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「明日からアフリカに行ってくる」
夏休み前日の夜、突然やってきた慎一郎がそんなことを言った。
「アフリカ?」
「明日から?」
私と望は驚いて顔を見合わせる。
「うん。前から準備してたんだ。やっといろんな目途が立ったから」
慎一郎の仕事はフリーのカメラマンだ。今までも、オーロラの見える国から砂漠の国まで、世界中を回って撮影してきた。
でも日本にいる間、慎一郎が何をしていて、次に何をしようとしているのか、私は何も知らなかった。
「で、いつ帰ってくるの?」
「さあ……三ヶ月か、半年か……それとも一年か……」
「一年?」
「一年でも足りないくらいだよ。自分の目で見てみたいもの、この世界には、まだまだたくさんあるから」
慎一郎はそう言って笑った。
「いいなぁ、慎一郎は……いろんな国に旅できて」
望がそんな慎一郎を、憧れの眼差しで見つめている。
「お前もいつか連れて行ってやるよ」
「ホントに?」
望は心から嬉しそうに笑った。だけど私は笑えなかった。
慎一郎と離れ離れになることは今まで何度もあったのに、なぜか今夜は複雑な気分だ。
それがどうしてなのか、自分でも理解できなかったけれど。
「どうした、香世子。俺と別れるのがそんなに寂しい?」
「バカ言わないでよ。あんたみたいに口うるさい男、いないほうがせいせいする。一年でも十年でも行って来れば?」
「お母さん、そんなこと言っていいの?」
望がそう言って、ませた顔で私を見る。私はそんな望の頭を、こつんとこぶしで叩いた。
夏休みはあっという間に過ぎていった。
私は新作の小説を執筆することに没頭し、望は毎日本を読んだり、ひとりで図書館に通ったりしていた。
夕食を食べながらテレビを見て笑う望は、どこにでもいる普通の子供だったけど、この夏休み中、友達と遊ぶところを一度も見たことがなかった。
そんな望を慎一郎がどう思うかは知らないが、私は別にそれでもいいと思った。なぜなら私にも小学生時代、友達らしい友達はいなかったから。
毎日クラスメイトの話す、テレビやマンガの話題をくだらないと思い、遠くに飛び立つことばかり考えていた私は、きっと可愛くない子供だったはず。
だけどそれが悪いことだとは、今でも思っていない。
望も、自分の思うとおりに生きて欲しい。たとえそれが、人と違った生き方だとしても……。