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その夜、私は夢を見た。
夢の中の私はまだ幼い少女で、そうちょうど今の望ぐらいで、赤いランドセルを背負って堤防沿いの道を歩いていた。
「どけっ、香世子!」
後ろから来た男の子たちが、パンパンに膨らんだ給食袋で、私のランドセルを殴っていく。
「なにすんのよっ!」
「知ってるぞ! お前の父さん、悪いヤツなんだろ!」
私の父は昔から女癖が悪かった。
何度も浮気を繰り返しては母とよりを戻し、結局私のクラスの男の子の母親とできてしまい、その女と駆け落ちするように家を出て行った。
山と海に囲まれた、顔見知りだらけの小さな町。噂はすぐに広まって、私はその男の子から母親を奪った、悪い男の娘という理由で、いじめの標的にされていた。
「香世子の父さんは、ウワキモノのどうしようもない男だって、うちのお母さんが言ってたぞ!」
男子が私を囲んで、口々に悪口を並べる。でも私は絶対泣かなかった。だって私は少しも悪くないんだから。
「うるさい! あっち行ってよ!」
私は男子を追い払うように、給食袋を振り回す。
「偉そうにすんな! お前の父さん、泥棒のくせに!」
「慎一郎の母さんを、盗んだんだからな!」
道の真ん中で立ち尽くした。逃げ去ってゆく男の子たちの向こうに、黙って私を見つめる慎一郎の姿が見える。
私は唇をかみしめると、慎一郎から冷たく顔をそむけて、何事もなかったかのように歩き出した。
どんよりと曇った空の色。肌にべたつく潮の匂い。生ぬるい海風。
夢の中だとわかっているのに、胸がぎゅっと痛くなるほど、それはリアルに感じられた。
「お母さん、おはよう。学校行ってくるね」
殴られたようにガンガンする頭に、望の声が響いてくる。起きたいのに起き上がれない。自分のけだるい体がもどかしい。
「二日酔いだって? まったく、しょうがない母親だな」
「いいんだよ。いつものことだから」
望と慎一郎の話し声が聞こえて、パタパタと小さな足音が遠ざかってゆく。それと同時に窓辺のカーテンが勢いよく開き、私の布団は無理やりはぎ取られた。
「ほらっ、いい加減に起きろ!」
「ちょっと……もっと優しく起こせないの?」
「望がベーコンエッグ作ってくれたぞ。さすがだな、あいつは。だれかさんと違って」
慎一郎の声を聞き流しながら、ぼんやりと昨夜の記憶をたどり始める。
「ねぇ……私、昨日どこで寝たっけ?」
「リビングのソファー。ひとりでワイン空けて、勝手に酔いつぶれてるんだもんな。俺と望でベッドまで運んでやったんだぞ?」
そういえば、シャワーを浴びた記憶も、服を着替えた記憶もないのに、私はなぜかパジャマ姿だ。
「ああ、それは望が着せた。息子にそこまで世話かけるなよ」
慎一郎があきれたように言い残し、部屋を出て行く。
私はいつものように眼鏡を手に取り、自分の姿を鏡に映す。
几帳面な望らしく、第一ボタンまでしっかりと、ボタンが留められてあった。