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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
番外短編(19歳の年内)
21/43

王都点描-歌-


 ふんふんふーん、ららっらー。

 聞き慣れない節の歌声を耳にして、珍しく真面目に書類仕事をしていた国王とその秘書官は、目をぱちくりさせた。

 二人が怪訝な顔を見合わせると同時に、いつものように開け放しのドアから、ひょっこりと歌声の主が顔を出した。

「よっ。お仕事中?」

 機嫌よく声をかけたリーファに、ロトは複雑な顔をした。

「相手が君じゃなかったら、『見ての通りだ、出直してくれ』って言うところなんだけどね。陛下をここの椅子に縛り付けておくのがどんなに大変か、君も知ってるだろ?」

「おい。そこまで言われるほどサボってはいないだろう」

 シンハは不本意げに抗議したが、冷たい一瞥を返されて縮こまるに終わった。脱走王の異名を持つ者が何を言うか、というところだろう。

 しかも彼にまつわる脱走伝説ときたら、「あの王様は昔よくお忍びで町においでになったものだ」というような“もはやそこに立ち返る事のない過去の遺物”ではない。今なお現役であり、時には国外まで飛び出してしまう、恐るべき、生きた伝説なのである。

 閑話休題。

 胃痛病みの側近から慌てて目をそらしたシンハは、リーファが手にしている物を見付けてきょとんとした。

「なんだそれは。鉢植え?」

「うん、そうなんだ。ちょっとこれ、置かせて貰えないかなぁと思ってさ」

 リーファは両手で大事そうに小さな鉢植えを持ち上げて見せた。ちんまりした緑の塊が丸い頭を覗かせている。どれどれと見物に来たロトが、へえ、と声を上げた。

「サボテンの仲間かな。珍しいね、どうしたんだい」

「『金の葡萄亭』の女将さんがくれたんだ。ほら、あの船着場の近くの酒場。ちょっと前に西の方から回ってきた商船の人から貰ったらしいんだけどさ、芽から簡単に増やせるから面白がって増やしすぎた、って」

 言いながらリーファは室内に入り、陽の射し込む出窓にコトンと鉢を置く。

「これも、今はこんなんだけど、大きくなったらきれいな花が咲くよ。んでさ、日当たりのいい所に置いとくのがいいんだけど、オレの部屋って北側だろ。だからこっちの方がいいかなって思って」

「まぁ、いくら日当たりがいいと言っても、玉座の間には置けないしね」

 ロトが苦笑する。シンハも席を立ち、窓際にやって来た。

「置くのは構わんが、世話はどうする? 流石に園芸の心得はないぞ」

「ああ、このサボテンは手がかからないから、気にしなくていいよ。この部屋が空いてる時を見付けて、オレが水やりしとくからさ。ひっかけて落っことしたりしなけりゃ、それでいいよ」

「放っておいていいのか?」

 なんとなく不安げにシンハが念を押す。リーファは「うん」とうなずいてから、思い出して手を打った。

「ああそうそう、何だったら歌でも聞かせてやってくれるかい」

「――は?」

 途端にシンハは、ぎょっとしたような声を出した。ロトがなんとも言い難い表情になり、口をしっかりと引き結ぶ。それには気付かず、リーファは慌てて手を振った。

「いや、こいつが何か変な生き物だってわけじゃないよ。噂っていうか、言い伝えみたいなもんでさ、中部にいた頃に聞いたんだけど、サボテンは人の言葉が分かる、っていうんだ。だから毎日罵ってると枯れちまうけど、優しい言葉を かけてやったり、歌を聞かせてやったりしたら、元気に育つんだってさ」

「それで先刻、歌ってたのか」

「まあね。単にこれ貰って嬉しかっただけなんだけど。おまえもさ、鼻歌でも歌いながらお仕事すりゃ、ちょっとは楽しくなるんじゃねえの?」

「…………」

 なぜかシンハは無言である。あれ、とリーファは小首を傾げ、ロトに視線を向けてますます不審げになった。金髪の青年は顔を背け、壁に手をついて肩を震わせている。リーファはムッとして口を尖らせた。

「なんだよ、オレ何かおかしなこと言ったか?」

 途端にロトが弾けるように笑いだした。体をくの字に折り、腹を抱えて大爆笑。リーファが赤くなって怒りかけたところで、シンハが彼女の肩に手をかけて止めた。

「おまえじゃない」

「え?」

「笑われてるのは、俺だ」

「……って、なんで?」

 困惑するばかりのリーファに、シンハは苦行者のような顔で一言。

「音痴だから」

「…………」

 数拍の間を置き、新たな笑い声がけたたましく響いた。

 笑いの二重唱の中、シンハはただじっと無言で耐え続ける。しばらくしてようやく笑いやんだリーファは、涙を拭き拭き形ばかり謝った。

「悪ィ悪ィ、あんまり突拍子もなかったからさ。まさか音痴とはね。そんなにいい声してるのに、もったいねえなぁ」

 深みのあるバリトンは響きも豊かでよく通り、普通に話しているのを聞くだけでも、慣れていない者はどぎまぎするほどだ。たまに国王らしく一席ぶつ必要が生じた時には、肝心の内容が短く簡素で無愛想に過ぎても、声に助けられて非難を免れている。の、だが。

「そういや、おまえが歌ってるの、聞いたことなかったな。そんなに酷いのかい?」

 質問はロトに向けたものだ。当の音痴本人はむっつりと窓に向き合い、サボテン相手にいじけている。ロトはなんとか笑いを噛み殺して答えた。

「耳は悪くないし、リズムも取れるんだけどね。なぜか音程が合わないんだ。まぁ、どうしても歌わなきゃならないのは礼拝の時ぐらいだし、それもむにゃむにゃ小声でごまかせば気付かれないから、実際には何も困らないんだけどね」

「へーえ。聞いてみたいもんだね」

 リーファが意地悪くにやにやすると、シンハは黙ってサボテンの鉢を持ち上げた。人質を取られたリーファは、慌ててなだめにかかる。

「あっ、嘘だよ嘘、今のナシ! 歌なんかどうでもいいって!」

 サボテンを奪い返し、元通り窓辺に置いて一安心すると、リーファはふうっと息をついた。小さな緑を愛しそうに見つめ、肩を竦めて独り言のようにつぶやく。

「本当言うと、ちょっと残念だけどね。中部にいた頃に覚えた歌だったらさ、こいつにとっちゃ、故郷の歌だろ? だからシンハにも歌って貰えたら良かったんだけどな」

 その言葉に、シンハは表情を改めた。サボテンの話をしているようだが、無意識にリーファ自身を重ねているのだろう。

 彼女にとっても西方は故郷だ。あまり良い思い出がないとは言え、これまでの人生の大半を過ごした土地にまつわるものは、彼女の身と心に染みこんでいるに違いない。

 シンハは少しためらってから、「それなら」と切り出した。パッと笑顔になったリーファに、シンハは苦笑を返す。

「いや、俺じゃない。ロトに教えてやってくれ。こいつなら歌も得意だから」

 意外な言葉に、リーファは驚いて振り返る。ロトはなんとも複雑な顔をして、リーファとシンハを交互に見比べた。

「それで、私に特訓を受けさせておいて、ご自分はまたどこぞへ逃げ出そうと?」

「しない。約束する」

 シンハは両手を上げて降参の仕草を見せ、潔く再び机に向かった。

「おとなしく座ってるさ。その間、ここで歌の稽古をしていてくれたら、俺も少しは楽しく仕事が出来る」

 おや、とリーファはおどけてロトを見る。真面目な秘書官はまだ渋い顔で、

「気が散ってはかどらないと思いますけどね」

 などと文句を言いはしたものの、結局は諦めてうなずいた。

「まあ、脱走されるよりはマシです。それじゃリーファ、こっちで教えてくれるかな」

 部屋の反対側に手招きされ、リーファは笑顔でそちらに駆け寄る。

 やがて執務室から、はじめは訥々と、やがてなめらかに、異国の旋律が流れ出した。ふたつの歌声が互いに響き、重なり、楽しげに追いかけあって、ひとつの調べを織り成してゆく。

 心地よい歌声を浴びて、窓辺の緑はその色を明るく輝かせたように見えた。


(終)

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