12
翌朝目が覚めると、私の隣で慎一郎が眠っていた。そしてそんな彼に寄り添うようして、望も気持ちよさそうに眠っていた。
私は朝日を浴びたふたりの寝顔に、そっとキスする。それから勢いよく布団をはぎ取ってこう言った。
「いつまで寝てるの、あんたたち? もう朝食の時間よ!」
「え……どうしたの、お母さん。朝からすごい元気……」
望が目をこすりながら、不思議そうに私を見る。
「いいから早く起きなさい。ほら、慎一郎も!」
そう言って、慎一郎の枕を取り上げる。
「いってーなぁ……もっと優しく起こせないのかよ?」
望は布団の上に正座して、ニコニコ嬉しそうに慎一郎を見下ろす。
「ありがとう。来てくれたんだね? 慎一郎」
慎一郎は寝ぼけた顔で起き上がり、そして望の頭をくしゃくしゃっとなでた。
部屋に朝食が運ばれてきた。
夜遅くに飛び入りで宿泊することになった慎一郎の分も、宿の人が快く用意してくれて、私たちは三人一緒に「いただきます」を言う。
焼き魚に玉子焼き、温かい味噌汁とご飯。ありがちな朝食メニューが、なんて美味しいこと。
普段小食な望も、朝からご飯をおかわりしている。
私はそんな望に、昨日慎一郎に聞いた話をする。
「望も慎一郎と行きたい?」
望は少し考えて首を横に振った。
「僕は行かない。知らない国には興味あるけど、このまま逃げるのは、やっぱり嫌なんだ」
そしていつもの大人びた表情でこう続ける。
「慎一郎だって言ったよね? 逃げるだけじゃダメなんだって」
「うん。望はそう言うと思った」
慎一郎は納得したようにうなずいて、私を見た。私も慎一郎の顔を見つめ返す。
「お母さんは行ってきなよ。僕はひとりで大丈夫だから」
「冗談でしょ? こんな男と二人旅なんて、口うるさくて耐えられないよ」
「そんなこと言っていいの? お母さん」
望の言葉に慎一郎が笑って、そして言った。
「望。メシ食ったら風呂入ろうか?」
「うん! 男風呂にひとりで入るの、寂しかったんだ」
「こんなおばさんほっといて、男同士で行こうぜ」
誰がおばさんよ、と言い返そうとして、言葉に詰まる。ふたりの笑顔を見ていたら、なぜだか涙があふれそうになった。
ご飯をよそうふりをして、さりげなく目をそらす。
冗談を言い合う、慎一郎と望の声。ほっこりと湯気の立つ、温かな朝食。かすかに聞こえる波の音と、眩しい空。
泣きたくなったのは、別れがつらいからじゃない。
こんな穏やかな幸せがあるってことに、生まれて初めて気づいただけ……。
望の十歳の誕生会をした次の日、慎一郎はまた日本を旅立った。
「お母さん、本当に行かなくてよかったの?」
マンションの窓から空を見上げて、望が心配そうにつぶやく。
「行けるわけないじゃない。私にだって仕事があるもの」
「でも僕のせいで、行けなかったんじゃないの?」
私は笑って、望の頭をコツンと叩いた。
「子供はそんな心配しなくていいの!」
そしてそのまま、望の髪をぐしゃぐしゃとなでる。
「髪、伸びたねぇ。切ってあげようか?」
「遠慮しとく。お母さん、下手くそなんだもん」
望が私の腕からするりと抜けて、パタパタと走り去って行く。
私は望の背中から目をそらし、もう一度窓の外に視線を移す。
広い空は青く輝き、真っ白な飛行機雲が一筋、ただどこまでも伸びていた。




