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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
花に託して
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page.1

ここから、リーファが20歳の時の話になります。

この話は春の出来事。大事件ではなく、ちょっとした日常の範囲の騒動です。

ちょっとだけメイントリオの関係に変化の兆しも。


「あったけぇなぁ……すっかり日も長くなったし」

 ぼやぁ、と上の空でリーファがつぶやく。一緒に夕食をとっていた国王陛下とその側近が、それぞれ苦笑をこぼした。

「眠そうだな。それも春だから、というわけか」

「それとも寝不足かい? 大きな事件があったとは聞いてないけど」

 二人に言われて、リーファは小さな欠伸をし、答えともなんともつかない返事をした。

「春……、ってこと、なんだろうなぁ」

「?? どうしたんだ、リー」

 流石にシンハが不審げな顔をする。だがリーファは上の空で、何やらつぶやくばかり。どうやら、ナントカの季節か、と言ったらしい。

 シンハとロトは顔を見合わせ、目をしばたいた。ややあって、真剣そのものでシンハが言う。

「苺が出回るのはもう少し先だぞ」

 欲しいと言うなら俺も苺の菓子を作ってやりたいが、という意味だ。しかしリーファは食いついてこない。今度はロトが眉を寄せて訊ねた。

「もしかして、納税関係で困ってるとか?」

 地主や事業主を除けば、春の補正徴税は関係ないし、そもそもリーファの分は警備隊の会計士が処理しているはずだ。が、何ぞ面倒な仕事を押し付けられたという可能性もなくはない。

 心配そうな二人に、リーファは出来の悪い生徒でも見るかのようなまなざしをくれ、大きなため息をついた。

「あのなぁ……。春ってったら、花の季節だろ? 初咲きのスミレを恋人に贈るとか、そういう発想はねえのかよ」

 そんなだから二人していまだに恋人の一人もいないんだ、とばかりの呆れ声。

 しかし当人たちは憤慨するどころではなかった。揃って息を呑み、目を見開いて、椅子から転げ落ちそうなほど仰け反る。

 しばしパクパクと空気を求めて喘いだ後、ようやく二人は言葉を発した。

「――な」

「何があったんだ!?」

 シンハが慌てて立ち上がり、リーファの額に手を当てる。ロトは動転のあまりグラスをひっくり返してしまい、飛んできた召使相手にあたふたした。

「やめろよ、熱なんかないって! 揃いも揃って、なんだよ失礼な!!」

 リーファが喚き、シンハが本気で心配し、ロトがおろおろして。

 ……しばしの後、やっと三人は元の位置に落ち着いた。

「オレの話じゃねえよ」

 むっつりと不機嫌にリーファが唸って説明するには。

「担当の巡回区域にさ、女ばっかの下宿屋があって、劇場のお針子とか、司法学院の学生とかも住んでるらしいんだけど……そこにさ、花が置いてあるんだ」

「はぁ」

 二人は揃って気の抜けた相槌を打った。なんだ、何の不思議もないじゃないか、と言いたげだ。リーファが色恋に目覚めたという誤解に比べたら、彼らにとっては首を傾げるだけの価値もないらしい。

 リーファは男二人がまだ冬眠中ではないのかと疑うような目をして、続けた。

「誰かの窓辺じゃなくて、玄関にだよ。宛名とか一言書いたカードとか、手がかりは一切なし」

「よっぽど恥ずかしがり屋なんじゃないのか」

 既にシンハは投げやりである。ロトの方は主君よりは真面目に、しかしやはりどうでも良さそうな口調で言った。

「何か勘違いがあったのかもしれないし、ひょっとしたら当人同士にだけわかる合図なのかもしれないよ。特に問題が生じていないのなら、謎のままにしておいても不都合はないんじゃないかい」

「問題になってるから、オレが唸ってんじゃねーか。まったくもう……。そこの大家の婆さんが、そういうの、うるさくってね。詰所にわざわざ言いに来たんだよ。犯人を捕まえてくれ、って」

「なるほど。それでおまえの出番というわけか」

 女ばかりの下宿屋に、警備隊員とはいえ男を張り込ませるわけにもいかない。大家がそういった事にうるさいのなら、なおのこと。

 納得したシンハに、リーファも「そう」とうなずく。

「けどさ、実際オレだって朝から晩までじーっと見張ってるわけにもいかないし、第一、下宿には用心棒がいるんだぜ」

「……用心棒?」

 胡散臭げにシンハが聞き返す。リーファは眉を寄せて、違ったかな、と口ごもる。

「いや、えぇと、なんていうんだかな。そう、守衛だ、守衛。玄関のすぐそばの部屋には大家さんがいるわけだけど、婆さんだからって毎日一歩もそこから出ないってわけにはいかないだろ。それに、泥棒避けには婆さんじゃあんまり意味ないし。だから腕の立つ女の人を雇ってるんだよ」

「へえ、珍しいね。女剣士ってことかい」

 ロトは少し興味を引かれたようだ。リーファは何がなし面白くなかったが、自分でもどうしてだかよく分からなかったので、曖昧に応じた。

「珍しいのかどうか、オレはよく知らねえけど。婆さんの話では元傭兵なんだってさ。ともかくその人は、誰かが外からこっそり入ってきて花を置いていくところなんて、一度も見てないって言ってるらしいんだ」

「そうなると、話がややこしいな」シンハもようやっと首を傾げ、一緒になって考える。「本当に見ていないのか、下宿人の恋路を邪魔しないように黙っているのか。しかし花も気の毒にな。誰に宛てたものか分からないのでは、行き場がなくて萎れてしまうだろう」

 苦笑してそんなことを言ったシンハに、リーファも思わずにやりとした。

「婆さんのテーブルを賑わしてるよ」

 三人でちょっと笑った後、リーファは少し気楽になった様子で伸びをした。

「まぁそんなわけでさ、どういう事なのかと考えてたんだけど……この一件じゃ、お二人さんは当てになんねえな。花のことなんか頭に浮かびもしねえんだからさ」

 そう言って彼女は、失敬なほど皮肉な笑みを浮かべた。花をこっそり贈るような可愛らしいところもないしね、とばかりに。

 男二人は不本意げな顔をしたものの、あえて応酬はしなかった。


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