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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
溺れた靴職人
14/43

(7) 糸口


    7


 その日は到底、帰って寝る気になどなれなかった。

 とは言え、本部はもちろん二番隊の詰所にも、リーファが泊まり込むのを許してくれる雰囲気はなかった。彼女がラスタに肩入れしていることは誰の目にも明らかだったし、おまけに彼女の前身が盗人で、今も錠前破りは大の得意だということも、忘れられてはいないからだ。

 いくら本人が仕事に私情を挟まないと誓ったところで、疑いの目はなくならない。リーファにしても、自分が無理を通してラスタに不利になっては元も子もないので、渋々諦めて城に戻った。

 難題を抱えてしかめっ面のまま、自分の部屋に戻る――その途中でふと思い出し、行く先を変えた。

 ほとんど常に国王に張り付いている秘書官にも、一応、自分の部屋というものがある。滅多にここにいることはないのだが、国王の執務室より近いので、まずはそちらを訪ねた。

「ロト、いるかい?」

 軽くノックすると同時に扉を開けると、珍しくご本人が在室であった。しかもさらに珍しいことに、仕事をしていなかった。今まさに、私服に着替えようと上着を脱いだところだったのだ。

「あ、ごめん」

 一応リーファは謝ったが、慌てるでもなく、ただ目をぱちくりさせている。半身裸のロトの方が赤くなって、ドアを閉めろと手で示した。

「返事を待たずに開けるんじゃ、意味がないと思うんだけどね。ちょっと待ってくれないか」

「悪い悪い、つい癖で」

 リーファは大人しくドアを閉め、壁の方を向いて着替え終わるのを待つ。ロトが疲れた声を出した。

「僕と陛下を一緒にしないで欲しいな。……よく考えたら、普通は逆じゃないかって気もするけど」

「逆って?」

「僕の部屋にはノックなしで入ることがあっても、国王陛下の部屋にそれはしないだろうって話。陛下がああだから、君だけじゃなく皆、ちょっと緩んでるんだ」

「まあ、シンハだから」

「仕方ないけどね」

 本人が聞けば、なんだその諦めは、と抗議するところだろう。だが万事、あの国王のすることだから、で納得してしまうのは、もはや城での常識だ。

 ロトは脱いだ制服をきちんと畳んで片付けてから、どうぞ、といまさらな声をかける。リーファはくるりと向き直ると、興味津々とロトに近付いた。

「あんたが私服のところって、滅多に見ないから、なんか面白いや」

「四六時中仕事に追い回されているからね。誰かさんのせいで。……それより、何か用があって来たんだろう?」

「ああ、うん」

 うなずきながらも、リーファはしげしげとロトを観察している。日頃はかっちりした制服に身を包んでいるし、仕事が秘書官という書類関係のことというのもあって気付きにくいのだが、柔らかくゆったりした衣服を着ていると、引き締まった体をしていると分かる。

「案外ロトも、しっかり鍛えてんだなぁ」

 へえ、とリーファは感心し、無邪気にぺたぺたと、相手の固い上腕や胸に触れた。途端にロトは真っ赤になって後ずさり、椅子につまずいて転びかける。

「リー! 子供じゃないんだから、止してくれ!」

「へ? あ、そっか。ごめん、やっぱ嫌だよな」

「っ、嫌とかそういう問題じゃない!」

「??? えっと……ごめん?」

「…………」

 どこまでもきょとんとしているリーファに、ロトは一人うろたえているのが情けなくなって顔を覆った。なんで僕がこんなことを、といった表情で、それでも我慢強く諭す。

「いいかい、若い女性がむやみに男の体に触れるものじゃない。そのぐらいは君にも分かるだろう。問題は、君に、自分がその“若い女性”だっていう自覚がないところだ」

「あー……」

 リーファはようやっと気付き、ぽりぽりと頬を掻いた。話の流れがどうにも気まずくなりそうなので、急いで屈託のない態度を装う。

「まあ、いいじゃん。オレとあんたの間柄なんだからさ、そんなの気にしなくても」

「気にしてくれ!!」

 とうとうロトが悲鳴を上げた。リーファは慌ててなだめ、とにかく平謝りした。

「分かった、分かったよ、今度から気をつける! ごめんってば。ちょっと意外だったから、うっかりしちまってさ。ロトの仕事って、そんなに肉体労働じゃないだろ?」

 白々しくリーファは話題をそらせようとする。ロトは盛大なため息をついたものの、これ以上この話を続けても互いの足元に墓穴を掘るだけだと諦めてか、調子を合わせてくれた。

「確かに表向きは文官仕事だけど、実際は秘書官と言っても、国王陛下の護衛を兼ねているわけだから、鍛錬は欠かせないよ。……言いたくないけどついでに言うなら、実態は護衛というより単に陛下の捕獲係として、否応なく鍛えられているってわけだけど」

「言えてる」

 あはは、と笑ったリーファに、ロトも苦笑を見せた。応接用のソファに座るよう促し、自分も並んで腰を下ろす。

「ところで、そもそもの用件は何だったんだい。僕の部屋に来るのは珍しいね」

「そうだった、忘れるとこだったよ。あのさ、ロトは確か、司法学院を出てるんだよな?」

「ああ、うん、多分ね」

「多分? なんだいそれ」

「卒業見込み、ってことで軍に入ったから、ちゃんと卒業者名簿に僕の名前が記載されたかどうか、確かめてないんだ。まあ名前がなくても学院で学んだことは確かだし、教授も僕の事を忘れてくれてやいないだろうし……もちろん秘書官の仕事にも支障はないから、構わないんだけどね」

 レズリアの司法学院では、卒業証書の授与式などはない。毎年いちいち全員にそんなものを発行していたら、紙がいくらあっても足りない。卒業者の名前は学院に記録されるが、それだけなのである。

 リーファはそもそも学校というものに縁がなかったので、ふうん、と言っただけだった。

「裁判のこととか、詳しいかい」

「分野にもよるけど。警備隊の方で何か?」

「事故で人を殺しちまったって場合、どうなるのかな。ほかに現場を見てた奴がいなくて、わざと殺したんじゃない、っていう本人の証言しかない、そういう場合も縛り首になったりするかな」

 ディナルを納得させられなかったら、ラスタの罪状は死体遺棄ではなく殺人で、裁判所に送られることになる。リーファはそれを心配していた。

 ロトは詳しい話を聞くと、難しい顔になって唸った。

「本人があくまで事故を主張するなら、死刑判決が下ることはまずないと思う。故意に殺したっていう決定的な証拠が出なければね。ただ、死体遺棄だけの場合よりも重い刑罰を科せられるだろうな。何より、この街でその人が靴職人としてやっていくのは、もう無理になるだろう」

「うー……やっぱり、そうなるか……」

 最悪の場合も死刑は免れる、そのことは多少の慰めにはなるが、ラスタの人生が土台から崩れてしまうのは間違いない。不甲斐ない父親にさんざん苦労させられ、挙句に辿りつくのがそんな結末だとは、あまりに不公平ではないか。

 リーファは暗い顔でうつむき、誰に聞かせるつもりでもなくつぶやいた。

「オレがそうなったんなら、納得できる。世の中なんてそんなもんだ。ゴミ屑みたいな人間に公平とか正義とか、そんなもんはないんだ。でも、ラスタは違うし、この国には法律も警備隊もあるのに」

「リー。君はゴミ屑なんかじゃない。シンハ様に拾われる前だって、君は一人の人間だった。世の中の不公平は、相手が誰であっても降りかかるものだよ」

 ロトは真摯に諭し、リーファの肩に手を置いた。

「それを少しでも公平にするために、僕や君や、陛下がいて、法律があるんだ。努力を諦めてはいけないけれど、限界があることも忘れちゃいけない」

「……うん」

 しゅんと落ちたままのリーファの肩を、ロトはぽんと叩いて力づけた。

「さて、話を聞く限り、僕が君ならもう一度その遺体を調べるね」

「え?」

「証言だけではどうしようもないのなら、動かぬ証拠を探すしかないだろう? 血の染みがついたナイフや、その娘さんの手の傷なども供述を裏付けてはくれるけど、ちょっと弱い。もし彼女が故意に父親を殺したのなら、なぜこんな――」

 と、彼は自分のうなじを軽く叩いた。

「玄人好みの場所を狙ったのか、どうして金槌を選んだのか、そこが問題になるんじゃないかな。靴工房なら、ほかにも道具は色々あったはずだろう?」

「あ、そうか! そうだよ、ラスタはそんなに力が強い方じゃない。だから靴作りも上革の裁断と縫製とか、あんまり力の要らないところだけやってるって言ってた。そんな程度で、わざわざ金槌を選ぶなんて、不自然だよな。いくら片方が尖ってるったって、それならナイフで刺した方が楽だし、確実だ」

「それに、身長差や体勢もだよ。この前、陛下の首を狙ったんだって?」

 聞いたよ、とロトがにやりとする。リーファはおどけて首を竦めた。

「うん。ラスタと親父さんの身長は、ラスタの方が少し低いぐらいだから、仮に親父さんがうっかり娘に背中を向けたとしても、金槌を振り下ろしたら、実際に刺さってた場所より上の出っ張ったところに当たると思うんだよな。じゃあ下から振り上げたのかっていうと、それはちょっと変だし」

「その辺りの事が、遺体の傷口を見たら少しは分かるんじゃないかな」

「ああ、調べてみる!」

 リーファは見る間に元気を取り戻し、笑顔になって立ち上がった。

「ありがとう、ロト。なんか、上手く行きそうな気がしてきたよ」

「どう致しまして。ただし、今夜はちゃんと休むんだよ。今から本部に行こうなんて無理はしないように」

「えーっ!?」

「文句を言わない。しっかり睡眠をとって、すっきり冴えた目と頭で観察するんだ」

「ちぇっ。了解、秘書官殿」

 リーファは苦笑いで敬礼し、軽い足取りでドアに向かった。出て行きかけたところでふと振り返り、あのさ、と遠慮がちに言う。何かと目をしばたいたロトに、リーファは照れ臭いのをごまかすように曖昧な顔をした。

「考えてみたら、あんたのとこに来るのって、いつも仕事のことばっかだよな。ごめん」

「気にしなくていいよ。お役に立てて何よりだ」

 優しく答えたロトに、リーファもほっと笑みを広げた。

「ありがとな。今度いっぺん、学院にいた時の事とか、あんた自身の話も聞かせてくれるかい」

「あんまり面白い話じゃないと思うけど。そうだね、また今度」

 ロトは戸惑いながらも、そう応じてうなずく。扉がパタンと閉じてリーファがその向こうに姿を消すと、彼は一人で赤面し、片手で口元を隠すようにしてつぶやいた。

「少しは進歩した……のかな?」

 もちろん、答えるものはなかったが。


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