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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
黙す人々
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八章 黙したままで (2)


 夕食後、リーファはシンハと一緒に暖炉を囲んで、ロトから話を聞くことになった。国王の私室は暖炉も立派で、その前に敷いた毛皮に、思い思いの格好で座ってくつろぐ。ほかに邪魔の入らない、三人だけの穏やかな時間だ。

「へえー……意外な真相だなぁ。帰り際に班長が、叔父上から本当の話を聞いてくれって言ったのは、そのことだったのか」

 果汁と蜂蜜、香辛料を加えたホットワインをちびちび舐めながら、リーファは面白そうにロトを見た。

「叔父って誰だと思ったんだけど、まさかあんただとはね。ほとんど歳が変わらないように見えるけど、本当に叔父・甥の関係なのかい?」

「説明が面倒だから、従兄弟みたいなもの、って普段は言ってるんだけどね……セルノは僕より二歳下なだけだから、叔父なんて呼ばれると老け込んだ気分になって嫌だし。不思議な偶然だね、リーヴィン子爵家のごたごたと、我が家も似たような事情なんだ」

「……って言うと?」

「僕の父も、うんと若い頃、良家のお嬢さんと駆け落ち同然に結婚したんだよ。貴族じゃないけどね。ただ、情熱は長続きしなかった。娘が出来てしばらくして、それぞれの親に見付かった頃には、夫婦仲は最悪だったらしい。だからすぐに離婚。相手は娘連れでラウロに引っ越して再婚したんだけど、その娘さんが、あっちのラーシュ家に嫁いだんだ。セルノの母親だよ」

「んー……えーと、でも、年齢が……?」

 リーファは頭の中に系図を描きながら、難しい顔をする。ロトはちょっと笑って補足した。

「父は結婚なんてこりごりだと思ったらしくて、僕の母と再婚するまでかなり長く独り身だったんだよ。セルノの母親は、つまり僕にとっては異母姉だけど、僕より十七ぐらい年上なんだ」

「あ、なるほどね。それでも結構、早婚だよな?」

「そうだね。情熱的な血筋なのかな」

 ロトはおどけて肩を竦め、シンハのコップにワインを注ぎ足す。シンハは片眉を上げて、皮肉っぽくロトを見た。その血がちょっとでも入っていれば、今頃おまえもぐずぐずしていないのにな、と言いたいのだろう。ロトはリーファから見えないようにしかめっ面をして、シンハの攻撃を封じた。

 リーファは二人の無言のやりとりには気付かず、コップをゆらゆらさせながら暖炉の火を見つめていた。珍しく、何事か深く考え込んでいる風情で。その横顔に漂う切なさに気付き、二人は物思いの邪魔をしないよう沈黙した。

 しばらくしてリーファは、ぽつりと寂しげにつぶやいた。

「やっぱ、身分違いの恋って、うまくいかねーんだな」

「――!?」

 ロトが目を丸くして振り返り、シンハがワインにむせた。げほごほ咳き込むシンハに代わり、ロトが動揺を隠せない声で、言葉のまとまらないまま言いかける。

「リー、まさか、君……」

「何だよ、オレ変なこと言ったか?」

 リーファは二人を訝しげに睨んでから、だってさ、と続けた。

「ニノの親父さんは奥さんと上手くやってたんだろ。あんな凝った手鏡入れを作るぐらいだし、それを後生大事にしまってたんだからさ。でも、親のせいで引き離されるのは、どうにも出来なかった。ロトんちの方は……やっぱ育ちが違うと一緒に暮らしていけねえってことだろ?」

「ん……うーん、まあ、性格もあると思うけどね」

「どっちにしても、二人の間か、その外側か、どっかで問題が出て来ちまう。それってさ、つまり……生まれ育ちで、ふさわしい……」

 皆まで言わず、口をつぐむ。言えば恐らく、すぐにこの場の二人は否定するだろうと分かっていたから。そしてまた、否定されてもやはり、口に出してしまえばその考えを消せなくなると分かっていたから。

 すなわち――、誰もが生まれ育ちに相応の環境におさまるのだとしたら、卑しい自分には、生涯を共にする相手など存在しないのではないか。たとえ誰かと結婚しても、じきに破綻するのではないか。今ここにこうしているのも一時のことだけで、いずれ終わってしまうのでは……?

「オレ、場違いだからさ」

 すっかり城に馴染んだようであっても、心の奥底には、やはり越えられない壁が残っている。そして今ではもう、生まれ育った場所にも馴染めない。どこに行っても場違いな、変わり者になってしまった。

 長い沈黙の末、ためらいながらロトが口を開く。が、より早く、シンハがコップを置いて立ち上がった。大股に歩いてリーファの横に腰を下ろし、肩を抱き寄せて額に軽く唇を当てる。

「心配するな」

 くしゃ、といつものように頭を撫でて、彼は穏やかに言った。

「確かに、この先どこで何をしても、おまえの生まれ育ちは変えられない。俺が、王になっても相変わらず脱走したり厨房にこもったりするのと同じで、な」

 妙なところで同類扱いされてしまい、リーファは思わず、抗議のまなざしを向ける。シンハは微かにおどけた笑みを浮かべた。

「おまえも、どこへ行ってもおまえ自身であれば良いだけだ。この城も警備隊も、それを受け容れているだろう?」

「けど……結婚とか家庭とかは親類が絡むし、話が別だろ」

「変わらんさ。大丈夫だ、おまえと一緒にやっていける相手がどうしても見付からなかったら、俺が引き受けてやる」

「陛下!?」

 叫んだのはもちろんロトだ。返事代わりに投げて寄越された一瞥は、それが嫌ならさっさとどうにかしろ、との挑発。恐らくは、リーファにこんな思いを抱かせるまで放置していることへの苛立ちも、含まれているのだろう。

 しかしロトはそれに応じられるほど、単純な恋愛一途ではなかった。唇を噛み、ただ手を拳に握り締める。そんな彼の反応を見たシンハが、リーファの肩に回した手に力を込めた。

 二人の思惑の外で、当のリーファは、うっすら涙の浮かびかけていた目をぱちぱちさせて、不審げな顔になった。

「それって、引き取り手がなきゃ嫁に貰ってやる、って意味か?」

「嫌か?」

「嫌だ」

 きっぱりと即答され、さしものシンハも虚を突かれて絶句する。安堵して良い筈のロトさえ、あまりに迷いない拒否っぷりに複雑な顔をしたほどだ。

 二人の反応に、リーファは慌てて言い訳を始めた。

「あ、いやその、おまえが駄目だってんじゃねーぞ! おまえのことは、文句つけようがないと思うけどさ、でも、嫁さんは嫌だって意味だよ!」

「王妃なんて場違いの極致だから?」ロトが曖昧な顔で訊く。

「じゃなくて! それだったら、情婦(イロ)なら構わねえって話になるじゃんか」

「おまえな……」

 少し言葉を選べ、とシンハが脱力して、黒髪の頭をリーファの肩にぶつける。リーファはますます慌てて、ワインのコップを振り回しそうになった。我に返ってコップを床に置き、うなだれたシンハを両手でヨイショと立て直して。

「そうじゃなくてさ。オレは、おまえとおんなじ船に乗るのは嫌なんだ」

「船?」

 怪訝な顔になったシンハに、リーファは真摯な口調で言い聞かせた。

「ものの喩えだけど。おまえの嫁さんとか妾になるって事は、オレの場合、おまえと一緒の船に乗りこむってことなんだよ。穴が空いて沈みそうになっても、どうしようもない。オレがもし貴族だったら実家の船を呼べるし、今のままでも……みすぼらしいけど、一応自分の小舟で横につけて、いざとなったらおまえを乗り移らせてやれる。でも、一緒の船だったら、助けられない。それは嫌なんだ」

「…………」

 予想だにしない答えを聞かされて、シンハは完全に言葉を失った。

 次いで、

「――っっ」

 見る見る真っ赤になって、逃げるようにリーファから離れる。直後、ロトが弾けるように笑いだした。

「あっははは! 陛下、やられましたね! まさかこんな、ものすごい殺し文句が来るとは!」

 盛大に笑われて、今度はリーファも赤くなる。

「ええっ!? ちょっ、ロトっ、笑うなよ! オレすっげー真面目に言ったんだぞ! そりゃ、上手い話じゃねーけど、色々考えて……っっ、こ、殺し文句とか言うなあぁぁぁ!!」

 うわあ恥ずかしい、などと今さら照れまくり、リーファは毛皮の上でごろごろのたうつ。巻き込まれそうになったコップをロトが避難させ、くすくす笑いながら、リーファの肩をぽんぽんと叩いた。

「落ち着いて、どうどう」

「オレは馬かっっ! じゃなくて、ああぁぁぁもおぉぉぉう! あんたが変なこと言うから、今頃死ぬほど恥ずかしくなっちまったじゃねーかっ!!」

 ばかやろー、と喚きながらまた転がる。その回転を止めたのは、今度はシンハだった。表情を取り繕うのに四苦八苦しながら、目を合わせないようにして言う。

「まあ、その……言いたいことは、よく分かった。分かったから、転がるな」

「そっ、そもそも、おまえがっっ……おまえが余計なこと言うからだー!!」

「うわ!?」

 どりゃあ、とリーファが力いっぱい毛皮を引っ張る。足を取られたシンハがひっくり返り、騒々しく倒れた。リーファはすかさずそれに飛びかかり、肩と上腕を膝で押さえつけて脇腹をくすぐる。

「当分喋れなくしてやるっ! くらえー!!」

「待っ、やめろリー! ロト、止めさせ……うわぁぁ!! くそ、どの口が、場違い……っっ!!」

 ぎゃあわあと、あまりの騒々しさに家令がすっ飛んできた。普段の騒ぎには慣れているが、流石に国王陛下の悲鳴が聞こえるとあらば、放置も出来なかったらしい。

 いい歳をしてなんたるザマかと叱られながら、リーファはロトと一緒につまみ出されてしまった。身分がどうこうと言わずに歳を持ち出す辺り、既に諦めが見え隠れしなくもない。とは言え流石に国王陛下はこの後、山ほどお説教を頂戴するのだろうが。

 ロトと一緒に廊下を歩きながら、リーファはまだ顔から湯気を立てていた。

「あーもー、あの馬鹿、徹夜で説教くらって大人しくなりゃいいんだ。恥ずかしいこと言わせやがって」

 ぶつぶつぶつ。照れ隠しにぼやき続けるリーファに、ロトは苦笑するしかなかった。

「君が陛下の味方で良かったよ。だけど実際、陛下にあんなことを言われて、一瞬の迷いもなく断るなんて、驚いた。……良かったのかい?」

 慎重な問いかけに、リーファも両手を頬から外し、少し熱の冷めた顔になる。

「んー……去年あたりに言われてたら、やばかったかもね。何て言うか……うん、無理なのは、分かってるんだよ。王妃とか、えーと、側室っての? 愛人でも妾でも、オレがあいつのそばにいるのは、そういう形じゃ駄目だってのは、最初っから分かってた。でもやっぱりちょっとさ、……冗談でも、あんなこと言われたら、甘えちまったかもね」

 訥々と、うつむきがちに言葉を探す。短い沈黙の後で、彼女はふと顔を上げた。

「多分、自信がなかったからだと思う。今は……本当、ちっこくて二人乗ったら沈むかもしんねーけど、オレは警備隊員で少しは実績も信用もあって、城でも出来ることがあって……それが、ちゃんと自分の舟だって言えるんだ。だから……うん、あれで、良かったんだ」

 きゅ、と手を無意識に拳に握る。前を向いたまま振り返らない。

 ロトは優しい目でそれを見ていたが、ふと片手を上げた。いつもならそこでごまかしてしまう仕草を、今日はきちんと最後までする。リーファの肩に腕を回して、最前シンハがしたように軽く抱き寄せて。

「ああ、大変だ」

「……ロト?」

 リーファが戸惑って見上げるのが分かったが、ロトはとぼけた笑みを浮かべてごまかした。

「僕もうかうかしていられないな。いざって時に陛下を引っ張り上げるのは、僕の役目だと思っていたんだけど」

 思いがけず好敵手と認められ、リーファは目を丸くする。一拍置いて失笑し、相手を肘で小突いてやった。

「余裕かましやがって、ちぇっ」

「まさか、これでも結構焦ってるよ」

「そう言える辺りが余裕だっつの。今に見てろよ」

 こそこそ言い合いながら歩き、二人は階段のところで別れた。一段、二段と降りてから、リーファは不意に上を仰ぎ見る。手摺に寄りかかっていたロトが目をしばたくと、彼女は何かを吹っ切ったような、さっぱりした笑顔を見せた。

「ありがとな、ロト」

「どう致しまして……って、どうしてお礼を言われるのか、分からないんだけど?」

「オレもよく分かんねーけど、色々まとめて礼言っとく。じゃ、おやすみ」

 リーファはにっこりしてひらひら手を振ると、階段を降りていった。下まで降りてから、もう一度振り返って笑顔を見せる。

 ロトは上から手を振り返し、彼女が廊下の角を曲がるまで見送っていた。胸に残る温かな感情を、大事に抱きながら。

 だがその余韻も、リーファの姿が見えなくなると同時にすうっと冷えていった。彼は表情を消し、今しがた追い出されたばかりの部屋へと足を向ける。

 国王の私室には、その主ひとりしかいなかった。戻ってきたロトに不審な目を向け、小さく肩を竦める。

「ワインのせいだと言い訳したから、片付けられてしまったぞ」

 飲み直しに戻ったのなら残念だったな、と白々しくとぼけたシンハに、ロトは常にない無感情な声で言った。

「……先ほどのお言葉は、本気ですね」

「何がだ」

 シンハもまた、表情を消して冷ややかに応じる。だがロトは怯まない。

「リーを、王妃にと」

「本気なわけがないだろう」

「嘘が下手ですね。何年越しの付き合いだと思っているんです」

 隠したってわかりますよ、と断定され、シンハはため息をついた。そして、自嘲気味に口元を歪める。

「これ以上ないほどきっぱりと振られた直後だってのに、容赦ないな。……手を取って引き寄せたらいつでも腕の中に抱けると高を括っている間に、あいつはしっかり成長して、俺の手など必要としなくなっていたわけだ。大恥ものだよ、赤面もするさ」

 己の愚かさに呆れた風情で、首を振る。わざと道化になろうとするかのように。

 ロトはゆっくりひとつ呼吸してから、淡々と言った。

「リーと少し話しました。彼女はあなたを必要としているし、あなたに求められたらきっと応えるでしょう。危急の助けよりも、同じ船に乗って、沈まないように日々支えて欲しいと願えば。……いざという時には、私が必ず二人ともお助けしますから」

「なに?」

 とっさに意味が分からず、シンハが眉を寄せる。ロトはまっすぐに相手の目を見つめて、一語一語しっかりと告げた。

「はっきりさせておきましょう。あなたがリーを求め、彼女があなたを選ぶなら、私は何があってもお二人を守り抜く覚悟でいます。私の想いに遠慮などなさらないで下さい。私一人の幸福よりも、陛下とリーの方が大事なんです」

「……おまえ」

 ぽかん、とシンハが絶句する。数拍後、彼はなんとも複雑な顔で目をそらした。

「今日はよくよく殺し文句をぶつけられる日だな。そのうち原因不明で死にそうだ」

「ええ、だから出来るだけ長く、切り札に取っておくつもりでいたんですがね。どうも陛下は、私がただ奥手なだけだと考えておいでのようなので」

 悲しいかなそれも事実ですが、とロトは苦笑をこぼした。だがすぐに真顔に戻り、シンハをさらに追い込む。

「リーは私にとって一人の女性であると同時に、肩を並べて戦う仲間でもあるんです。あなたという存在がある以上、たとえ想いが叶わなくとも割り切る覚悟ぐらいはしていますよ。だから、言って下さい。あなたは」

「止せ。俺が考えなかったと思うのか」

 鋭く一言、シンハがぴしりと遮った。ロトは先を続けられなくなり、口をつぐむ。

 考えなかったはずがない。あれほど仲が良く心を許し、信頼し合っているのだ。生涯の伴侶にと、一度は望みを抱いただろう。東方の王と西方の貧民、天地の隔たりがあろうとも。そして望みをかなえる方法も、ないわけではないのだ。

 ――しかし。

「何も言うな。誰にも」

 シンハは少し寂しげに微笑んで、ささやくように命じた。ロトはただ黙って頭を下げ、立ち去ることしか出来なかった。


 さて、後日。

「まったく、班長にはすっかり騙されましたよ。まぁ、フィアナに余計な苦労をかけずに済むんなら、それはそれで結構ですが」

 リーファはぼやきながら、今回の件の報告書を班長席に置いた。

「こっちの勘違いに気が付いていながら黙っているなんて、人が悪いですね」

「口に出される事がすべてじゃない。いい勉強になったろう。思い出してみたまえ、私は一度も彼女を誘惑しなかったし、褒め言葉も才知に関してのみだった筈だぞ」

「恋人の有無を訊いたのは?」

「礼をしたいだけだと言ったじゃないか。恋人がいるなら、誤解を招くような品物は避けるさ。それに、もし実際に恋人や婚約者がいれば、近い将来彼女は学院を去るかもしれないし、残ったとしても、警備隊への協力を夫が渋ることは考えられる。何かと面倒が多い。だったら早い内に、彼女以外の優秀な学院生に渡りをつける必要がある。そうした意図に基づく質問だ」

「……本当にそれ、あの時に全部考えてたんですか?」

 流石にリーファは不信を顔にあらわす。だがむろん、セルノは取り合わなかった。

「ほかにももっと色々考えているぞ。だが、いちいち説明するつもりはない。それに、秘密があった方が面白いじゃないか」

 まったく悪びれない、余裕たっぷりの返答。リーファは眉を上げて、呆れ顔を作った。

「そうかも知れませんがね。……報告書も上げたし、今日はもう終わっていいですか」

 訊きながら、失礼、と断ってセルノの肩についていた髪をつまんで取る。

 セルノはリーファの意外な細やかさにやや驚きつつも、ああ、とうなずいた。

「申し送り事項も特にないし、いいだろう。お疲れ……、っておい、何してる」

 呑気な表情が、不意に胡乱なものに変わる。リーファは丁度、つまみ取った班長の髪を、まるで現場の遺留品かのごとく薬包紙に包んだところだった。

「は? ああ、いえ、気にしないで下さい」

「気にせざるを得んな。私の髪で何をする気だ」

「さあ?」

「さあ、って……」

「知らないんですよ。フィアナに頼まれただけなんで」

「なっ……!!」

 思わず腰を浮かせたセルノから、リーファは素早く遠ざかる。戸口まで逃げてから、彼女はにんまり笑って一言。

「秘密があった方が面白いんでしょう?」

 反論も抗議もさせず、それじゃ失礼、と一瞬で扉の向こうへ消える。セルノは伸ばした手で虚しく空を掴み、つんのめってこけかけた。

 扉を開けて、通りに向かって待てと怒鳴ることも出来る。だが警備隊の班長としてその振る舞いは、如何なものか。迷った一呼吸は、取り返しが付かなくなるに充分の時間だった。

 深いため息をゆるゆる吐き出し、自分の席に戻って崩れるように座り込む。

 目の合った隊員が、俺は知りませんよ、とばかりに肩を竦めた。別の一人も、もう一人も同じ。

「……私の味方はいないのか?」

 恨みがましい独り言に、答える声はなかった。



(終)

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