表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
番外短編(20歳の年内)
43/43

幾つになっても

『黙す人々』の後、年内の冬の話。


 非番だから何か手伝うよ、とリーファが殊勝な申し出をしてきたのは、一段と厳しく冷え込んだ日のこと。なるほど少しでも暖かい部屋に居座るつもりだな、とロトは内心苦笑しつつ、書類整理の手伝いを頼んだ。

 雑多な文書を分類して日付順に並べ直し、穴を開けて紐を通す。それだけの作業だが、他の重要な仕事に追われて細々したことを後回しにしていた分、結構な量が溜まっていた。

「そう言えばさ、ロト」

 ぷす、と千枚通しで穴を開けながら、リーファがふと思い出した風情で、向かい合って座るロトに話しかけた。

「あんた、シンハの前……っていうか仕事中は『私』なのに、オレに話す時は『僕』って言うよな?」

「あ、うん。それが何か?」

 ロトはぎくりと身を固くする。リーファは目をしばたいた。

「珍しいよな? 男だと普通『俺』だろ? セレムみたいにずっと『私』って奴もいるけど」

「……子供っぽいと、思うかい」

 ロトは少し不安そうに、苦い声で問うた。慌ててリーファは首を振る。

「そうじゃねえよ! 別に、オレはいいと思うけど。お上品、いや、ええと違う、謙虚な感じがするからさ。『俺』ってやっぱり偉そうだし。オレが言うなって話だけど」

 自分で突っ込みを入れ、リーファはおどけて肩を竦める。ロトがほっと笑みをこぼした。

「そう言って貰えて良かった。普段は特に意識しなくても『私』を使っているんだけどね。でも、安心するとつい……」

 思わず正直なところを口にしてしまい、自分で驚いて言葉を飲み込む。赤面した彼の心情を、リーファはごく素直に解釈した。

「あはは、いいじゃんか、そのぐらい。オレ相手にまできっちりかっちりしてたら、肩凝ってしょうがねえだろ。けど、あんた、ずっと『僕』なのかい? 『俺』って言ってた時期もなしで?」

「ああ……うん。いや、少しはあったよ」

 気持ちちょっぴりうなだれるロト。まあ、いつもの事だ。手を休めると、彼はふと過去をさまよう目になった。

「僕に姉がいるのは、前に言ったね。今でこそ落ち着いているけど、昔はかなりの……暴君だったんだ。その姉が、弟の僕が『俺』と言うのを嫌がったんだよ」

「弟の分際で生意気だ! って?」

 リーファが笑って茶々を入れる。ロトは苦笑まじりにうなずいた。

「そう。……ただ僕も、同じ年頃の友達にからかわれていたから、それが嫌で、姉に反発してわざと『俺』を使ったんだ。その度に殴られてね。子供の頃の二、三歳の差は大きいから、ずっと僕が泣かされてたんだけど」

「ぶっっ」

 思わず失笑したリーファに、ロトも一緒になって小さく笑う。だがその表情は、どこか寂しそうだった。あれ、とリーファが気付いて真顔になると、彼も笑いを消して、つぶやくように続けた。

「十二歳ぐらい……だったかな。流石にその頃には、僕と姉の差も縮まっていて、とうとう我慢できなくなった僕は、姉を殴り返したんだ。もちろんそれまでにも、取っ組み合いの喧嘩をしたことはあったけどね。でもそれはうんと小さい時の話で、その時の喧嘩は……だいぶ、性質が違った。……姉が、よろけて倒れて、ものすごく怯えた風に泣き出したんだ。びっくりしたよ」

「あー……」

 情景が想像できて、リーファは曖昧な声を漏らした。ずっと年下の安全なチビ助だと思っていた弟が、自分より強くなりつつある。殴られた痛みに加えて、その事実がひどく衝撃だったのだろう。

「もしかして、お姉さん、男どもにいじめられてたんじゃないかい?」

「ご明察。後で父が僕を諭しながら、教えてくれたよ。あの年頃だからね、女の子に向き合う態度が作れずに、いじめる事しか出来ないのが大勢いたわけで……姉はそういう連中のせいで、僕らが想像もしないほど深く傷ついていたらしい。おまえはそういう馬鹿と同じにはなるな、と戒められたんだ。何より僕自身、姉の態度がかなり堪えていたから、それ以降はずっと『僕』で通して……、リー? なんだい、その顔」

 気付くとリーファは両手で頬杖をつき、笑いを堪える顔つきでこちらをじっと見ている。それも、単に愉快というのでなく、なんと言うか……面白がるような、それでいてどこか甘ったるいような、不可解な笑いを。

 ロトは流石に気味悪くなってたじろいだ。と、リーファがにんまり目尻を下げて一言。

「いやぁ……かぁわいいなぁ~、と思って」

「はあッ!?」

 予想外の感想をぶつけられ、ロトは頓狂な声を上げる。次いで、瞬く間に耳まで真っ赤になった。

「か、かわっ……、って、君は、何を」

「いいよなー、ロトの姉さん、こーんな可愛い弟がいてさー。羨ましいぃ~」

「リー! からかわないでくれ!」

「えー。からかってねえよー、真面目、真面目」

「だったらなお悪い!! 僕は君より五つ年上で、男で、上級近衛兵なんだぞ!? 君に、か、かわっ……可愛がられる立場じゃない!!」

「堅いこと言うなよ。別に、馬鹿にしてるわけじゃねえんだから。男でも可愛げって大事だぜ? どっかの王様みたく、ひねくれて可愛げの欠片もないよりは、よっぽどいいよ」

「大きなお世話だ」

 突然割り込んだ声に、二人はびっくりして戸口を振り返る。話に夢中で全く気付いていなかったが、いつの間にか、黒髪の国王陛下が開けっ放しの扉に軽くもたれ、呆れ顔をしていた。

「何を熱心に議論しているのかと思えば、まったく……。遊んでいるのなら、大事な秘書官を返してくれ」

「遊んでねえし、独り占めもしてねえよ」

 心外な、とリーファは抗議の声を上げ、ほら仕事してるだろ、とばかり書類を振って見せる。だがシンハは眉を上げただけで、すげなくそれを却下した。ロトは助かったようながっかりしたような、複雑な気分で立ち上がる。

「分かりました、陛下の執務室に参りましょう。リー、手伝ってくれてありがとう。あとはまた時間を見つけて僕がやるから、そのまま置いといてくれるかい」

「え、もういいのか?……そっか。じゃあ仕方ないや、厨房にでも行ってあったけえ場所探してくる」

 リーファは名残惜しげにしつつも、すぐに次の狙いを定めて動き出した。持っていた書類を片付け、じゃっ、と手を上げてそそくさと急ぎ足に出て行く。それを見送ったロトは、がくりと頭を垂れた。

 なんだ、やっぱり本当に暖を取りに来ただけか……。

 思わずため息がこぼれた。と、落ちたままの頭に、ぽんと手が載せられる。久しぶりに、それはもう数年ぶりに、くしゃりと頭を撫でられて。

「……陛下まで、可愛いだとか言い出さないで下さいよ……」

 余計に沈んだロトの声に、シンハは咳払いで返事をごまかしたのだった。



(終)

以上でリーファが20歳の年の話はおしまいです。

お付き合い下さり、ありがとうございました。

21歳の話には長編があり人物模様も大きく変化するので、4期に分けます。

楽しく読まれたなら一言なりともご感想をお聞かせ下さい。

(匿名が良ければ拍手から送れます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うんうん。 読んで良かった満足。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ