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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
そのもの人に非ざれば
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1 使霊

作中時期はリーファが19歳の初夏。

内容的には警備隊というよりも、お馬鹿な王様二人の番外的な珍騒動です。

気楽にお読み頂ければ幸い。



 窓外の緑が風に揺れ、細かい光の粒を散らす。鮮やかな紺青の空に太陽が輝き、強い陽射しを受けて梢が落とす影は、くっきりと濃く、深い。

 そんな屋外の光景に反して、城館の北に位置する部屋は、薄暗くひんやりと涼しかった。室内には質素なテーブルと椅子。今はそこに、二人の娘が向かい合って座っていた。

「エラ・アノメ・フィアナ、オルデス・リージア・ユエ・アラクト・リーファ……」

 金髪の娘が低く唱えるのは、合間に入る個人名を除いて、エファーン地方の古代語だ。魔術師達が神々に語りかけ、その力を借りるための言葉。

 両手をテーブルの上に伸ばし、向かいに座る三つ編みの娘の手を軽く握っている。二人の腕が作る囲いの中に、ほとんど見えないほど弱い光の球が漂っていた。

「セ・ミストラ・エナハース」

 結びの言葉を終えると同時に、光がパッと明るく輝いた。もっとも、それも瞬間のこと。すぐにまた頼りない光に戻り、ふよふよと風に煽られて揺れ動く。

 手を解いた三つ編みの娘、すなわちこの部屋の住人であるリーファは、いささか心もとなさげに指で光を突いた。かすかに反発する力を感じるが、確固とした境界面が存在するわけではない。

「本当に大丈夫なのか? なんか、今にも消えちまいそうだけど」

「心配しないで。姉さんとの契約を結ばせたから、勝手に消えてなくなることはないわ」

 答えて微笑んだのは、魔法学院の才媛にしてリーファの義従妹、フィアナである。慣れた仕草で光の球を撫でるように押し、リーファの方へ動かす。

「光の使霊、ユエよ。太陽神の力の、ほんの一欠片――の、さらに数万分の一とか、そんなぐらいのものだけど。これなら蝋燭やランプと違って、熱くもならないし紙が燃えることもないし、手で持っている必要もないから、姉さんの仕事には役に立つと思って」

「うん、助かるよ。貰っちまっていいのかい?」

「もちろん。でもそれ、ある意味では生き物みたいなものだから、扱いには気をつけてね。食事や水やりの必要はないけど、姉さんの命令がない時は勝手に太陽の光を浴びに行ってしまうから、遠くに行かれたら困る時はちゃんと命令しておいて」

 完全に明かりを消すのは不可能だから、暗くしたい時は覆いをかけるか、邪魔にならない所へ出してやること。それからそれから。

 フィアナはあれこれ取扱上の注意をした後で、面倒臭そうな顔になったリーファを見て苦笑した。

「それと、命令は具体的に出してやってね」

「具体的って?」

「使霊は人間のようには考えないから、注意が必要なの。単純に『光れ』なんて命令しても通じない。手元を照らすだけか、部屋全体を照らすか、指定しなきゃ。何回も使っていれば姉さんの癖を学ぶと思うけれど、気をつけて。特に、成長してきたら光る以外の用事も頼めるけど、その分命令もきちんとしないといけないの。たとえば部屋に飾る花が欲しいからって、うっかり『花を摘んで来い』とだけ命令したら、王都じゅうの花という花を全部摘み取ってしまうかも知れないわけよ」

「うわー……たまんねえな。いいよ、明かりが欲しかっただけだから、余計な事は頼まねえし」

「そう? でもまあ、そのうち色々試してみて」

「気が向いたらな。ありがとう」

 曖昧に応じて、リーファは光をすっぽり両手で包んだ。指の隙間が赤く透けて、確かに中に光があるとわかるのに、てのひらには何の熱も感じない。不思議な気分だ。

 と、その時、遠慮がちなノックの音が響いた。

「リーファ、いるか」

 他人と間違えようのない、深く威厳のある声。国王陛下御自らお出ましになったようである。リーファは、珍しいな、と訝りながら背もたれ越しに声をかけた。

「おー、いるよ。どうぞー」

「邪魔するぞ……っと、フィアナもいたのか。出直した方がいいか?」

 シンハは夏草色の目をしばたき、小首を傾げた。フィアナは思わず笑い、おっと、と遅まきながらお辞儀をする。

「失礼しました、陛下。お久しぶりです。私のことはどうぞお気になさらず。ちょうど帰るところですので」

「え、もうかよ?」リーファが口を挟んだ。「こいつなんか気にしないで、ゆっくりしてけばいいのに」

「姉さん、いくら親しくても陛下にそれは失礼よ」

 フィアナはたしなめてから、シンハに向き直って悪戯っぽく笑った。

「それに、もし陛下がまたお城を抜け出す算段をしに来られたのなら、私は何も聞かずにおいた方が好都合でしょう? それでは陛下、御免下さいませ」

 改めて深く頭を下げ、フィアナは笑いの気配を残してふわりと身軽く出て行く。リーファは残されたシンハを見上げ、同情的な顔をした。

「おまえって、本っ当、信用されてないのな」

「言うな。最近そろそろ伝説の一人歩きに頭が痛むんだ」

「脱走王伝説、か」

 リーファは笑って席を立ち、軽く相手の腕を叩いてやる。

「伝説に釣り合う実績を作ろうとか考えるなよ。とっくに充分なんだから。で、オレに何の用だい」

「ああ、まあ、大した事じゃないんだが」

 シンハは曖昧に言って肩を竦め、持参した小さな袋をテーブルに置いた。チャリンと硬貨の音がする。

「黒スグリを買ってきて貰いたいんだ」

「……は?」

 思いがけない頼み事に、リーファは頓狂な声を返した。なんだそりゃ、と面食らいつつも、いや何か深い事情があるのかも、と考え直して尋ねる。

「どこで?」

「今なら中央広場の朝市に出ていると思うんだが……」

「って、本当にただのお遣いかよ! あのなぁ、確かにオレはおまえほど忙しくはねえけど、そんなに暇でもねえんだぞ。城の誰かに頼めばいいじゃないか」

「それが出来ないから、おまえに頼んでいるんだ」

 シンハはいたって真面目な顔つきのままである。リーファはますます困惑してしまった。

「なんでだよ。黒スグリって……あれだろ、お菓子の材料にする、確かサラシアの特産品っていうやつで」

「そう、それだ。乾燥させたのでも、ジャムにしたのでもなく、瓶詰めのを探してきて欲しい。そこに入っている金で一瓶なら買えるだろう」

「いやあのな、そりゃおまえのたっての頼みってんなら、聞いてやりたいけどよ。おまえが使うんなら、厨房の仕入れで一緒に入ってきてるんじゃねえのか? ロトに内緒でこっそり何かするのか?」

「そうじゃない。確かに、一度は仕入れたんだ。特別に、収穫後すぐに魔術で凍らせたやつを、な。厨房の保冷庫にしまっておいたんだが……それが、なくなった。だからおまえに代わりを買ってきて貰いたい」

「……えーと」

 まあ待て、落ち着けオレ。リーファは相手を蹴飛ばしたい衝動と戦いながら、こめかみを押さえて考えた。

 たかが果物だと思うからいけないのだ。国王陛下のための、貴重で大事な黒い宝石が、なくなったから買い直さねばというわけで。

(――あ)

 そうか、とリーファは気付いて顔を上げた。シンハは小さくうなずき、彼女が理解したことに安堵したような表情を見せる。リーファは「参ったな」と頭を掻いた。

 王城の厨房から、スグリがなくなった。

 ということはつまり、誰かが、国王陛下のためのものを勝手に持ち出したか、使ってしまったか、ひょっとしたら盗んだのかも知れない、ということだ。

「全部一人でつまみ食い、ってことはねえだろうし」

 独りごちたリーファに、シンハも苦笑をこぼす。

「あれは生のままではかなり酸っぱいからな。それに、容器ごとなくなっていた」

「その容器の方が値打ちもんってことは……」

「ないだろうな。保冷の魔術が施されているが、封印を破れば効果が切れて、ただのよくある瓶だ」

「そんなもんの為に、外から忍び込む馬鹿はいねーよなぁ」

 そもそも城は外部から侵入するのが困難なつくりになっている。しかも見付かれば、街で空き巣狙いをしたのとは違い、即刻打ち首だろう。スグリ一瓶の為にそこまでする盗人はいるまい。

 となれば必然的に、内部の者の仕業、と推定される。

 盗んだのか失くしたのか、事実はともあれ、ことが明るみに出たら誰かが処罰されるのは免れないし、何より使用人達の雰囲気が悪くなる。仕事に支障が出るほどに。いずれ責任の所在ははっきりさせねばならないにしても、出来ればあまり騒ぎを起こさず、穏便に済ませたい。

 だからシンハは、わざわざリーファにお遣いを頼んだのだ。城と街を行き来する生活を送っていて、国王陛下とひそひそ内緒話をするのも珍しくない、彼女に。

「うー……分かった。頑張って早起きして、市場巡りをしてくるよ」

「すまんな」

 シンハは微笑み、リーファの頭をぽんと撫でた。

「だからそれはやめろって。しっかし、黒スグリなんて使うの、おまえぐらいだと思うんだけどなぁ。売ってるかな」

「大丈夫だろう。今の時季は貴族の屋敷でも料理人が使うから、市でも少しは扱う筈だ。葡萄で代用する手もあるが、スグリの香りは独特だから、これでなければという者も多いしな」

「ああ、確かにあれはほかの果物とは違うよな。おまえが年中何かしら季節もののお菓子を作ってくれるから、オレもすっかり詳しくなっちまったよ」

 あはは、とリーファは笑ってうなずく。シンハは温かい笑みを浮かべてもう一度リーファの頭を撫でると、じゃあ頼んだぞ、と言い残して部屋を出て行った。

 一人になったリーファは、ふむ、と腕組みして首を傾げた。

「黒スグリ、ねえ……」

 そう言えば、初めて食った時はあの独特の香りにびっくりしたっけ。

 ぼんやりとテーブルに寄りかかったまま、リーファは三年ほど前のことを思い出していた。


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