物と心の温かさ
冬至の日を境に、レズリアの暦は生命神サーラスの月に入る。
なぜなら、すべては闇から始まったから。
始原の命は闇の中から生まれ、それによって世界に光がもたらされたのだ。ゆえに一年で最も暗いこの日、生命神の奇蹟を思い、生きて在ることに感謝し、再び世界に命の満ちる春が来るよう祈る。それが冬至祭なのだ。
――とまぁ、そんなお堅い説教は神殿でなされるだけで、祭の実態は、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎである。王城も大勢の招待客と押しかけ市民でごった返し、リーファも何がなんだか分からぬまま、ごちそうとお菓子と熱いワインに首まで浸かって過ごした。誰と何回踊ったかも数え切れない。
だがそれも日が暮れるまでで、黄昏と共に人々は帰路に着いた。あとは、家族のための時間だ。
ようやく片付いた城の食堂では、いつもの三人、リーファとロトとシンハが、揃ってぐったりしていた。暖炉の火で乾かされるボロ雑巾三枚、といった態である。
「あ~、つっっ……かれた……」
リーファがずるずると椅子から滑り落ち、暖炉前に敷かれた毛皮の上に伸びる。いつもなら何か言うはずの男二人も、無言でそれぞれ椅子やソファに沈没していた。
パチパチと太い薪がはぜ、炎が踊る。外は既に雪景色だ。降り積もる雪が音までも埋めてしまうのか、世界はしんと静まり返っていた。昼間の浮かれ騒ぎは夢だったかと思われる。
「……やっぱ、こういうのが落ち着くね」
炎を見たまま、リーファが微笑む。他の二人もそれぞれ小さく笑った。
「さてと」
よっ、と勢いをつけて立ち上がり、リーファはテーブルの上に用意しておいた包みを取った。
「落ち着いたところで、これ」
ずいと突き出した相手はシンハだ。大きさはちょうど書物ほど、だが厚みはあまりなく、かさかさ音がして軽い。シンハは緑の目をぱちくりさせ、姿勢を正してそれを受け取った。問うまなざしを向けられ、リーファはちょっと頬を掻く。
「冬至祭って、家族に贈り物をするならわしなんだろ? だから、なんていうか……うまく言えないけど」
もじもじと足をこすり合わせ、照れ臭そうな複雑な顔で黙り込む。シンハはちらりとおどけた笑みを見せたが、余計な事は言わず、素直に「ありがとう」と応じて包みを開けた。
そして。
「……なるほど」
納得してうなずいたその表情は、皮肉と可笑しさと喜びとが混ざり合っていた。ロトは既に知っていたらしく、にやにやしている。
包みの中身は、簡単に綴じられた羊皮紙の束だった。むろん白紙ではない。シンハは一枚ずつそれをめくって内容を確かめ、失笑を堪える風情でリーファを見上げた。
「おまえ一人で作ったのか?」
「まさか! だってオレ、料理なんて出来ねえもん。いろんな人に協力して貰ったよ。親から教わった秘伝のレシピだから、って渋る人もいたけど……シンハにやるんだって言ったら、結構皆、気前よく教えてくれたよ」
そう、羊皮紙に記されているのは多種多様な料理・お菓子のレシピだったのだ。それも、よそとは一味違う、と作り手が自負するものばかり。
「最初、リーからレシピを求められた時は驚きましたよ」ロトが笑って補足した。「料理の本なら図書館にあると言ったんですが、そういうものではないと言うので。説明を聞いて面白そうだったので、私も及ばずながら協力しました」
「おまえが?」シンハが胡散臭げに眉を上げる。
「レシピ集めの方ですよ。私だって料理は出来ません」
野営の食事なら別ですが、と苦笑したロトに、シンハもにやりとする。つかのま昔を思い出した風情の二人に、リーファはごほんと咳払いして時間を戻した。
「何にするか、すっげえ悩んだんだぞ。なんせおまえ、大概何を貰っても喜ばねえだろ」
「そんなことは……」
「いーや、そんなことあるね。物より気持ちがありがたいとか言ってさ、『物』自体でおまえを喜ばせるのってめちゃくちゃ難しいんだから、贈り物を考える身にとっちゃホント頭いてーよ」
「すまんな」
苦笑まじりにシンハは謝り、それから皮肉っぽくレシピを持ち上げて見せた。
「詫びにこのレシピを活用して、何か美味いものを食わせてやるよ」
「そう来なくっちゃ」
リーファも笑って応じる。その顔を見たシンハがやっと、ほんの一瞬、純粋に嬉しそうな表情をした。目敏くそれを見て取ったリーファは、やれやれと頭を振った。結局どうやら、彼を喜ばせたのは『物』より『気持ち』であったらしい。
「しょーがねえなぁ、もう」
リーファのつぶやきに、シンハがきょとんとする。と、リーファはいきなり手を伸ばし、シンハの胸倉をつかんだ。
「っ!? おい、何を」
慌てたシンハに抗議の暇を与えず、素早くかがんで頬にキスをする。
ぽかんと絶句したシンハに、リーファは悪戯っ子のように笑った。
「『気持ち』のオマケだよ。どーだ嬉しいか」
「オマケって……おまえ」
シンハは呆れ、それから小さくふきだし、珍しく声を立てて笑い出した。リーファも一緒になって笑い崩れる。
二人が盛大に笑いこける間、ロトは黙ってじっと待っていた。が、ようやく二人が笑いをおさめると、いたって真顔で感心したように一言。
「その手があったか」
なにやら含みのある声音に、リーファとシンハは揃って顔を引きつらせた。シンハなどは、ソファから腰を浮かせて逃げの体勢を取る。
二人の反応を見てロトはにやりとすると、わざとゆっくり立ち上がった。そして、リーファと同じくテーブルに用意しておいた木箱を取る。その動作にシンハがほっと肩の力を抜いた。
「なんだ、“そっち”か。脅かすなよ」
ロトは意地悪くにんまりした。
「陛下をからかうのは面白いんですけどね。犠牲を払ってまでするほどの事じゃありません」
「…………」
何だか酷い言われような気がする。のだが、抗議しても口では敵わないと分かっているので、シンハは黙ってふたたび腰を下ろした。成り行きを読めないリーファだけが、訝しげに二人を見比べ、首を傾げている。その前にロトが進み出て、箱を差し出した。
「これは君に」
「えっ……オレ? でも、なんで」
「冬至祭に贈り物をするのは、家族だけとは限らないんだよ。なんて言うか……まぁ、家族みたいな、その」
もごもご。これまた珍しく、ロトが口ごもる。リーファが困惑してシンハを見ると、彼は微笑して小さくうなずいた。受け取れ、と促すように。
リーファは自分にそれを貰う資格があるとは納得出来ないまま、木箱を両手で受け取り、その場でリボンを解いた。
「うわ」
蓋を開けた途端にこぼれた甘く華やかな香りに、リーファは思わず驚きの声を上げた。中にあったのは、この真冬にもかかわらず、大輪の薔薇の花一輪。
「いったいこれ、どうやって?」
「学院長とフィアナと、それに陛下にも手伝って貰ってね。弱いけど長持ちする特別な魔術がかかってるんだ。冬の間も明るい気持ちになれるように」
「うわぁ……すごいな、本当、すごくいい香りだ。へぇぇ」
リーファは子供のように感激し、うわぁうわぁと感嘆詞を連発する。それから満面の笑顔で、ロトとシンハのそれぞれに向かって「ありがとう!」と礼を言った。
「すごいや、机に飾っとくよ。嬉しいなぁ」
へへ、と笑った目が少し潤んでいる。金銀宝石ではなく薔薇一輪、それもいずれは萎れるものであるが、皆の温かい心があればこその贈り物だ。そのことが、何より嬉しかった。
「オレもシンハのこと言えねーなぁ」
小声でつぶやいたリーファに、ロトがふと微笑んだ。
「それじゃ、僕からも」
ごく自然にリーファの手を取り、その甲に口づけする。
「『気持ち』のオマケ」
目を見つめてにっこりした、そこまでは上出来だった。の、だが。
直後、見る間にロトは赤面し、片手で顔を覆ってうつむいてしまった。結果、本来なら照れる立場のリーファの方が爆笑してしまう。
「ばっ……馬鹿だな、慣れねーこと、すっから! あはは、あはははは!!」
多少は照れ隠しもあったろう。リーファは大笑いしつつ、ごまかすようにロトの背中をばしばし叩いた。
「いや、ごめん、笑って。せ、せっかく、頑張ったのにな。うん、ありがとな。でもさ、無理すんなよ、な?」
「………………」
もはや何をか言わんや。雄弁を誇る舌もこの時ばかりは役に立たず、無言でうなだれるばかり。
なかなか笑い止まないリーファと、しまいに床に懐いてしまったロトを横目に、シンハはこっそりため息をついたのだった。
数日後、国王の側近が胃痛を悪化させて血を吐いたと噂になったが、何が原因かは誰にも分からなかったそうである……。
(終)
クリスマスシーズンにサイトで書いたSS。宗教が違うのでこちらでは冬至祭です。
レズリアにはまだ四季咲きのバラはありません、ということで……。




