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望は私が、二十一の時に産んだ子供だ。
その時私はまだ学生で、当時付き合っていた男との間に子供ができてしまった。
「できてしまった」というのは非常に望に失礼だけど、あれは本当に予定外の出来事だった。
だけど私は迷わず、産みたいと思った。
自分の胎内に、新しい命が芽生えたと知った瞬間、本能的にそう思ったのだ。
どうしても産みたいという私の意思に彼が負けて、ふたりはハタチで学生結婚をした。
それから私は大学に休学届けを出し、身重の体で出産費用を稼ぎ、望を産んだ。
夫も本業の学業以上にバイトに精を出し、贅沢はできなくても、私たちはなんとか食べていける程度の暮らしをしていた。
しかしハタチそこそこの男というのは、やっぱりまだ遊びたい盛りなんだろう。
やがて私と息子を養うだけの生活に疲れ果て、他の女に手を出したことがきっかけで、私たちはあっさり別れた。
望が初めての誕生日を迎える、少し前のことだった。
そしてそれとほとんど同時に、私は作家として世間に認められ始めたのだ。
「先生、子育てエッセイとか書いてみる気はありませんか?」
取材先へ行く途中、車で迎えに来てくれた出版社の新人、理紗が言った。
「ムリムリ、私子育てなんかしてないもの」
「そんなことないですよ。先生はこんなに忙しい仕事をされていて、お子さんにあまり手をかけてないようだけど、望くんはものすごくしっかり育ってる。つまり先生の育て方がいいんだと、編集部のみんなが言ってますよ」
それは私を買いかぶり過ぎだ。私は本当に、息子に何も手をかけていないのだから。
「あ、ここ、望くんの学校ですね」
私たちを乗せた車が、小学校の前を徐行しながら通る。
「ねぇ、理紗ちゃん? 三年生ぐらいの男の子って何が欲しいのかな。今日望の誕生日なんだけど、私何も用意してなくて」
私の言葉に、理紗が少し考えて答える。
「うちの甥っ子は……二年生なんですけど、ゲームとか好きですよ。クリスマスにはゲームのソフトをサンタさんにもらったとか」
「ゲームねぇ……うちの子、そういうのに全く興味ないみたい」
「そうですかぁ? じゃあスポーツとかは?」
「それも興味ない。一体あの子、何が欲しいんだろう。ケーキぐらいしか思い浮かばない」
理紗が笑った。私は小さくため息をついて、通り過ぎる小学校の校庭を見つめる。
休み時間なのか、校庭では色とりどりの服装をした子供たちが、元気に飛び回っている。だけどその中に、望の姿をイメージすることはできなかった。
あの子は小学生ながらどこか大人びていて、周りの子供たちから完全に浮いている気がするのだ。
それはまるで――幼い頃の私と同じように。
家に帰ると、望はダイニングテーブルで宿題をしていた。
「おかえりなさい、お母さん」
望がノートから顔を上げ、私に笑いかける。
「ただいま」
「コーヒー飲むでしょ? 僕、いれてあげるよ」
「ありがとう」
私が椅子に腰をおろすと同時に、望は立ち上がり、コーヒーの入った缶を手に取った。
我が息子ながら実によくできた子だ。心から感心する。
「ねぇ、望。今日慎一郎が来るって」
私の言葉に、望が嬉しそうに振り返る。
「ホント? 久しぶりだなぁ、慎一郎に会うの」
そう言って笑う望は、やっぱり小学生の顔だ。
「望、おめでとう。今日あんたの誕生日だったね」
「どうせ慎一郎に聞いたんだろ? お母さん」
私が苦笑いすると、望はませた表情に戻って、穏やかに微笑んだ。