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36色の色鉛筆

赤紫の華

作者: 仙崎無識

「色シリーズ」十一日目「赤紫の華」を加筆・修正した短編版です。

霧深い山々に囲まれた、天然の要塞を持つ天月(てんげつ)村。




この村には開村時から行われている謎の掟があった。



「7年に一度、赤紫(せきし)の花を璃劫(りごう)様に備えなければならない」




この村の初代村長:山中善哉(やまなかぜんさい)は、戦の難を逃れようとした農民や、逃散した荘園労働者、戦乱の世に飽いて出家したものや敗走した野武士などを連れて山奥のこの地に降り立った際に、この土地の守護神であり、万物の祖として崇め奉られる璃劫(りごう)と呼ばれる存在に「赤紫(せきし)の花」を供えると約束した。

その見返りとして、璃劫(りごう)は村に繁栄と安全を(もたら)す。



この話自体は村人ならば誰もが知っており、実際7年に一度「赤紫(せきし)祭」が行われている。


しかし、何が「赤紫の花」なのか、璃劫(りごう)とは何者なのか、それを知っているのは先祖代々村長を輩出している山中家の当主と、村の祭祀全般を司る守裡(かみうち)家の巫女だけだった。




厘燕(りえん)八年の凍月(いてつき)、村の会合で来年「赤紫(せきし)祭」が行われることが決定した。


村人たちは祭りの準備を分担し、来年の春、つまりは厘燕(りえん)九年の桜月(おうげつ)に向けて各方面での準備を始めた。



そんな中、山中家の現在の当主、山中良哉(やまなかりょうざい)と、守裡家の主巫女、守裡無刀(かみうちむと)が秘密裏に対談していた。



「・・・して、今回の「赤紫(せきし)の花」は、誰に決まったんだね?無刀(むと)



山中良哉(やまなかりょうざい)が、右手に羅板(らばん)(呪具の一種)、左手に晶杖(しょうじょう)(呪具の一種)を持つ若い女性、守裡無刀(かみうちむと)に話しかける。





「・・・言わずともぬしには分かっておろうに。・・・ぬしの三女、璃子(りこ)じゃ」


そんな様子の良哉(りょうざい)に、ため息を吐きながら返す無刀(むと)





良哉(りょうざいは)微かに痛みを堪えるような表情(かお)になりはしたが、それもすぐに消え、


「・・・分かった。璃子(りこ)に伝えてくるよ」


そう言って座を去ろうとした。






「・・・ちょっと待て。私がそれしきのことで呼び出すとでも?」



無刀(むと)の言葉に振り向く。



「・・・てっきり祭と「赤紫(せきし)の花」のことだけだと思っていたのだが」



そして良哉(りょうざい)は再び座に胡坐をかく。



「それくらいならば書状で送るはずじゃ」


無刀(むと)の言葉に、それもそうか、と思い直す良哉(りょうざい)





「・・・無槍(むそう)が帰ってくるらしい」



「!!」



その言葉に、良哉(りょうざい)は驚きを隠せない。



「・・・7年前に(わし)が追放処分を下した筈だが」


ぽつりと呟く良哉(りょうざい)に、羅板(らばん)晶杖(しょうじょう)で叩きながら無刀(むと)が言った。



「・・・来年の桃月(ももつき)にここに帰ってくると(うらない)に出た」


その言葉に焦りの色を隠せない良哉(りょうざい)


「・・・桃月(ももつき)って・・・桜月(おうげつ)の前の月ではないか!!」



なまじ無刀(むと)(うらない)が当たると知っている良哉(りょうざい)なだけあって、焦りは本格的なものとなっていた。


無刀(むと)無槍(むそう)の姉で、年齢こそ若いものの、その実力はどの年配の巫女にも劣らず、他村の戦乱から嵐や台風がいつ来るか、飢饉の前触れなどまでを尽く予想し、村人からも山中家からも全幅の信頼を寄せられているのである。


彼女がそう言ったのだ、無槍(むそう)が帰ってくるのは間違いない。


そんな考えに至り、良哉(りょうざい)は口を開いた。



「・・・妨害する手立ては、無いのか」


無槍(むそう)の実の姉に向かって言う言葉ではなかったが、良哉(りょうざい)には四の五の言っていられる余裕はなかった。











7年前、前の「赤紫(せきし)祭」において、「赤紫(せきし)の花」に選ばれたのは、守裡(かみうち)家の末女、守裡無矢(かみうちむや)だった。



赤紫(せきき)祭」では、「赤紫(せきし)の花」として、山中家の末女と守裡(かみうち)家の十歳を過ぎた末女が交互に選ばれる。


そのため、山中家も守裡(かみうち)家もたくさんの子を為し、また親類縁者も多く存在する。



選ばれた「赤紫(せきし)の花」は璃劫(りごう)の嫁となり、璃劫(りごう)の脱皮の手伝いをさせられる。




・・・・・・その過程で「赤紫(せきし)の花」は死ぬことになるが。



7年前、無槍(むそう)は自分の妹:無矢(むや)が見殺しにされるのを是としなかった。


無槍(むそう)の姉に勝るとも劣らない呪力と、祭に妨害が入ることを恐れた良哉(りょうざい)は、彼を天月(てんげつ)村から永久追放することを決定した。






「・・・帰郷を妨害する手立てはないが、葬り去る手はあるぞ」



ゆるりと笑む無刀(むと)の姿に、相談を持ちかけた良哉(りょうざい)が怯む。



「・・・「赤紫(せきし)祭」で、無槍(むそう)を「赤紫(せきし)の花」に同行させるのじゃ」



璃劫(りごう)天月(てんげつ)村の北、月影山(げつえいさん)に住んでいる。


赤紫(せきし)祭」の最後に、「赤紫(せきし)の花」は月影山(げつえいさん)に一人で登る。


それで祭は終了、ということになるのである。





「・・・・・・璃劫(りごう)様は男を嫌っておるからのう。きっと無槍(むそう)は八つ裂きにされるはずじゃ」




実の姉であるにもかかわらず、えげつないことを考え抜く無刀(むと)に、身震いした良哉(りょうざい)ではあったが、その案を実行することにした。






* * * * * *



厘燕(りえん)九年、桃月(ももつき)




無刀(むと)(うらない)通り、無槍(むそう)は帰ってきた。



7年前追放処分を下した時は14歳で、背も低く声も変わる途中だったが、7年経った今、無槍(むそう)は長身の美丈夫として村に帰ってきた。7年も経てば人は変わるのである。

尤も、人を食ったような性格と、人を超越した何者かのような雰囲気はまったく変わっていなかったが。






「・・・私を追放処分したのではありませんでしたか?村長」


帰ってくるなり、いきなり山中邸を訪れた無槍(むそう)に、山中家の者全員が驚いていたが、山中良哉(りょうざい)は驚くことなく彼を出迎えた。




「会合で帰郷を認めるか否かを発議した結果、賛成が多数を占めたのだ。・・・まあ、守裡無刀(かみうちむと)の推薦もあったことだしな」


何でもないように振る舞う良哉(りょうざい)を、無槍(むそう)は何か裏があるのだろうと思い、見ていた。



「・・・まあ、祭が終わればまた村を出ていきますがね」




* * * * * *



「・・・というわけで、来月の祭で無槍(むそう)、「赤紫(せきし)の花」に同伴して月影山(げつえいさん)に登ってくれ」



実の姉:無刀(むと)の話を熱心に聞いていた無槍(むそう)が、口を開く。




「・・・前の祭では、そんなことは無かったはずですが・・・」



「・・・山中良哉(りょうざい)の頼みでな」


無刀(むと)は普段話すときは年配の巫師のようになってはいるが、今は実弟の無槍(むそう)と二人だけだったので、年相応の話し方に変わっていた。



「分かっているとは思うが、「赤紫(せきし)の花」は山中家の末女である璃子(りこ)だ」



璃子(りこ)は、今年19になる美しい女性で、7年前まではよく無槍(むそう)無刀(むと)無矢(むや)と一緒に遊んでいた良い友人であった。

璃子(りこ)には年の近い兄弟姉妹が居らず、また村人からも山中家のお嬢様と言うことで敬遠されがちであったため、年の近い無槍(むそう)無刀(むと)無矢(むや)が数少ない友人であった。






「・・・姉さん」


無槍(むそう)の呼びかけに、うん、と頷く無刀(むと)






「・・・・・・璃子(りこ)は絶対、俺が救います」



「・・・もう無矢(むや)のような思いをする人間を増やさないためにも、ね」




これを持っていきな、と無刀(むと)は一振りの刀を無槍(むそう)に渡した。



「・・・私が特別の呪力を込めた魔武具の逸品だ。きっと璃劫(りごう)(はら)に届くはず」



青い刀身の美しい刀を受け取った無槍(むそう)は、深々と頭を下げた。



「・・・ありがとうございます」



「礼は「赤紫(せきし)祭」後に聞くよ」






* * * * * *




赤紫(せきし)祭」当日。


村人の家の戸口には赤紫色の花弁を模した色紙が貼られ、村の中心にある広場には美しく着飾った年頃の娘たちが踊りを披露していた。


村長の決定で7年前に追放された無槍(むそう)は、最初は村人から避けられがちではあったものの、村長から祭の締めを任されているということと、姉である無刀(むと)の口添えもあって、少なくとも挨拶や世間話程度は出来るようになっていた。


何より、村の外の様子を知っているということから、少なからず興味を持たれていたようだ。






昼間、「赤紫(せきし)祭」では村人の踊りや歌、演奏などが璃劫(りごう)に奉納され、日没とともに、赤紫色の花弁が村の畦道全てに敷き詰められる。


真夜中になると、篝火が焚かれ、「赤紫(せきし)の花」である璃子(りこ)が、無槍(むそう)と共に月影山(げつえいさん)に登って行った。






「・・・これで、良かったのだろうな」


良哉(りょうざい)が隣に立って二人を見送る無刀(むと)にぼそりと呟く。




「ああ、勿論じゃ」




* * * * * *



月影山(げつえいさん)は、真夜中ということもあって、幽玄を通り越して不気味であった。



山路ということもあって歩きにくいが、無槍(むそう)は難なく璃子(りこ)の手を取って歩いていく。




二人の目的地は山の中腹にある洞窟の中の祠であった。

本来ならば、「赤紫(せきし)の花」が一人で祈りの言葉を唱えていると、いつの間にか璃劫(りごう)が出てくる。



しかし、今回は勝手が違う。




一時間以上かけて中腹まで登り、洞窟の中に入ると、手順通り璃子(りこ)は祈りの言葉を唱え始めた。


その間、無槍(むそう)は一言二言呟き、何かの結界を張っていた。







暫くすると、何かが地を這いずる様な音が洞窟内に響き、璃子(りこ)の前にその何者かが姿を現した。




「・・・璃劫(りごう)様?」



璃子(りこ)の声に呼応するようにして、重低音が響く。



「・・・如何にも。して、其方の名は何と言う?」




「私は――――――――――」



璃子(りこ)が言いかけた途端、



「私は、貴方を滅ぼしに来ました」



無槍(むそう)の声が洞窟内に響く。



途端、祠に満ちるのは人ならざる者の持つ殺気。



「・・・そうか。守裡(かみうち)家の者が裏切ったのだな」



璃劫(りごう)が怒気を孕み、毒牙を剥き出しにして無槍(むそう)に襲い掛かる。



無槍(むそう)璃子(りこ)を結界の中に避難させると、姉の無刀(むとう)から預かった刀を手に取り、一息に璃劫(りごう)(はらわた)を斬り裂いた。



「――――――――――!!」




璃子(りこ)の声にならない悲鳴が響く。


それと同時に璃劫(りごう)の絶命の叫びが聞こえる。



そんなものにはお構いなく、無槍(むそう)璃劫(りごう)の肚の中に手を入れると、赤紫色の玉を取り出した。






* * * * * *



その頃、天月村では。



月影山(つきかげやま)の方角が急に光り輝きだしたことに、良哉(りょうざい)が驚いていた。



「!!・・・無刀(むと)、あれは成功したのか、それとも失敗したのか!!」



焦りと心配で慌てている良哉(りょうざい)



無刀(むと)はそれには答えずに、静かに良哉(りょうざい)を刀で刺した。



「!!な、なぜ・・・・・・」



刀で刺されたことによる驚きと痛みで顔を歪める良哉(りょうざい)





「・・・もう、こんな因習を終わらせたくなったのじゃ」



無槍(むそう)無矢(むや)のためにも、な




そう呟くと、無刀(むと)は刀の血振りをして、山中家に入って行った。




* * * * * *





夜が明けると、月影山(つきかげやま)から璃子(りこ)無槍(むそう)の二人が帰ってきた。





「・・・姉さん、「赤紫の華」、取ってきました」



「・・・ご苦労であった」



無槍(むそう)璃劫(りごう)の肚から取ってきた赤紫色の宝玉を無刀(むと)に渡す。




「これで、村の繁栄は約束されるだろうし、もう因習に悩まされることは無い。・・・あとは、日取りを選んで璃劫(りごう)を鎮めるための祠を作れば問題ないな」



「そうですね」



守裡姉弟が二人して頷く中、璃子がおずおずと切りだす。



「あの・・・助けていただいて、ありがとうございました」



華奢な手足を折りたたみ、可愛らしくお辞儀をする璃子に、



「ふふ・・・私は当然のことをしたまでよ。・・・今までできなかった分の罪滅ぼしも含めて、な」


まあ、それで許されるわけではないが。



そう言って皮肉めいた笑みを浮かべる無刀(むと)



「俺も、君を助けたかっただけだから、気にしなくていいよ」



無槍(むそう)はそう言って微笑んだ。











厘燕(りえん)十年、天月村は外界との接触を持つようになったと歴史書には記されている。

赤紫の花=生贄

赤紫の華=璃劫が持っていた宝玉。

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