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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
番外短編(20歳の年内)
42/43

言葉じゃ勝てない(後)


「人となりが少し分かってからは、あの威圧感もあまり気にならなくなったよ。それよりも、多分こう言いたいんだろうに、なんでそんな言い方しか出来ないのかなあ、って、そっちばかり気になってね。しばらく、僕が通訳係みたいな感じだった」

「あっはっは、それ、シンハの奴、困っただろ! いちいち本音を暴露されたんじゃ、あいつ、めちゃくちゃ照れたんじゃないか?」

「それが面白くて通訳してたことは認めるよ」

 大笑いしたリーファに、ロトもにやっとする。が、すぐに彼はその笑みを消して、小さなため息をついた。

「……けど、まさか最後で仕返しされるとは思わなかったなぁ」

「仕返し? あいつが?」

「うん。色々あって、シンハ様が英雄扱いで凱旋した後、王位継承者として認められた時にね。流石に僕も、それまでの非礼をお詫びしようとしたんだよ。で、お祝いを言って、あとは……まあ、普通の市民の暮らしに戻るつもりだった。僕らの隊長さんは、やっぱり只者じゃなかったんだ、って悟ってね。ところが、あの人は」


 王位継承者として認めたのはクソ親父だけで、貴族の中には相変わらず敵がうじゃうじゃいる。そんな所に、俺一人で乗り込めと?

 俺の敵はおまえの敵で、一緒に戦ってくれるんだろう?


「若気の至りの勢い任せな発言を、聞いた時は自分も照れたくせに、きっちりしっかり引用してくれたんだよ」

 しかも、それまで見せなかった、実に良い笑顔で。

 反則だ、と思った時にはもう、両肩をしっかり掴まれていた。

「――で、今に至る、と」

 リーファはもう草の上にひっくり返って、息も絶え絶えに笑っている。

 しばらくかかってようやく呼吸が落ち着くと、目の端に浮かんだ涙を拭いながら、ああ笑った笑った、と起き上がった。

「あいつらしいや。結局そうやって、人を味方につけちまうんだよな。……しっかし、かかんねえなあ、魚」

 ごそごそ水辺に這い寄り、魚影を探して覗き込む。ロトも竿を置いて、そばまでやってきた。

「いないわけじゃないんだけどね。まあ、本気で釣りたいわけじゃないし。今日は諦めよう」

「でも折角来たんだから、なんか土産を持って帰りたいなぁ」

 誰に、とは、言うまでもない。ロトはちょっと思案してから、ふと左右を見渡した。

「それなら、あそこに黒苺があるから、あれを摘んで帰ったらどうだい」

「え、いいのか?」

「いいって、何が」

「いや、苺の藪には気がついてたんだけどさ、ほら、いかにも『これでお菓子作って』って感じになりそうだろ。そしたらまたあんたが怒るんじゃないかと」

「……僕はそんなに始終怒ってるかな」

「あんたが怒ってるってより、シンハが怒らせてんだろ。あんたが構わないんなら、摘んで帰ろう。ちょうど手桶もあるし」

 リーファは笑い、予定では魚を入れるはずだった桶を持って歩き出す。ロトも一緒にやってきて、さり気なく桶を引き取った。リーファはそれに気付かず、最初の苺を摘んでほいと入れる。

「なんか今日はいろいろ面白い話を聞けて、得した気分だね」

「結局、陛下の話ばかりしたような気もするけど」

 ロトが苦笑しながら、横でひとつ摘んだ。そして、黒い果実を手に持ったまま、しばしじっと動きを止める。リーファがそれに気付いて怪訝な顔をすると、ロトは小さく首を振って、なんでもない、とごまかした。

 流石に引かれるだろう。ここで手ずから食べさせてやろうなどとした日には。

(まったく、何を考えてるんだ僕は)

 一人で赤くなっているのが恥ずかしくて、苺だけを見つめてぷちぷち採り続ける。横でリーファが早速ひとつ口にいれ、「おっ、甘い」などと嬉しそうな声を上げた。

 良かったね、と言おうとして顔を上げたところへ、リーファの指が伸びてきた。驚きで少し開いた唇に、苺が軽く押し当てられる。

「ロトも食べてみなよ」

 実に全く無邪気かつ自然な笑顔で、当たり前のように言う。

 ちょっと待て! 君は自分が何をやっているか自覚があるのか、ないのかないんだろうなでなきゃこんな事するはずがっていうかこれはなんだ役得なのか新手の拷問か!

 ものすごい勢いで言葉がぐるぐる回る。だが何か言おうとしたところへ、苺を押し込まれてしまった。仕方なく、言葉ごと口の中に引っ込めて、噛み潰して、飲み下す。

「な、すっげー甘いだろ!」

「…………そうだね」

 実のところ、味などまったく分からなかったが。それよりも、唇に触れた指先の感触のほうが、はるかに強烈で。

「シンハの奴、どんなお菓子にしてくれっかなー。やっぱタルトかな。パイにしても美味そうだよな。楽しみだなー」

「……………そう、だね…………」

 うきうき喜んでいるリーファの横で、ロトは苺の藪に突っ伏したくなるのを懸命に堪えていたのだった。

(ああもう、なんだって僕のまわりにはこんな人ばかりなんだ)

 言葉を戦わせたら勝てるのは分かっているのに、言葉以前のところで、どうしたって敵わない。

(昔さんざん家族や教授たちを言い負かしてきた、罰かなぁ……)

 だったら神様、充分反省しましたそろそろ勘弁して下さい。でないと、心臓がもちません。

 思わずロトはため息をこぼしたが、ちょうどその時リーファは茂みの下の方に屈んだので、聞いていなかった。そして、立ち上がってにっこりと善意の笑顔ひとつ。

「これ、よく熟してるからさっきのより甘いんじゃないかな。なんかさっき、いまいちみたいな反応だったし。口直しにどーぞ」

「…………」

 殺される。

 そんな言葉がちらと胸をよぎった。


 微妙に疲れた様子のロトと上機嫌のリーファは揃って帰城すると、まずは苺を置きに厨房へ向かった。

 そこにいたのは、まあ想定の範囲内というかお約束というか、いわずと知れた国王陛下である。もはや礼装よりしっくり馴染んだリネンのエプロン姿で、なにやら生地をこねている。

「へ い か」

 手桶いっぱいの苺より黒い瘴気が秘書官を取り巻いた。両手に小麦粉をつけたままのシンハは、ぎくっとなって身構える。

「は、早かったなロト。折角なんだから、もっとゆっくりしてくれば」

「確か『一人で考えたい事があるから』とおっしゃったんですよね? 私の記憶違いですか。それとも、考えたかったのが新作料理のレシピだとかおっしゃるのではないでしょうね? もしそうだと言うならそこの生地ごと窯に放り込んでこんがり焼き上げて差し上げますが」

「…………」

 否定も出来ずに後じさり、麺棒を取って防御するシンハ。情けない。ロトは容赦なく、険しい顔で詰め寄った。

「考え事の結論は出たんですか? いったい何を作るおつもりですか。是非とも、私にもお聞かせ頂きたいものですね」

「いや、その、これは……」

「大体、あなたがそうやってごまかそうとする時は、ろくでもない事についてとんでもない結論を出したものと決まっているんです!」

 憤慨と共に断定されて、シンハが首を竦める。はたで聞いていたリーファは目をぱちくりさせた。

 短い沈黙の後、シンハが軽く手をあげて降参した。

「もちろん、後でおまえにも相談する。最初からそのつもりだ」

「どうですかね」ロトは苦々しく唸った。「あなたは時々、一人でなんでも片付けようとして周囲を置き去りにするんですから。……着替えて仕事に戻ります。陛下はパンでもパイでも気が済むまでこねて下さい」

 言うだけ言うと、ロトはぷいと踵を返した。そして、じっと様子を見守っていたリーファに気付くと、表情を和らげて礼を言った。

「リー、今日はありがとう。おかげで楽しかったよ」

「あ、いや、オレの方こそ。んじゃ、この桶、空いたらあんたの部屋に返しとくよ」

「ああ、頼めるかい」

 もう一度、ありがとう、と言って、ロトはいつものきびきびした足取りで先に出て行った。

 規則正しい足音が遠ざかると、シンハがほっと息をつく。それから彼は、「桶?」と不思議そうにリーファの手元を覗き込んだ。

「お土産の黒苺。魚は釣れなかったからさ。しっかしおまえ、ロトには押されまくりだなぁ」

「ああ、口ではとてもあいつに敵わん」

 シンハは苦笑しながら、黒苺を一粒つまみ食いする。リーファはその横顔を興味深げに眺め、それから、ロトが去った方の戸口を見やった。

 そこはかとなく悔しいのは、誰に対する、どんな理由だろうか。

「……僕も一緒に戦います、ね」

「なんだって?」

「気にすんな、独り言。それよりこれ、何にする? 今作ってるの、何の生地だい?」

 ころっと話題を変えたリーファに、シンハは目をしばたいたものの、追及はせず、一緒になってお菓子の相談を始めたのだった。


 協議の結果、黒苺の行く末はパイということになった。ちょうどシンハが作っていたのが、パイ生地だったというのもある。

「しかし生地がこれだけだと、全部は使えないな。半分ほどジャムにしよう。洗って、適当に選り分けてくれ」

「はいよ」

 なりゆきで助手になったリーファは、手桶をひょいと持ち上げた。そして、最前シンハがつまみ食いしていたのを思い出す。

「なあシンハ、この黒苺、充分甘いよな?」

「? ああ、よく熟しているし問題ないぞ」

 だよなぁ、と首を捻るリーファ。シンハが訝しげな顔をすると、彼女も同じぐらい不可解げに答えた。

「ロトにも食わせてやったのにさ、なんか反応悪かったんだよなー。わざわざ真っ黒な奴、選んだのに。嫌いだったのかな」

「特に嫌いだと聞いた覚えはないが」

 はてな、とシンハも小首を傾げる。それからふと、またつまみ食いしているリーファの手元に目を留めた。

 食わせてやった、と彼女は言った。しかも、わざわざ選んで、と。

「……まさかと思うが、リー、おまえ……」

「シンハも食う? ほら、こーゆー奴」

 聞いていなかったらしく、リーファはつやつや真っ黒な粒をつまんで、ほいと差し出した。ただし、今回は流石に、普通に手渡しだ。シンハはロトより背が高いし、二人の立ち位置も離れている。

 シンハはそれを受け取り、思案げにてのひらでちょっと転がした後、

「おまえが食ってみろ」

 一歩前に出て、リーファの口元に近付けてやった。

 リーファは予想外の反応に目を丸くし、それから複雑な表情になって、素直に食べるべきか否か躊躇した。結局、いささか不満げながらも口を開ける。

「ガキじゃねんだけどな」

 苺を頬に入れたまま、もぐもぐぼやく。それからやっと、あっ、と気付いた。シンハは無言でじっとリーファを見ている。呆れたのと、ここにいないロトへの同情と、それから――苦笑いの入り混じった顔で。

 見る見るリーファは赤面し、あちゃぁ、と片手で顔を覆った。

「うっわ、そうか、そりゃ変な顔もするよ……あああしまったー! 後で謝らなきゃ」

「その必要はなかろう。その場で抗議しなかったあいつの自業自得だ」

 大した事ではないから気にするな、とばかりの口調。シンハは軽く手を振っていなした。が、結局、真顔を保ちきれずに失笑する。

「むしろ面白いから、時々からかってやれ」

「うわっ! ひでえ! 口じゃ勝てないからって、そんなとこで意趣返しかよ」

「だが、滅多に見られない顔だったろう?」

「……あー、うん。まあ、それは確かに」

「なら、決まりだ。パイが焼きあがったら、秘書官へ差し入れに持っていくことを命じる」

「おぉい、こんな事で王様面すんな!」

「こんな事にこそ使わないで、何の権力だ」

「おまえって……」

 がくり。

 リーファは肩を落として嘆いたが、シンハは上機嫌で、意に介さなかった。


 最終的に、完成した黒苺のパイがどのように食されたかは、当の二人しか知らない。――が、その後しばらく、珍しくも秘書官の方が国王から逃げ回っていたという、もっぱらの噂である。



(終)

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