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王都警備隊・3  作者: 風羽洸海
溺れた靴職人
13/43

(6) それぞれの言い分



     6


「それ見たことか!!」

 鬼の首を取ったよう、とはまさにこんな状態だろうか。リーファは頭の中で慣用句を復習しながら、表情だけは冷静に、口頭での報告を済ませた。

 ラスタの供述内容とピウスの件まで聞き終えると、ディナルはフンと鼻を鳴らした。

「イクスを殺したのはラスタで間違いないな。わしの睨んだ通りだ」

「隊長はなぜ、最初から彼女が怪しいと思ったんです? ただの勘じゃないでしょう」

 ご機嫌を損ねないよう、リーファは真摯な口調に聞こえるよう気をつけて問うた。ディナルはじろりとひと睨みしたが、どうやら相手が厭味のつもりではないと察すると、不快げながらも答えた。

「そもそも遺体を見て、涙を浮かべさえせんどころか、取り乱しもせんかっただろうが。とっくに知っとったから当然だがな。おまけに『父がご迷惑を』なんぞと繰り返して、父親を悪人に仕立て、犯人が見付からなくても構わないだのなんだのと、捜査の意気を挫くことばかりぬかしおった。これを怪しまん奴は無能だな!」

「…………」

 でもそれは、供述通り事故で死んだ場合でも、同じじゃありませんか。

 リーファはそう言いたいのを堪え、ディナルをさらに喋らせた。

「それにあの態度! 娘のくせに、あからさまに父親を軽蔑しとる。こんな父親より自分のほうが何だって上手くやれる、とな! あの娘がわざと父親を挑発して、自分は身を守ろうとしただけだと言い逃れられる状況を仕組んだのだとしても、わしは驚かんぞ」

 吐き捨てるように言った顔に浮かぶのは、苦々しい屈辱の色。リーファはディナルの娘、すなわち彼女の義従妹であるフィアナを思い出し、ああとわずかに同情した。

 ただでさえ父親というのは、思春期の娘から嫌われるものである。しかもフィアナは厄介なことに、あまりにも優秀だった。

 魔術に対する理解が一昔、二昔前のまま止まっている父親を、最先端の研究に携わる娘が冷ややかに見るのもやむなしである。これでまだディナルが娘の学業に理解を示していれば別だったろうが、彼はいまだにフィアナを嫁がせることしか考えていないのだ。親子の溝は深まるばかりである。

 日頃からフィアナの軽蔑と、もはや他人とばかり突き放したまなざしとを浴びているディナルだからこそ、ラスタの父親に対する冷淡さを敏感に嗅ぎつけたのだろう。

「フィアナは隊長を殺したりしませんよ」

 思わずリーファは余計なことを口走った。途端にぎろりと凄まじい憎悪の目を向けられる。慌ててリーファは咳払いしてごまかした。

「失礼、間違えました。ラスタは父親を殺していないと言っています。私も、事故だとの供述を疑う必要はないと思いますが」

「ふざけるな!! 貴様は見え透いた嘘を信じるド阿呆か、それともわしが貴様の猿芝居を見抜けんほど頓馬だと舐めとるのか、どっちだ、あぁ!?」

 ディナルは真っ赤になって怒鳴り、両手を机に叩きつけた。置かれていた金槌とナイフがびっくりしたように飛び上がる。ディナルはそれをひっつかみ、リーファの鼻先に突きつけた。

「こいつを床に投げつけて、尖った方を上にして転がるかどうか、試してみるか。仮に百回投げて五回はそうなったとして、その上に人間が倒れた時、上手い具合に刺さるなんてことがありえるか!? 下敷きになって一緒に倒れるか、弾き飛ばされるだろうよ!」

 言いながらディナルは、実際に机上に金槌を置き、上からてのひらで押さえた。安定の悪い状態だった金槌は、すぐにガタンと横向きに倒れてしまう。

 リーファは難しい顔でその様子を観察し、「そうなんですよね」と腕組みした。

 普通なら、まずありえない事故だ。ほんのわずかでも、金槌とイクスの頭との位置がずれていたら、刺さる事はなかったろう。金槌が倒れるか、弾き飛ばされるかして、ただの打ち身やこぶで済んでいただろう。

 だが、万に一つ、という言葉がある。その、万に一つの事が、たまたま起こったのだとしたら。 「通常ではありえない」という理由で、ラスタが嘘をついていると断ずるのは、間違いではないのか。

 だが考え込んでいる暇はなかった。

「なにが『そうなんですよね』だ、このたわけッ!! 分かっとるなら、ラスタの自白を取って来い!」

 怒声に耳を張られ、リーファは急いで隊長室から逃げ出した。

「そのうち耳がおかしくなっちまうよ、かなわねえなぁまったく」

 忌々しげにうめき、思わず両耳をさする。

「わざわざ怒らせるからだよ」

 聞こえていたらしい、ジェイムが同情と迷惑の相半ばする顔で、素っ気なく言った。リーファは首を竦め、そそくさと裏口から出て行った。

 本部の裏には、新しい留置所がある。細い路地を挟んですぐそこだ。リーファは守衛に片手を上げて挨拶し、ラスタの入れられている房へ向かった。

 狭い一室に閉じ込められて、さしものラスタも不安を隠せない様子だった。

 留置所は刑務所とは違い、裁きがつく前の容疑者や、あるいは単に酔っ払いを保護したり、喧嘩騒ぎを起こした連中の頭を冷やさせたりするための場所である。ゆえに、あからさまに威圧的なつくりではない。が、犯罪と縁遠い一般市民にとっては、充分に危機感を煽るものだった。

「ごめんな、こんなとこしかなくて」

 質素な寝台に並んで腰かけ、リーファはまず詫びた。彼女には、ラスタがディナルの言うような冷酷無慈悲な娘だとは、どうしても思えなかったのだ。それほど計算ずくで行動できる人間なら、今頃ここにいることもなかったろう。

「いいえ」ラスタは静かに首を振った。「私はそれだけのことをしたんだもの」

「遺体を捨てたのはまずかったよなぁ。イクスが死んだ時点で、何にも動かさずに警備隊に知らせてくれてたら、変な誤解もなかっただろうけど」

「そうかしら」

 ラスタは苦笑をこぼした。それはまるで、リーファを無垢だと憐れむかのような響きを持っていた。

「無理だったと思うわ。だって私、咄嗟に父を動かしてしまったもの。床で頭を打って気を失ったのかと思って……普通はそう思うでしょう? 死んだなんてまさか、いくらなんでも」

「……だよな。それに、仮に指一本触れずに人を呼んだとしたって、呼ぶ前に細工をしたって言われたかも知れないし。まあ、何を言ってもいまさらだけど」

「ええ」

 ラスタはあくまでも淡々としている。リーファはその横顔を覗きこみ、ためらいながら問いかけた。

「ラスタ、あのさ……こんなこと訊いちゃ悪いと分かってるけど、確認させてくれるかな。親父さんのこと、嫌いだったかい」

「嫌い? むしろ憎んでいたわ。嘘もつけないぐらいにね。あの人のせいで、どれだけ苦労したか知れやしない。真昼間からお酒を飲んで、自分を憐れんでばかりいた。腹が立ったわ。むしろ憐れんでほしいのは私の方だった。エラおばさんやピウスさんには、しっかり者だなんて褒められたけど、仕方ないじゃない? しっかりしなきゃ、自分の食事もままならなかったのよ。好きでこうなったわけじゃないわ」

 そこまで一気に喋り、ラスタは口をつぐんだ。膝の上で握った拳が、激情に震えている。だがやはり彼女は、泣き喚くこともなく、ただじっと痛みに耐えている。リーファは小さくうなずいた。

「あんたのこと、父親が死んだのに涙も流さない、なんてディナル隊長は言ってたけど、違うんだな。泣きたくても泣けやしない。あんたはそういう風になっちまったんだ」

「…………」

 ラスタは黙って、深くうなずいた。その時になってやっと目に涙が浮かんだが、彼女はそれを瞬きして堪え、きっと顔を上げた。

「私も自分が憐れだった。でも、それとは別に、親だから見捨てられないとも思っていたわ。でなきゃとっくに、家を飛び出してる。あんな人だって、酒浸りになる前は、時々はまともな父親らしいところも見せたもの。私がしっかりしてたら、いつかあの人もお酒をやめて仕事を始めるんじゃないかって、希望を捨てきれずにいた。でも……今では、それが間違ってたんじゃないかって思ってる」

「……?」

「私がしっかり者だって褒められる度に、父は荒んでいったんじゃないかしら。よく出来た娘、それに引き換えあの父親はなんだ、って後ろ指を指されている気になって。考えてみれば私も酷いことを言ってたわね。父が頼りないものですから、なんて。適当に相手に合わせていたつもりだったけれど。案外、父が母を殺したのも、似たような原因だったのかもしれないわね」

 ラスタは言い、自嘲の笑みを浮かべ、ゆっくり首を振った。

「……ずっと、父は溺れていたのかもしれない。お酒と自己憐憫と、後悔の海に。もがいていたんでしょうに、掴まれと枝を差し出す代わりに、私もほかの人達も、そろってあの人を突き沈めていたんだわ」

「あんたは悪くないよ。たとえあんたの言葉が、親父さんの頭を押さえつけて水に沈めることになったとしたって、親父さんは逆にそれを引っ掴んで這い上がることだって出来たんだ。あんたのせいじゃない」

 リーファは真摯に言ったが、その言葉が相手の心にまでは届いていないことが分かって、虚しくなっただけだった。仕方なくリーファは立ち上がり、彼女の肩をぽんと叩いた。

「隊長はあんたが殺したもんだと決めてかかってるし、多分、あんたを責めに来ると思う。でも、そんな罪の意識で、やってもいないことまで引っ被らなくてもいいんだからな。オレが何とかして、事故だって納得させるからさ。あんたは妙なこと考えずに、やりかけの仕事の心配でもしてなよ」

 じゃあな、と言い置いて房を出る。ラスタは寝台に腰かけたまま、じっと向かいの壁を見つめて身動きしなかった。

 次にリーファが向かったのは、ピウスのところだった。

 こちらはラスタとは対照的に騒がしい。リーファが入ると、待ってましたとばかり、噛み付くようにまくし立てた。わしがやった、あの子は悪くない、あの子を出してやれ、等々。

 ひとしきり怒涛をやりすごし、リーファはやれやれと耳を押さえながら、ピウスを座らせた。

「ピウスさん、お気持ちは分かりますが、ラスタを庇っても……」

「わしが庇っとるんじゃない、あの子の方がわしを庇っとるんだ!」

「はいはい。何にしてもですね、あなたが彼女を助けようとしても、向こうは余計に心苦しく思うだけですよ。そうでなくとも父親に負い目を感じているんですから」

「なんだって? あの子がいったい何を負い目に思うんだ、馬鹿馬鹿しい! イクスは何ひとつ親らしいことをせんかったんだぞ!」

 飽きもせず憤慨するピウスに、リーファは先刻のラスタとのやりとりをかいつまんで話した。途端に、見る見るピウスは萎れてゆく。

 リーファが話し終えると、彼は別人のようにしゅんとなってしまった。

「……あの子は、どこまでしっかりしとるんだ。イクスの奴なんぞ、死んだ後でさえ我が子の重荷になっとるってのに。わしゃ、あの子が不憫でならん」

 ピウスは鼻をすすり、大きな口をへの字にして床を睨んだ。

「だが、わしらのそんな態度も、イクスを追い詰めとったのかも知れんな。もしかしたらフラーナも、イクスが殺したんじゃなく、事故だったのかもしれん。どっちにしろ、ずっと死体を埋めた上で生活しとったんだからな、おかしくもなるさ。平然としていられるほど、強い奴じゃぁなかった。思えばあいつも、好んで落ちぶれたわけじゃなかろうよ」

 はあっ、と深いため息をつく。やりきれない風情で頭を振り、彼はリーファを振り向いて言った。

「ラスタはあんたを信用しとるようだった。だから訊くが、あんたはあの子がやったと思っとるのかね」

「いいえ」リーファは即答した。「事故だったと考えています。ただ、そのことをどうやって隊長に納得させるか、そこが難しいんですが。そんな状況ですので、あなたがややこしいことを言って事態を混乱させないでくれると、助かります」

「何を言っとる」

 途端にピウスは強気に戻り、フンと鼻を鳴らした。

「わしゃ、あの子を助ける為なら何だってするぞ。おまえさんがあの子を無罪に出来んのなら、わしが全部やったと言い張るからな。縛り首になっても構うもんかね」

「嘘だと認めるんですね」

「何も認めとりゃせん!」

「認めた方がいいですよ。ピウスさんにも家族がおありでしょう」

「子供は独り立ちしとるし、女房は去年死んだわい。大きなお世話だ。他人の心配より、おまえさんは自分の首を心配するんだな! わしがやったことも分からんでラスタを捕えたと、逆に訴えてやるぞ」

「これ以上ややこしくしないで下さい。ラスタの事は何とかしますから」

 なんておっさんだよ、と内心呆れ果てながら、剥がれ落ちそうな礼儀の仮面をかろうじて留める。リーファはやれやれと頭を振り、腰を上げた。

「いいですか、あなたが騒げば騒ぐほど、事故だったと納得させるのが難しくなります。本当にラスタが心配なら、静かにしていて下さい」

「む……」

 ピウスは不満げに唸ったものの、それ以上の抗議はせずに黙り込む。リーファはそれで良しと言うように人差し指を立てて見せ、威儀を保ちつつ速やかに撤退した。ピウスが余計なことに気付いてあれこれ言い出さないうちに。

 そう、何とかってどう何とかするんだ、だとか――。


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