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「先生はご結婚されないんですかぁ?」
以前取材された、私の記事が載った雑誌を持って、編集部の理紗がやってきた。
「結婚? もういいよ。一度したから」
「でも望くん、お父さんが欲しいとか言いません? それにほら、先生には彼氏がいらっしゃるし……」
「彼氏?」
「はい。さっき私がここに来る時、エレベーターの前で会いましたよ」
「ああ、慎一郎ね。あれは彼氏ではないけど」
パソコンに向かったままつぶやく。あと少しで完成する次回のエッセイを、理紗がいるうちに書き上げたい。
「ええ? 彼氏じゃないんですかぁ? あの人」
理紗は驚いた顔をして私を見ている。この子のこういう素直な表情が、私はけっこう好きだったりする。
「そうねぇ、慎一郎は彼氏ではないよね。親友っていうか……それともちょっと違う気がする」
「じゃあ何なんですか?」
理紗が身を乗り出すようにして聞いてくる。私はキーボードを打つ手を止め、少し考えた。
そういえば私にとって、慎一郎は何なのだろう……いつも何気なくそばにいて、いつの間にか離れていく。そして気がつくと、また私のそばにいる。
それはずっとずっと昔から……小学校の教室で、ふたりで空を見上げた、あの頃から……。
私が答えを出す前に、携帯の着信音が響いた。電話の相手は、望の担任教師だった。
「変わっていることが悪いことではないのです。ただ学校という場所では、ある程度の協調性が必要ですので……」
担任の若い男性教師は、私を学校に呼び出しておいて、困ったように頭をかく。
「望くんにももう少し、他の子供たちと合わせるという努力をしてもらいたいわけで……」
望はやはり、学校で浮いているらしい。
教師に反抗したり、授業をさぼったりするわけではない。
ただ何もかも悟ったような目をして、友達も寄せ付けない雰囲気の望は、指導する大人からすると、どうにもやりにくい子供のようだ。
慎一郎の言葉を思い出し、いじめはないのかと聞いたら、担任は少し首をかしげて、そういう事実は確認していないと答えた。
「つまり先生は、望の性格を変えろと?」
「いえ、望くんの個性もありますので、すべて変えろとは言っていませんが……」
「でも望の性格を変えないと、それは無理ですね。あの子の性格を変えさせてまで、私は学校に行かせようとは思いません」
「お母さん……」
担任がさらに困った顔をして私を見る。
この教師にとって少しばかり名の知れた、人と変わった人生を送っている私は、望と同様やりにくい人間なのかもしれない。
「お母さん、小学校は義務教育ですよ? 学校に行かせるかどうかは、お母さんが決めることではありません」
「わかっています。それは私が決めることではありません。望が決めることです」
私はそう言い捨てると、椅子から立ち上がった。担任が何も言わずに私を見上げる。
この親には何を言っても無駄だ……彼はそんな表情をしていた。
「望、あんた無理して学校行くことないよ?」
その日の夕方、望の作ったカレーライスを食べながら私が言った。
「慎一郎は逃げるなとか言ったけど、無理してまで学校に行くことはない」
私の言葉に望が笑う。
「僕、別に無理なんかしてないよ。あんまりいじめられて、ヤバくなったらちゃんと逃げるよ」
私は黙って望を見つめる。
「だけど僕自身が納得するまでは、ちゃんと学校に行く。先生も友達も、僕のことわかってくれないかもしれないけど」
「うん……でも私は、いつだってあんたの味方だからね」
にっこり微笑んで望は言った。
「慎一郎もね」
私はゆっくり視線を移し、窓の外を眺める。
薄暗くなった空の下、慎一郎はどこで何をしているのだろう……私の頭に、見慣れた慎一郎の笑顔がふとよぎった。




