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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
番外短編(19歳の年内)
20/43

甘くて時々ほろ苦く

春分祭について。時期的には『そのもの~』より前、早春の話です。

現実のバレンタインと絡めて考えた行事ですが、その後また別の掌編のネタに使うことになりました。

(サラシアの新年は春分なのでレズリアとは暦がずれています)

書いたのはかなり昔なので微妙に説明くさい文章があったりなんだったり。


「お菓子の日?」

 なんだそりゃ、とリーファは目をぱちくりさせた。フィアナが楽しそうに説明する。

「元々はサラシア国の新年祭で、春の訪れを祝ってお菓子を焼いていたらしいのね。でも、お菓子を焼くのは女の役目だから、それがきっかけで男の人に見初められた、って話が広まって、いつの間にか『意中の人に手作りのお菓子を渡す日』になったんですって。それがこっちの春分祭ってわけ」

「はぁ……なるほどね。しょーもねえなぁ」

 馬鹿馬鹿しい、とリーが呆れると、フィアナが両手を腰に当てた。

「呆れるのはこっちよ、姉さんったら少しは娘らしいときめきってものがないの? こういう行事があれば、普段なかなか言い出せない人も、不自然でなく思いを伝えられるでしょう? 姉さんも一人ぐらい、お菓子をあげたい人はいないの?」

「……うちの親父に変なもの食わすなよ」

 先回りしてリーファが言ったので、フィアナはしかめっ面になった。その顔を見やり、やれやれ、とリーファはため息をつく。心ときめく対象が皆無なのと、すべて親子以上に歳の離れた男ばかりというのと、どちらがより娘らしくないと言うのか。

 しかしそれを言っても泥沼にはまるだけなので、彼女は黙って部屋から逃げ出した。

 街を歩きながら、道理で最近妙に浮ついた空気だと思った、と納得する。

「ったく、馬鹿王様の国らしいよ。変な行事を輸出しねえで欲しいよなぁ」

 ぼやいてはみたものの、道行く若人たちの表情を見るに、どうやら自分は少数派らしい。リーファは広場に着くと、噴水の縁に腰掛けて、ちょっと頭を掻いた。

(好きな人、ねぇ)

 男にときめいているほど余裕のある人生ではなかった、というのが彼女自身の感覚だが、どんな境遇であれ恋の花を咲かせる者もいる。きっと自分には庭師の資質がないのだ。

(それになぁ……お菓子を渡すっつったって)

 この国に来て以来、もっぱら自分は食べる方なのである。身の回りの者もほぼ全員が、間違いなく国王の趣味に毒され……いや、その恩恵に与っているため、今更、さして上手くもない作り手が菓子を焼く必要など感じられないのだ。

(食いたきゃ、あいつに頼めば喜んで作ってくれるもんなぁ)

 もはや病気の域にまで達する料理趣味の国王を思い浮かべ、リーファは一人苦笑した。そこまで考えてふと、そういえば、と思いつく。

(あいつは、他人の作ったものを食べたいとか、思わねえのかな)

 どんなに素晴らしい料理人でも、たまには他人の手料理を食べたいと思うものではなかろうか。自分の作ったものに飽きるということはないだろうか?

「……ふむ」

 興味深い問題ではある。

 帰ったら訊いてみよう、と心の隅に走り書きし、彼女は仕事に戻るべく腰を上げた。


「お菓子? おまえが?」

 黒髪の国王陛下が、夏草色の目を丸くして問い返した。リーファは何とはなしにムッとして、不機嫌そうに言い返す。

「オレじゃなくておまえの話をしてんだろーが、このすっとこどっこい。要るのか、要らねえのか?」

 そういう問題でもなかったはずなのだが、いきおい、妙な話の流れになってしまう。レズリア国王シンハ=レーダは、戸惑った風情で頭を掻いた。

「そりゃまあ……くれると言うなら、喜んで頂戴するが」

「そうじゃなくってさ。オレが訊いてんのは、本当に欲しいのか、ってことだよ。要らねえもんでも、人がくれたら一応喜ぶ、ってことがあるだろ。そうじゃなくて、本当に本気で、たまには他人の手作り菓子が欲しいか、ってことだよ」

 要領を得ないな、と、もどかしげにリーファが説明する。シンハは曖昧な表情で目をしばたたいた。

「それも厄介な質問だな。率直に言えば、俺はおまえほど食い意地が張ってるわけじゃない。ただ、その……誰かが俺に食わせたいと思って作ってくれたものなら、欲しいとか欲しくないとかは別として、ありがたいと思う」

「じゃあ、別に要らねえってことか?」

「そういうわけでは……」

「はっきりしねえなぁ、もう。オレに作って欲しいのか、欲しくないのか、どっちだよ」

「欲しい」

 即答され、詰問していたはずのリーファは形勢逆転されたように怯む。問い質すような視線を送ったが、相手は真顔だ。リーファはどんな顔をしたら良いのかわからず、鼻の頭を掻いてごまかした。

「……んじゃ、春分祭に何か作るよ。言っとくけど、期待するなよ!」

「ああ、分かってる」

 答えたシンハは、しかし、逃げ場がないほど温かな笑みを浮かべていた。

 そんなわけで、にっちもさっちもいかなくなったリーファは、生まれて初めてお菓子作りに挑戦するはめになってしまった。

「なんでオレがこんなこと……」

 ぶつくさ言いつつも、ついでだからシンハのほかにもロトや養父といった身近な男たちに分けてやろう、などと分量を多めに計算している。結局、根がお人好しなのだ。

 城の料理長に頼んで、初心者でも失敗しそうにない簡単なバターケーキを教わると、リーファは腕まくりして未知の敵に向かい合ったのだった。


 そして、春分祭当日。


「…………」

「………………驚きましたね」

 国王と秘書官は、そろってフォークをくわえたまま絶句した。その向かいで、リーファはそわそわと身じろぎする。

「リー、おまえ本当に初めてなのか?」

 信じられんな、とシンハが感心する。リーファは不安げに問うた。

「なぁ、本当にそれ、美味いかい?」

「ああ」

「もちろん」

 同時に二人の声が返る。リーファはほっと胸をなでおろした。

「美味しいよ、本当に。素朴だけど、粗雑じゃない。ずいぶん丁寧に作ったね?」

 ロトが感想と問いをかねて言う。リーファは「うん」とうなずいた。

「そりゃ、初めてなんだからさ。一度お手本を見せて貰ってから、材料はきちんと量って、段階ごとに料理長に確かめたよ。失敗したら勿体ないし」

「なるほど」シンハが納得する。「初めて作った時の方が、きちんとレシピ通りに作るから美味いってこともあるしな。意外に几帳面なんだな、おまえ」

「意外は余計だよ」

 馬鹿、とリーファは言い返し、舌を出す。シンハとロトは顔を見合わせて笑い、改めてリーファの焼き菓子を味わった。

 卵たっぷりの優しい甘味の中に、焦がしバターのほろ苦さが控えめな自己主張をする。見た目も材料もいたってシンプルだが、豊かで奥深い味わいは飽きが来ない。作った人間を象徴するかのようだ。

 ややあって、用心深くシンハが探りを入れた。

「……で、そもそも誰にやるつもりで作ったんだ?」

「何言ってんだよ」

 リーファは心底呆れた風情で、二人を眺める。

「オレが巷の浮ついた行事に乗っかると思ってんのか? 言ったろ、おまえが欲しいんなら作ってやる、って。それだけだよ」

 彼女の言葉に対し、微妙な雰囲気の沈黙が降りる。なんだよ、とリーファは照れ隠しにしかめっ面を作った。まさかシンハが自分の意図を誤解するとは思えなかったが、それでも一抹の不安が胸をよぎる。

 リーファが念を押そうと口を開きかけると、シンハが片手を上げてそれを遮った。

「それならいいんだ。いや、もしかして実験台に使われたのかと思ってな」

 言葉尻で、彼はいつもの皮肉っぽい笑みを見せた。リーファはぽかんと口を開け、それから表情を変えて苦笑した。

「信用ねえなぁ、ちぇっ」

 舌打ちし、次いでおどけた笑みを見せる。

「ばれちゃあ、しょうがねえや。お陰で安心して父さんに渡せるよ」

 ごほっ、とロトがむせ、シンハが何とも言い難い顔になる。リーファはにやっとすると、素早く席を立って咎められる前に退散した。

 その姿が扉の向こうに消え、機敏な足音が遠ざかってから、シンハがため息をつく。

「……ロト。言いたくはないんだが……」

「だったら言わないで下さい」

 胃痛病みの側近はぴしゃりと国王の台詞を遮り、紅茶で喉を落ち着かせる。生真面目で浮いた噂のひとつとしてない友人を思いやり、シンハはもうひとつ、こっそりため息をついたのだった。



(終)

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