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 秋風の季節が過ぎ、街にイルミネーションが灯りだす。それでもまだ、慎一郎は帰ってこない。

 そして三学期も残り少なくなった頃、私は再び学校へ呼び出された。


「望くんは宿題もちゃんとやってきますし、テストの点もいいんです」

 今回は担任の若い教師の隣に、主任らしきベテラン教師も座っていた。

「しかし授業中ぼんやりと外を眺めていたり、そうかと思うと図書室で借りてきた本を夢中で読んでいたり……」

「まあ、お勉強のできる望くんからすれば、わかりきった授業を聞くのは、退屈極まりないことなんでしょうがね」

 ベテラン教師が嫌味まじりに口を出し、ずり落ちた眼鏡を上げながら私を見た。

「それから望くんには、友達を作ろうとする意思がないようですな。休み時間はひとりで教室に残り本を読んでいるだけですし、友達との関わりもないようです」

 私は何も言わずにその言葉を聞いていた。ベテラン教師はもう一度、眼鏡を指で押し上げる。


「こういっちゃなんですが、お母さんはお若いうちに望くんを産んで、ずっとひとりで育ててらっしゃいますよね? それにお母さんのお仕事は、とてもお忙しそうですし……何と言うか、普通の家庭とは違うわけで……」

「普通と違うことは、そんなに悪いことですか?」

 私の言葉に、教師たちが顔を見合わせる。

「私自身、父親も友達もいませんでしたが、今の自分が間違っているとは……」

 思いません――いつものようにそう言い切ろうとして、言葉に詰まった。

 私の今までの生き方は、本当に間違っていなかったのだろうか?

「お母さん。お母さんはそれでいいかもしれませんが、望くんはもしかして、寂しいのかもしれませんよ?」

 望が寂しがっている? うちが普通と違うから? あの子に父親がいないから?

 わからない……どんな時も、自分で決めて、自分を信じて生きてきたのに……。

 教師が私の前で何か話していた。だけどその声は、全く私の耳に入らない。

 誰かに答えて欲しかった。私は間違っていないと、誰かに言って欲しかった。


 その日の帰り、校舎の影で望を見つけた。望は地面にしゃがみこみ、自分の教科書やノートを必死に拾い集めていた。

「何やってるの?」

 声をかけると、望は少し驚いた顔をしてから、すぐに笑顔を作って答えた。

「ランドセルの中身、ばら撒いちゃって……」

「バカね。何やってるのよ」

 望と一緒に教科書を拾う。だけどその教科書には、子供の足跡がたくさんついていた。

「望」

「うん?」

 望は私の手から教科書を受け取り、ランドセルの中にしまいこむ。

「何度も言うけど……嫌だったら、学校来なくてもいいからね」

 私の言葉に望はにっこり微笑んだ。そしてランドセルを背負ってから、一言だけこうつぶやいた。

「慎一郎、早く帰ってこないかな……」

 望の小さな背中が、私と同じように、助けを求めているようだった。

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