの鼻を打つ。柔らかな感触がした。

「あーもうもう、窮屈窮屈きゅうくつだった! えっごは疲れたぞ! 喋らせろろもがが」

 突然まくし立て始めた人形をウールが押さえ込む。

 バサロは鼻を押さえ、目を丸くした。

「な、なんだ。えっご?」

「えっごはこの子の、い、一人称。名前はナヴィニ」

「もががー。放せいウール」

 人形――ナヴィニが暴れている。見た目は可愛らしい小人で、声も年端の行かない少年のように高い。

 姿といい、喋り方といい、これまで見たことがない奴だ。

 バサロはシャウルを見た。

「どうやら喋る聖霊ってのは基本変わり者みたいだな」

「私が変わり者なら、あなたも等しく変わり者です」

 言い返された。バサロは肩をすくめた。


 ようやくナヴィニが大人しくなる。角灯の上で座り込んでいじけている姿には愛嬌があった。

 ウールは角灯を棚の一角に置いた。ナヴィニは棚の端にちょこんと座り、腕組みをして言う。

「ふんだふんだ。何さ何さ、勝手に入ってきた奴を脅かしてやろうと思ったのに、ウールってばずっと黙ってろ黙ってろってんだもん。もうもうもうっ」

「機嫌直して、ナヴィニ」

 ウールがなだめる。ナヴィニは不満そうに顔をしかめたままだったが、とりあえず喋るのは止めた。

 人形の表情が変わるなんて想像もしなかった。


「バサロ、さん」とウールが呼ぶので、「バサロでいい」と応える。

「じゃあ、バサロ。き、君はずっと、その聖霊の女の子と一緒に、い、いるのかい」

「ずっとじゃない。会ったのはつい最近だ」

 むしろ数時間前のことなのだが、もう数日が経過したように感じる。

「そ、それなのにもうそんなに親しいのか。ど、堂々としているのか」

 親しい? 堂々? 図々しいの間違いじゃないのか。

 半眼でシャウルを見ると、聖霊少女はどことなく得意げに胸を張っていた。


 ウールがバサロの手を握ってきた。彼の手は細く、ひどく荒れていた。

「わ、私は君を尊敬するよ。聖霊と対等に接することができるなんて……!」

「それを言えばウールとナヴィニだって一緒だろう」

 するとウールは首を横に振る。

「それは、時間があったから。初めはぜんぜん……伝わらなくて。だから会って間もないのに、た、対等の友人みたいに話してるバサロのこと、素晴らしいと、思うんだ」

 ウールは微笑んだ。バサロは意外に思う。

 頬はこけ、髪は伸び放題で、明らかに厳しい生活を送っているように見えるのに、彼の笑顔には包容力があった。

 こいつ、こんな顔をすることができるんだな。


 バサロの手を離すと、ウールは寝台を振り返った。いまだ意識が戻らないアースィを見る。

「あの女の子の手当、私も、手伝うよ。この部屋にある薬品は使っていいから、さ。私も知識は少し、あるし。その代わり、し、しばらくここに滞在してくれると嬉しいな」

 願ってもない申出だった。

 だがバサロはすぐにうなずくことができなかった。

 この家は周囲の瓦礫で隠れていて、身を潜めるには絶好の場所だ。

 家主も滞在を強く勧めてくれていて、その上、薬まで自由に使って構わないとさえ言っている。

 美味い話だ。

 信じてもいいのか。

 今日会ったばかりの人間の厚意を、全て鵜呑みにしてもいいのか。

「さっそく手当を始めたい。手伝ってくれ、ウール」

 バサロが言うとウールはうなずいた。バサロの内心に気付いた様子は皆無だった。


 それから力を合わせ、アースィの治療に当たった。

 ウールの手際は見事だった。だがそれ以上にバサロが感銘を受けたのは、彼がまるで我がことのように没頭する姿だった。

 信じてもいい。バサロは思った。


 一通りの処置が終わるまでさして時間はかからなかった。

 アースィの寝息がだいぶ柔らかくなったのを見届け、バサロは打ち解けた笑みをウールに向けた。

「ありがとう。おかげで助かった」

「い、いや。当然の、ことだよ」

「あんた、いい奴だな」

 バサロの言葉にウールは目を丸くする。

 くすり、と微かに笑う声が聞こえた。驚いて振り返るが、シャウルはすでにいつもの無表情に戻っていた。


 それからバサロたちはウールの案内で居間へと向かう。バサロが外から様子をうかがったあの部屋だ。

 居間も物で溢れていた。ウールは薬缶(やかん)を引っ張り出し、囲炉裏の上に引っかけた。白湯を作ると彼は言った。

「そ、それにしても驚いたよ。寝ていたら、いきなり物音がするんだもの」

「囲炉裏を焚いたままでか」

「別の部屋で、その、準備をしていたんだ。あ、明日の『洪水祭』の。気付いたら、ね、寝てしまっていて」

 バサロは首を傾げ、たずねる。

「もしかしてラウティスで年に一度、大洪水の前に行われるっていう、あれか」

「そう。それ」

 ウールはうなずいた。


 年に一度、この時期にラウティス周辺を襲う大洪水。だが付近に氾濫するような大河はなく、氾濫させるだけの雨も降らない。どこに原因があるのかわからないこの不思議な現象を、ラウティスの人々は一種の『儀式』と捉えていた。

「こ、今年は大事な年なんだ。そ、そこで私は」

「気合いを入れ入れするのはいーけどね、ウールはもっともっと気をつけることがあるぞ!」

 長椅子に腰掛けたウールの膝の上で、ナヴィニが飛び跳ねる。

「このままじゃウールは食べ物なくて死んじゃう死んじゃう」

 バサロは表情を曇らせた。

 家の周辺がこのような状況だから生活は厳しいだろうと予想はしていたが、まさか食う物にも困っているとは思っていなかった。

「いいのか? そんな状況で俺たちを迎え入れて」

「へ、平気だよ。し、心配しなくていい、から」

「そうは言うけどよ。余計な世話だと思うが、あんたどうやって暮らしているんだ? この辺りで自給自足ができるとも思わないし。それとも何だ。街の人間は『通貨』で生活を成り立たせているっていう、あれか。物々交換じゃなく」

「はは……ま、まあ水があれば結構だいじょうぶだ、し」

「嘘嘘ウソ。えっごがけしかけて、遠くの家から食べ物を恵んで恵んでしてもらってるんだゾ」

 どうやら困窮しているのは本当らしい。

 それにしては大量の物品が山と積まれているのはどういうことだろう。


 室内を見渡すバサロに気づき、ウールが乾いた笑みを浮かべる。

「わ、私は前に、学園で働いていたんだ。薬品なんかもろもろは、そのときの物を持ってきた。た、食べ物を分けてくれる人も、そのときの伝手で」

「学園とは何でしょう」

 シャウルがたずねる。「ウルティマ聖霊学園だよ」とウールは教えてくれた。

「ラウティスの、す、全ての子どもたちが通う巨大な学舎。し、知らないの?」

「ええ、まったく」

「ラウティスにいて、が、学園を知らないって……まさか」


 シャウルがこちらを見る。バサロは息を吐いた。別に隠しても仕方がない。

「俺はラウティスの住人じゃない。サニア・ドゥリダの『元』構成員だ。逃げてきたんだよ」

「に、逃げてきたって、サニア・ドゥリダから? ど、どうして。あそこはち、中央に反旗を翻すせ、正義の集団だと……」

「正義の集団ね」

 鼻で笑うとウールはさらに目を瞠った。バサロは言う。

「サニア・ドゥリダは確かに反体制を謳っているが、中身は人間の集まりだ。誰も彼も清廉高潔ってわけじゃねえよ。この俺みたいにな」

 ウールは少なからず衝撃を受けたようだった。

「ウール。あんたまさか、サニア・ドゥリダに参加したいって思ってるんじゃないだろうな」

「そ、そうしたいって思ってた時期は、あった、よ」

 ウールは自ら事情を口にし始めた。


 ラウティスは繁栄し、平和ではあるけれども、確実に差別や迫害が存在する。それは聖霊適性の有無による処遇の違いだけではない。中央のやり方に従わない者は容赦なく追放される。

「こ、この近くに死ぬまで聖霊石を発掘するよう強制された人たちが集まっている区画が、ある。どうして彼らがそこに送り込まれることになったのか、だ、誰もわからない。その話題に触れることさえ、き、禁じられているんだ。私は、その実態を調べていて、学園をつ、追放された」

「どうしてそのような状況が生まれたのでしょう」

 シャウルがたずねる。ウールは眉間に皺を寄せた。

「わ、私は、中央による洗脳じゃないかと、考えている」

「洗脳だって!? 穏やかじゃないな」

「方法は、私にも、わからない。だ、だけど街の人たちだけじゃなく、家族までまるで、な、何事もなかったかのように過ごしているのは、おかしいよ。そんなこと、たた、ただの人間にはふ、不可能だ。だ、だから」

「中央が聖霊の力を悪用し、住人を影で操っていると」

「か、確証はまだ、ないけど」

 そう言ってウールはうなずく。

「ち、中央は人間や聖霊を道具として扱っているだけじゃなく、ひ、人の大事な、き、記憶まで弄んでいるんだ。私は、それが許せない」

 バサロの顔が強ばる。


 ウールは肩の力を抜いた。

「サニア・ドゥリダに入れば、ど、同志は増えたかも、しれない。けどここを離れるのは、て、抵抗があったんだ。い、今はもう、私の身体はこんなだし、それは、諦めてるよ。だからそのぶん、こ、今年の洪水祭には、かか、賭けているんだ」

 ウールの手が震えだした。

「こ、洪水祭には、あらゆる人間が来る。だから、皆にこの現状を訴えるには、ささ、最適なんだ。それで、一人でも多く、街を見る目が変わってくれれば。必ず成し遂げないと。私の……命にかけて」

「そんなことはダメダメなんだぞ」

 それまで黙っていたナヴィニが口を開く。ウールを見上げ、真剣な表情をしている。


「えっごはここでウールに拾われたことを覚えてるぞ。ウールがいなきゃずっとずっと一人だったぞ。だからウールがいなくなったら、えっごはずっと一人だぞ」

「けど、私は」

「どーしてもどーしてもって言うんなら、えっごにだって考えがあるぞ」

「ナヴィニ。わかったから、今日はもう、休もう。ね?」

 機嫌を損ねたナヴィニをウールがなだめる。彼はバサロに言った。

「と、とにかく、バサロとシャウルもき、今日は休んで。二階に部屋があるから、あ、案内するよ」


 居間を出るウールの背中をバサロは見つめる。

「ラウティスには、あのような決意をする人がいるのですね」

 シャウルがつぶやく。バサロも同じ気持ちだった。



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