8
秋風の季節が過ぎ、街にイルミネーションが灯りだす。それでもまだ、慎一郎は帰ってこない。
そして三学期も残り少なくなった頃、私は再び学校へ呼び出された。
「望くんは宿題もちゃんとやってきますし、テストの点もいいんです」
今回は担任の若い教師の隣に、主任らしきベテラン教師も座っていた。
「しかし授業中ぼんやりと外を眺めていたり、そうかと思うと図書室で借りてきた本を夢中で読んでいたり……」
「まあ、お勉強のできる望くんからすれば、わかりきった授業を聞くのは、退屈極まりないことなんでしょうがね」
ベテラン教師が嫌味まじりに口を出し、ずり落ちた眼鏡を上げながら私を見た。
「それから望くんには、友達を作ろうとする意思がないようですな。休み時間はひとりで教室に残り本を読んでいるだけですし、友達との関わりもないようです」
私は何も言わずにその言葉を聞いていた。ベテラン教師はもう一度、眼鏡を指で押し上げる。
「こういっちゃなんですが、お母さんはお若いうちに望くんを産んで、ずっとひとりで育ててらっしゃいますよね? それにお母さんのお仕事は、とてもお忙しそうですし……何と言うか、普通の家庭とは違うわけで……」
「普通と違うことは、そんなに悪いことですか?」
私の言葉に、教師たちが顔を見合わせる。
「私自身、父親も友達もいませんでしたが、今の自分が間違っているとは……」
思いません――いつものようにそう言い切ろうとして、言葉に詰まった。
私の今までの生き方は、本当に間違っていなかったのだろうか?
「お母さん。お母さんはそれでいいかもしれませんが、望くんはもしかして、寂しいのかもしれませんよ?」
望が寂しがっている? うちが普通と違うから? あの子に父親がいないから?
わからない……どんな時も、自分で決めて、自分を信じて生きてきたのに……。
教師が私の前で何か話していた。だけどその声は、全く私の耳に入らない。
誰かに答えて欲しかった。私は間違っていないと、誰かに言って欲しかった。
その日の帰り、校舎の影で望を見つけた。望は地面にしゃがみこみ、自分の教科書やノートを必死に拾い集めていた。
「何やってるの?」
声をかけると、望は少し驚いた顔をしてから、すぐに笑顔を作って答えた。
「ランドセルの中身、ばら撒いちゃって……」
「バカね。何やってるのよ」
望と一緒に教科書を拾う。だけどその教科書には、子供の足跡がたくさんついていた。
「望」
「うん?」
望は私の手から教科書を受け取り、ランドセルの中にしまいこむ。
「何度も言うけど……嫌だったら、学校来なくてもいいからね」
私の言葉に望はにっこり微笑んだ。そしてランドセルを背負ってから、一言だけこうつぶやいた。
「慎一郎、早く帰ってこないかな……」
望の小さな背中が、私と同じように、助けを求めているようだった。