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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
番外短編(19歳の年内)
23/43

物と心の温かさ


 冬至の日を境に、レズリアの暦は生命神サーラスの月に入る。

 なぜなら、すべては闇から始まったから。

 始原の命は闇の中から生まれ、それによって世界に光がもたらされたのだ。ゆえに一年で最も暗いこの日、生命神の奇蹟を思い、生きて在ることに感謝し、再び世界に命の満ちる春が来るよう祈る。それが冬至祭なのだ。

 ――とまぁ、そんなお堅い説教は神殿でなされるだけで、祭の実態は、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎである。王城も大勢の招待客と押しかけ市民でごった返し、リーファも何がなんだか分からぬまま、ごちそうとお菓子と熱いワインに首まで浸かって過ごした。誰と何回踊ったかも数え切れない。

 だがそれも日が暮れるまでで、黄昏と共に人々は帰路に着いた。あとは、家族のための時間だ。

 ようやく片付いた城の食堂では、いつもの三人、リーファとロトとシンハが、揃ってぐったりしていた。暖炉の火で乾かされるボロ雑巾三枚、といった態である。

「あ~、つっっ……かれた……」

 リーファがずるずると椅子から滑り落ち、暖炉前に敷かれた毛皮の上に伸びる。いつもなら何か言うはずの男二人も、無言でそれぞれ椅子やソファに沈没していた。

 パチパチと太い薪がはぜ、炎が踊る。外は既に雪景色だ。降り積もる雪が音までも埋めてしまうのか、世界はしんと静まり返っていた。昼間の浮かれ騒ぎは夢だったかと思われる。

「……やっぱ、こういうのが落ち着くね」

 炎を見たまま、リーファが微笑む。他の二人もそれぞれ小さく笑った。

「さてと」

 よっ、と勢いをつけて立ち上がり、リーファはテーブルの上に用意しておいた包みを取った。

「落ち着いたところで、これ」

 ずいと突き出した相手はシンハだ。大きさはちょうど書物ほど、だが厚みはあまりなく、かさかさ音がして軽い。シンハは緑の目をぱちくりさせ、姿勢を正してそれを受け取った。問うまなざしを向けられ、リーファはちょっと頬を掻く。

「冬至祭って、家族に贈り物をするならわしなんだろ? だから、なんていうか……うまく言えないけど」

 もじもじと足をこすり合わせ、照れ臭そうな複雑な顔で黙り込む。シンハはちらりとおどけた笑みを見せたが、余計な事は言わず、素直に「ありがとう」と応じて包みを開けた。

 そして。

「……なるほど」

 納得してうなずいたその表情は、皮肉と可笑しさと喜びとが混ざり合っていた。ロトは既に知っていたらしく、にやにやしている。

 包みの中身は、簡単に綴じられた羊皮紙の束だった。むろん白紙ではない。シンハは一枚ずつそれをめくって内容を確かめ、失笑を堪える風情でリーファを見上げた。

「おまえ一人で作ったのか?」

「まさか! だってオレ、料理なんて出来ねえもん。いろんな人に協力して貰ったよ。親から教わった秘伝のレシピだから、って渋る人もいたけど……シンハにやるんだって言ったら、結構皆、気前よく教えてくれたよ」

 そう、羊皮紙に記されているのは多種多様な料理・お菓子のレシピだったのだ。それも、よそとは一味違う、と作り手が自負するものばかり。

「最初、リーからレシピを求められた時は驚きましたよ」ロトが笑って補足した。「料理の本なら図書館にあると言ったんですが、そういうものではないと言うので。説明を聞いて面白そうだったので、私も及ばずながら協力しました」

「おまえが?」シンハが胡散臭げに眉を上げる。

「レシピ集めの方ですよ。私だって料理は出来ません」

 野営の食事なら別ですが、と苦笑したロトに、シンハもにやりとする。つかのま昔を思い出した風情の二人に、リーファはごほんと咳払いして時間を戻した。

「何にするか、すっげえ悩んだんだぞ。なんせおまえ、大概何を貰っても喜ばねえだろ」

「そんなことは……」

「いーや、そんなことあるね。物より気持ちがありがたいとか言ってさ、『物』自体でおまえを喜ばせるのってめちゃくちゃ難しいんだから、贈り物を考える身にとっちゃホント頭いてーよ」

「すまんな」

 苦笑まじりにシンハは謝り、それから皮肉っぽくレシピを持ち上げて見せた。

「詫びにこのレシピを活用して、何か美味いものを食わせてやるよ」

「そう来なくっちゃ」

 リーファも笑って応じる。その顔を見たシンハがやっと、ほんの一瞬、純粋に嬉しそうな表情をした。目敏くそれを見て取ったリーファは、やれやれと頭を振った。結局どうやら、彼を喜ばせたのは『物』より『気持ち』であったらしい。

「しょーがねえなぁ、もう」

 リーファのつぶやきに、シンハがきょとんとする。と、リーファはいきなり手を伸ばし、シンハの胸倉をつかんだ。

「っ!? おい、何を」

 慌てたシンハに抗議の暇を与えず、素早くかがんで頬にキスをする。

 ぽかんと絶句したシンハに、リーファは悪戯っ子のように笑った。

「『気持ち』のオマケだよ。どーだ嬉しいか」

「オマケって……おまえ」

 シンハは呆れ、それから小さくふきだし、珍しく声を立てて笑い出した。リーファも一緒になって笑い崩れる。

 二人が盛大に笑いこける間、ロトは黙ってじっと待っていた。が、ようやく二人が笑いをおさめると、いたって真顔で感心したように一言。

「その手があったか」

 なにやら含みのある声音に、リーファとシンハは揃って顔を引きつらせた。シンハなどは、ソファから腰を浮かせて逃げの体勢を取る。

 二人の反応を見てロトはにやりとすると、わざとゆっくり立ち上がった。そして、リーファと同じくテーブルに用意しておいた木箱を取る。その動作にシンハがほっと肩の力を抜いた。

「なんだ、“そっち”か。脅かすなよ」

 ロトは意地悪くにんまりした。

「陛下をからかうのは面白いんですけどね。犠牲を払ってまでするほどの事じゃありません」

「…………」

 何だか酷い言われような気がする。のだが、抗議しても口では敵わないと分かっているので、シンハは黙ってふたたび腰を下ろした。成り行きを読めないリーファだけが、訝しげに二人を見比べ、首を傾げている。その前にロトが進み出て、箱を差し出した。

「これは君に」

「えっ……オレ? でも、なんで」

「冬至祭に贈り物をするのは、家族だけとは限らないんだよ。なんて言うか……まぁ、家族みたいな、その」

 もごもご。これまた珍しく、ロトが口ごもる。リーファが困惑してシンハを見ると、彼は微笑して小さくうなずいた。受け取れ、と促すように。

 リーファは自分にそれを貰う資格があるとは納得出来ないまま、木箱を両手で受け取り、その場でリボンを解いた。

「うわ」

 蓋を開けた途端にこぼれた甘く華やかな香りに、リーファは思わず驚きの声を上げた。中にあったのは、この真冬にもかかわらず、大輪の薔薇の花一輪。

「いったいこれ、どうやって?」

「学院長とフィアナと、それに陛下にも手伝って貰ってね。弱いけど長持ちする特別な魔術がかかってるんだ。冬の間も明るい気持ちになれるように」

「うわぁ……すごいな、本当、すごくいい香りだ。へぇぇ」

 リーファは子供のように感激し、うわぁうわぁと感嘆詞を連発する。それから満面の笑顔で、ロトとシンハのそれぞれに向かって「ありがとう!」と礼を言った。

「すごいや、机に飾っとくよ。嬉しいなぁ」

 へへ、と笑った目が少し潤んでいる。金銀宝石ではなく薔薇一輪、それもいずれは萎れるものであるが、皆の温かい心があればこその贈り物だ。そのことが、何より嬉しかった。

「オレもシンハのこと言えねーなぁ」

 小声でつぶやいたリーファに、ロトがふと微笑んだ。

「それじゃ、僕からも」

 ごく自然にリーファの手を取り、その甲に口づけする。

「『気持ち』のオマケ」

 目を見つめてにっこりした、そこまでは上出来だった。の、だが。

 直後、見る間にロトは赤面し、片手で顔を覆ってうつむいてしまった。結果、本来なら照れる立場のリーファの方が爆笑してしまう。

「ばっ……馬鹿だな、慣れねーこと、すっから! あはは、あはははは!!」

 多少は照れ隠しもあったろう。リーファは大笑いしつつ、ごまかすようにロトの背中をばしばし叩いた。

「いや、ごめん、笑って。せ、せっかく、頑張ったのにな。うん、ありがとな。でもさ、無理すんなよ、な?」

「………………」

 もはや何をか言わんや。雄弁を誇る舌もこの時ばかりは役に立たず、無言でうなだれるばかり。

 なかなか笑い止まないリーファと、しまいに床に懐いてしまったロトを横目に、シンハはこっそりため息をついたのだった。


 数日後、国王の側近が胃痛を悪化させて血を吐いたと噂になったが、何が原因かは誰にも分からなかったそうである……。



(終)

クリスマスシーズンにサイトで書いたSS。宗教が違うのでこちらでは冬至祭です。

レズリアにはまだ四季咲きのバラはありません、ということで……。

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