B級乙女☆坂東マイ!!
溢れ出るキラキラオーラ!
艶やかに伸びる蜂蜜色の髪はさらさらと風に揺れていて、柔らかな瞳の色は青空を感じさせる。柔和そうな顔つきにも関わらず、どこか鋭さを秘めたような瞳は、彼が尋常ならざる環境に生まれ、それを乗り越えて来たのだろう強さを現していた。
少なくとも日がな一日欠伸して過ごしているウチの学校の男どもには絶対出来ないだろう、一級品の顔。素材の良さと相まって、目の前の彼が放つオーラは最早ガイア!
「待っていたよ、マイ。さあ、僕たちを導いてくれ」
そんなイケメンが私へ向けて手を伸ばす。
「ギ――」
「ん?」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
私は全力で身を返して真後ろにあった空間に飛び込み部屋の扉を閉めた。あまりに力一杯やったからか馬鹿でかい音が聞こえて、けれど私は今起きた耐え難い事態に身悶えしていた。
ここは、私の部屋だ。
女の子らしいといえば女の子らしいが、別に男が暮らしていても違和感がない程度に女の子した中途半端さがウリの私の部屋。クローゼットや机はデザイナーがちょっと凝ったもの作ってみようかな? あーでもなんかめんどくなったからコレでいいや、って感じに明らかに一部だけが独特な形状をしていて、そのなんとも言えない半端具合に私の心は癒やされていく。
ある日、学校に行こうと部屋の扉を開けたら異世界に召喚されました。
ガチャ、
「マイ! どうしたんだいきなり!?」
「うるさい入ってくるんじゃねえ!」
せっかく閉めたのにあっさり扉開けて入ってきやがった!
グッ! 止めろ……! これ以上私を苦しめるな!
扉を開けたらいきなり異世界とか、家に帰ったら謎の老師がやってきて私に後継者になってほしいと言い出すとか、夜の学校で突然変異した巨大ワニに襲われるとか、商店街の福引で豪華客船の乗車券が当たったと思ったら化け物みたいなダイオウイカに襲われてあわや沈没なんて程度で私が怯えると思ったら大間違いだ!
そんなくらいはどうだっていい!
細かいことは気にするな!
ノリと気分が優先だ!
だから……、
「もしかして忘れているのか? もう十年も前だから仕方ないが、もっと幼いころに僕たちは出会っているじゃないか。あの日の誓いを果たすため、こうしてまた君を迎えに――」
「うるさい黙れA級男子が私の前に立つんじゃねえええええええええええ!」
※ ※ ※
私っ、坂東マイ!
花の女子高生!
大好きなものはB級と名の付くもの!
中でも狂気に取り付かれた教授がある日実験の失敗で半分ワニになったりタコになったりする映画が大好きなの!
これでも結構可愛い顔をしてるのよ?
クラスで大体四番目! ホームランバッター! 男子諸君が畏れるあまり敬遠されまくって一度たりとも告白なんて受けたことないの! 恋愛だってホームラン! 場外!
うるさい黙れモテないとか影が薄いとか言ってんじゃねえええええええええ!
どうせバストもB級だよ!
どうせならAとかの方がずっと良かったよ! 貧乳は素晴らしい……そのなだらかな流線をそっと撫でると、何かを失ってしまったかのような切なさを感じさせる。持たないが故の弱点を突かれて心底必死に恥ずかしがる姿は萌える。お前たちもそう思うだろう?
私……ちっちゃいから……ごめんね?
一度くらい言われてみてえええええええよおおおおおおおお!
そしてなにより巨乳! もう重量感が凄い!
歩いているだけで揺れる。何気に凄いのは階段を降りている時だ。諸君も階段の落差で見え隠れするぱんつは一先ず置いておいて、一度その様子をじっくり眺めてみて欲しい。
ばいんばいーん!
まさしくそんな効果音が聞こえてくる。
「……あの、マイ?」
「あぁ、いいよ。すごくいい。お願いだからもう一度踊り場まで戻って降りてきてくれない?」
私は小さな頃からの幼馴染、萩原ミヤホに有無を言わせず要求した。
かつて共にやんちゃ娘として小学校に名を馳せたミヤホだが、四年生の時に担任の先生へ惚れてからというもの一転してA級乙女へと超進化した。だがミヤホなら大丈夫だ。慣れているからとかじゃない。放置していると今やらお嬢様系オーラを放ちつつあるミヤホへ私はだんだん近寄れなくなるんだ。
ばいんばいーん!
だからこうして定期的に意味の無いおいろけイベントを起こし、私たちの友情は保たれている。
「おかえりミヤホ!」
「きゃあ!?」
降りてきたミヤホのHカップを鷲掴みにし、私は全力で揉みしだく。あぁ、この重量がたまんない。
「ちょっと、マイ……んっ、ぁ…………止め……だか、らっ、~~~~!」
「おやおや、そんなことを言って感じてきてるじゃないか。どうだ? これがいいのか? こうか? ふぉっふぉっふぉ!」
ミヤホが初恋を迎えた小学校時代、当時はまだ私と同じ程度だった彼女に、揉めば大きくなると教えたのは私だ。そして揉んだのも私だ。以来私はミヤホの乳を大きくするべく会う度にまずは揉む。
ほれほれ、熱烈アタックを続けた結果、最近じゃあ稀に食事にも行ってるそうじゃないか。この乳で誘惑してるんだろう? けどね、この世でミヤホが一番感じる揉み方を知ってるのは私なんだよ?
ハッハッハッハッハ!
「……マイ、そろそろ話を聞いてくれないか」
「だー! いきなり喋るな! イケメンボイスを私に聞かせるんじゃねええええ!」
ガッ、と力一杯両手に力を入れた瞬間、腕の中でミヤホが痙攣したみたいに身体をビクビクさせた。耳まで真っ赤にしてうつむき、項垂れる。
それはさて置き、私は意を決して後ろを振り返った。
あー、居る。ホントに居るよ。
今朝私の部屋に乱入してきたA級男子だが、様々な努力の甲斐あって今はオーラが薄れていた。まず鼻眼鏡。そしてパーティ帽子に、どこからか調達してきた制服にはネクタイじゃなく蝶ネクタイを装備。両手にはマラカス。
まだ足りない気もするが、これだけ微妙感が漂えば一応向かい合うくらいは出来る。
「ええと、クロードだっけ?」
「そうだマイ」
「クロードって名前もなんかなぁ……クロ、うんクロでいい。良い具合にランクダウンする」
「話を聞いてくれないか」
「脈絡もなくA級男子が私の前に現れて何を言うのさ。言っとくけとA級展開なんて受け付けないからね? 私は生まれながらのB級乙女なの。バストも成績も将来設計も全てB級。見に行く映画は全米ナンバーワンなんかじゃなくて、場末の鄙びた映画館で見るB級映画なの。最近流行りの残念系なんかと一緒にしないでね? 私は、B級乙女は持つものを持ちながら生かせないなんちゃって美少女とは違って最初から全部B級なの。背負った運命が違うの。悲しむほど悲惨じゃない中途半端感が、なんともコメントしにくい微妙な空気を生むの」
「……もう、またマイのB級語りが始まった」
「黙れA級!」
立ち上がってきたミヤホの胸を指先で一突きし、崩れ落ちさせた。
っふ! いくらおいろけ展開で緩和しているとはいえ、ミヤホのA級オーラは中々なものだ。A級男子と同じ空間に置いているだけで私にプレッシャーを与えてくるからな。
「マイ。何度も言ってるが、僕たちは急がなくてはならない。このままでは我がレーヴェンフォルト王国が魔王の手によって滅――」
「魔王とかそんなA級展開持ってくるんじゃねえ! やーめーろー! そんなに私を攻め立てたいか! 王道じゃねえかよっ、うがあああああああああ!」
その時、突如として校舎の一部が吹き飛ばされ、それは私の居た二階より上で、
「くそ! もう気付かれたのか!?」
空が、見えた。
「はっはっは……勇者クロード=レイフォルト。どうやら導きの巫女を召喚するのには失敗したようだな」
空には、大きな穴があった。
そういえば私の部屋から通じた異世界、あそこから戻る時に通ったのもこんな感じだった。空が湾曲するなんて、夢みたいな光景だ。歪んでいる部分は何かしら強い負荷が掛かっているのか、黒ずんで時折雷みないなものが走ってる。
「所詮風前の灯に等しい貴様ら人間が、今更何をした所で変わらんさ」
それを、コイツがやった?
考えている間に、校舎から悲鳴があがった。生徒が何かに襲われてる。吹き飛んだ天井の向こう、湾曲した穴から降ってくる異形の数々。
なにこの展開?
「マイっ、今すぐ逃げてくれ。ヤツはまだ君に気付いていない……だから」
うん……いい。
「そこの中ボス!」
私は空中で静止する牛みたいな顔をした化け物を指差し言った。
「いきなり原因が現れちゃうのはちょっとつまらないわね。こういうのはまず犠牲者が出て、後日調査に来た連中が襲われるものなの。序盤は何の変哲もなく奥へ奥へ踏み込んでいけるんだけど、画面端にチラリと死体が見えたりすれば尚グッドね」
わかる?
「そして引き返せない所まで来た所で一斉に襲いかかるの! まず戦闘訓練を積んだプロはそこで皆殺しよ。その上で臆病者かナイスガイを一人二人残しておけば後々の展開に役立つわ。そしてなにより忘れちゃいけないのは、その調査にむりやり同行させられた学者とか、胸の大きな女を生かしておくことよ。じわじわと追い詰め、一人、また一人を減らしていくの。途中おいろけシーンが入るから、その間は何があっても邪魔しちゃだめよ?
まあ、せめてそのくらいのお膳立てが出来ればB級だと認めてあげるわ。今じゃB級じゃなくて組み立ての出来ない学生が作ったC級よ」
でも素材は悪くないのよね。
人間みたいな体つきの癖に顔が牛って、中々素敵じゃない。いかにも中ボスみたいな中世ヨーロッパの男爵服みたいな格好して、同じような半端な化け物を使役して脈絡もなく生徒を襲わせてるなんて。
とにかくインパクト! みたいなノリで唐突に始まるのがいいのよね。伏線とか別にいいの。始まっちゃえば殺戮に次ぐ殺戮でガシガシ出演者削って経費を削減しないといけないからね。
こうなってみるとクロも、一部分だけ妙に気合の入ってることって結構あるから許容範囲になるかな? んー、でもあのA級オーラはなぁ……。
「相手になってあげる。出来次第じゃB級と認めてあげなくもないわ」
「ふざけるな小娘が! 我が力の偉大さを思い知れ!」
「そのセリフも中々グッドよ」
「小娘がァ!」
牛人間が杖を振り上げた途端、先端部から黒い炎が生み出された。それは龍のような形を取って大きく口を広げる。何故か、甲高い咆哮まで聞こえた。あまりに強い音が私の頬を打つ。
その頬は、そっと、緩んでいた。
「さあ行け黒竜炎! 愚かな人間を喰らい尽くせ!」
「マイ、せめて君だけでも!」
襲い来る黒竜。
マラカスを投げ捨てたクロが光の剣を生み出して相対する。律儀に鼻眼鏡とパーティ帽を被ったままで、なんだか笑っちゃった。
「あーわかるわかる。龍ってかっこいいからね。その形取らせると強そうにみえるよね」
両手をパン――と打ち合わせ、炎を打ち消した。
「あんたみたいな牛人間が龍ってのも良いポイントね。名前負けならぬ魔法負け? 使う魔法の方がかっこいいとか中々よ。最近じゃあCGも進化してるから、そういうの作るだけならお金も掛からないのよね」
「なっ!? 小娘キサマ何をした!?」
「何って何よ。昔私の家に突然現れた謎の老師から継承した秘術の一つよ。いいでしょ? 巻き込まれただけの私がいきなり最強キャラなんて、B級映画じゃよくある展開よ。ほら、変に日本かぶれした映画監督が無駄にNINJAとかSAMURAIとか登場させて無駄長い殺陣シーンいれたりするでしょう? あれって正直途中でお腹いっぱいになって、二度目からは飛ばすのよね」
「ふざけるな!」
牛人間が両腕を広げて大空に幾つもの黒い炎を生み出した。
子、丑、寅、卯、辰……辰はさっき消したから無いけど、これって干支ね。うっかり自分と同じ牛の炎まである辺り、なかなか良い出来じゃない。こういう設定に気合を入れた結果、状況や物語に大量の矛盾が生まれちゃったりして空回りする様も、B級独特の素晴らしさよ。
「はー、中ボスがずいぶんと頑張るじゃない。でも序盤で盛り上げすぎると、後で予算切れ起こして中盤以降が雑になるの。その辺りを工夫でどうにかしたりできなかったりするのはいいんだけど、完結までいかずに途中でエンディング、なんてふざけた展開だけは認めないわ」
「マイ……その、君の言っている事がよく分からないんだが、ヤツは決して油断していい相手じゃない。ここは僕が」
「黙れA級! アンタが出てくると予算がかさむのよ!」
B級映画は予算との戦いよ!
妙に完成度の高い小道具や低い小道具を見ながら、予算の使い所を失敗したか小道具担当を間違えたか、なんて部分を予測するのも乙よ!
「とりあえず序盤の盛り上げはこれでいいんじゃない? アンタ、そろそろ退場してよ」
「小娘が……! 我が力の全てを思い知らせてやる!」
「アンタさっきから似たようなセリフしか言ってないわね。ライターの底が知れるわ。だからもういいの」
私は一瞬で牛人間の懐へ飛び込むと、振りかぶった右ストレートを叩き込んだ。
「必殺! 予算削減拳!」
『ドゴーン!!』という巨大なオノマトペを召喚しながら放たれた私の必殺技は、牛人間を学校のグラウンドに叩きつけた。それからおもむろに元の場所に戻り、可愛らしく女の子座りをしていたミヤホの制服をはだける。
豊満なHカップの巨乳が外気に晒された。
「きゃあ!?」
うむ、何度やっても初々しい反応。
それがあるから私とミヤホの友情は続いていると言っても過言じゃない。
「マイ、やった――」
「そのセリフは禁止ね」
ここで復活されても間延びするだけだから、私はクロの言いかけたフリをキャンセルする。と、不意にクロが崩れ落ちた。鼻眼鏡を取り、目元から涙をこぼす。な、なんだいきなり!?
「これで……人類は救われた! よかった! 本当によかった……!」
え?
「ちょっ」
「マイ! 君が救ってくれたんだ! 是非我が国に来て、共に祝宴をあげてくれ! 世界中が君に感謝する! 君こそが救世主ガッ――!?」
「今のがラスボスだったの!? 絶対中ボス顔だったじゃん! ええ!? 今のにアンタら滅ぼされかけてたの!?」
あまりのショックに私はクロを壁へ叩きつけた。第一鼻眼鏡も無しに私と向かい合うな。ドキドキするだろ……。
「マ、マイ……覚えているか…………この指輪、君との……約束」
「A級展開禁止拳!」
「ぐわぁぁぁあああああああああ!」
くそう……展開に引き摺られて本当に十年も昔の事を思い出してきた。
あぁそうだよっ、たしかに昔会ってたなお前! 私がどれだけ待ってたと思ってるんだ馬鹿野郎! あんまり来るのが遅いから裏切られたんだと思ってA級に拒絶反応が出るようになったんだよ!
「今のって、もしかしてマイがいつもネックレスにして持ってる――」
「A級展開禁止拳!」
「なんで私は脱がされるの、きゃあ!?」
その時、実はまだ戻ってなかった空の穴から、稲妻のようなものがグラウンドへ落ちた。
「っ、あれは――!」
立ち上がったクロがグラウンドで倒れている牛人間を見る。一瞬で灰になった牛人間の、あの杖がころころと転がっていく。そしてそれが、何者かの足元で止まった。
「フフフ、ハハハハハ、アーッハッハッハ! 遂に手に入れたぞ! この時をどれほど待っていたか! これで世界は我がものだ!」
「……ヤツは死んだ筈だ。しかし、あの姿は!」
「これはこれは、勇者クロード=レイフォルト。お久しぶりですねぇ。ですが、今はアナタにかまっている暇はありません。ハハハハハ、いずれ会うでしょう。その時まで精々腕を磨いておくのです」
穴の向こうへ消えていった新たな敵に、クロが悔しそうな表情で歯噛みする。
ふん、A級男子め。
「クロ!」
「っ、どうしたんだマイ?」
「分かるかい? 続編だ。もし物語が予想外にウケたら、なんて製作者の思い上がりが、つい完全な終わりを迎えさせず次への布石を打つ。そうしておけば自己満足に振りまいた伏線を回収し切れずともなんとなく納得できる」
私はクロが投げ捨てたマラカスを拾い、差し出した。
「B級作品においてもっとも重要なのは、作っていて楽しいかだ。楽しんで作られた作品は、なんだかんだで全力だ。思いっきりやってればすっ転ぶのも豪快で、結構見応えがあったりするんだよ。人気を出す為の小賢しい考えはいらない。やりたいことを思いっきりやって、大笑いしたりされたりしながら、さあ次だ! ってまたやるのさ」
クロは私からマラカスを受け取ると、外していた鼻眼鏡を掛ける。
口元にはやわらかな笑み。私もきっと笑ってる。
巨大な大穴を背に、言った。
「来な。B級の作法、見せてやるよ」
連載没にした作品を短編に再編集してみました。
いかがでしたでしょうか。
もし面白いと感じられたのなら、新連載の『そして捧げる月の夜に――』(http://ncode.syosetu.com/n7366cf/)も読んでみて下さい。
こんな名前ですが割と似たようなテイストです。