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 やがて夏が終わる頃、慎一郎から一通の手紙が届いた。

 封筒の中には、簡単に近況を報告したメモと、一枚の写真が入っていた。

「慎一郎、元気そうだね」

「うん、そうね」

 現地の子供たちと笑う慎一郎は、憎らしいほど生き生きしていた。私はぼんやりと、そんな慎一郎の笑顔を見つめる。

「お母さん、慎一郎に会いたいんじゃないの?」

 望が私の顔を覗き込んで言う。

「別に。会いたくても会いたくなくても、そのうち勝手に戻ってくるでしょ?」

「そうかな?」

 大人びた表情でつぶやいて、望が私の手から写真を取り上げる。


「お母さん、どうして慎一郎と結婚しなかったんだよ?」

 突然の質問に、私は一瞬息をのむ。

「慎一郎はずっと、お母さんのこと好きだったんじゃないのかなぁ。僕なんとなくそんな気がする」

「子供のくせに、知ったようなこと言わないの」

「僕、子供じゃないよ」

 望がじっと私を見つめる。私はあきらめて息を吐くと、テーブルに向かい合って座る望をまっすぐ見た。

「そうね。慎一郎と結婚してたら、もっと幸せになってたかも」

 煙草に手を伸ばしかけ、それを止める。数日前に望に注意され、禁煙を決意したはずなのに、その決意はあっさりと崩れ去りそうだ。

「でもそうなってたら、あんたは生まれなかったんだよ」

「うん。そうだね」

 わかりきったような顔でうなずく望。そして写真の中の慎一郎を、じっと見つめてつぶやいた。


「慎一郎は……戻ってくるかな?」

「え?」

「慎一郎だって、いつまでも振り向いてくれないお母さんに、付きまとってばかりもいられないってこと。もう二度と、ここには戻ってこないかもしれないよ?」

 望の言葉は意外だった。

 子供のくせにこんなことを言う望も意外だけど、それ以上に「慎一郎が戻ってこない」という可能性を、私は一度も考えたことがなかったのだ。

 小学生の頃から、慎一郎はいつも私のそばにいた。私のことを守るわけでも見捨てるわけでもなく、ただ私のそばにいた。

 だから私にとってそれは当たり前のことで、他の男と結婚しても、遠い異国の地に彼が旅立っても、変わらないはずと思い込んでいた。

 だけど……こんな私の考えは甘いのだ。確かに慎一郎が、いつまでも私のそばにいてくれる保障なんてない。

 そしてそれを、こんな幼い自分の息子に指摘されるなんて……私は情けない気持ちでいっぱいになると同時に、望のことを、自分と対等な人間としてみるようになっていた。


「戻ってこないと思う? 慎一郎は」

 私は望に聞いてみた。

「わからない。でもいつかそうなる可能性はあるでしょ?」

「そうね」

「外国に住み着いちゃうかもしれないし、戻ってきても、他の女の人と結婚しちゃうかもしれない」

 望があんまり真剣な顔をして言うので、私は思わず笑ってしまった。

「あんた、そんなことまで考えてたの?」

「そうだよ。だからお母さん、もっと自分に正直に生きたほうがいいよ」

「あんたって、本当に生意気な子」

 私の前で望が笑う。

 夏の終わりの風が、開け放した窓から吹き込んだ。

 笑い声が途絶えたあと、ふたりだけのこの部屋がどこか物足りなく感じたのは、望も同じだったかもしれない。

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