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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
そのもの人に非ざれば
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3 現場検証


 その日は特に事件もなく、夕暮れにはリーファも城へ帰ることが出来た。

「ふいー、今日も良く働きました、っと」

 本部の名札を掛け替え、帰路につく。疲れている上に空腹でもあったが、フィアナも待っているだろうし、先に厨房の調査を片付けてしまおうと決めて、館の裏口へと回る。

 夕食の支度で活気に満ちた厨房に一歩入った途端、リーファは力が抜けて床に懐きそうになった。

 邪魔にならない隅の調理台で、いまだ国王陛下がねばっておわしたのである。冴えない顔で、どこか上の空に、何かの生地を麺棒で伸ばしている。

(パンだかパイだか知らねえが、一緒にこんがり焼かれちまえ)

 想像の中でシンハを窯に蹴り込み、鬱憤を晴らす。さっきよりさらに疲れた気分で、リーファはのそのそ熊のようにそちらへ歩いていった。

「お帰り」

 シンハが短く声をかける。リーファは返事代わりに、ばしっと勢いよく背中を叩いてやった。

「人が真面目に仕事して、合間にお遣いまでしてやったってのに、何やってんだおまえは。ロトが許しても、オレが絞めるぞ」

「早まるな、俺だって昼間はきちんと仕事を片付けたぞ。その様子からして、やっぱり手に入らなかったか」

「残念ながらね。品物自体がないから、金を出されても無理だってさ。ジャムなら少しは在庫があるって言ってた。けどその前に、犯人を捕まえたらスグリを取り戻せるかも知れないと思ってさ。保冷庫って、あれかい」

 北側の壁際に据え付けられた、人ひとりが入れそうな金属の箱を指差す。見える面すべてに魔術の紋様が描かれているので、知らない者は宝箱か、あるいは呪いのかかった棺とでも勘違いしそうだ。

 ああ、とシンハがうなずいたので、リーファはふむと近寄って観察した。

「鍵をかけられるみたいだけど……これかな?」

 天板の上にちょこんと載せられていた南京錠を取る。ごく単純なものだ。道具を使えば力任せに掛け金ごと引きちぎれなくもないが、そうした痕跡はない。南京錠を手の中で転がして鍵穴を観察すると、妙なへこみがあるのに気が付いた。

 こじ開けようとした跡にも見えるが、むしろ鍵穴よりもずっと大きな鍵を、無理やりねじ込もうとしたかのようだ。はてな、とリーファは首を傾げる。

「これの鍵はどこだい? 夜の間は施錠してるんだろ、誰が管理してるんだ?」

 忙しく走り回る下働きをひらりひらりとかわしながら、リーファはシンハのところに戻った。シンハは生地をまとめてボウルに入れ、濡れ布巾をかぶせて落ち着かせると、エプロンで手を拭きながらすたすたと別の壁際へ歩いていった。そして、ひょいと背伸びして横木の上に手を伸ばし、隠してあった鍵束を取る。

「ここだ」

 投げて寄越されたそれを、リーファは呆れながら受け止めた。

「なんだよ、えらく杜撰な管理だな」

 恐らくあれこれの錠前をつけたばかりの頃は、鍵の管理も厳格だったのだろう。だが日常的に使うものはどうしても、手順が簡略化され、いつの間にかすっかり警戒が緩みきってしまう。リーファも空き巣狙いをしていた頃は、この手の杜撰さによく付け入らせて貰ったものだ。

「銀食器とか盗まれても知らねえぞ」

 鍵を一本一本確かめながら忠告する。シンハが戻ってきて苦笑した。

「いくらなんでもそんな重要な鍵は別にしてある。そこにあるのは、薪小屋だの保冷庫だの、すぐそこの根菜蔵だの、雑多なものだけだ。毎日使うし、盗まれて困るほどの物は入ってないからな」

「今まさに困ってんじゃねえかよ」

 容赦なく突っ込んで、リーファは一本の鍵を取り上げた。見るからに南京錠には大きすぎる鍵だが、先端を押し当ててみると、へこみにぴったりだった。

「ふーむ?」

 鍵と錠を両手に持ち、首を傾げて考える。普通の盗人なら、試してみようとも思わない組み合わせだ。たとえ暗がりで手探りしたのだとしても、へこみがつくまで力任せに押し込もうとはしない。

(まさか、子供か……?)

 脳裏にふと、幼い子供の姿が浮かんだ。組み合わせの違うものを、意地になってぎゅうぎゅう押し込もうとする子供。別のものを試すという発想がすぐに出てこないほどの幼さ。しかしそんな子供は城内にはいない。第一、子供の力ではへこむまい。

 では誰が? 難しい顔でもう一度南京錠を見る。と、

「どう、何か分かった?」

 柔らかい声が問うた。顔を上げると、いつの間にかフィアナがそばに立っていた。

「いや、よく分かんねえな」リーファは正直に答えて首を振った。「フィアナはどうだい? 何か、魔術が使われたみたいだとか、入ってきてピンと来なかったか?」

「いいえ、それは何も。だって陛下がずっとここにいらしたわけでしょう。太陽神の力が強すぎて、痕跡があったとしてもすっかり消されてしまっているわ。少なくとも、何の道具もなしに感知できる範囲ではね」

「聞いたかシンハ」

 邪魔しやがって反省しろ、とリーファは当人を睨む。シンハは不本意げな顔をしたものの、反論はせず、黙って布巾をめくって生地を見つめた。太陽神の力が強いのは自分のせいではないが、厨房にいたことについては言い訳出来ない。そのぐらいは自覚しているようだ。

 リーファはにやりとしてから、フィアナに向かって訊いた。

「それじゃ調べるにしても、準備が要るかな。とりあえず夕食が終わって厨房が空くまで待つかい? たまにはうちで一緒に晩飯にするのも悪くないだろ」

「セス伯父様とご一緒したいのは山々なんだけど、実を言うと、学院から抜け出して来てるの。実験が終わらなくて……今はちょうど待ち時間が出来たから」

「そうなのか。悪いな、忙しいのに無理言って」

「いいの。言ったでしょ、私も気になっちゃったんだから。さてと、それで、魔術の痕跡だけど。簡単な検出だけなら、今すぐにでも皆さんの邪魔をせずに出来るから、大丈夫よ。姉さん、ちょっとユエを貸してくれる?」

 フィアナは笑うと、リーファに必要な命令を教えて復唱させ、光の使霊を自分の手元に呼び寄せた。

 波打つ金髪に柔らかな光が反射し、元から姫君めいた容貌が、さらに神々しさを纏う。その姿に気を取られた下働きがつまずいて転び、料理長に雷を落とされたが、騒ぎも彼女の集中を乱さなかった。両手の間に光球を漂わせ、目を伏せて、一心に長い呪文を唱えている。

 詠唱が終わった瞬間、光球がぶるっと震えるや否や、無数の欠片となって飛び散った。

「わっ!」

 思わずリーファは声を上げる。光の粉が生き物のように厨房じゅうに広がり、チカチカ瞬いた。夕食の準備も一時停止である。

 やがて光は瞬きながらゆっくり降下し、すうっと消えた。リーファがフィアナを振り返った時には、光の使霊はもとの柔らかく丸い姿に戻っていた。

 だが、空中には微かに様々な軌跡が現れていた。水で描いた模様に金粉を振ったように、うっすらと、細く、不規則に脈動しながら漂っている。フィアナは真剣な目でそれをじっと見つめて、口の中で小さくつぶやきながら痕跡を読み取っていた。

 ややあって彼女は顔を下ろし、ふうっと深い息をついた。

「どうだった?」

 リーファは恐る恐る声をかける。考え事の邪魔をすると、この義従妹が時々とんでもなく冷酷になるのを知っているもので、いかに親しき仲とは言っても油断出来ないのだ。

 幸いフィアナは考察を終えていたようで、普段通りの表情で振り向き、小首を傾げながら答えた。

「とりあえず、ユエを返すわね。一応、微かにだけど、痕跡が見付かったわ」

「魔術が関係してるってことか?」

「ええ、まさに。何か些細な術を使っただけなら、太陽神の力に完全に消されてしまっていたでしょうけど、それなりにしっかりした力をもった魔術的な存在がここにいたから、痕跡が残っていたの」

「……えーと、悪い、オレにも分かるように説明して……」

 情けない顔になってリーファがお願いする。その横で、シンハが「まさか」と顔をしかめた。

「使霊の仕業か」

「ほぼ間違いなくそうだと思います。生命神の力の痕跡がありましたから、人の姿をした使霊でしょう。それなら、込み入った仕事も出来ます」

 保冷庫の鍵を開けて中の物を持ち出し、代わりに銀貨を置いてくる――といったような。

 言葉にしないまでも、フィアナの言わんとするところは分かる。リーファはシンハと顔を見合わせ、ますます分からなくなったとばかりに眉を寄せた。

「魔術師がなんでスグリなんか欲しがるんだ?」

「俺が知るか。しかし参ったな、使霊の仕業となったら、持ち出した先はこの王都の外ということもあり得る。人間の行動範囲とは桁違いだからな。到底、魔術師の所在を絞り込めないぞ」

 国王陛下、既にすっかり弱気であらせられる。リーファは両手を広げてお手上げの仕草をした。

「オレだってそこまで付き合えねーよ。フィアナだって暇じゃねえし。潔く諦めな」

「…………はあぁ……」

「なんだよもう、鬱陶しいな! スグリぐらいで、何そんなにムキになってんだよ」

「今年こそと思ったんだがなぁ……」

「何がだよ。確か去年も、黒スグリのお菓子作ってただろ? 忘れたのかよ」

 いささか大袈裟なほどシンハが落ち込むので、リーファは慰めるよりも呆れてしまい、つっけんどんな対応をする。フィアナが同情的に苦笑した。

「明日もう一度、厨房が空いている時間に来て、実行犯の使霊を呼び出せないか試してみます。姉さんも、協力してくれる?」

「フィアナは優しいなぁ。姉ちゃん泣けてきたよ」

 リーファはわざとらしく涙を拭う真似をしてから、ころっと表情を変えてシンハに向き直った。

「つーことで明日オレ、どこかと休み入れ替えて貰うけど、おまえの用事だって言うからな。苦情が来たらおまえが処理しろよ」

「そこまで無理をしなくていい」

 流石にシンハは渋面になって止めた。

「俺の評判はともかく、ディナルがおまえの評価を下げたら困るだろうが」

「そんなに下がらねえよ。どうせ厨房の空き時間って、昼過ぎからしばらくだけだろ? 丸一日じゃないから融通も利くし、ディナルのおっさんに怒られるのはもう慣れっこだよ」

 うっかり笑ってそんなことを言ったもので、二人から同時に突っ込まれるはめになった。

「それもどうかと思うわ……」

「慣れたらまずいだろう」

 わりと真剣に職場環境を心配されているのが分かってしまい、リーファは返す言葉もなく、ごまかすように首を竦めたのだった。


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