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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
拾った物の活かし方
18/43

3.正しい所有者は誰だ

 というわけで、蚤の市当日。

「いやぁ、追いかけっこの達人が援護してくれるってのは心強いね!」

「あんまり嬉しくない称号だけど……まぁ今日は店を出しているんだから、商品や代金を放り出して逃げる、なんて心配はないだろうし。穏便に済ませられるといいね」

 警備隊長に話を通したリーファは通常の勤務を離れ、ロトと一緒に広場を歩いていた。ちなみに逃げるほうの達人は、騒ぎが大きくならないように、離れたところでこっそり見守っているらしい。

 澄み渡った秋晴れの空の下、即席の陳列台や色とりどりの敷物がパッチワークのように広がって華やかだ。客は大勢いるが、先を争って買うというようなこともなく、各々興味の赴くところに従って、のんびり好みの品物を探している。

「賑わってるけど、大市の時とかとは違う雰囲気だなぁ」

「そうだね。大市の時は売り手も買い手もその道の玄人が多いから、真剣勝負みたいな節があるけど、蚤の市は素人同士で純粋に楽しんでいる感じかな」

「それは昔から?」

「少なくとも、僕が王都に出てきた頃にはこんなだったよ。元々は正規の認可を受けた古物商だけが出店する骨董市だったらしいんだけど、それだと参加する人は限られる。回を重ねるごとに掘り出し物も減ってつまらなくなったから、一般家庭に眠っているお宝を気軽に出品してもらおう、ってことで規制が緩くなって、そうこうするうち、何でもありの催しになっていったとか」

「へぇー。こうして見る限りじゃ、すっかり手作り自慢な感じだけど」

「一応まだ、あくまで骨董品が催しの要とされているよ。昔からの店は必ず良い場所を確保されているし、骨董とまでは言えなくても、古い物を扱う出店者は優遇される。件の子があてがわれた場所も、人目につきやすいんじゃないか……」

 そうロトが言いかけた矢先、

「嘘をつくな、この泥棒!」

「拾ったって言ってんだろ!」

 大人と子供の怒鳴り声が響き、辺りが騒然となった。二人は目配せを交わし、現場へ駆けつける。案の定、食い逃げ犯の少年が敷物に並べた小間物を挟んで、客の一人とやり合っていた。髪飾りらしきものを握った青年が、掴みかからんばかりの剣幕で少年に詰め寄っている。

「じゃあ言ってみろ、いつどこで拾ったんだ、え!?」

「関係ねーだろ、そっちこそ本当にこれがあんたのだって証拠はあんのかよ!」

 体格では完全に負けているのに、声と気迫は一歩も譲らない。しかし青年のほうもすっかり頭に血が上っており、相手の言い分に耳を貸さなかった。

「盗人のくせに開き直るな!!」

 ひときわ大声で罵るなり、少年の胸倉を掴む。リーファは急いで割り込んだ。

「そこまで! 手を離せ、ほら早く!」

「うるさい、ひっこんでろ!」

 警備隊の制服も目に入らないようで、青年は乱暴に邪魔者を突き飛ばそうとする。寸前でロトがそれを止めた。

「そこまでと言っただろう。ほら離れて」

 背後から羽交い締めにし、強引に引き離す。はずみで青年の手から髪飾りが落ちたのを、リーファが急いで拾い上げた。踏み潰されでもしたら、弁償だなんだとますますややこしくなる。

「返せ! それは僕の物だ!」

「でまかせ言うな、帰れバーカ!」

「こらこら、おまえも挑発すんじゃねーよ。この前は逃げられたけど、今日はじっくり話を聞かせてもらうからな」

 リーファは呆れて少年をたしなめた。それで相手も先日の遭遇を思い出し、あからさまに嫌そうな顔をする。

「何だよ、警備隊にする話なんかねーぞ」

「そっちにはなくても、こっちにはあるんだ。とりあえず、今は何で揉めてたのか聞かせてもらおうか。この髪飾りが誰の物だって?」

「僕の、物だ! くそっ、もう暴れないから離してくれ」

 すかさず青年が声を上げる。忌々しげに肩をさすりながら、なんで近衛兵が、と疑惑のまなざしでロトとリーファを見てから、再び少年を睨みつけた。少年は怯むどころか、鼻を鳴らしてせせら笑う。

「あんたには似合いそうにないけど?」

「クソガキ……っ! おまえなんかが汚い手で、よくも」

「んだとぅ!?」

「ああもう、やーめーろ、つってんだろ! 二人とも!! これ以上は警備隊の詰所か拘置所でやってもらうぞ!」

 業を煮やして脅しをかけたが、それでもまだ二人は矛を収めそうにない。リーファは天を仰いでため息をついた。ロトもその心情を察して苦笑する。

 そして二人の予想通り、

「てこずっているようだな。埒が明かんから片付けに来たぞ」

 最終兵器・国王陛下がお出ましになったのだった。


「それで? その髪飾りがおまえの物だという根拠は」

「僕……わ、私の母の形見なんです! 真ん中に無理やりはめ込まれているこの宝石……色合いも形も、忘れるはずがない」

 縮み上がりながらも、青年は切実に訴える。確かに、髪飾りの主役を担う石は赤と緑が層を成した特徴的な色合いだ。形もよくある楕円でなく、珍しい八角形。覚え違いは少なかろう。青年は目を潤ませ、震える指先で石とそのまわりをなぞった。

「元はブローチだったんです。母によく似合って、とても大切にしていたのに……葬儀の後で遺品を整理したら、どうしても見付からなくて。生前、なくしたという話も聞かなかったし、いったいどこへ消えたのかと……まさか盗まれていたなんて。しかもこんな悪趣味なものにされて!」

 懐古の語りは憎悪の叫びで締めくくられた。途端に少年が反発する。

「趣味が悪いのはてめーだ! 本当にそれが形見のだとしても、ボロボロになってた古くさいのをお洒落でキレイにしてやったんだから、むしろ感謝しやがれ!」

「ふざけるな! 大事な思い出をよくも!」

 青年も怒声で応酬したが、こちらはすぐ我に返り、国王陛下に向き直って頭を下げた。

「申し訳ありません、御前でお見苦しいさまを。とにかく、これが母の形見であることは間違いありません。元はこの石を中心にした薔薇の形で、金の花びらと銀の葉がついていました。どちらも鍍金めっきですが」

「もしかして、このピンの葉っぱ?」

 リーファが目敏く売り物の中からそれらしいものを見付け、取り上げて見せる。青年は眉を寄せ、ばらばらにされてしまった宝石部分と銀の葉を見比べた。じきに頭の中で元通りの姿に組み立てられたらしく、確信をこめて深くうなずく。その慎重な態度に、シンハがふむと納得した。

「どうやら嘘をついている様子ではないな。ほかに元のブローチの部品はあるか?」

「陛下に嘘など申しません。ええと……」

 しゃがんで売り物を検分し始めた青年に、少年がぶっきらぼうに「ねーよ」と告げた。

「花びらんとこは半分がた取れてなくなってたし、残りも金が剥げて地金が錆びて使いもんにならねーから屑鉄屋に売っちまった」

 屑鉄屋、と聞いて青年が顔を歪める。鉄に限らず金属類の回収と再利用を手がける職人の一種で、そこへ売られたからには、もう熔かされてしまっているだろう。彼は歯を食いしばり、また罵倒したくなったのを堪えた。

 話がここまで進むと、さすがに少年も悪いことをしたという気分になってきたらしい。膨れっ面をして、そっぽを向いたまま居心地悪そうにもぞもぞする。それでも詫びの言葉を口に出せずにいる少年に代わり、シンハが裁定を下した。

「では今残っている品をすべて俺が買い取り、宝石と銀の葉を使ったふたつを本来の持ち主に渡す。両者ともそれでいいな? 元に近い形に戻せるかどうかはわからんが、腕のいい細工職人を紹介しよう」

「えっ。あの、願ってもないですが、しかしそんな」

「気にするな、俺がさっさと片付けて自分の仕事に移りたいだけだ」

 形見を取り返したいとは思っても、まさか国王陛下の財布で買い戻すとは予想外で、青年は目を白黒させてまごつく。シンハは金貨を少年の手に握らせながら続けた。

「これでひとまず足りるだろう。落ち着け、小遣いにくれてやるわけじゃない、今日の売り上げの補償だ。すぐここを片付けろ、市役所のほうで話がある。ああ、おまえの名前は?」

「あ、えと。ルカ……」

 です、と言い慣れない敬語を付け足し損ね、少年はもぐもぐ曖昧にごまかした。事態が飲み込めず混乱しているのは明らかだが、シンハは構わなかった。リーファに片付けを手伝うように言い、ロトにはまとめた品物を持って青年と一緒に職人のところへ行くよう命じる。さらに他にも何やら小声で指示しているので、少年は片付けながら何度もそわそわと国王陛下を盗み見て、リーファにささやいた。

「なあ、あれマジで王様?」

「マジだよ」

 リーファはおどけて同じ言葉を返したが、相手の緊張を解く助けにはならなかった。ルカはいっそう眉間のしわを深くする。

「なんでここに? ほんとは俺を牢屋に入れるつもりだとか」

「違う違う。おまえがどこでこれを見付けてきたのか、場所を確かめたいだけだから。下水道だろ? 役所で図面見ながら教えてほしいんだよ」

 途端にルカは身を硬くした。その反応に、リーファも表情を改める。シンハがまだロトと話しているのを確かめ、声を潜めて問うた。

「教えられないのか」

「……」

 少年は石のように押し黙って答えない。

「まさか本当はやっぱり盗んだ?」

 これには即座に首を振る。

「まだたくさんあるのに、全部取られちまうから、とか?」

「俺が見付けたのに」

 ぼそっと唸り、ルカ少年は掌の金貨を見つめ、ぎゅっと握りしめた。あれだけの売り物をこしらえたら、こんな大金になった。ならば、これからも――そう欲をかいたのだろう。諦めたくない、と苦々しく悩んだのもつかのま、彼はぱっと顔を上げて要求した。

「教えるから、カネくれよ。だって俺のもんだろ。それを渡すんだから」

 思わずリーファは笑いそうになり、ぐっと唇を引き結んだ。この図太さ逞しさ、身に覚えがあるだけに何とも複雑な気分である。

「さて、それは交渉次第じゃねーかなぁ。言っとくけど、その金貨はおまえの売り物がこの蚤の市の間に全部売れたとしても、到底届かない額だぞ。オレは骨董の玄人ってんじゃねーけど、それでも、おまえの売り物がたいした値段つかないのはわかる」

「なんでだよ!?」

 ルカは拳をつくって怒鳴った。何事だ、とシンハが振り返ったのも眼中にない。少年は頬を紅潮させて無礼者に詰め寄った。

「洗って磨いて、あれこれ取り合わせを考えて工夫してつないで、ちゃんと使える形にしてんだぞ!? しかもめっちゃイケてるだろ!」

「いやー……まあ、こういうのが好きだって人もそりゃいるだろうけどさ。正直あんまりイケてねーと思うぞ?」

 リーファはできるだけ同情的な声音を取り繕って、しかし正直に告げた。自分自身は宝飾品の美しさにさほど興味も執着もないが、長年そうしたものに触れてきただけに、そこそこ目は肥えているのだ。

 掏摸すりや置き引きでも腕を上げてからは上等の獲物を狙えたし、空き巣狙いと錠前破りに習熟してからは、さらに貴重品を手に入れられた。同じ危険を冒すなら確実に多くの見返りが欲しい、そう思えば獲物を見定める眼力はおのずと鋭くなる。

 そして城に住むようになってからは、毎日一流品を眺める機会に恵まれているのだ。いかに現国王が飾り気のない生活を好むと言っても、家具調度は最高級品だし、剣帯の留め具やボタンのように実用的なものでも、さりげなく上質で美しい。

 それらを見慣れた目で見れば、少年の手仕事はあまりにもお粗末と言わざるを得ない。

 残酷な現実を突きつけられたルカは、血が滲むほどきつく唇を噛む。そこへシンハがやってきて声をかけた。

「残念ながらリーの言う通りだ。しかしそれはおまえが見る目を養う機会に恵まれなかったというだけだ。むしろ拾い物でここまでした創意工夫は大したものだぞ」

「……」

 ルカは慰められたというのがいまいち理解できないらしく、真意を探るように疑わしげな目つきをした。シンハはいつもの微妙な、優しいだけでない諧謔を含んだ笑みを返して続ける。

「とにかく、追加の金についてはお宝の在処を見てから決めようじゃないか。さあ、行くぞ」


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