見てるよ
嘘みたいな話なんだけどさ、聞いてくれよ。
こないだ、夜遅くに帰ったんだ。
まあ、いつものことだけど、閉店時間まで飲んでてさ。田舎の居酒屋なんて日付が変わる頃には閉店しちゃうからさ、それを良い目安にしてたんだよ。
で、まあ田舎だから、タクシーがつかまらないんだよ。
いつもは2、3台居るんだけどさ、その日は運が悪かったのかね。まあ歩いて、一時間くらいかかる距離なんだけど、酔いも醒めそうだし、徒歩で家まで帰る事にしたんだ。
昔は結構、徒歩で帰った事もあったんだよ。大学生の頃だけど、友達と話しながらなら苦じゃなかったんだよな。
でもさ、身体って変わるもんで、思ったより疲れるんだよこれが。
なまじ田舎って移動は車が基本だから、想像してたより鈍ってたんだな、俺の足腰は。
で、節電だよ。
こんな片田舎の何を節約するのか知らねえけどさ、街灯が消えてんだ。
信じられるか? 人通りの少ない道ほど、街灯がついてないんだ。
パチンコ屋や飲み屋が煌々とネオンを光らせてんのに、何が節電だって話だよ。
そういうわけでさ。俺は坂道を登らなきゃ家に帰れないんだが、その坂道が真っ暗なんだ。
街灯どころか、民家と民家の距離も広くて、塀や建物より木の方が多いんだ。
こう言う感覚、解るかな。
道路はしっかり舗装されてんだけどさ、森や林ばっかりの景色で、腐った落ち葉なんかが散らばってて、それが逆に怖いんだ。
あぜ道だって怖いけどさ、中途半端に人の手が加えられてる所が、怖いんだ。
で、延々と木しか見えないアスファルトの道を歩いて行くとさ、やっと建物が見えてくるんだよ。
でも、安心はできない。
なんでって、そこが廃墟だからだよ。廃病院ってやつだ。
こんな田舎でさ、医者なんか生命線だから大事にしろって話だよ。
なのに、街に大きな病院が出来たら、中途半端な規模の病院はすぐ潰れちまったわけ。
逆に小さい町医者なら、常連が支えてくれたんだけどさ、この病院は本当に中途半端だったんだな。
最先端なわけでもなく、ただデカいだけで、市民の人気も悪かった。
そりゃ潰れるわな。
まあ、ほんと不気味なんだよ。
廃病院なんて不気味に決まってんだけどさ、病院以外はほんと、木々しか見えない状態でさ、余計に不気味。
森の中にいきなり、でかい無人の廃墟が現れるんだもん、そりゃ怖いさ。
でも俺だって大人だぜ。不気味だとは思ったけどさ、だからって引き返したりしないよ。
堂々と前を横切ってやったさ。
そしたら、なんか光ってんだ。
いや、なんかっていうか、まあ、窓に明りがついてるんだよな。
三階だったかな、違ったかもしれないけど、だいたいそのくらいの高さ。
で、ビビったんだよ。
あたりまえだよ。「えっ、電気通ってんのかよ?」って、まあズレてるっちゃズレた感想だけどさ、そうなるわな。
まあ、ヤバいに決まってるけどさ。大人って変なとこ理性が働いちゃうんだよな。
もしかして躯体を再利用したい業者でも来て、点検してるんじゃないか、とか考えてみたりさ。
地元の学生が忍びこんで遊んでんじゃないか、とかさ。
んなわけねえよな、馬鹿かっての。
でもよ、大人って怖いぞ。「ありえないこと」は絶対に認めねえんだ。
だからさ、無理やりにでも「自分の考えすぎ」って方向に持ってくんだよ。
科学の世の中だ、不思議な事なんかあるわけない。
オカルトなんかあるわけない、って思い込もうとするんだ。
俺もそう思った。
……そうすると、確認したくなるんだ。
自分の取り越し苦労をさ、怖がり過ぎただけだって、確認したくなるんだよ。
もちろん、病院に入る度胸なんかないから、そんな事はしないけどさ。
あ、言い忘れてたけど、俺、船に乗る職業なんだよ。
その日は仕事帰りだし、仕事用の鞄も持ったままでさ。
だから、持ってたんだよな、双眼鏡。
やめとけば良いのにさ。
覗いちまうんだよな、人間って。
ヤバいと思うほど、やってしまうもんなんだな。
ピントを弄ってさ、暗いから苦労したけど……大まかな方向は解ってたからさ。
すぐだったよ、窓を覗けたのは。
なんて言えば良いのか……。
……子供。
……真っ赤な子供が、窓に張り付いてんだ。
もうその時点で普通じゃないだろ。
すぐに逃げればいいと思うだろ。
そうするべきだったんだけどさ、目が離せないんだよ。
俺、訳が解らないのに、じっ……とそいつを見ちゃうんだよ。
腕が細くてさ。
そんで、髪の毛……は、無かった筈だ。
やたら首も手足も長くて、なんか、動いてるんだよ。
最初は、窓が光ってるんだと思ったんだけど、それも違うんだ。
なんか、周りは暗いんだけど、そいつの赤い身体だけは……くっきり、見えるんだ。
でも、一番、不味いとおもったのは、顔だな。
目がぎょろっ……としてて、それで、何が可笑しいんだか、笑顔なんだ。
おかしいんだよ、絶対。
人間の目があんなにデカイわけ、ねえもん。
それこそ、船の上で見る、魚の目のほうが近い。
その、まあ、見ちゃうだろ。
そんなの、一回見たら……目を離せないだろ。
兎に角、そいつの目を見ちゃうんだよ。
でも、少しして気付いたんだ。
俺、ずっとそいつの目ばっかり見てた。
あの、魚みたいな目を、ずっと。
でも、でもよ。
それ、俺と目があってる……って、ことじゃねえか。
だから、気付いた瞬間、全力で逃げた。
家に着いた時にはもう、どう走ったのか覚えてないけどさ、ほんと、ビビったんだよ。
幸い、無事に辿りつけたけどさ……。
俺が双眼鏡を覗いた時にはさ、もう、あいつのギョロっとした目玉がこっちを向いてたんだ。
つまりそれって、あいつ、ずっと俺の事を見てたって……ことに、なるよな。
まあ、だからなんだって話なんだ。
べつに危害を加えられたわけじゃないし。
その後もこうやって、人に話すような余裕もあるわけでさ。
平和なもんだよ。
そりゃ、もうあの道は通れないけどな。
ま、つまらない話だよ。
ただ、人間……その、余計なもんは、見ないに越した事はない、って話だ。
社会でも、人間関係でもさ、無理に見ない方が良いんだよ。
じゃなきゃ、絶対に後悔するから。
今、窓の外、見ない方が良いぞ。