2.宝探しの場所はいずこ
「……ってことがあってさ。これがそのブローチ」
仕事が終わって城に戻ったリーファは、例によって国王陛下の私室で話し込んでいた。机上に置かれた見慣れぬ小間物を、シンハとロトが興味深げに代わる代わる検分する。
「珍しいな、おまえが尾行に失敗するなんて」
「相手が悪かったなぁ。せめて警備隊の制服着てなきゃ良かったんだけど」
臙脂色のダブレットを指先でつまみ、リーファはうめいた。派手な色柄ではないが、制服というものは良かれ悪しかれ注意を引く。警備隊とは関わりたくないと思っている人間はもちろん、事件と見れば寄って来る野次馬も含めて。
「お疲れ様だったね。反射的に逃げ出したってことは、その子もいくぶん後ろ暗いところはあるんだろうけど、多分、可愛いものだと思うよ。この紋章はもう使われていないものだから、誰かが身につけているのを盗んだって線はない。正規の店で売買される品物とも思えないしね」
ロトがブローチの裏面を示して言った。リーファもうなずき、横から手を出して気になっていた箇所を指し示す。
「盗難届は出てなかったし、オレも拾ったんだと思う。ぱっと見て違和感があったんだけど、やっぱりこれ、別々の部品を寄せ集めてるよな? 石の台座とここの縁飾り、色味が合ってないし」
「そうだね。年代と流行の違いが見てわかる。素人なりに巧く継ぎ合わせてあるけど、職人の仕事とは雲泥の差だ」
二人の会話に、どれ、とシンハも改めてブローチを手に取る。しばらく裏に表にひっくり返しながら無言で思案した末に、彼はふむとひとつうなずいた。
「だいたい推測がついた。恐らくその子供は、ごみ捨て場や下水道から拾い集めたがらくたを加工して、元手をかけずに売り物にしようと考えているんだろう」
「えぇー、売れるかぁ? 道端で『いらんかねー』ってわけにはいかないし、店に持ち込んだって相手にされないだろ」
店舗を持たずに路上で売り歩ける品物は限定されているし、どんな商売でもだいたい取引相手というのは固定されていて、新参が割り込むのは難しい。正規の商人でさえそうなのだから、ほんの子供が胡散臭い品物を持ち込める道理もないのだ。
「質屋なら買ってくれるかもしんねーけど、こんな改造しちまってんじゃ、ろくな値段つかないだろうし」
まるで自分が金策する立場かのように悩む。唸っているリーファに、シンハは眉を上げて軽く揶揄する表情を見せた。
「忘れたか。明後日は蚤の市だ」
「ああっ! そうだった!!」
本気で失念していたリーファは素っ頓狂な声を上げた。
蚤の市。すなわち古物市だ。
いわゆる普通の『市場』とは異なり、営業許可だの同業組合内での調整だの面倒な手続きはなく、誰でも売り手になれる。家に眠っていた不要品や、素人の手作り工芸品、はてはその辺で拾い集めた鳥の羽まで。むろん正規の商人や職人が、いつもの商いとは違う趣味的な物を売買したり、在庫整理の叩き売りをしたりもする。
掘り出し物を安く買える一方、粗悪品に大枚はたいてしまう危険も覚悟の上で臨まねばならない、年に一度の冒険の機会だ。
「なるほど」ロトも納得してうなずく。「安いとはいえ出店料がかかるから、その子はこの“商品”を調達する一方で、必要なお金を確保しておかなければならなかった。だから食事を限界まで切り詰めていたけれど、思い切って食い逃げしてみたら上手くいって、以来常習犯になった、と。たまたまオートスの店だったから良かったものの……やれやれ。損得無視で人に食わせたがるあいつの性分、ちっとも変わりませんね」
昔を思い出して苦笑を浮かべたロトに、元隊長の現国王もにやりとした。リーファは詳しく聞きたいのを我慢し、当面の問題に集中する。
「それじゃ、明日にも市役所に行って、出店者名簿で目星をつけるよ。それで当日、穏便に話を聞かせてもらう。まぁ盗品じゃないみたいだし、遠くから見守るだけでも良いかと思うけど、オートスに頼まれた手前、やっぱり一応確かめておきたいからさ」
「そうだな。実は俺もそいつに訊きたいことがある」
「えぇ? 王様が何の用だよ、街に遊びに出る口実じゃないだろうな」
「骨董漁りは趣味じゃない。ただ、このブローチの素材の入手場所が気になるだけだ」
趣味の催しなら遊びに行くのか、とリーファは小声で突っ込んだが目をそらされた。横からロトまでがシンハに同意する。
「私もそれが気になっていました。市が終わるまで待つか、場合によっては途中で撤収して市役所に来てもらいましょう」
「なんだよー、二人していたいけな貧乏人をいじめるなよ。拾ったがらくたで売り物こしらえて小銭を稼ごうってだけの話だろ?」
リーファは抗議の声を上げた。
むろん現在この国にも拾得物横領の罪は存在するし、リーファも知っている。
とはいえ、それが実際に適用されることは多くない。そもそも大方の人間は拾った物をいちいち届け出ない。毎日、広い王都で大量の落とし物が他人の手にわたっているため、自分から「こんな物を拾ってラッキー」だとか言いふらさない限り露見しないし、そしてまた、元の持ち主が誰であるかはっきり示す証拠も滅多にないからだ。
たまに貴族が置き忘れた由緒のある品を他人がくすね、それが発覚して面倒なことになったりするが、今回の件はそういった心配もない。
シンハは不満そうなリーファの頭をくしゃりと撫でて微笑んだ。
「心配するな、食うに事欠いている子供から命綱の金策を取り上げようというんじゃない。ただ、拾った物ががらくたばかりとも限らんし、何より危険な場所に入り込んでいる可能性があるから、確かめておきたいんだ」
「危険?」
リーファが問い返すと、ロトが補足説明してくれた。
「こういう細々した落とし物が見付かるのは、だいたい下水道なんだよ。基本的には専門の業者が定期的に浚って、出てくる小銭はそのまま彼らの利益に、持ち主が判るかもしれない品物は選り分けて、処理するんだけどね。それ以外のタイミングで勝手に小銭を集める人もいるんだ。君も入隊試験の時に活用したように、誰でも下水道には入れるからね。ただ本当はそれは望ましくない」
「まあ確かにね。暗いし汚いし、何が落ちてるかわからないし。素人が変なとこに迷い込みでもしたら行き倒れるよな」
「それに加えて、金目の物を漁るだけでは済まされない問題もあるんだ。下水道に溜まるのはゴミと小銭だけじゃない。……産み捨てられた赤ん坊や、行方不明になったきりの子供の遺体も、毎回必ず見付かる。そういうのを、弔いもせず荒らすだけ荒らして放置されると困るんだよ」
ロトの声が沈んだ。リーファは「うえっ」とうめいて顔をしかめ、ちらりとシンハに目をやって首を振った。
「やっぱ、ここでもそういうもんかぁ……王様がどう頑張っても、なくならねーのな」
シンハは複雑な表情で微かに苦笑しただけで、貧困と暴力を根絶する難しさについては何も言わなかった。かわりに、現実的な状況に話を戻す。
「だから業者による清掃の回数を増やして、こっそり漁っても稼ぎが苦労に見合わない状態を維持しているんだ。特に流れの関係で“獲物”が集まりやすい場所は重点的にな。にも関わらず、子供が一人で、蚤の市に店を出そうと思うぐらいの物を集められたとなったら、どこかを見落としている可能性がある」
「なるほど、それで市役所なんだな。あそこなら下水道の図面があるはずだから」
リーファはぽんと手を打った。
業者の巡回から外れた穴場があったとして、そこへ宝探しに来るのがあの子供一人だけならば、もし事故でもあって動けなくなった時、誰にも見付けてもらえない。あるいは誰か性質の悪い大人がその穴場を見付けた時、独り占めしようと子供を殺すかもしれない。
そうした危険を潰しておくために、出入り禁止にはできなくとも、場所は把握しておかなければならないのだ。
そう理解すると、リーファはにっこり笑顔になった。
「よっし、わかった! じゃあ今度はあのガキ、絶対逃がさずに捕まえるよ」